第21話 罠
物流基地潜入作戦――当日。
Genesis、作戦室。
薄暗い室内の中央に、巨大なホログラムが浮かび上がっていた。
表示されているのは、今回の標的。
《第七物流センター》
巨大な倉庫群。
搬入口。
貨物ターミナル。
警備区画。
地下設備。
そして、中央都市へと伸びる輸送ルート。
建物内部の構造まで、細かく色分けされて表示されている。
その周囲に、作戦参加者たちが集まっていた。
ジンが全員を見渡す。
「今回の任務について、改めて伝える」
室内の空気が引き締まる。
「まず、今回のメンバーだが――少数精鋭でいく」
ジンがホログラムを操作する。
表示が切り替わった。
「まず、オペレーターとしてアキラ」
壁際の端末にもたれかかっていたアキラが、気だるそうに片手を上げた。
「現地までの順路、周辺警備、監視網。それと侵入後のルート解析は全部俺がやる」
「任せたぞ、アキラ」
ジンが続ける。
「次に――」
二人の女へ視線を向けた。
「五番隊隊長、ヒナタ」
「ええ」
「そして副隊長――アズサ」
「はいっ」
アズサが短く返事をする。
「二人には先導と周囲の警戒を頼む」
ジンが二人を見る。
「作戦中は常にアキラとの暗号化通信を張っておけ。何か異常があれば、どんな小さなことでもすぐに報告しろ」
「分かったわ」
ヒナタが頷いた。
そして。
ジンの視線が最後の一人へ向けられる。
「カイ」
「……はい」
「お前の仕事が今回の作戦の肝だ」
ホログラム上に、一つの区画が赤く表示された。
物流センターの認証管理システム。
「ここまで侵入したら、アキラの指示に従って政府の認証データを書き換えろ」
「…………」
「前にも言ったが――」
ジンの目が鋭くなる。
「システムは止めるな」
カイが頷く。
「監視でも認証でも、一つ不自然に停止すりゃ、侵入したことを教えてるようなもんだ」
「……分かってます」
「俺たちが欲しいのは中央都市へ入るためのパイプだ。基地をぶっ壊すことじゃねぇ」
ジンはカイを真っ直ぐ見た。
「行けるな」
以前なら。
その言葉に、一瞬迷っていたかもしれない。
自分にできるのか。
失敗しないのか。
誰かを危険に晒さないか。
だが。
今のカイは。
ジンの視線から逃げなかった。
「――はい」
力強く。
しっかりと答えた。
ジンの口元が、僅かに上がった。
「よし」
*
暗闇。
その中を。
三つの足音が駆け抜けていく。
タッ、タッ、タッ――。
天井に並ぶ非常灯だけが、古びた地下道を照らしていた。
先頭を走るヒナタ。
その後ろにアズサ。
最後尾をカイが走っている。
三人の足音が、地下道の奥へ反響する。
「もうそろそろ目的の地点ね」
ヒナタが走りながら、視界に展開されたホログラムへ目を向ける。
青い現在地。
そのすぐ先に、目的地点を示す光が点滅していた。
カイは周囲を見回した。
壁には無数の亀裂。
錆びついた配管。
所々に、読めなくなった案内板が残されている。
「こんな地下道があるんですね」
「この国には、昔使われていた地下鉄道が残置されていて、蜘蛛の巣のように張り巡らされているんです」
アズサが前を向いたまま答えた。
「地下鉄道……」
「政府が現在使用している交通網からは外されています。だからこそ、監視の目も薄い」
アズサが続ける。
「私たち五番隊は、こういった旧道を使って日夜諜報活動を行っています」
「そうなんですね」
カイは少し感心したように周囲を見る。
Genesisで生活していても。
まだ知らないことばかりだった。
やがて。
ヒナタが速度を落とした。
「着いたわ」
三人の前に現れたのは、巨大な鉄扉。
赤錆に覆われ。
長い間、誰にも開けられていなかったかのように見える。
