第23話 Arts《アーツ》
「貴様……」
レイの鋭い視線が、カイの右手へ向けられる。
「今、何をした」
「…………」
自分でも、まだ完全には理解できていない。
ただ一つ分かるのは。
今までマークIIを相手に繰り返してきたことを――。
初めて、実戦で成功させた。
サザメが身につけている外骨格。
その制御情報へ干渉し、動作方向を書き換えたのだ。
「…………っ」
カイは大きく息を吐く。
そして。
刀を構え直した。
一歩、前へ。
ヒナタと。
傷ついたアズサを背中に隠すように立つ。
「カイ……」
ヒナタがその背中を見つめる。
「今のが――ジンたちが言っていた力なのね」
「……そうです」
カイはレイから視線を外さない。
「でも……こんな形で使うことになるとは、想定外でした……」
「そう」
ヒナタは短く答える。
その時。
コツ――。
レイが一歩、前へ出た。
「そうか」
銀色の髪が風に揺れる。
「前にも見せた、その力」
通信基地局。
あの時。
カイはGenesisの仲間たちを守るため。
周囲のあらゆる機器を停止させた。
レイは。
その光景を直接見ている。
「主人がお前を欲するのは――」
細い瞳がカイを捉える。
「その力なんだな」
その時。
「おねぇ……さま……」
掠れた声。
「……げほっ!」
血が地面へ落ちる。
「…………!」
カイが横目を向けた。
サザメ。
先ほどの蹴りが効いているのか。
腹部を押さえながら、巨大なギロチンを杖代わりにして立ち上がる。
口元から。
赤い血が垂れていた。
「まだ……遊べるよぉ……」
「サザメ」
レイが静かに告げる。
「下がれ。私がやる」
声は大きくなかった。
しかし。
先ほどまでとは明らかに違う。
レイの鋭い眼光が。
サザメを射抜いた。
「きゃぅっ……」
サザメの肩がびくりと跳ねる。
「……はーい」
不満そうに唇を尖らせながら。
一歩。
二歩。
サザメが後退する。
レイは周囲の兵士たちへ視線を向けた。
「お前たちも手を出すな」
政府兵たちが僅かに顔を見合わせる。
だが。
すぐに。
ガチャ――。
一斉に武器を下ろした。
「…………」
カイは警戒を解かない。
むしろ。
嫌な予感が強くなっていく。
これだけの兵士がいる。
それなのに。
この女は一人で戦うつもりなのか。
「天城カイ」
「…………」
「他の兵と――」
レイがゆっくりと剣を抜く。
「私たちナンバーズ」
白銀の刀身が姿を現した。
「何が違うのか、分かるか?」
「……?」
「力が強いからか?」
一歩。
「達人的な技術を持っているからか?」
さらに一歩。
「それとも――知略に優れているからか?」
レイが立ち止まる。
「全て否だ」
「…………」
カイの頬を汗が伝う。
「私たちナンバーズにだけ与えられた力がある」
レイが剣を下ろした。
そして。
右手を静かに持ち上げる。
「――《Arts》」
カイの瞳が揺れる。
「……アーツ?」
瞬間。
空気が変わった。
「……っ!?」
白い息。
カイの口から漏れた吐息が。
白く染まる。
気温が。
急激に落ちている。
レイの身体から。
白い冷気が溢れ出していた。
足元。
ピキ――。
小さな音。
レイのブーツを中心に。
地面が白く染まっていく。
ピキッ。
パキパキパキ――!!
霜。
それは瞬く間に広がり。
地面を。
草木を。
周囲の瓦礫さえも凍結させていく。
「な……」
カイが言葉を失う。
ヒナタも。
その光景を見て目を見開いていた。
「これが……」
「カイ!」
ヒナタが叫ぶ。
「来る!」
「――っ!」
レイが右手を突き出した。
その掌の前。
空気中に白い粒子が集まる。
そして――。
バキバキバキバキッ!!
巨大な氷柱が形成された。
鋭く。
巨大な槍のような氷塊。
カイの背筋に。
ぞくりと悪寒が走る。
理屈ではない。
本能だった。
――これはマズい。
次の瞬間。
「行け」
ドンッ!!
氷柱が射出された。
「――っ!!」
凄まじい速度。
避ければ。
後ろにいるヒナタとアズサへ直撃する。
カイが右手を突き出した。
「――《CODE:ZERO》!!」
瞬間。
空気が歪む。
カイの眼前まで迫っていた巨大な氷柱。
その輪郭が。
一瞬。
ぶれた。
そして――。
消えた。
「…………」
静寂。
細かな白い粒子だけが。
カイの周囲を舞い落ちる。
「……え?」
ヒナタが目を見開く。
レイも。
僅かに眉を上げた。
「ほぉ……」
その口元が。
ほんの少しだけ持ち上がる。
「やはりな」
「…………っ」
カイは荒く息を吐く。
レイが目を細める。
「お前の力……」
一拍。
「いや――」
カイの右手を見る。
「お前の《Arts》は、力を無効にするのか」
「……Arts……?」
違う。
そう言いかけた。
だが。
カイ自身。
この力が何なのか分かっていない。
「ならば」
レイが両手を広げる。
「どこまで防げる?」
バキッ――!!
