第15話 疑惑
郊外――食料生産工場。
巨大な建造物の内部に、銃声が響き渡っていた。
――ダダダダダダッ!!
弾丸が金属製のコンテナを削り、火花を散らす。
「くそっ! なんでこんな所に政府軍がいるんだ!」
Genesisの隊員の一人が、政府兵の攻撃を受け止めながら叫んだ。
その数、十数人。
本来なら物資を確保し、すぐに撤収するだけの任務だった。
だが――。
工場にはすでに政府軍が待ち構えていた。
「知るかっ!」
別の隊員が銃を撃ち返す。
――パンッ! パンッ!
政府兵が一人倒れる。
しかし。
「右だ!」
「っ!」
死角から迫っていた政府兵の刃を、Genesisの隊員が寸前で受け止めた。
「ぐっ……!」
押し込まれる。
「この……!」
その時だった。
「はーい、はーい、はーいっ!」
場違いなほど明るい声が響いた。
「!?」
Genesisの隊員たちが振り返る。
「おばかさんたちぃー」
瓦礫の上に、一人の少女が立っていた。
金色の髪。
左右で高く結ばれたツインテール。
小柄な身体。
幼ささえ残る顔には――満面の笑み。
そして。
その手に握られているものだけが、あまりにも異質だった。
巨大な刃。
少女の身長に迫るほどのそれは、まるで処刑台から取り外したギロチンだった。
「全員ここで――」
少女が笑う。
「死んできなさい♡」
――ドンッ!
床が砕けた。
「な――」
次の瞬間には。
少女の姿が消えていた。
「後ろだ!」
遅い。
――ザンッ!
巨大な刃が横薙ぎに振るわれる。
「ぐあっ!」
一人が吹き飛ぶ。
「この野郎!」
別の隊員が銃口を向ける。
少女は笑ったまま身体を回転させた。
ギロチンのような刃が弧を描く。
銃弾が弾かれる。
火花が舞う。
そのまま――。
「はいっ!」
刃が振り抜かれた。
「がっ……!」
隊員が床へ倒れる。
「次ぃ!」
まるで遊んでいる。
踊るように。
笑いながら。
金色のツインテールをなびかせ、Genesisの隊員たちの間を駆け抜けていく。
「なんだよ……こいつ……!」
「化け物がっ!」
その時。
――ギィン!!
少女の巨大な刃が止まった。
「……あれ?」
少女が瞬きをする。
巨大なギロチンを受け止めている。
一本の刀。
その刀を握る男の腕が震える。
だが――退かない。
Genesis第四番隊隊長。
神崎クナト。
「俺の部下に――」
クナトが刀を押し返す。
「これ以上、手を出すな」
――ギィンッ!!
少女の身体が後ろへ弾かれた。
軽やかに宙返りし、着地する。
「へぇ……」
少女が目を細めた。
先ほどまでとは違う笑み。
獲物を見つけた子供のような顔だった。
「お兄さん、すごいつよいね」
「…………」
クナトは刀を構える。
少女も巨大な刃を持ち上げた。
「じゃあ――」
にぃっ、と笑う。
「もうちょっと遊ぼっか」
踏み込む。
速い。
クナトの目が細くなる。
――ギィン!
刃と刃が激突する。
一撃。
二撃。
三撃。
巨大な武器からは想像できない速度で攻撃が飛んでくる。
それをクナトは刀で受け流す。
右。
左。
上。
――ギィン!
「っ……!」
一撃ごとに腕へ衝撃が走る。
重い。
だが。
クナトも退かない。
少女の首を狙って刀を振る。
「わっ」
少女が身体を反らす。
刃先が鼻先を掠めた。
そのまま回転。
巨大なギロチンがクナトの脇腹へ迫る。
「――っ!」
刀で受ける。
――ガァン!!
