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第30話 白い少女

レンは、自室で目を覚ました。


支給された四畳半ほどの、小さなワンルーム。


部屋にあるのは。


小さなベッド。


机。


椅子。


それだけだった。


「…………」


レンはベッドの上で身体を起こす。


Genesisに来て、もう数か月。


最初は何もかもが分からなかった。


自分が誰なのか。


ここがどこなのか。


目の前にいる人たちが誰なのか。


何一つ。


覚えていなかった。


それでも。


Genesisの人たちは、記憶のない自分を受け入れてくれた。


アンナ。


ゴウ。


ラック。


アキラ。


キリカ。


そして――。


「……カイ」


小さく。


その名前を口にする。


自分の中で。


彼の存在が少しずつ大きくなっている。


レン自身も、それに気づいていた。


以前の自分が。


カイをどう思っていたのか。


今の自分には分からない。


でも。


今の自分が彼をどう思っているのか。


それなら――。


少しだけ。


分かるような気がしていた。


「…………」


けれど。


今。


カイはここにいない。


ジンから聞かされた。


第七物流センターで。


カイが政府に拉致されたことを。


その言葉を聞いた瞬間。


胸の奥から。


大切な何かが、こぼれ落ちてしまったような気がした。


「…………」


レンはベッドから降りる。


服を着替え。


静かに部屋を出た。


*


――カーン。


――カーン。


一定の間隔で。


甲高い金属音が鳴り響く。


Genesis――鍛冶場。


「…………」


ラックは作業台へ向かっていた。


その周囲には。


大小様々な機械部品。


複雑な関節機構。


細い配線。


人工筋肉。


装甲材。


それらを一つずつ確認しながら。


組み上げ。


時には叩き。


時にはネジを締めていく。


――カーン。


「……よし」


「おはよう、ラック」


「ん?」


ラックが顔を上げた。


入口に。


レンが立っていた。


「レンか?」


ラックは持っていた工具を下ろす。


「もう具合は大丈夫なのか?」


「ええ」


レンは小さく笑った。


「今日は少し元気みたい」


カイが拉致されたと聞かされてから。


レンは数日、体調を崩していた。


何かの病にかかったわけではない。


熱があるわけでも。


怪我をしているわけでもない。


それなのに。


身体が思うように動かなかった。


食欲もなく。


ベッドから起き上がることすら億劫な日が続いた。


「そうか」


ラックが笑う。


「なら良かった」


「ありがとう」


レンは鍛冶場の中へ入る。


そして。


作業台の上に広げられていた、一枚の大きな紙に気づいた。


「……これは?」


複雑な線。


細かな数字。


いくつもの部品。


人間の身体を覆うような構造。


「それは――」


「よう、ラック」


背後から声がした。


「進捗はどうだ?」


レンが振り返る。


「アキラ」


「お、レンもいたのか」


相変わらず。


目の下には酷い隈。


寝不足なのは一目で分かる。


なのに。


以前より、どこか生き生きしているように見えた。


「見ての通り作業中だよ」


ラックはそう言って。


再び機械部品を組み始める。


「どれどれ……」


アキラが作業台に置かれた設計図を手に取った。


「…………」


目を細める。


「それにしても、すげぇな」


「あ?」


「お前の製図」


アキラが設計図を顔へ近づける。


「こんな精密に描けるもんなのか……」


「なんだよ」


「いや……普通にすげぇ」


「…………」


ラックが少し気まずそうに目を逸らした。


その時。


「製図だけなら――」


鍛冶場の奥から。


低い声。


ヤクが顔を出した。


「俺より上手いぞ、ラックは」


「親方」


ヤクはアキラの持っている設計図を覗き込む。


「…………」


口元を上げた。


「面白ぇもん作ってるようだな」


「親方も大仕事持ってんだろ?」


ラックが設計図をアキラから取り返す。


「これは俺の仕事だ」


「安心しろ」


ヤクが笑う。


「取りゃしねぇよ」


「ならいいけど」


「ガハハハ!」


豪快に笑いながら。


ヤクは再び自分の作業場へ戻っていった。


「…………」


レンが首を傾げる。


「何を作ってるの?」


「これか?」


ラックは。


設計図を見る。


「カイの新しいMURAMASAだ」


「カイの……?」


「ああ」


ラックは再び工具を握る。


「前のMURAMASAは、政府に回収されたか……破棄されてるはずだからな」


