第29話 偽りの刃
Genesis本部。
その一室。
アンナは椅子に腰掛け、小さな通信機を握りしめていた。
掌に収まるほどの、小さな黒い端末。
三年前。
ファーストから渡されたものだ。
これを使って、アンナは何度もGenesisの情報を政府へ流してきた。
通信基地局への襲撃も。
第七物流センターでの作戦も。
そして――カイが捕らえられる原因となった情報も。
「…………」
アンナの指が、僅かに震える。
その背後では。
ジンとアキラが声を潜めて話していた。
「準備は?」
「問題ない。こいつから出る信号は全部拾える」
アキラは複数のホログラムを展開しながら答える。
「ただし、向こうに気づかれないように見るだけだ。こっちから余計な干渉はしない」
「ああ」
「通信経路も同時に追う。どこまで分かるかは……やってみないと何とも言えねぇけどな」
「十分だ」
二人の会話を聞きながら。
アンナは、作戦室でジンから告げられた言葉を思い返していた。
*
『アンナ』
作戦室。
ジンが全員を見渡した。
『これまで通り――内通者を続けろ』
『…………え?』
アンナが目を見開いた。
『ちょ、ちょっと待って……』
『もちろん、本当に情報を流せって意味じゃねぇ』
ジンは腕を組む。
『向こうはまだ、お前が俺たちに正体を明かしたことを知らない』
『…………』
『だったら、それを利用する』
ジンが作戦卓へ手をつく。
『今まで俺たちは、アンナを通して情報を抜かれてきた』
その目が鋭くなる。
『今度はそのパイプを――こっちから利用する』
アキラがホログラムを展開する。
『まずアンナには、今まで通り定期的に政府側へ報告してもらう』
『その通信を俺が横から拾う』
アキラが続ける。
『ただし、絶対に向こうには気づかせない。通信そのものには手を加えず、流れてる情報だけをこっちで複製する』
『そして――』
ジンが口を開く。
『一か月後』
作戦卓の上に、一つの施設が表示された。
《第三食品加工工場》
『ここをGenesisの主力が襲撃する』
『……本当に?』
アンナが尋ねる。
『ああ』
ジンが頷いた。
『ただし、襲うためじゃねぇ』
ホログラムの表示範囲が広がる。
工場。
その周辺を囲むように、複数の印が現れた。
『俺たちは事前に周辺へ戦力を潜ませる』
さらに。
巨大な装置が表示された。
『それと――ヤクに作らせる例の装置だ』
『通信妨害装置……』
ヒナタが呟く。
『そうだ』
アキラが説明を引き継ぐ。
『LEVEL1の俺たちと違って、ナンバーズの連中はブレインアーツをセントラルと深く連結することで膨大な演算支援を受けてる』
『…………』
『だからこそ、あいつらのブレインアーツは異常な出力を発揮できる』
第七物流センターで見た。
銀髪の女。
清水レイが使用した謎の力。
周囲を一瞬で凍結させた、あの力。
あれもブレインアーツによる力。
そうアキラは考えていた。
『なら――』
キリカが呟く。
『セントラルとの接続を切ればいい』
『正解』
アキラが笑う。
『ヤクさんに作ってもらう装置は、前回俺たちが食らった妨害を解析して、逆にセントラル側の接続へ干渉できるよう調整する』
『完全に切れる保証はまだねぇ』
アキラはそう付け加える。
『でも接続を乱せれば、少なくとも本来の力は出せなくなるはずだ』
ジンが頷く。
『そこを――叩く』
作戦卓に表示された工場を。
Genesisの印が取り囲む。
『敵は、俺たちの主力が来ると思ってナンバーズを送り込んでくる』
『そこを大勢で包囲する』
『そして――』
ジンが拳を握る。
『殺さずに捕らえるだと...?』
クナトが眉を寄せた。
『ああ』
ジンがアキラを見る。
『ナンバーズの一人を生け捕りにする』
アキラが口元を上げる。
『そいつのブレインアーツを俺が解析する』
『政府の中枢と直接繋がってる奴らなら、普通の兵士とは持ってる情報が違う』
『通信履歴』
『認証情報』
『接続経路』
『そのどれか一つでも抜ければ――』
アキラの表情から笑みが消える。
