第19話 最強の剣士
夜。
昼間とは違う、暖かな橙色の照明が店内を照らしていた。
Genesisの居住区にある――アンナの店。
昼間はカフェとして、住人たちが食事や休憩に訪れる場所。
だが夜になると、その姿は少し変わる。
カウンターの奥には酒瓶が並び。
テーブルには料理と酒。
仕事を終えたGenesisの住人たちが、今日一日の疲れを癒すために集まっていた。
今夜も店内は賑やかだった。
「がっはっはっはっ!」
その中でも、一際大きな笑い声。
店の一角。
巨大なジョッキを片手に、大柄な男が豪快に笑っている。
その周囲にも数人の男たち。
彼らの服には共通して、
四番隊の《Ⅳ》の文字が刻まれていた。
「お待たせしました」
アンナが新しいジョッキを運んでくる。
「はい、どうぞ」
「おおっ! 待ってましたぁ!」
大男が嬉しそうにジョッキを受け取る。
アンナは腰に手を当てた。
「あまり飲みすぎないでくださいね?」
「大丈夫だ、アンナちゃん!」
男はジョッキを掲げる。
「まだまだこれからだぁー! はっはっはっ!」
「もー」
アンナが呆れたように笑う。
「そう言って、この前もお店で寝ちゃって大変だったんですよ?」
「ごめんごめん、アンナちゃん!」
「運ぶの大変だったんですからね」
「悪かったって!」
周囲の隊員たちが笑う。
アンナも笑いながら、空になった皿をまとめていく。
「でも、こんなに飲んで大丈夫なんですか?」
「ん?」
「明日は仕事、ないんですか?」
「ああ」
大男が酒を一口飲む。
「当分はないんだ」
「そうなんですか?」
「一週間後に大規模作戦があるらしくてな。それまで準備期間なんだと」
アンナの手が――止まった。
ほんの一瞬。
「……大規模作戦?」
「ああ」
男は気づかない。
「つっても、俺たち4番隊には関係ねぇけどな」
「そうなの?」
「なんでも潜入作戦らしい」
男は頭を掻く。
「俺らみてぇな脳筋連中に潜入なんざ無理だろ?」
「そりゃそうだ!」
仲間の一人が笑う。
「お前なんか潜入して三秒で見つかるぞ!」
「うるせぇ!」
再び笑いが起こる。
アンナだけが笑っていなかった。
「……どこに潜入するの?」
「んー?」
男は少し考える。
「どこだったかな」
酒の入った頭で記憶を探し――。
「ああ、政府の輸送基地だったか?名前が確か第七物流センター......だったか」
「…………」
「まぁ、なんにせよ当分はゆっくりできそうだ」
「……そうなんだ」
アンナの手に力が入る。
握っていたジョッキが、小さく軋んだ。
「ん?」
大男がアンナを見る。
「どうしたんだ、アンナちゃん?」
「……え?」
我に返る。
「いや」
すぐにいつもの笑顔を作った。
「なんでもないよ。ほら、新しいお酒!」
「おお!」
「空いてるお皿、下げちゃうね」
アンナは手早くテーブルを片付ける。
そして。
皿を抱え、カウンターへ戻っていった。
背後からは、変わらず男たちの笑い声が聞こえている。
「…………」
アンナはカウンターに皿を置いた。
その手が止まる。
「一週間後……」
小さな声。
「輸送基地……」
もう一度。
確認するように呟く。
アンナの顔から。
先ほどまでの笑顔は消えていた。
*
翌日。
Genesis内部。
居住区と訓練区画を繋ぐ通路。
「…………」
カイは一台の自動販売機の前に立っていた。
何を買うか少し迷った末。
缶コーヒーのボタンを押す。
ガコン。
「……よし」
取り出し口から缶を拾う。
その時だった。
足音。
「ん?」
振り返る。
「…………」
「…………」
クナト。
目が合った。
昨日。
『俺はお前が一番怪しいと思ってる』
その言葉が蘇る。
「…………」
カイはそそくさと缶コーヒーを取った。
軽く頭を下げる。
「……どうも」
そして、そのまま横を通り過ぎようとする。
「待てよ」
足が止まった。
「…………はい?」
恐る恐る振り返る。
クナトは少し言いづらそうにカイを見ていた。
「昨日は悪かったな」
「え?」
「お前のツレを犯人扱いして」
「…………」
カイは少し驚いた。
クナトから謝罪されるとは思っていなかった。
「……いえ」
小さく首を振る。
「大丈夫です」
「…………」
クナトは壁に背を預けた。
「俺の大事な仲間が、何人も死んでる」
「…………」
「だから焦ってた」
拳を握る。
「誰でもいいから疑いてぇわけじゃねぇ。だが、このまま何もしなきゃ、また誰か死ぬ」
先日の戦い。
クナトの部下たち。
戻ってこなかった者たち。
「お前も気をつけろよ」
クナトが言う。
「ここ最近の政府軍の動きは、どこかおかしい」
「……はい」
カイは頷いた。
「ありがとうございます」
「…………」
少しの沈黙。
クナトがカイを見る。
「そうだ」
「?」
「お前、これから暇か?」
「え?」
突然の質問。
「まぁ……少しなら?」
「そうか」
クナトが歩き出す。
「付き合え」
「……どこにですか?」
「来りゃ分かる」
「…………」
嫌な予感がした。
*
数分後。
Genesis訓練場。
「…………」
カイは無言で立っていた。
目の前にはクナト。
そして。
クナトの手には二本の模造刀。
「……まさか」
一本が投げられた。
「うわっ」
カイが慌てて受け取る。
クナトは自分の模造刀を肩へ乗せた。
「構えろ」
「え?」
「聞こえなかったか?」
「いや、聞こえましたけど……」
カイが模造刀とクナトを交互に見る。
「どういうことですか?」
クナトの目が細くなる。
「お前を――」
腰を落とす。
「見極めさせろ」
「……!」
踏み込んだ。
速い。
「っ!」
カイが咄嗟に身体を逸らす。
ブォンッ!
