第27話 最高の相棒
Genesisでは、毎日二回。
五か所ある食堂が開かれ、住人たちへ食事が配給される。
配給を受けるために必要なのが――配給券。
月初めに、その月に必要な分が各家庭へまとめて配布される。
そして、Genesisにはもう一つ。
――ガルド。
そう呼ばれる通貨が存在していた。
元々はスラムで広く流通していたもので、Genesisでも同じものが使われている。
配給券で日々の食事を受け取り。
それ以外に必要なものは、ガルドで購入する。
およそ千人もの人間が暮らすGenesisでは、この二つを中心に住人たちの生活が成り立っていた。
そして。
それらを管理しているのが――セイジ率いる第一番隊。
配給券の発行。
ガルドの管理。
物資の分配。
Genesis内部における経理のほとんどを第一番隊が担い、滞りなく循環させている。
戦闘部隊でありながら。
Genesisという巨大な組織を内側から支える、政治的な役割も持った部隊だった。
*
Genesis――第二食堂。
多くの住人たちが食事を取る中。
アキラはいつもの席で、いつものカレーを口へ運んでいた。
その目の前には、いくつものホログラム。
片手でスプーンを動かしながら、もう片方の手で次々と画面をめくっていく。
《通信ログ》
《UNKNOWN INTERFERENCE》
《SIGNAL ANALYSIS――》
「…………」
先日の第七物流センターでの戦闘。
そこでGenesisが受けた、大規模な電波障害。
突然通信が途絶え。
現場との連絡が完全に遮断された。
あの妨害にもっと早く気づいていれば――。
「……違う」
アキラは小さく呟き、画面を切り替える。
今さら後悔しても仕方がない。
必要なのは。
二度と同じことを起こさせないことだった。
「この周波数じゃない……こっちか……?」
ホログラムへ指を伸ばした、その時。
「アキラ」
「あ?」
声だけで分かった。
アキラは振り向きもしない。
「ちょっといいか」
「なんだ、半人前」
「…………」
「見ての通り、俺は今忙しいんだ」
そう言って。
アキラはカレーを一口。
視線はホログラムから動かさない。
「カイの――」
ラックが言った。
「新しいMURAMASAを作ろうと思う」
「…………」
アキラの指が止まった。
「…………」
数秒。
「はぁ???」
ようやく振り返った。
何を言っているんだ。
そんな顔でラックを見る。
「お前みたいな半人前に作れるわけないだろ」
「…………」
「バカにしてんのか?」
呆れたように言い放つ。
すると。
アキラの背後から、太い手が伸びてきた。
「うわっ」
わしゃわしゃわしゃ。
乱暴にアキラの頭を撫で回す。
「そう言うな、アキラ」
「や、やめてください……ヤクさん……」
アキラはむすっとした表情で振り返る。
そこには。
ラックの親方――ヤクが立っていた。
「アキラ」
「なんですか」
「こないだ、お前んとこに納品したあの機械兵あるよな」
「アカツキマークIIです」
「そう。そのアカツキなんちゃら」
「アカツキマークIIです」
「細けぇなぁ」
「名前くらい覚えてくださいよ……」
ヤクは気にする様子もなく、ラックを見る。
「あれを作ったのは誰だと思う?」
「誰って……」
アキラが眉を寄せる。
「そんなの、ヤクさんじゃないんですか?」
「違うな」
「……?」
「あれを作ったのは――ラックだ」
「…………」
アキラが勢いよくラックを見る。
「ん?」
ラックは何でもないような顔をしていた。
「あのロボか」
「あ……あのロボって……」
「ロボはいいよなぁ」
ラックが腕を組む。
「男のロマンだ」
「…………」
「まぁ、アキラみたいな陰キャのネットオタクには、あの良さは分からないだろうなぁ」
「…………」
ラックはそんなアキラを放置して、ヤクへ顔を向けた。
「そういえば親方」
「ん?」
「あのロボって実戦に投入されるんですかね?」
「お……」
アキラの口が震える。
「お、おま……お前っ!」
「なんだよ」
「いや……」
アキラがラックを見つめる。
「……あなたが」
「は?」
「あなたが……あの機体を作られたのですか……?」
「…………」
ラックの眉間に皺が寄った。
明らかに。
態度が違う。
「どうした」
一歩下がる。
「気持ち悪いな」
汚物を見るような目だった。
「…………」
アキラは少しずつ冷静さを取り戻す。
「……コホン」
一度、咳払い。
しかし。
その頬はまだ、僅かに赤かった。
「今までのこと……」
「?」
「その……なんだ……」
アキラは視線を逸らす。
「……悪かったな」
「…………」
「…………」
「はぁ?」
ラックが目を丸くする。
今の言葉がアキラから出たものだと理解するまで。
少し時間がかかった。
