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第12話 改変の力

Genesis地下区画――作戦室。


重い扉が横へ開いた。


「失礼します」


カイが中へ入る。


その後ろからレンが続き、最後にキリカが扉を閉めた。


すでに作戦室には何人もの幹部が集まっていた。


中央の作戦卓を囲むように立ち、その正面にはジン。


少し離れたところでは、アキラが端末を操作している。


カイたちが空いている場所につく。


ジンが全員を見渡した。


「揃ったな」


作戦室の照明が落とされる。


正面の巨大モニターが点灯した。


映し出されたのは、巨大な都市。


幾重にも重なる高層建築。


空中道路。


無数のホログラム。


そして都市全体を外界から切り離すように築かれた、巨大な防壁。


中央都市。


カイが暮らしてきたスラムとは、あまりにも違う光景だった。


ジンが口を開く。


「それではこれより、次の作戦について説明する」


アキラがキーを叩く。


都市の一角が赤く染まった。


《中央都市第三データセンター》


「今回、アキラが前回の作戦で手に入れたログを解析したことで、俺たちの目標――Genesisの在処が判明した」


カイがモニターを見る。


隣にいたレンの表情も変わった。


「中央都市第三データセンターだ」


Genesis。


セントラルの母体。


そして――。


レンの記憶が残されているかもしれない場所。


カイは無意識に拳を握った。


ようやく。


ようやく、場所が分かった。


だが――。


「とはいえ」


ジンが続ける。


「場所が分かったからって、すぐに乗り込めるわけじゃねぇ」


画面が切り替わる。


中央都市を取り囲む防壁。


そこに九つの光点が現れた。


「中央都市に入るには、九つある検問所のどれかを突破する必要がある」


その一つが拡大される。


巨大なゲート。


何重もの防壁。


武装した政府兵。


無数の監視装置。


通過する人間の頭上にはブレインアーツによる認証情報が浮かび、その一人一人をシステムが識別している。


そして――。


《入域資格:SPEC LEVEL 3以上》


「LEVEL3……」


カイが呟く。


「ああ」


ジンが答えた。


「検問所を通過できるのはLEVEL3以上の人間だけだ」


「じゃあ、俺たちは……」


「通れねぇ」


即答だった。


「LEVEL1だと認識された時点で拘束対象だ」


カイの眉間に皺が寄る。


「それに――」


画面が再び切り替わった。


中央都市周辺の地図。


次々と赤い点が現れる。


政府軍施設。


駐屯地。


兵器格納庫。


警備拠点。


赤。


赤。


赤。


都市を埋め尽くしていく。


「前回の作戦みてぇな正面からの攻撃もできねぇ」


画面の隅に数字が表示された。


《推定政府軍兵力:1,000,000+》


「……百万?」


カイが目を疑う。


「百万人以上いる」


ジンが煙草を咥えた。


「中央都市で派手に暴れてみろ。一瞬で囲まれて即ジ・エンドだ」


キリカが腕を組んだまま画面を見る。


「さすがに正面突破は自殺ね」


「だからやらねぇ」


ジンは煙草に火をつけた。


「今回の目的はGenesisの攻略じゃない」


「……じゃあ?」


「偵察だ」


カイが顔を上げる。


ジンは赤く表示された第三データセンターを指差した。


「俺たちはまず、この目で見なきゃならねぇ」


「…………」


「これから目指すもんが、どんな場所にあって――」


画面が拡大される。


「どのくらいのデカさで」


さらに周囲の施設が表示される。


「どんだけ厳重な警備の中にいるのか」


ジンが煙を吐く。


「何も知らねぇまま突っ込んで全滅するほど、俺たちの命は安くねぇ」


幹部たちも黙って画面を見つめている。


まずは中央都市へ潜入する。


第三データセンターを確認する。


攻略方法を考えるのは、その後。


目的は理解できた。


だからこそ。


カイには一つ分からないことがあった。


「あの……」


「なんだ」


「でも、どうするんですか……?」


カイが画面を見る。


《LEVEL3以上》


「中央都市に入れるのは、LEVEL3以上なんですよね」


「ああ」


「俺たちはLEVEL1です」


カイは困ったように続ける。


「だったら……偵察することもできないんじゃ……」


ジンは何も答えなかった。


代わりに煙草を灰皿へ押しつける。


そして――カイを見た。


「カイ」


「はい」


「お前の異能には、先がある」


「……え?」


思わず聞き返した。


