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第28話 反撃の狼煙

あれから、何日が経ったのだろう。


何もない、真っ白な部屋。


窓はない。


時計もない。


外の音さえ聞こえない。


昼なのか。


夜なのか。


ここへ連れてこられてから、どれほどの時間が過ぎたのか。


それすら、もう分からなくなっていた。


「…………」


カイは壁に背を預けたまま、ぼんやりと天井を見つめていた。


両手首には枷。


両足首にも同じものが嵌められている。


鉄格子の向こう側には、相変わらず誰の姿もない。


ただ。


一定の時間が経つと、自律機械が食事を運んでくる。


――ウィィィン。


聞き慣れてしまった駆動音。


カイがゆっくりと顔を上げる。


鉄格子の向こうから、小型の自律機械が近づいてくる。


機械は格子の前で停止すると。


その下部に設けられた、小さな穴へ銀色のプレートを差し込んだ。


――カシャン。


サラダ。


焼かれた何かの肉。


穀物。


色鮮やかなフルーツ。


どれもGenesisの食堂で配給されていたものより、明らかに上等だった。


「…………」


カイはプレートを見る。


腹は減っている。


それなのに。


食欲が湧かなかった。


ラック。


アキラ。


キリカ。


クナト。


ヒナタ。


アズサ。


そして――レン。


みんなは無事なのだろうか。


セントラルは、ほとんどの仲間が生き残ったと言っていた。


だが。


それが本当だという保証など、どこにもない。


「…………」


あれ以来。


セントラルは一度も現れていない。


『その時が来れば、こちらから迎えを寄越します』


そう言い残したまま。


何もない。


誰も来ない。


ただ食事だけが運ばれてくる。


カイは膝を抱える。


「……俺は」


小さな声が。


白い部屋に落ちる。


「いつまで……ここにいればいいんだ」


返事はない。


自律機械が遠ざかっていく音だけが。


静かな廊下に響いていた。



Genesis本部――作戦室。


長机を囲むように。


Genesisの主要メンバーが集まっていた。


ジン。


キリカ。


セイジ。


ゴウ。


クナト。


ヒナタ。


そしてアキラ。


その中に。


アンナの姿があった。


「――事情は、今話した通りだ」


ジンの声が。


静まり返った作戦室に響く。


誰も。


すぐには言葉を発することができなかった。


「…………」


アキラは呆然とアンナを見つめていた。


「嘘だろ……アンナ……」


アンナは俯いたまま。


何も答えない。


「そんな……」


ヒナタも動揺を隠せない。


「内通者が……アンナだったなんて……」


二人だけではない。


この場にいる全員が。


少なからず衝撃を受けていた。


――あのアンナが。


誰もが。


そう思っていた。


カフェで笑いながらコーヒーを出して。


疲れて帰ってきた仲間には暖かい食事を出して。


くだらない喧嘩を仲裁して。


いつもGenesisの日常の中にいた。


そのアンナが。


政府へ情報を流していた。


「…………」


アンナは。


ただ俯いている。


言い訳はしなかった。


その時。


「俺は――」


低い声。


クナトだった。


「許さねぇ」


――チャキッ。


刀が抜かれる。


「クナト!」


キリカが声を上げる。


だが。


クナトは止まらない。


切っ先が。


アンナへ向けられる。


「やめろ」


ジンが言った。


「…………」


「刀を下ろせ、クナト」


「止めるな、リーダー」


クナトの声が震えていた。


怒りだけではない。


その奥に。


裏切られた痛みがあった。


「アンナ」


「…………」


「俺はお前を――仲間だと思っていた」


アンナの肩が震える。


「だが」


クナトの目が細くなる。


「お前は違ったようだな」


「…………っ」


アンナが唇を噛んだ。


次の瞬間。


クナトが距離を詰める。


「クナト!」


刀を持った腕を下げると同時に。


空いた手でアンナの首を掴んだ。


「……っ!」


そのまま。


――ドンッ!!


アンナの背中が壁へ叩きつけられる。


「ぐっ……!」


「やめろっ!!」


ジンの怒声が響く。


それでも。


クナトの手は離れない。


「何人死んだと思ってる……!」


「…………っ」


「他の隊の隊員達も……!」


クナトの手に力が入る。


「俺の仲間も死んだんだぞ!!」


「クナト!!」


その瞬間だった。


――ドゴッ!!