「…………」


「それに」


ラックの手が止まる。


ほんの一瞬。


「今度は――もっといい装備を作ってやりたい」


「…………」


「あいつを守れるくらいのやつを」


そう言って。


ラックは再び作業を始める。


レンは。


その横顔を見つめた。


「ラックはカイが好きなのね」


「は?」


ラックが顔を上げる。


そして。


ニカッと笑った。


「あいつはダチだからな!」


「…………」


レンは少し目を見開く。


「ダチ……」


「おう」


ラックは何でもないことのように答えた。


「だから、帰ってきた時に前より弱い装備渡すわけにはいかねぇだろ」


「……ふふっ」


レンが笑う。


「なんだよ」


「ううん」


アキラも。


設計図を横から覗き込む。


「俺も新しいMURAMASAの制御プログラム作らねぇとな」


「頼むぞ」


「分かってる」


アキラは踵を返す。


「そろそろ俺も戻るわ」


「もう行くの?」


レンが尋ねる。


「ああ」


「新型MURAMASAもあるし、通信解析もあるし……」


アキラが頭を掻く。


「やること多すぎんだよ」


「ちゃんと寝ろよ」


「それは無理」


「寝ろ」


「じゃあなー」


ラックの言葉を無視して。


アキラは手を振りながら鍛冶場を出ていった。


「…………」


その背中を。


レンが見送る。


「なんか……」


「ん?」


「二人、変わったね」


「あー……」


ラックは苦笑する。


「まあ、色々あってな」


「そうなんだ」


「色々だ」


「…………」


レンはそれ以上聞かなかった。


作業台の近くに立ち。


ラックの手元を見る。


――カーン。


――カーン。


再び。


金属音が響き始める。


カイが戻ってきた時のために。


ここでは。


彼を待つ人たちが動き続けていた。


*


白い部屋。


「…………」


カイは。


眠っていた。


音のない牢獄。


白い壁。


白い天井。


鉄格子。


何度見ても。


何も変わらない場所。


その中で。


――カイ。


「…………」


声がした。


――カイ。


遠くから。


誰かが自分を呼んでいる。


――起きて。


「…………」


――起きて……カイ。


「……ん……」


カイが。


ゆっくりと目を開いた。


「…………?」


ぼやける視界。


何かが。


目の前にいる。


「……え?」


カイの意識が覚醒する。


目の前に。


一人の少女がしゃがみ込んでいた。


「…………!」


カイは思わず身体を起こした。


「誰……?」


見たことのない少女だった。


栗色の髪。


真っ白なワンピース。


年齢は十代半ばほどに見える。


少女は。


ただカイを見つめていた。


「…………」


そして。


小さく笑った。


「やっと会えたね――海(カイ)」


「……?」


「ずっと……」


少女の瞳が。


僅かに揺れる。


「ずっと会いたかった」


「…………」


カイは困惑したまま少女を見る。


知らない。


こんな少女を。


自分は知らない。


それなのに。


なぜか。


胸の奥が――。


僅かにざわついた。


「でも」


少女が周囲を見る。


「……あまり時間がないの」


「時間……?」


「君は……誰なんだ?」


カイが尋ねる。


少女は答えない。


代わりに。


「あなたの仲間が――動いてる」


「……え?」


「あなたを助けるために」


カイの目が見開かれた。


「みんなが……?」


少女が頷く。


「時が来たら――」


その身体が。


微かに揺らいだ。


「……?」


「私が絶対に」


少女の輪郭が。


薄くなっていく。


「あなたを――」


「待ってくれ」


カイが身を乗り出す。


「助けるから」


「……!」


「だから――」


少女の身体が。


白い光へ溶けていく。


「それまで……」


「待って!」


カイが手を伸ばす。


だが。


触れない。


その手は。


少女の身体をすり抜けた。


「君は……」


さらに。


少女の姿が薄くなる。


「君は誰なんだっ!」


少女は。


消えゆく中で。


最後にカイを見つめた。


「私は――」


ほんの少し。


寂しそうに笑う。


「――ルイ」


「…………!」


次の瞬間。


少女の姿は――消えた。


「…………」


カイの手だけが。


何もない空間へ伸びていた。


「……ルイ?」


白い部屋に。


その名前だけが。


静かに残った。


謎の少女ーールイ

挿絵(By みてみん)

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