第13話 アカツキ・マークII
翌朝。
Genesis地下区画――訓練場。
乾いた衝撃音が響いた。
「っ……!」
カイの身体が地面を滑る。
すぐさま片手をつき、立ち上がろうとする。
だが、その眼前にはすでに木刀の切っ先があった。
「遅い」
キリカだった。
「……はい」
「昨日より反応が鈍い」
「……はい」
「何か言いたいことある?」
「……眠いです」
「そう」
木刀が振り上げられる。
「目ぇ覚ましな!」
「ちょっ――!」
再び、乾いた音が訓練場に響き渡った。
◆
朝の稽古を終えて。
カイはレンと共に、アキラから指定された場所へ向かっていた。
Genesisのさらに地下。
普段使っている居住区や訓練場からも離れた区画だった。
分厚い隔壁の前で立ち止まる。
「ここ……ですよね?」
レンが壁に表示された区画番号を確認する。
「うん。アキラから聞いた場所はここ」
カイが認証装置へ手をかざす。
重い駆動音。
巨大な隔壁がゆっくりと左右へ開いていった。
その向こうを見た瞬間――。
「…………」
カイが立ち止まった。
広い。
いつもの訓練場より、遥かに広い。
天井までは数十メートル。
床も壁も分厚い金属で覆われ、至るところに衝撃を吸収するための構造が組み込まれている。
Genesis地下実験場。
兵器の試験や、大型装備の動作確認に使用される区画だった。
その中央に。
アキラがいた。
「お、来た来た」
「おはようございます」
レンが頭を下げる。
カイも軽く頭を下げた。
「……おはよう」
「おはよ。待ってたよ」
アキラは妙に機嫌がいい。
嫌な予感がした。
昨日。
満面の笑みで、
『期待しといてくれ』
と言っていた男である。
カイは警戒しながら実験場へ足を踏み入れる。
そして――。
それを見た。
「…………」
足が止まった。
「……アキラ」
「ん?」
カイの顔から血の気が引いていく。
「……これ、何?」
目の前にあったのは――。
巨大な鉄の塊。
全高、およそ五メートル。
人型。
全身を黒光りする装甲で覆われ、胴体は異様なほど分厚い。
脚部には巨大な駆動機構。
肩から伸びる装甲。
そして何より目を引くのが――その腕。
カイの胴体ほどもある、巨大な拳だった。
どう見ても。
人間が相手をするものではない。
レンもその巨大な機体を見上げる。
「……大きいですね」
「…………」
カイは答えない。
額に汗が浮かんでいた。
対してアキラは――。
満面の笑み。
「よく聞いてくれた!」
「…………」
「こいつは俺が設計して、ヤクさんに無理言って作ってもらった――」
両腕を広げる。
「ロマンの塊!」
カイの嫌な予感が確信に変わっていく。
アキラが巨大ロボットを指差した。
「その名も――アカツキ・マークII!」
「…………」
「五千馬力の超強力タービン動力炉を搭載! さらに全身十二か所に独立駆動機構を配置! 出力だけならGenesis製強化外骨格の常識を遥かに超えてる!」
「…………」
「こいつの最大の特徴は――」
「アキラ」
「なんだ?」
「それ……昨日の夜から作ったの?」
「まさか」
アキラは真顔になった。
「前から作ってた」
「…………」
「いつか完成させようと思って」
「そう……」
カイにはそれ以上聞く気力がなかった。
もう一度、巨大ロボットを見上げる。
「…………」
嫌な予感しかしない。
「あの……」
「ん?」
「これを……どうするの?」
アキラが笑った。
「戦うのさ」
「…………」
一拍。
「カイ」
アキラが指を差す。
「お前がな」
「…………」
カイは巨大ロボットを見る。
アキラを見る。
もう一度ロボットを見る。
「……俺が?」
「うん」
「これと?」
「うん」
「戦う?」
「そう」
「…………」
数秒。
理解が追いついた。
「いやいやいやいやいや!」
珍しくカイが声を荒らげた。
「それは流石に無理だ!」
「大丈夫大丈夫」
「どこが!?」
アキラが巨大ロボットの脚部を軽く叩く。
「昨日説明しただろ? 今回の実験の目的は、自分の意思で異能を発動させられるかどうか」
「それは聞いたけど……!」
「お前がちゃんと異能を発動できれば――」
アキラが機体を見上げる。
「こいつは止まる」
「…………」
「だから」
にっこり笑う。
「死ぬ気で自分の力を制御しろ!」
その瞬間。
――ヴォォォォォン……!
低い音。
「……え?」
カイが振り返る。
アカツキ・マークIIの頭部。
横一文字のセンサーが――赤く点灯した。
《起動》
全身の駆動部が動き始める。
空気が震える。
巨大な脚が、一歩前へ。
――ズンッ!!
床が揺れた。
「ちょ……」
カイが後ずさる。
「待って」
アカツキ・マークIIが右腕を持ち上げた。
「待って待って待って――!」
拳が振り下ろされる。
「うわっ!!」
カイは咄嗟に横へ飛んだ。
直後。
――ドゴォォォォンッ!!