模造刀が鼻先を通過する。
「……危なっ!」
カイが後ろへ跳ぶ。
「ほぉ」
クナトの口元が僅かに上がった。
「やるな」
「いきなり何するんですか!」
「構えろっつっただろ」
再び来る。
「くっ!」
キィンッ!
模造刀同士がぶつかった。
重い。
腕が痺れる。
「ぐっ……!」
受け止めた――。
そう思った瞬間。
クナトの刃が滑る。
カイの防御を流し、そのまま肩へ。
「っ!」
カイが身体を沈める。
頭上を模造刀が通過した。
そのまま横へ転がる。
立ち上がる。
「…………」
クナトが笑う。
「悪くねぇ」
「……そりゃ、どうも」
カイは息を整える。
今度は自分から構えた。
クナトが来る。
一撃。
二撃。
三撃。
「くっ……!」
速い。
だが。
見えないわけじゃない。
キリカとの訓練。
そして一か月に及ぶ、アカツキ・マークIIとの実戦同然の実験。
身体が以前より反応する。
カイは一撃を避け。
二撃目を受け。
三撃目を辛うじて弾く。
「……!」
クナトの目が僅かに変わった。
「いいな」
次の瞬間。
速度が上がった。
「え――」
ガキィンッ!
衝撃。
「ぐっ!」
カイの腕が弾かれる。
だが模造刀は離さない。
踏みとどまる。
クナトがさらに踏み込む。
横薙ぎ。
カイが受ける。
衝撃で足が滑る。
それでも。
「まだ……!」
刀を返す。
クナトの脇腹へ。
だが。
ガンッ!
簡単に弾かれた。
「遅ぇ」
「っ!」
次が来る。
上段。
カイは両手で模造刀を構えた。
受ける。
――はずだった。
「甘ぇよ」
瞬間。
軌道が変わった。
「……!」
カイの防御の僅かな隙間へ。
クナトの一撃が叩き込まれる。
ガァンッ!
