第17話 亀裂
「ふざけるなっ!!!!」
怒声が、Genesis作戦室に響き渡った。
空気が震える。
作戦卓を囲んでいた幹部たちの視線が、一斉に声の主へ向けられた。
「クナト――」
「いつまでそんなこと言ってやがる!」
クナトが机を蹴るようにして前へ出る。
そのまま、ジンへ掴みかかろうとした。
「隊長」
横から伸びた腕が、クナトを止めた。
「離せガザっ!」
「抑えてください、隊長」
クナトの腕を掴んだのは、無精髭を生やした男、4番隊副隊長、ガザだった。
怒り狂う隊長とは対照的に、やれやれといった面持ちでため息を吐く。
「今ジンさんにキレたって、何も解決しないでしょう」
「……分かってる!」
クナトは男の手を乱暴に振り払った。
そして苛立ったようにそっぽを向く。
「……今日もうちの隊で死人が出てる」
その一言で。
作戦室の空気が変わった。
「昨日はヒナタのところでも、死人が出た」
「…………」
「このままだとジリ貧だ」
クナトの拳が震える。
「手を打たなければ――」
――ドンッ!!
拳が壁へ叩きつけられた。
「本当に全滅だ」
誰も言葉を挟まなかった。
今日も仲間が死んだ。
昨日も仲間が死んだ。
それが明日も続くかもしれない。
クナトの怒りは、単にジンの判断が気に入らないからではない。
死んでいった部下たちを。
これ以上、増やしたくないだけだ。
「少し落ち着きなさい、クナト」
女の声がした。
作戦室の奥。
壁に背を預け、腕を組んでいた女性がクナトを見る。
Genesis――5番隊隊長。
ヒナタ。
「それをジンに言って、どうしたいっていうのよ」
「ヒナタ」
クナトが振り返る。
「お前だってもう分かってるだろ」
「…………」
「最近の政府軍の動きは、不審な点が多すぎる」
クナトがヒナタへ詰め寄る。
「こっちは毎回、念入りに調査した上で動いてる。それなのに――」
拳を握り締める。
「行く先々で待ち伏せを受ける」
通信基地局。
食料生産工場。
そして最近発生している、Genesisと政府軍との戦闘。
「一度や二度なら偶然で済む」
クナトの声が低くなる。
「だが、何度もだ」
「…………」
「誰かが俺らの情報を流している」
その言葉に。
作戦室の空気がさらに重くなった。
クナトが周囲を見渡す。
「そうとしか説明がつかないだろっ!」
「…………」
ヒナタはしばらく黙っていた。
やがて。
壁からゆっくりと背を離した。
「……ジン」
「なんだ」
「申し訳ないけど――」
ヒナタの表情から、先ほどまでの呆れた様子が消える。
「私もクナトと同意見よ」
クナトがヒナタを見る。
「政府軍だけじゃない」
ヒナタは作戦卓へ近づくと、端末を操作した。
空中へいくつもの情報が投影される。
地図。
政府軍の部隊配置。
戦闘発生地点。
そして――複数の人物情報。
「私たち5番隊でも色々と情報を集めてるけど……最近、ナンバーズの動きが活発になってる」
「ナンバーズ……」
何人かの表情が変わる。
ヒナタが続ける。
「政府の主戦力を、わざわざ郊外に派遣するなんて普通はしない」
地図上に表示された複数の赤い点。
それらはGenesisの活動区域と、不自然なほど重なっていた。
「政府は私たちの行動について、何かしら確信した情報を持っている」
ヒナタがジンを見る。
「そう考えた方が自然よ」
「ナンバーズ……」
ゴウが呟く。
いつもの柔らかな笑みはない。
珍しく、真剣な表情だった。
「政府お抱えの戦闘集団よね」
ゴウが顎に手を添える。
「聞いた話だと、ホルダーだけで構成された、とんでもない連中って話だったわね」
「ああ」
セイジが静かに口を開いた。
「ヒナタ」
「何?」
「カイが以前戦ったという銀髪の女」
セイジの視線が、投影された情報へ向く。
「あの女もナンバーズだったという話だったな」
「そうよ」
ヒナタが指を動かした。
複数のウィンドウが消え、一人の女性の姿が大きく表示される。
銀色の髪。
黒を基調とした政府軍装備。
そして――冷たい瞳。
「清水レイ」
ヒナタが告げる。
「西条レンの元上司だった女」
表示される情報は驚くほど少ない。
その多くには閲覧制限を示す表示が重なっている。
「ナンバーズに関する情報は政府が徹底的に隠してる。だから、この女について分かってることも少ない」
ヒナタは通信基地局で得た戦闘データを呼び出した。
「ただ――恐ろしく強い。そして冷血」
戦闘記録。
移動速度。
反応速度。
攻撃記録。
いくつもの数値が並んでいく。
「以前、カイが戦闘した際のデータも確認したけど……」