凄まじい轟音。
「っ……!」
衝撃でカイの身体が転がる。
顔を上げる。
「…………」
拳が。
床にめり込んでいた。
金属製の床が陥没し、蜘蛛の巣状に亀裂が走っている。
カイの頬が引きつった。
理解した。
いや。
直感した。
これ――死ぬやつだ。
「アキラ……!」
カイが振り返る。
「言い忘れてた!」
実験場の出口へ向かって歩いていたアキラが振り返った。
「昨日、死にはしないって言っただろ?」
「言った!」
「あれは――」
一拍。
「嘘だ!」
「…………は?」
アキラが爽やかな笑顔で親指を立てた。
「食らったらちゃんと死ぬから、死ぬ気で避けろなー!」
「ちょっと待って!」
「俺はモニター室で測定するから!」
「アキラ!」
「あとは頑張れよー!」
隔壁が閉じていく。
「待って! 本当に待って!」
カイが走り出す。
しかし。
――ガコン。
目の前で隔壁が完全に閉じた。
「…………」
静寂。
カイは閉ざされた扉を見つめる。
背後から。
――ズン。
巨大な足音。
「…………」
カイはゆっくり振り返った。
アカツキ・マークIIが拳を構えている。
「…………」
カイの口元が震えた。
「ふざけるなぁぁぁぁあああ!!」
絶叫が地下実験場に響き渡った。
◆
――ドゴォォォン!!
「うわぁっ!」
巨大な拳がカイのすぐ横を通過する。
風圧だけで身体が持っていかれそうになる。
カイは転がりながら距離を取った。
「っ……!」
立ち上がる。
アカツキ・マークIIが迫る。
速い。
見た目からは想像できない。
五メートル近い巨体が、床を蹴った。
――ズンッ!!
一瞬で距離を詰めてくる。
「くっ……!」
カイは横へ跳ぶ。
巨大な脚が床を抉った。
逃げる。
避ける。
また逃げる。
だが――。
「っ……!」
朝のキリカとの稽古で、すでに身体は疲れている。
呼吸が荒い。
脚が重い。
それでも。
止まれば死ぬ。
「止まれ……!」
カイが手を伸ばした。
「止まれ!」
何も起こらない。
アカツキ・マークIIの拳。
「っ!」
紙一重で避ける。
「なんで……!」
今までなら。
誰かを助けなければならない時。
追い詰められた時。
あの感覚があった。
頭の奥。
何かが開くような――。
世界へ直接触れるような感覚。
でも。
今は来ない。
「止まれ!」
駄目だ。
「止まれって……!」
駄目。
何度やっても。
ただ叫んでいるだけ。
その間にもアカツキ・マークIIは止まらない。
一撃。
二撃。
三撃。
床が破壊されていく。
カイは必死に逃げ続ける。
やがて――。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
脚がもつれた。
「っ……!」
倒れる。
顔を上げる。
巨大な影。
アカツキ・マークIIが立っていた。
右腕が持ち上がる。
「…………!」
逃げられない。
拳が振り下ろされる。
その瞬間。
カイの頭の中から、余計なものが消えた。
恐怖も。
疲労も。
考えることさえ。
ただ一つ。
止める。
それだけ。
「――止まれ」
瞬間。
頭の奥に、鋭い痛みが走った。
「っ……!」
視界が歪む。
何かが――見えた。
目の前の巨大な機械。
その奥。
膨大な情報。
制御。
駆動。
出力。
命令。
一瞬だけ。
それらが重なって見えた気がした。
カイは無意識に、その中の一つへ手を伸ばす。
そして――。
0。
――ガクンッ!
拳が止まった。
カイの顔から、数センチ。
「…………」
風が頬を撫でる。
アカツキ・マークIIの赤いセンサーが点滅した。
一度。
二度。
そして。
――プツン。
光が消えた。
巨大な身体から力が抜ける。
完全停止。
「…………」
カイはしばらく動かなかった。
やがて。
「はぁ……」
身体から力が抜けた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
そのまま。
大の字になって床へ倒れた。
髪は汗で額に張り付き、服も埃まみれ。
指一本動かしたくない。
そのすぐ横には。
機能を停止したアカツキ・マークII。
巨大な鉄の塊が、沈黙している。
隔壁が開いた。
パチパチパチ。
拍手。
「お疲れお疲れー!」
「…………」
カイは顔だけを動かした。
アキラが満面の笑みで歩いてくる。
その後ろにはレン。
レンの顔は――。
真っ青だった。
「カイ……大丈夫ですか?」
「…………たぶん」
声が掠れている。
「すごいじゃん。ちゃんと力使えたな」
アキラが端末を見る。
「戦闘中のデータは全部採取させてもらったけど、間違いない。お前の意思で異能が発動してる」
カイが目を閉じる。
「……よかった……」
「いやー、いいデータ取れた」
「…………」
「特に最後の停止直前。脳活動が一気に跳ね上がってる」
アキラの指が端末を滑る。
「これなら、何回か繰り返せば発動条件も――」
「アキラ……」
「ん?」
「今日は……もう……」
カイが震える手を上げる。
「無理……」
「うん」
「…………」
「じゃ」
アキラが笑った。
「もっかいいってみよー!」
カイの目が開いた。
「…………え?」
アキラが端末を操作する。
――ヴォォォォォン……。
隣から。
聞き覚えのある駆動音。
カイの顔から血の気が引いた。
ゆっくり。
首を動かす。
停止していたアカツキ・マークIIのセンサーが――。
再び赤く点灯する。
「…………」
「第二セット開始!」
「ちょ……」
「頑張れカイ!」
「待っ――」
アカツキ・マークIIが立ち上がった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
カイの絶叫が実験場に響き渡った。
レンは青ざめた顔で、その光景を見つめていた。
◆
そして――。
その日。
Genesis地下実験場では。
同じ実験が、あと三回行われた。