『カイがどこに連れていかれたのか、辿れるかもしれない』
『…………!』
アンナが息を呑む。
ジンは。
ゆっくりと彼女を見る。
『だからアンナ』
『…………』
『お前の力を貸してくれ』
*
「…………」
アンナは。
手の中の通信機を見つめた。
――ピッ。
突然。
端末が震える。
「……!」
アンナの肩が跳ねた。
アキラがすぐにホログラムへ向き直る。
「来た」
ジンも黙る。
「…………」
アンナは一度だけ深く息を吸い。
通信を繋いだ。
――ザッ。
微かなノイズ。
そして。
『――アンナ』
「…………」
聞き慣れた。
低い声。
脳裏に浮かぶ。
白い軍服を身に纏った男。
政府軍。ナンバーズの一人。
――ファースト。
『近況を報告してくれ』
「…………」
アンナは。
すぐには答えなかった。
その横顔を。
ジンとアキラが静かに見つめている。
やがて。
アンナが口を開いた。
「カイは……」
『…………』
「カイは……どうしているの」
僅かな沈黙。
そして。
『お前のおかげで』
ファーストが答える。
『我々は最優先目標――天城カイを確保することができた』
「…………カイっ」
アンナの指に力が入る。
『礼を言う』
「最優先……目標……?」
ジンの目が僅かに細くなった。
アキラも。
ホログラムを操作する手を止める。
「カイが最優先目標って...どういうこと……?」
『お前には関係のないことだ』
即答だった。
『それで』
ファーストの声色は変わらない。
『近況はどうなんだ、アンナ』
「…………」
アンナは目を閉じる。
大丈夫。
言われた通りに。
いつも通りに。
「……一か月後」
アキラの指が動き始める。
「第三食品加工工場」
『…………』
「そこを……Genesisが襲撃する予定よ」
『規模は?』
「十人程度」
アンナは答える。
「主力メンバーも……何人か参加する」
『……そうか』
短い沈黙。
『分かった』
「…………」
『引き続き――励むことだ』
――プツッ。
通信が切れた。
「…………」
部屋に静寂が戻る。
アンナは。
しばらく通信機を見つめていた。
「……ふぅ」
ようやく。
張り詰めていた息を吐く。
「よくやった」
ジンが静かに言う。
「…………」
アンナは小さく頷いた。
その横で。
アキラは猛烈な速度でホログラムを操作していた。
「…………」
指が走る。
複数のウィンドウが開く。
信号経路。
暗号化情報。
通信時間。
送受信量。
「……なるほど」
「何か分かったか?」
ジンが尋ねる。
「ああ」
アキラが一つの画面を拡大する。
「発信元は――中央都市のど真ん中」
「…………」
「セントラルヒルズだ」
ジンの表情が変わる。
「セントラルヒルズ……」
「ああ」
アキラが頷く。
「プライベート通信に使われてる暗号化方式についても、大体分かった」
さらに別の情報を表示する。
「トラフィック情報から、もう少し何か拾えるかと思ったんだけどな……」
アキラが頭を掻く。
「さすがに一回じゃ情報が少なすぎる」
「場所の特定は?」
「セントラルヒルズまでだ」
「…………」
「その先は何重にも経路を偽装されてる」
アキラが椅子へ深く座る。
「でも――」
その目が。
アンナの通信機へ向く。
「一回でここまで分かれば十分だ」
「…………」
「これからは」
アキラがアンナを見る。
「お前と政府側の通信は、全部俺に確認させてもらう」
アンナは。
少しだけ通信機を握りしめる。
それは。
三年間。
弟の命を繋ぐ唯一の糸だった。
同時に。
Genesisを裏切り続けた証でもある。
「……ええ」
アンナは。
ゆっくりと頷いた。
「分かったわ」
「…………」
ジンが二人を見る。
「とりあえず――」
壁に表示された日付へ視線を向ける。
「敵は一か月後」
《第三食品加工工場》
「ここに来る」
「…………」
ジンの目が鋭くなる。
「それまでに――出来る限りの準備をするぞ」
「ああ」
アキラが頷く。
「……ええ」
アンナも。
通信機を握ったまま頷いた。