「先の力?」


「ああ」


「どういうことですか?」


ジンが視線を横へ向ける。


「アキラ」


「はいよ」


アキラが椅子を回転させた。


「説明してくれ」


「分かった」


アキラが端末を操作する。


画面いっぱいに、大量のログが表示された。


数字。


記号。


文字列。


カイにはほとんど理解できない。


「今回、俺は前回の通信基地襲撃で手に入れたログを解析した」


通信基地。


その言葉に、カイの表情が僅かに曇る。


赤い瞳になったレン。


サーバールームに現れた、あの銀髪の女。


身体を斬られ。


殺されかけ。


そして――。


レンが自分を庇って剣に貫かれた。


「カイ?」


レンの声。


「……あ、ごめん」


「大丈夫ですか?」


「うん」


カイはもう一度モニターへ視線を戻した。


アキラが続ける。


「ログを追った結果、すべての通信が中央都市第三データセンターに繋がってることが分かった。それでGenesisの場所を特定できた」


キーを叩く。


「で――その解析中に、もう一つ面白いことが分かった」


「面白いこと?」


「ああ」


アキラがカイを見る。


「お前の異能だ」


「俺の……?」


画面が切り替わる。


《SECURITY VALUE:0》


《ENCRYPTION:0》


《ACCESS AUTHORITY:0》


《CONTROL VALUE:0》


《SYSTEM VALUE:0》


カイは首を傾げた。


「……これ、何?」


「お前の異能が発動した直後のシステムログ」


「俺の?」


「そう」


アキラが画面を指差す。


「今まで俺たちは、お前の異能を機械やシステムを停止させる力だと思ってた」


「違うの?」


「たぶんな」


アキラの表情から軽さが消える。


「正確には――それだけじゃない」


カイが黙る。


「カイ」


アキラが言った。


「お前の異能は、この世界の電子情報そのものを書き換えてる可能性がある」


「……書き換える?」


カイは自分の手を見る。


「俺が……?」


「ああ」


アキラが政府の通信データを表示した。


一見しただけでは意味の分からない文字列が幾重にも重なっている。


「例えばこいつ」


「?」


「政府が使ってる暗号化通信だ。かなり強固な暗号がかけられてて、本来なら外部から書き換えるなんて不可能に近い」


「アキラでも?」


「時間をかければ穴を探すことはできる。でも、好き勝手に改ざんするなんて無理だ」


次のログ。


「ところがお前の異能が発動した瞬間――」


画面上の情報が変わる。


《ENCRYPTION:0》


「暗号化そのものが0になった」


「…………」


「こっちも」


《ACCESS AUTHORITY:0》


「こっちも」


《SECURITY VALUE:0》


「それだけじゃない」


大量のログが並ぶ。


そのすべてに。


0。


0。


0。


「お前の力が発動した瞬間、対象になった情報が強制的に0へ書き換えられてる」


カイが画面を見つめる。


「だから……機械が止まった?」


「そう考えると辻褄が合う」


アキラが頷いた。


「お前は機械を壊してるわけじゃない」


指先が《CONTROL VALUE:0》を示す。


「動作に必要な情報を0に書き換えてる」


「…………」


「だからシステムが動かなくなる」


カイは右手を握った。


今まで何度も使った力。


政府兵の装備を止めた時。


工場でキリカを助けた時。


通信基地でレンを守ろうとした時。


全部。


ただ「止めた」のではなかった。


「それと――」


アキラが言う。


「俺が一番気になってるのはここからだ」


「?」


「なんで0なんだ?」


カイは顔を上げる。


「え?」


「お前、自分で『この情報を0にしよう』なんて考えたことないだろ?」


「……ない」


そんなことを考える余裕なんてなかった。


ただ。


止まれ。


それだけだった。


「なのに、結果として全部0になってる」


アキラが画面に一つの数字を表示した。


《0》


「なら――」


数字が変わる。


《1》


さらに。


《2》


そして。


《3》


「0以外にも書き換えられる可能性がある」


カイの目が見開かれた。


「0以外……?」


「ああ」


「でも……」


「もちろん、まだ仮説だよ」


アキラが言った。


「できる保証なんてない」


ジンが口を開いた。


「だから確かめる」


カイが振り返る。


「カイ、アキラ」


「はい」


「お前たちにはこれから、カイの異能の解明と強化を行ってもらう」