「なっ……!」
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
レイの周囲に。
次々と巨大な氷塊が形成されていく。
その全ての先端が。
カイへ向けられた。
「カイ!」
「大丈夫です!」
レイの指が動く。
「行け」
一斉に。
氷塊が放たれた。
「――っ!」
一つ目。
「CODE:ZERO!」
消える。
二つ目。
右へ身体を振る。
頬を掠めて飛んでいく。
三つ目。
「CODE:ZERO!」
消滅。
四つ目。
刀で軌道を逸らす。
ガキィィン!!
「ぐっ……!」
凍てつく衝撃が腕を駆け抜ける。
「まだだ」
「――!」
レイが走り出していた。
速い。
「くっ!」
カイも地面を蹴る。
新たな氷塊。
「CODE:ZERO!」
消す。
その白い残滓を突き抜けて。
レイの剣が迫る。
ガキィン!!
二人の刀が激突した。
「ぐっ……!」
「…………」
レイの瞳が。
至近距離からカイを見つめる。
次の瞬間。
ピキ――。
「……?」
カイの刀身に。
白い霜が浮かんだ。
「――っ!」
冷気が刀を伝ってくる。
柄。
右手。
手首。
「くっ!」
カイは即座に後方へ跳んだ。
直後。
バキバキッ!!
先ほどまでカイが握っていた刀身の一部が。
白い氷に覆われる。
「…………っ」
あと一瞬遅ければ。
自分の腕まで凍っていた。
「今の攻撃も避けるか」
レイが剣を構える。
「面白い」
「....なんて攻撃だ....」
カイは荒い呼吸のまま刀を握り直す。
レイが腰を落とした。
「なら――」
左手を。
地面につける。
「これはどうだ」
ピキッ。
「――!」
カイの足元。
バキバキバキバキッ!!
地面を突き破り。
無数の氷柱が飛び出した。
「CODE:ZERO!!」
カイが右手を振るう。
迫っていた氷柱が。
一斉に消える。
その瞬間。
「――ごふっ!」
「カイ!?」
ヒナタが悲鳴を上げる。
鮮血。
カイの口から血が吐き出された。
ぽた。
ぽた。
赤い雫が。
凍った地面へ落ちる。
「……え……?」
カイ自身が。
何が起きたのか分からない。
鼻から。
生暖かいものが流れる。
目元からも。
赤い血が頬を伝っていた。
「カイ!!」
ヒナタが叫ぶ。
「……まだ……大丈夫……です」
「大丈夫なわけないでしょう!」
カイの視界が揺れる。
頭が。
割れるように痛い。
力を使う度。
脳の奥が焼けるように熱くなる。
それでも。
レイは待たない。
「なるほど」
静かな声。
「その力」
レイがカイを観察する。
「どうやら連続では使えないようだな」
「…………っ」
「なら――」
白い冷気が。
再びレイの身体から溢れ出す。
「そろそろ終わりにしようか」
ゴォォォォォ――!!
「――っ!!」
冷気の奔流。
視界全てが。
白く染まる。
「カイ!!」
後ろには。
ヒナタ。
そして。
動けないアズサ。
逃げられない。
「く……そ……!」
カイが右手を突き出した。
「CODE……ZERO……!!」
冷気が。
カイの正面で二つに割れる。
「ぐっ……!」
鼻から。
目から。
さらに血が溢れる。
「う……ぁ……っ!」
止めろ。
消せ。
後ろには二人がいる。
自分が退けば――。
「まだ……っ!」
だが。
ピキ――。
「…………!」
指先。
白い霜。
「くっ……!」
手の甲。
腕。
足。
少しずつ。
カイの身体を凍結が侵食していく。
「まだ……!」
意識が遠のく。
「まだ……だ……!」
その時だった。
――ドォォォォォォォン!!!
「なっ!?」
凄まじい爆発音。
地面が揺れる。
レイが視線を動かす。
物流センター脇。
地下へ続いていた古い搬入口。
その地面が。
爆発した。
瓦礫。
土煙。
炎。
その全てを吹き飛ばしながら。
一台のGenesis車両が――。
地下から飛び出した。
「うおおおおおおッ!!」
宙を舞う車両。
そして。
ズガァァァン!!