ヒナタの目が僅かに細くなる。
「あれは化け物ね」
「……その評価で間違ってない」
キリカだった。
腕を組んだまま壁に寄りかかっている。
「あの時、私は実際にあの女と戦った」
通信基地局。
レンとの再会。
そして――銀髪の政府兵。
キリカの表情が険しくなる。
「もしカイの異能がなかったら」
一瞬。
沈黙する。
「私もカイも、確実に殺されていた」
ゴウの表情がさらに険しくなった。
「……そんなに?」
「ああ」
キリカは短く答えた。
すると。
「ナンバーズなら、俺も最近戦った」
クナトが口を開いた。
「金髪を二つに束ねた女だった」
先日の食料生産工場。
巨大な武器を振り回しながら、笑っていた少女。
「アホみたいにデカい、ギロチンみてぇな武器を軽々振るっていやがった」
クナトが眉間に皺を寄せる。
「あんなのが何人もいるのかと思うと……気が重くなる」
「…………」
誰も笑わなかった。
クナトがここまで敵の強さを認める。
それだけで十分だった。
「だからこそだ」
クナトが再びジンへ向き直る。
「このまま放置してたら、今後もっと大きな損害が出る」
ジンは黙って聞いている。
「今日一人死んだ」
クナトが言う。
「昨日も死んだ」
拳が強く握られる。
「明日は何人だ?」
「…………」
「そうやって一人ずつ仲間を失っていけば、いずれGenesisそのものが崩壊する」
クナトの目には怒りがあった。
だが、その奥には。
恐怖もあった。
仲間がいなくなることへの恐怖。
「そうなる前に――」
クナトが言う。
「裏切り者を見つけ出す」
静まり返る。
「そして――裁く」
作戦室の空気が凍りついた。
その間。
ジンは一度も口を挟まなかった。
席に深く腰掛け。
両手を組み。
ただ全員の言葉を聞いていた。
しばらくして。
「……分かってるよ」
低い声がした。
ジンがゆっくりと立ち上がる。
「お前たちの言ってることは、俺にも分かってる」
「だったら――」
「だが」
ジンがクナトの言葉を遮る。
「犯人探しはしねぇ」
クナトの目が見開かれた。
「……は?」
「証拠もねぇのに、仲間を疑ってどうする」
「証拠なら今言っただろ!」
「それは政府に情報が漏れてる可能性が高いってだけだ」
ジンはクナトを真っ直ぐ見る。
「誰が漏らしてるのかも分からねぇ。そもそも本当にGenesisの人間なのかすら分からねぇ」
「だから調べるんだろうが!」
「疑い始めたら終わりだ」
「……何?」
「千人いる」
ジンが言う。
「ここには千人近い人間がいる」
「…………」
「誰かが怪しい。あいつじゃねぇか。いや、こいつかもしれねぇ」
ジンは拳を作る。
「そんなことを始めたら――政府と戦う前に、俺たちが俺たちを壊すことになる」
クナトが奥歯を噛む。
「……それでも、裏切り者を放っておくよりマシだ」
「俺はそうは思わねぇ」
ジンは静かに答えた。
「俺はGenesisを信じる」
そして。
「家族を信じてる」
「おいっ!」
クナトが再び一歩踏み出した。
「まだそんなこと――!」
――コン、コン。
「…………」
作戦室の扉が叩かれた。
全員の視線が止まる。
――ガチャ。
扉が開いた。
「ジン、いるか?」
アキラが顔を覗かせた。
その後ろにはカイがいる。
「実験結果のことで――」
アキラの声が止まった。
「…………」
カイも。
「…………」
二人が作戦室を見渡す。
怒りを露わにしているクナト。
険しい表情のヒナタ。
腕を組んだキリカ。
黙っているセイジ。
珍しく真剣なゴウ。
そして。
その中心に立つジン。
「…………」
カイの頬を、一筋の冷や汗が伝った。
隣を見る。
アキラも同じ顔をしている。
目が合う。
無言。
――今は入っちゃいけない。
二人の意見が、一瞬で一致した。
「……すみません」
カイが恐る恐る口を開く。
「お邪魔でしたか……」
そっと一歩後ろへ下がる。
「また後で来ます」
アキラも無言で扉を閉めようとする。
「待て」
「……っ」
二人の動きが止まった。
ジンだった。
「入れ」
カイが困ったようにアキラを見る。
「……いいんですか?」
「ああ」
ジンが自分の席へ戻る。
「ちょうどいい」
そして。
カイとアキラを見た。
「お前たちにも聞いてほしい」
「…………」
カイは少し迷った後。
「……分かりました」
作戦室へ足を踏み入れた。
アキラもその後に続く。
――ガチャ。
二人の背後で扉が閉まった。
作戦室に集まったGenesisの幹部たち。
その中で。
クナトだけは未だ納得できないように、ジンを睨んでいた。