「っ!!」


クナトの顔面に。


拳が叩き込まれた。


体が大きくよろめく。


「…………!」


その場にいた全員が目を見開いた。


殴ったのは――ゴウ。


普段の柔らかな笑みは。


どこにもなかった。


「ゴウ……」


クナトが口元を拭う。


ゴウは何も答えない。


アンナを庇うように。


その前へ立つ。


「…………」


ゆっくりと。


クナトを見る。


「あんたの気持ちが分からないとは言わないわ」


低い声。


「仲間が死んだ」


「…………」


「怒るのも当然よ」


ゴウの拳が握られる。


「でもね」


その眼光が鋭くなる。


「これ以上この子に手を出すなら――」


「…………」


「私が相手になるわ」


空気が変わった。


いつものゴウとは違う。


冗談も。


笑顔もない。


クナトが。


僅かに後退る。


「…………チッ」


やがて。


クナトは刀を鞘へ収めた。


ジンが。


小さく息を吐く。


「……ったく」


そして。


――パンッ!


両手を叩いた。


「聞け、お前ら」


全員の視線がジンへ向く。


「アンナの件について思うところがあるのは分かる」


クナトも。


ゴウも。


黙って聞いている。


「だが、今はそれより先にやることがある」


ジンの目つきが変わる。


「これから――次の作戦を説明する」


作戦室が静まり返った。


「アキラ」


「……ああ」


「例の電波妨害について説明してくれ」


「分かった」


アキラが前へ出る。


ホログラムを起動。


青白い光が作戦室に広がった。


「まず」


アキラが全員を見る。


「あの日――俺たちは敵の策略にハマった」


ホログラムに。


第七物流センター周辺の立体図が表示される。


「そして――負けた」


誰も反論しない。


「大きな原因の一つが」


アキラが指を動かす。


「敵の電波干渉による――通信妨害だ」


映像が切り替わる。


そこに現れたのは。


巨大な装置。


いくつもの発振器を備えた、大型の音響設備だった。


「俺はあの日の電波干渉について、残っていたログを徹底的に調べた」


アキラが画面を拡大する。


複数の波形が表示される。


「それで分かった」


「…………」


「あれは――音だ」


「音?」


キリカが眉を寄せる。


「そうだ」


アキラが頷く。


「人間の耳じゃ、ほとんど認識できない超高周波の音響信号」


指を動かす。


一つの波形が強調される。


「こいつを利用して、俺たちLEVEL1のブレインアーツが通信に使っている帯域へ干渉してやがった」


「…………」


「例えば」


アキラがホログラム上に二つの波形を並べる。


「俺たちが通信しようとする」


片方の波形が動く。


「そこへ、外部から強力な干渉波をぶつける」


もう一つの波形が重なる。


直後。


最初の波形が大きく乱れた。


「すると――こうなる」


《CONNECTION LOST》


赤い文字が表示される。


「ブレインアーツそのものの通信が乱される」


アキラが続ける。


「しかも俺たちの通信機は、ブレインアーツとの接続を中継して信号を送ってる。根元を潰されたら、通信機を使ったところで送受信できない」


セイジが顎に手を当てる。


「つまり……」


「ああ」


アキラが頷く。


「最初から俺たちLEVEL1を狙って調整された妨害装置ってことだ」


「…………」


部屋の空気が重くなる。


「ただし」


アキラが巨大な発振装置を指差す。


「広範囲を丸ごと潰すほどの干渉を安定して起こすのは簡単じゃない」


「相当な出力と、細かい制御が必要になる」


アキラの目が細くなる。


「おそらく――」


「向こうにも、かなり出来るエンジニアがいやがる」


ホログラムに浮かぶ装置を。


アキラは睨みつけた。


「…………」


その時。


「だから――」


ジンが口を開いた。


「こいつを逆に、俺らも利用する」


「……?」


何人かがジンを見る。


「ヤク」


「あいよ」


部屋の隅。


壁にもたれていたヤクが身体を起こす。


「お前のところで、この装置を作ってほしい」


ジンがホログラムを見る。


「出来るか?」


「…………」


ヤクが。


ニッと笑った。


傍らに置いていた巨大なスパナを持ち上げ。


肩へ担ぐ。


「出来るか――じゃあねぇな、ジン」


「…………」


「出来るに決まってるだろ」


アキラが僅かに笑う。


ジンも口元を緩めた。


「よし」


「ああ」


「頼んだぞ」


ヤクが軽く手を上げる。


そして。


ジンの視線が。


一人の女性へ向いた。


「それと――」


「…………」


「アンナ」


「……っ!」


アンナの肩が跳ねる。


ゆっくりと顔を上げる。


その表情には。


まだ不安が残っていた。


クナトから向けられた視線も。


先ほどの感触も。


消えてはいない。


「…………」


アンナは。


恐る恐るジンを見る。


「これまで――」


ジンが言う。


「俺たちは敵に情報を握られ、先手を取られ続けてきた」


通信基地。


物流センター。


何度も。


こちらの動きは読まれていた。


「…………」


ジンがアンナを真っ直ぐ見る。


だが。


そこに責めるような色はなかった。


「だったら――」


アンナの目が。


僅かに見開かれる。


「今度は」


ジンが。


静かに笑った。


「――俺たちが、あいつらを出し抜く番だ」

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