クナトの身体が数メートル押し飛ばされた。
靴底が床を削る。
「……チッ」
少女は楽しそうに笑っている。
「すごーい」
「…………」
「まだ死なないんだ」
「随分楽しそうだな」
「うん!」
即答。
「だって――」
巨大な刃を肩へ乗せる。
「強い人と遊ぶの、楽しいもん」
「悪趣味なガキだ」
「あはっ」
二人が再び武器を構える。
その瞬間だった。
――ドォォォォォン!!
「!?」
工場全体が揺れた。
巨大な爆発音。
外壁の一部が――吹き飛んだ。
煙。
瓦礫。
巻き上がる粉塵。
少女がそちらを見る。
クナトは僅かに口元を緩めた。
「……ようやく来たか」
粉塵の向こう。
一人の男が歩いてくる。
黒い団服。
無造作な黒髪。
口には煙草。
相葉ジン。
その後ろから――。
Genesisの精鋭たちが次々と突入してきた。
「すまん」
ジンがクナトを見る。
「遅くなったな、クナト」
「遅ぇよ」
「生きてんだからいいだろ」
ジンが片手を上げる。
その瞬間。
数十人の銃口が一斉に政府軍へ向いた。
「撃て」
――ダダダダダダダダダダッ!!
凄まじい銃声。
工場内部を弾丸の雨が埋め尽くした。
「敵増援!」
「応戦しろ!」
政府兵もすぐさま銃撃を返す。
Genesis側の隊員たちが物陰へ飛び込み、銃弾が壁や床を激しく削った。
「右から回れ!」
「負傷者を下げろ!」
「了解!」
ジンの増援によって、戦況は一気にGenesis側へ傾いていく。
少女へも大量の弾丸が飛ぶ。
「わっ!」
巨大なギロチンを回転させる。
――ギギギギギンッ!!
弾丸が刃に弾かれ、火花となって散った。
「…………」
少女が周囲を見る。
政府軍は急速に数を減らしている。
Genesis側はさらに増援が流れ込んでくる。
「んー……」
少し考えて。
頬を膨らませた。
「残念」
クナトを見る。
「この戦力差じゃ、さすがに分が悪い……か」
「逃がすと思うか」
クナトが刀を構える。
少女は笑った。
「今日はもういいや」
そして。
「バイバイ、お兄さん」
「!」
「また遊ぼうね」
少女が床を蹴った。
――ドンッ!
「なっ……!」
一気に跳び上がる。
数メートル。
さらに。
巨大な刃を頭上へ振り抜いた。
――ガシャァァァン!!
工場の天窓が粉砕される。
無数のガラス片が降り注ぐ中。
少女は夜空へ飛び出した。
「あははははははっ!」
高らかな笑い声だけが遠ざかっていく。
クナトはその姿を睨み続けていた。
◆
数分後。
戦闘は終わっていた。
政府軍は一掃。
生き残ったGenesisの隊員たちが負傷者の救助と物資の確認を始めている。
ジンはその光景を見渡しながら、クナトへ近づいた。
「生きてるか」
「なんとかな」
「そうか」
ジンがクナトの肩を軽く叩く。
そして。
その視線が、クナトの団服へ向いた。
あちこちが切り裂かれている。
血も滲んでいた。
「珍しいな」
「何がだ」
「お前がそこまでやられるなんてよ」
「…………」
クナトは先ほど少女が消えた天窓を見る。
「かなり強い相手だった」
「ほう」
「お前らの助けが遅かったら、俺もどうなってたか分からない」
少し間を置いて。
「……今回は助かった」
ジンは一瞬だけ目を丸くした。
そして。
「なんだ。ちゃんと礼言えんじゃねぇか」
「斬るぞ」
「怖ぇな」
ジンはふっと笑う。
煙草を咥えた。
火をつける。
煙を吐き出してから――。
「まあ」
クナトを見る。
「お前が無事でよかったよ」
「…………」
クナトは何も答えなかった。
だが。
刀を鞘へ収める。
ジンの表情が変わった。
「しかし……」
「?」
「妙だな」
クナトが振り返る。
「以前の通信基地局襲撃の時といい」
ジンが工場を見渡した。
「ここ最近の政府軍の動きは妙だ」