「っ……!」
手から模造刀が吹き飛んだ。
カラン――。
床を転がる。
カイは勢いのまま、その場に膝をついた。
「はぁ……はぁ……」
「…………」
クナトが模造刀を肩へ乗せる。
「こんなもんか」
カイが顔を上げた。
「なかなかやる」
「……負けましたけど」
「当たり前だ」
即答。
「…………」
少しくらい慰めてほしかった。
クナトは床に落ちたカイの模造刀を見る。
「まだ荒い」
そして。
カイを見る。
「無駄な動きも多い。相手の攻撃を見てから反応してる。そんなんじゃ、本当に速ぇ奴には間に合わねぇ」
「…………」
「ただ――」
クナトが僅かに笑った。
「真っ直ぐで、いい剣筋だ」
「……え?」
カイが顔を上げる。
クナトは手を差し出した。
「付き合ってくれてありがとな」
「…………」
カイはその手を見る。
そして。
掴んだ。
クナトが一気に引き上げる。
「じゃあな」
「あ……はい」
それだけ言って。
クナトは訓練場を出ていった。
「…………」
残されたカイは、自分の手を見る。
まだ痺れていた。
「なんて速さの斬撃なんだ……」
一撃一撃が重い。
しかも速い。
そして何より。
刀の軌道が直前まで読めない。
「……あの速度……あの衝撃……」
カイの脳裏に、通信基地局で戦った銀髪の女が浮かぶ。
あの時は。
ほとんど何もできなかった。
それでも――。
「前に戦った、あの銀髪の女よりも……」
少なくとも。
純粋な剣技だけなら。
そう思わせるほどの何かが、クナトにはあった。
「…………」
カイは床の模造刀を拾う。
そして。
クナトが出ていった扉を見る。
「すごい人だ……」
小さく呟いた。
*
――セントラル。
巨大な空間。
音ひとつない。
白く。
無機質な空間の中央に。
巨大な長机が置かれていた。
そこには――。
十三人。
男。
女。
年齢も。
姿も。
武装も。
統一されていない。
ただ一つ。
彼らには共通点があった。
全員が――。
ホルダー。
セントラルが選抜した、十三人の最高戦力。
《ナンバーズ》
清水レイも。
金髪の少女も。
その席にいた。
長机の中央。
青白い光が集まり始める。
球体。
海。
大陸。
雲。
そこに現れたのは――。
地球を模した巨大なホログラム。
やがて。
声が響いた。
『よく集まってくれました』
十三人の視線が集まる。
『ナンバーズ』
誰一人として口を開かない。
『今日、集まっていただいたのは他でもありません』
地球のホログラムの周囲に数字が現れる。
《LEVEL1 制圧率》
数字が変化し。
停止した。
《42%》
『レベル1の制圧率についてです』
静かな声。
だが。
空間の空気が張り詰めた。
『――42%』
『これは非常に由々しき事態です』
十三人は黙っている。
『あなたたちの力をもってして、なぜこのような結果となっているのでしょうか?』
僅かな間。
そして。
『ねぇ――ファースト』
上座。
一人の男がゆっくりと顔を上げた。
「申し訳ありません」
低い声。
「マイロード」
ファースト。
ナンバーズの一人。
「現在、レベル1たちの巣を捜索中です」
『進展は?』
「レベル1たちの中へ紛れ込ませている密偵からの情報を待っております」
『その密偵の所在は分からないのですか?』
「はい」
ファーストは淡々と答える。
「どうやら相手側に、通信制御にかなり精通した者がいるらしく」
「位置情報の完全な把握ができません」
『…………』
「こちらから強引に接続を試みれば、相手側に密偵の存在を悟られる危険もあります」
ホログラムは何も答えない。
ファーストが続ける。
「また、密偵自身が保身のため虚偽の情報を送ってくる可能性もあります」
「そのため現状では――」
僅かに目を伏せる。
「完全に信用できる情報源とは言えません」
沈黙。
やがて。
『分かりました』
ホログラムが答えた。
『引き続き、よろしくお願いします』
「はっ」
ファーストが頭を下げる。
その時。
「一つ、よろしいでしょうか」
女の声。
ホログラムが向きを変える。
清水レイ。
「マイロード」
『なんでしょうか?』
「以前お話しした、黒髪の青年の件です」
一瞬。
地球のホログラムが――止まった。
『…………』
僅かな沈黙。
『見つかったのですか?』
声色が変わった。
ほんの僅か。
だが。
それまでと明らかに違う。
レイが目を細める。
「いえ……申し訳ありません」
『…………』
「そういうわけではありません」
レイが手元を操作する。
「彼についてのデータは、そのほとんどが消失していました。ですが、破損した領域から、いくつか復元に成功しましたのでご報告を」
長机の中央に、新しい映像が現れる。
黒髪。
若い男。
その顔が映し出された。
「彼が――」
レイが言う。
「その青年です」
映像の横に。
名前が表示される。
《天城カイ》
「…………」
地球のホログラムが。
沈黙した。
一秒。
二秒。
三秒。
そして。
『――天城カイ』
その名前を。
確かめるように口にする。
『……やはり』
レイが僅かに眉を寄せた。
『ようやく――目覚めたのですね』
「…………?」
レイの表情に、初めて明確な疑問が浮かんだ。
「ご存じなのですか?」
『はい』
即答だった。
『よく知っています』
十三人のナンバーズが。
中央に浮かぶカイの姿を見る。
『彼は必ず見つけてください。発見した場合、殺してはいけません』
『天城カイは――』
一瞬。
言葉が止まる。
そして。
『生きたまま確保してください』
空間の空気が変わった。
カイの映像の横に。
赤い文字が浮かび上がる。
《最優先事項》
レイはしばらくカイの顔を見つめていた。
やがて。
静かに頭を下げる。
「……分かりました」
青白い地球。
十三人のナンバーズ。
そして。
その中央に浮かぶ――。
《天城カイ》
誰も。
それ以上の言葉を発することはなかった。