地面へ叩きつけられる。
激しくバウンド。
車体を滑らせながら停止する。
「…………!」
カイが。
霞む視界を向けた。
車両の扉が開く。
「カイッ!!」
聞き覚えのある声。
ジン。
キリカ。
セイジ。
そして――。
「カイ!!」
クナト。
「……みん……な……」
カイの口元が。
僅かに緩んだ。
「生きてやがったか!」
ジンが叫ぶ。
キリカがカイの状態を見る。
「カイ……っ!」
その表情が変わった。
「クナト!」
「ああ!」
二人が同時に車両から飛び降りる。
カイのもとへ。
だが。
「――っとぉ!」
巨大な影が。
二人の前へ降り立った。
ドォン!!
地面へ。
巨大なギロチンが突き刺さる。
「…………!」
クナトが急停止する。
金色のツインテール。
口元には。
まだ血が残っている。
それでも。
少女は笑っていた。
「あー!」
サザメの顔が輝く。
「この前のおにぃさんだ!」
「……てめぇ」
クナトの目つきが変わる。
サザメが片手を振った。
「やっほー!」
「…………」
「また会えたねぇ」
ギロチンを。
地面へ深く突き刺す。
そして。
その柄へ両手を乗せた。
「でも――」
にぃ。
不敵に笑う。
「ここから先は、とおさないよぉ」
「どけッ!!」
クナトが地面を蹴った。
「クナト、待て!」
ジンの声。
ガキィィィン!!
刀とギロチンが激突する。
「カイ!」
キリカが横から抜けようとする。
だが。
サザメがギロチンを振り回す。
「ダーメっ!」
「くっ!」
キリカが二丁拳銃を構える。
その間にも。
レイは。
ゆっくりと。
カイへ近づいていた。
コツ。
コツ。
「…………っ」
カイは刀を杖代わりにして立とうとする。
だが。
脚に力が入らない。
「く……そ……っ」
立て。
立たなきゃ。
ヒナタと。
アズサが。
「動かないで!」
ヒナタが叫ぶ。
だが。
カイは右手を上げる。
「まだ……」
力を。
振り絞れ。
「……まだ……やれ……」
レイが。
目の前まで来る。
「もういい」
「…………っ」
白い冷気。
カイの身体を包み込む。
ピキ。
ピキピキ――。
「ぐ……っ!」
手。
足。
肩。
身体の自由が。
奪われていく。
力が出ない。
「……っ」
視界が暗くなる。
「カイッ!!」
キリカの声が。
遠く聞こえる。
「どけぇぇぇぇぇッ!!」
クナトの怒号。
ガキン!!
ガキィン!!
武器のぶつかる音。
全部。
遠くなっていく。
「…………」
膝が折れた。
その身体を。
レイが受け止める。
「……捕らえた」
カイの意識が。
闇へ沈んだ。
「カイ!!」
キリカが叫ぶ。
レイは意識を失ったカイを抱き上げる。
「サザメ」
「はぁーい!」
クナトの刀をギロチンで受けながら。
サザメが振り返る。
「目標は達成した」
レイが周囲を見る。
Genesisの増援。
地下では。
今も戦闘音が続いている。
「これ以上の戦闘は、我々にもリスクだ」
「えー……」
サザメが頬を膨らませる。
「もう終わりぃ?」
「撤退するぞ」
「……はぁい」
サザメが。
ギロチンを大きく振るう。
ガァン!!
「ぐっ!」
クナトが弾かれる。
その隙に。
サザメが後方へ跳んだ。
「それじゃあ――」
笑う。
「まったね、おにぃさん!」
「待て!!」
クナトが追う。
「逃がすかッ!!」
だが。
その瞬間。
物流センターの巨大なシャッターが。
一斉に開いた。
ガガガガガガ――!!
「…………!」
ジンの顔色が変わる。
「まずい!」
倉庫内部。
そこに。
待機していたのは――。
政府軍。
一列。
二列。
三列。
奥が見えないほどの兵士たち。
無数の銃口が。
Genesisへ向けられる。
「伏せろッ!!」
ジンが叫んだ。
直後。
凄まじい銃撃。
「――っ!」
キリカが身を翻す。
セイジが遮蔽物へ飛び込む。
クナトも刀で弾きながら後退を余儀なくされる。
「カイ!!」
叫ぶ。
その視線の先。
レイが。
意識を失ったカイを抱えたまま。
政府軍の向こうへ離れていく。
「待てッ!!」
クナトが踏み込もうとする。
しかし。
弾幕が。
それを許さない。
「クソがぁぁぁぁッ!!」
刀を振るう。
届かない。
あと少し。
あと少しなのに。
その距離が。
どうしても縮まらない。
レイの姿が。
遠ざかる。
その腕の中には。
動かないカイ。
「カイィィィィッ!!」
クナトの叫びが。
第七物流センターに響き渡った。
そして――。
その日。
天城カイは――
セントラルに拉致された。