ヒナタが耳元へ手を当てる。
「アキラ、着いたわ」
僅かなノイズ。
すぐに声が返ってきた。
『確認した』
「ルートを指示して」
『そのまま中へ入れ。すぐ階段がある』
ヒナタが扉を見る。
『そこを上まで登れば、物流センターの近くへ出られる』
「警備は?」
『旧道、監視も手薄だ。派手に動かなければ、まずバレることはない』
「分かった」
ヒナタが扉へ身体を寄せる。
そして。
二本の指を立てた。
ハンドシグナル。
アズサが無言で頷く。
腰からナイフを抜く。
カイも息を整えた。
アズサが扉へ手をかける。
ギィィ――。
僅かな隙間。
中を確認。
異常なし。
アズサが目で合図する。
直後。
ヒナタが滑り込む。
カイが続く。
最後にアズサ。
中には。
アキラの言った通り、上へと続く階段があった。
「行くわよ」
三人は一気に駆け上がる。
やがて。
階段の終点。
そこには。
《非常口》
そう書かれた古びた扉が一枚。
ヒナタが取っ手へ手をかける。
ゆっくり。
ほんの僅かだけ開けた。
光が差し込む。
「…………」
外を確認。
人影はない。
ヒナタが外へ出た。
続いてカイ。
アズサ。
「……ここは」
カイが辺りを見回す。
森だった。
伸び放題になった草。
木々を覆う蔦。
そして少し離れたところには、苔に覆われた古いホームのような構造物が残っている。
錆びついた看板。
崩れかけた屋根。
地面から僅かに覗く、赤茶色のレール。
かつて。
多くの人間がここを行き交っていたのだろう。
今は。
鳥の声と、木々が揺れる音しか聞こえない。
「行くわよ」
ヒナタの声で、カイは我に返った。
三人は腰を落とし。
草木をかき分けながら森の中を進んでいく。
数分後。
「――止まって」
ヒナタが突然、片手を上げた。
カイとアズサが即座に止まる。
ヒナタは木の幹へ身体を寄せると。
ゆっくりと顔を覗かせた。
「あれね」
カイも木陰から見る。
その先。
森が途切れた場所に。
巨大な建造物があった。
鉄とコンクリートで作られた、巨大な倉庫のような施設。
無機質な外壁。
いくつもの搬入口。
その奥には、大型輸送車両が並んでいる。
第七物流センター。
目的地。
「…………」
ヒナタが目を細めた。
施設の周囲。
人影。
一人。
二人。
三人。
巡回する警備兵たち。
その手には――。
「銃……」
カイが小さく呟く。
明らかな武装。
ヒナタの表情が変わる。
「……妙ね」
「何がですか?」
アズサが尋ねる。
「警備が多すぎる」
「…………」
「ここは軍事施設じゃない。ただの物流拠点よ」
もう一度。
ヒナタは施設を見る。
警備兵。
銃器。
巡回ルート。
「こんな何もない物流基地に、あれだけ武装した警備を置くなんて……」
嫌な感覚。
背中を這うような。
五番隊隊長として。
何度も敵地へ潜入してきたヒナタの勘が。
警鐘を鳴らしている。
ヒナタが耳元へ手を当てた。
「アキラ」
返事はない。
「目的地に着いたわ」
沈黙。
「でも、なんだか妙よ。警備が――」
『――――ザッ』
「…………?」
ノイズ。
「アキラ?」
返事がない。
「ねぇ、聞いてるの?」
『ザザッ――――』
「…………」
ヒナタの目が見開かれる。
「まさか――っ!」
その瞬間だった。
背後。
「みーつけたっ!」
「――!!」
カイが振り返る。
金色。
視界いっぱいに。
金色のツインテールが舞っていた。
少女が。
笑っている。
満面の。
無邪気な笑顔。
そして。
その小さな身体には到底似合わない。
巨大なギロチン。
「死んじゃえっ!」
振り下ろされる。
「カイッ!!」
アズサが割り込んだ。
両手に握ったナイフを交差させる。
直後。
ガァァンッ!!