「強化……」


「ああ」


ジンが指を一本立てた。


「まず、自分の意思で発動できるようにする」


二本目。


「次に、狙ったものだけに使えるようにする」


三本目。


「そして――」


「0以外の値に書き換える……」


カイが言った。


ジンが頷く。


「そうだ」


アキラが画面を切り替える。


そこに表示されたのは――。


《AMAGI KAI》


《SPEC LEVEL:1》


「例えば」


アキラがキーを叩く。


《SPEC LEVEL:3》


カイの目が止まった。


「……あ」


ようやく。


ジンたちが何を考えているのか理解した。


「まさか……」


「そのまさか」


アキラが笑う。


「検問所の認証データを書き換える」


「俺たちを……LEVEL3に?」


「システム上だけな」


セイジが口を開いた。


「検問所を停止させれば、その時点で異常事態として政府軍が動くでしょう」


「ですが――」


別の幹部が続ける。


「正常に稼働している検問所そのものが、我々をLEVEL3以上だと認証すれば、警報を発する理由がない」


「そういうことだ」


ジンが頷いた。


「正面から壁をぶっ壊す必要なんざねぇ」


中央都市を指差す。


「向こうから門を開けさせりゃいい」


カイは画面を見る。


《LEVEL3》


それは、ずっと自分には届かないものだった。


生まれた時からLEVEL1。


無能。


役立たず。


社会の底辺。


そう言われ続けてきた。


それを――。


自分の力で書き換える。


「もし」


ジンが言った。


「お前がデータを少しでも好きなように改変できるようになれば――」


中央都市。


九つの検問所。


そして、その先にある第三データセンター。


「LEVEL1の俺らでも、怪しまれずに検問を突破できるかもしれねぇ」


カイはしばらく黙っていた。


できるのか。


分からない。


今まで異能を使えたのは、誰かを助けなければならない時ばかりだった。


自分の意思で。


しかも好きな情報へ。


好きな数字を書き込む。


そんなことが本当にできるのか。


隣を見る。


レンがいた。


彼女の記憶。


Genesisへ行けば、取り戻せるかもしれない。


けれど――。


以前、レンが口にした言葉も覚えている。


記憶が戻ったら。


今の私はどうなるのかな。


昔のレンだけではない。


今ここにいるレンも。


カイにとっては――。


「……やります」


ジンがカイを見る。


「できるかどうか、分かりませんけど」


カイは自分の右手を見つめた。


「やってみます」


「そうか」


ジンはそれ以上何も言わなかった。


「アキラ」


「了解」


アキラが端末を閉じる。


「明日から実験開始な」


「わかったよ」


キリカが横から口を挟む。


「安心しな」


カイが振り返る。


「キリカさん?」


「午前中はいつも通り私が鍛えてあげるから」


「…………」


「午後はアキラの実験」


「…………」


「最高だね」


「俺死にませんかね......」


作戦室に小さな笑い声が起こった。


レンも口元を押さえて笑っている。


「レンまで……」


「すみません。でも……」


まだ笑っている。


カイは肩を落とした。


その横で、アキラが端末を開き直す。


「じゃあ明日までに実験用の環境作っとくよ、期待しといてくれ」


「なんか怖いんだけど.......」


アキラの指が止まる。


「安心しろ死にはしないから」


満面の笑みだった


「..........はい」


再び笑いが起こった。


やがてジンが作戦卓の端に置かれた煙草を取る。


「話は以上だ」


椅子が引かれ、幹部たちがそれぞれ立ち上がっていく。


キリカもセイジと短く言葉を交わしてから扉へ向かった。


「カイ、行くよ」


「はい」


カイもその後を追う。


レンが隣に並んだ。


「カイ」


「ん?」


「明日、私も見に行っていいですか?」


「実験?」


「はい」


カイは少し考える。


「……たぶん、見てても面白くないよ」


レンは微笑んだ。


「それは私が決めます」


「……そっか」


「はい」


二人は並んで作戦室を出ていく。


重い扉が閉まった。


室内に残された巨大モニター。


そこには中央都市を囲む九つの検問所が表示されている。


そして中央。


赤い光点の横に、白い文字が浮かんでいた。


《中央都市第三データセンター》


《GENESIS》

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