「お前……頭でも打ったのか?」
「うるせぇな!」
「いや、だってお前が謝るとか……」
「もういい!」
アキラが立ち上がる。
「ラック」
「なんだよ」
「これから、俺のラボに来てくれないか」
「…………」
ラックはますます怪訝な顔をする。
「マジでどうしたんだよ……」
「いいから来い」
「まぁ……いいけど」
アキラはホログラムを閉じると。
ラックを連れて食堂を出ていった。
残されたヤクは。
二人の背中を見送りながら。
「青春だねぇ」
そう漏らした。
*
アキラのラボラトリー。
実験場に併設された、大型倉庫。
扉が開く。
「…………!」
ラックの目が輝いた。
倉庫の中央。
巨大な黒い機体が格納されている。
――アカツキマークII。
「おいおいおい!」
ラックが駆け出す。
「なんでここに俺が作ったブラックサンダー号がいるんだ!」
「違う!」
アキラが即座に否定する。
「アカツキマークIIだっ!」
「アカツキ……」
ラックが振り返る。
「なんだって?」
「アカツキマークII!」
「ブラックサンダー号の方がカッコいいだろ」
「どこがだ!」
「見ろよ、この黒い装甲。どう見てもブラックサンダーだろ」
「俺がアカツキマークIIって名付けたんだよ!」
「勝手に名前変えんなよ」
「こっちの台詞だ!!」
「…………」
しばらく睨み合う。
アキラが。
ふっと息を吐いた。
「……まあいい」
「あ?」
「見てろ」
アキラがホログラムを展開する。
指を滑らせ。
仮想のキーボードを叩く。
《AKATSUKI Mark II》
《SYSTEM ONLINE》
――ウィィィィン。
「……ん?」
ラックが振り返った。
巨大な機体の頭部が。
ゆっくりと動く。
「うわっ!!」
ラックが飛び退いた。
――ガコン。
固定されていた腕が動く。
続いて。
脚部。
――ズンッ!!
アカツキマークIIが一歩踏み出した。
「…………!」
ラックの目が。
一気に輝く。
「すげぇぇぇぇぇ!!」
倉庫中に声が響いた。
「動いてるぅ!!」
巨大な機体の周囲を走り回る。
「腕も動いてる! 脚も! おい、これバランス制御どうなってんだ!?」
「フッ……」
そんなラックを横目に。
アキラは自慢げに鼻の下を指で擦った。
「これ……」
ラックがアカツキマークIIを見上げる。
「お前が操作してるのか?」
「ああ」
アキラも機体を見上げた。
「俺がプログラムを書き上げた」
「…………」
「こいつに――命を吹き込んだ」
「…………」
ラックは何も言わなかった。
自分が作った機体が。
目の前で動いている。
ゆっくりと。
その視線をアキラへ向ける。
「……やっぱ」
「あ?」
「お前じゃないとダメみたいだ」
さっきまでのふざけた表情は消えていた。
「もう一度言う」
ラックがアキラの前に立つ。
「カイの新しいMURAMASAを作りたい」
「…………」
「今のままじゃダメだ」
ラックは。
アカツキマークIIを見る。
「今のMURAMASAじゃ……あいつを守りきれない」
「…………」
「だから」
ラックが手を差し出した。
「手を貸してくれ」
アキラは。
差し出された手を見る。
そして。
「ああ」
その手を掴んだ。
「ラック、お前は最高のーーエンジニアだっ」
二人が。
初めて真正面から手を組んだ。
その時。
――ガラッ。
倉庫の扉が開いた。
「お」
二人が振り向く。
「やっぱりここにいたか、アキラ」
「ジン?」
そこにいたのは。
ジンだった。
その後ろには。
ゴウ。
そして――アンナ。
「…………」
アキラがアンナを見る。
目元が赤い。
いつものアンナとは。
どこか様子が違った。
「取り込み中のところ悪いんだが」
ジンが少し申し訳なさそうに頭を掻く。
「これから少しいいか……?」
「…………」
ラックとアキラが顔を見合わせる。
そして、握っていた手を勢いよく離した。
「……話ってなんだ」
アキラが尋ねる。
「後で説明する」
ジンが答えた。
「作戦室に来てくれ」
「…………」
アキラは。
ジンの後ろにいるアンナをもう一度見る。
「……分かったよ」
ジンたちの方へ歩いていく。
「アキラ!」
背後からラックが呼ぶ。
アキラが振り返った。
「話終わったら、俺のところに来てくれ!」
「ああ!」
アキラが手を上げる。
そのまま。
ジンたちと倉庫を出ていった。
――ガラガラ。
扉が閉まる。
「…………」
静かになった倉庫。
ラックは一人。
アカツキマーク IIを見上げた。
「待ってろよ、カイ」
黒い装甲へ。
そっと手を触れる。
「お前がもう負けないくらい――最高の機体を作ってやる」
「…………」
ラックは。
小さく拳を握った。
「だから……」
その目は。
巨大な機体を見上げたまま。
「――絶対、生きていろよ」