金属同士が激突した。
「ぐっ――!!」
アズサの腕が軋む。
地面が沈む。
一瞬。
耐えた。
だが。
「えへっ」
少女が笑った。
さらに力を込める。
「――っ!!」
アズサの身体が浮いた。
「アズサ!!」
凄まじい勢いで吹き飛ばされる。
ドゴォッ!!
背中から木へ激突。
幹が大きく揺れた。
「がっ……!」
アズサが地面へ崩れ落ちる。
「アズサ!」
ヒナタが叫ぶ。
だが。
すぐに少女へ視線を戻した。
金色のツインテール。
巨大なギロチン。
その姿を。
ヒナタは知っていた。
報告書で。
第四番隊から上がってきた戦闘記録で。
「ナンバーズ……っ!!」
奥歯を噛み締める。
ヒナタの顔に。
明確な怒りが浮かんだ。
「正解っ!」
サザメが嬉しそうに笑う。
「それじゃあ――」
巨大な刃を肩へ担ぐ。
「遊ぼっか!」
「…………っ」
カイは武器を構えた。
だが。
動揺を隠せない。
どうして。
ここにナンバーズがいる。
今日。
この時間。
この場所に――。
まるで。
最初から。
自分たちが来ることを知っていたように。
*
Genesis――司令室。
「応答しろ、ヒナタ!」
ジンの怒声が響く。
「カイ! 聞こえてんなら返事しろ!」
『ザザザザ――』
返ってくるのは。
耳障りなノイズだけ。
「くそっ!!」
ドンッ!!
ジンの拳が机を叩いた。
「どうなってやがる!」
「待て……今調べてる……!」
アキラが端末へ食いついていた。
いつもの気だるそうな表情はない。
指が猛烈な速度でキーボードを叩く。
いくつものウィンドウが展開。
通信経路。
電波強度。
暗号化回線。
周辺ネットワーク。
次々と解析されていく。
「…………っ」
アキラの額に汗が浮かぶ。
「どうやら……」
「なんだ!」
「強力な電波障害が発生してる」
「電波障害?」
「自然発生じゃない」
アキラが別のウィンドウを開く。
「俺たちの暗号化通信だけじゃない。物流センター周辺の通信帯域そのものが潰されてる……!」
「じゃあ現地の状況は」
「分からない!」
アキラが珍しく声を荒らげた。
「くそっ……!」
何度操作しても。
返ってくるのはノイズ。
「駄目だ……」
アキラが頭を抱える。
「状況が分からない……っ」
その時。
「……まさか」
低い声。
壁際にいたクナトが顔を上げた。
「クナト?」
ジンが見る。
だが。
クナトは答えない。
勢いよく立ち上がる。
「ガザ!」
「はいよ、隊長」
近くにいた大柄な男が立ち上がった。
「ついてこい!」
「おう!」
二人が出口へ向かう。
「おい!」
ジンが怒鳴る。
「お前ら、勝手な行動は――!」
扉が閉まった。
「…………」
一瞬の沈黙。
「くそっ!」
ジンが乱暴に頭を掻く。
そして。
迷わなかった。
「作戦失敗だ」
室内にいた全員がジンを見る。
ジンは椅子に掛けていた黒いコートを掴む。
羽織る。
「準備しろ」
その目には。
もう迷いはなかった。
「俺らも出るぞ」
セイジが立ち上がる。
「了解」
キリカも腰の拳銃を確認した。
「分かった」
ジンは二人を連れ。
司令室の出口へ向かう。
背後では。
アキラが必死に通信回線を復旧し続けている。
モニターを埋め尽くす。
大量の警告表示。
その中央。
ヒナタたちの通信回線を示す表示だけが。
赤く点滅し続けていた。