「…………」
「まるで――」
煙草の先端から灰が落ちる。
「俺らの動きを、最初から把握してるみてぇだ」
クナトの表情が険しくなる。
周囲では。
動かなくなったGenesisの隊員に、仲間が布を被せている。
一人。
また一人。
クナトはそれを黙って見つめた。
「……今回も」
低い声。
「数人の部下が死んだ」
ジンは黙る。
「もし」
クナトの手が刀の柄を握った。
「Genesisの中に裏切り者がいるなら――」
ぎり、と指に力が入る。
「俺がこの手で殺してやる」
「クナト」
「仲間を売って、そいつらを殺した奴を――俺は仲間とは呼ばない」
「…………」
ジンはしばらく何も言わなかった。
やがて。
「まあ、落ち着け」
煙を吐く。
「まだそうと決まったわけじゃねぇ」
「だが――」
「俺たちは家族だ」
クナトの言葉を遮る。
「…………」
「疑い始めりゃキリがねぇよ」
ジンが周囲を見る。
怪我人を運ぶ者。
亡くなった仲間の前に座り込む者。
物資を回収する者。
全員。
Genesisで生きてきた仲間たちだ。
「信じろよ」
ジンは言った。
「Genesisを」
クナトはしばらく答えなかった。
そして。
「……ああ」
短く返した。
◆
Genesis地下区画――アンナの店。
カラン。
氷がグラスの中で揺れる。
「最近、多いよな」
ラックがストローから口を離した。
いつものメロンソーダ。
カウンターの向こうでは、アンナが洗ったグラスを布で拭いている。
「何が?」
「戦闘」
ラックはストローを弄りながら続ける。
「死人もちょいちょい出てるって」
アンナの手が――止まった。
ほんの一瞬。
「…………」
それから。
何事もなかったように、再びグラスを拭き始める。
「そうね……」
声は穏やかだった。
「私たち非戦闘員は守られてる」
ラックがアンナを見る。
「…………」
「感謝しないとね……」
「……そうだな」
店の中が少し静かになる。
遠くから。
Genesisの住民たちの話し声が聞こえる。
ラックがメロンソーダを一口飲んだ。
「そういや」
「ん?」
「最近カイ見かけないけど、生きてんのか?」
アンナが瞬きをする。
「あー……」
少し考える。
「私も最近見てないけど」
「死んだ?」
「縁起でもないこと言わないの」
アンナが苦笑する。
「この前アキラがうちに来たのよ」
「…………」
ラックの顔が露骨に曇った。
「アイツ?」
「うん」
「何しに」
「コーヒー飲みに」
「……ふーん」
「それでね」
アンナが少し笑う。
「カイとの実験のこと、ずっと話してた」
「実験?」
「なんか……能力の解析がどうとか、アカツキ・マークIIの動作ログがどうとか」
「ああ……」
ラックが面倒くさそうな顔をする。
「アイツが好きそうな話だな」
「すっごく嬉しそうだったよ」
ラックの動きが止まった。
「……は?」
「?」
「あいつが?」
「うん」
「嬉しそう?」
「うん」
「…………」
ラックはアキラの顔を思い浮かべる。
眠そうな目。
深い隈。
いつも気だるそうな声。
それなのに、機械やロボットの話になった途端。
別人みたいに目を輝かせる。
『なんだ、半人前。お前もいたのか』
「…………」
ラックが眉間に皺を寄せる。
「全然想像できねぇ……」
「あら」
アンナが笑う。
「アキラって結構笑うのよ?」
「ふーん」
興味なさそうに返す。
ラックは再びストローを咥えた。
ズズッ。
メロンソーダを飲む。
アンナは小さく笑って、次のグラスへ手を伸ばした。
「…………」
布を当てる。
ゆっくり。
丁寧に。
磨いていく。
――死人もちょいちょい出てるって。
ラックの言葉が。
まだ耳に残っていた。
グラスを握るアンナの指がほんの少しだけ。
強くなった。




