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第11話 希望と絶望

キィンッ!!


訓練場に、鋭い金属音が響き渡った。


「っ……!」


カイが刀を振り抜く。


キリカは身体を僅かに傾けるだけで、その一撃をかわした。


「遅い!」


「くっ!」


キリカの木製ナイフがカイの脇腹へ迫る。


ムラマサが反応。


カイの身体を強制的に後方へ跳ばす。


空振り。


着地。


間髪入れず、カイが床を蹴った。


ドンッ!


一気に間合いを詰める。


袈裟斬り。


キリカが受ける。


キィン!!


「……!」


そのままカイは身体を回転。


横薙ぎ。


キリカが後退。


さらに一歩。


追撃――。


「甘い」


「え?」


キリカの姿が消えた。


次の瞬間。


首筋に。


冷たい感触。


「…………」


背後に回り込んだキリカが、木製ナイフをカイの首へ当てていた。


「はい、私の勝ち」


「……またかぁ」


カイは肩を落とした。


「でも、前よりいい」


「本当ですか?」


「最後の追撃は悪くなかったよ」


「……!」


「ま、私にはまだまだだけど」


「…………」


「その顔やめな」


キリカが苦笑する。


訓練場の端。


ベンチに座って二人を見ていたレンが、小さく拍手をした。


「すごい……」


「ん?」


カイが振り返る。


レンは目を輝かせていた。


「お二人とも、すごいですね」


「そう?」


「はい」


レンは素直に頷く。


「どうやったら、あんなに速く動けるのでしょうか……」


「…………」


キリカとカイが顔を見合わせる。


そして。


キリカが苦笑した。


「少し前まで、あんたも同じように戦ってたんだけどね」


「私が?」


「そう」


「…………」


レンは自分を指差す。


「こんな動きを?」


「もっと速かった」


カイが呟いた。


「え?」


「……いや」


通信基地局での戦い。


自分へ襲いかかってきたレン。


あの速さ。


あの蹴り。


思い出しただけで腹が痛くなる気がした。


キリカが自分の身体を指差す。


服の下。


黒いフレームが僅かに覗いている。


「この外骨格――ムラマサの力だよ」


「ムラマサ……?」


レンが首を傾げる。


「人体の動きを読み取って、筋肉や関節を強制的に制御する」


キリカが軽く跳ねる。


瞬間。


身体が数メートル先へ移動した。


「こうやって常人以上の動きを可能にする装備」


「へぇ……」


レンが興味深そうに見る。


「面白そうですね」


「着てみるかい?」


「え?」


「キリカさん!?」


カイが慌てて割って入った。


「やめてください!」


「なんで?」


「なんでって……!」


カイは自分が初めてムラマサを着た日のことを思い出す。


全身を引き裂かれるような痛み。


立つことすらできず。


ようやく動けたと思ったら――。


壁へ激突。


気絶。


「これはそんな気軽に扱えるものじゃないでしょ!」


「あんたが下手だっただけじゃない?」


「えっ」


「冗談」


「…………」


最近。


キリカも少しだけカイをからかうようになった。


「それに」


キリカはレンを見る。


「ついこの間まで、あんたは政府軍の外骨格をあれだけ自在に操ってたんだ」


「…………」


「着こなせないわけがないだろ」


「でも記憶が……」


カイが言う。


「頭で忘れてても、身体が覚えてることはある」


「…………」


レンが自分の手を見る。


「身体が……覚えてる」


キリカは訓練場の奥へ歩いていった。


しばらくして。


黒いフレーム状の装備を持って戻ってくる。


「これはプロトタイプ」


床へ置く。


ガシャン。


「ムラマサほど強制力はないけど、それなりには動くだろ」


「…………」


レンは外骨格をじっと見つめる。


少し怖そうに。


それ以上に。


興味深そうに。


「私……」


外骨格へ触れる。


「これ、使ってみたいです」


「レン」


カイが心配そうに見る。


「大丈夫」


レンが微笑んだ。


「何か……思い出せるかもしれないから」


「…………」


カイは何も言えなくなった。


「じゃ、決まり」


キリカが笑った。



数分後。


レンの身体へプロトタイプの外骨格が装着されていた。


腕。


脚。


背骨。


関節。


最低限のフレームだけで構成された簡素なモデル。


「どう?」


キリカが尋ねる。


「……変な感じです」


レンが腕を動かす。


ウィン――。


外骨格が追従する。


「痛くない?」


カイが聞く。


「全然」


「…………」


カイの顔が引きつる。


自分の時とは大違いだった。


「少し歩いてみな」


「はい」


レンが一歩踏み出す。


ウィン。


普通に歩く。


二歩。


三歩。


「…………」


走る。


「え?」


カイの目が見開かれる。


そのまま。


跳ぶ。


着地。


身体を捻る。


再び跳躍。


一切の迷いがない。


まるで。


何年も使ってきた装備のようだった。


キリカが腕を組む。


「……やっぱりね」


「すごい……」


レン自身が一番驚いている。


「身体が勝手に動きます」


「記憶はなくても、運動学習までは消えてないみたいだね」


「…………」


レンは嬉しそうに自分の手を見る。


「カイ」


「ん?」


「私にもできました」


「あ、うん……」


「じゃあ」


キリカがニヤリと笑った。


「せっかくだ」


嫌な予感。


「二人でやってみる?」


「え?」


レンがカイを見る。


「模擬戦ですか?」


「そう」


「ちょっと待ってください」


カイが手を上げる。


「レンは今初めて――」


「やります」


「レン!?」


「やってみたいです」


「…………」


レンが笑っている。


その顔を見て。


カイは。


断れなかった。



二人が向かい合う。


レンには木製の刀。


カイにも訓練用の刀。


「無理しないでね」


カイが言う。


「はい」


「危ないと思ったらすぐ止めるから」


「分かりました」


「それと――」


「始め!」


キリカの声。


「えっ、ちょ――」


レンが消えた。


「――!?」


ガンッ!!


「うわっ!」


カイの刀が弾き飛ばされる。


「え?」


次の瞬間。


足払い。


「うおっ!?」


身体が宙に浮く。


ドンッ!!


背中から床へ。


「ぐっ……!」


視界いっぱいに天井。


そして。


喉元。


木刀。


「…………」


レンが。


申し訳なさそうに見下ろしていた。


「……大丈夫ですか?」


「…………」


「カイ?」


訓練開始から。


およそ三秒。


「…………嘘だろ」


カイが呟いた。


キリカが腹を抱えて笑っている。


「ははははっ!」


「笑わないでください!」


「いや、だって……!」


「こっちは一ヶ月以上ずっと訓練してるんですよ!?」


「才能の差だね」


「そんな!」


レンが慌てて木刀を下ろす。


「ご、ごめんなさい!」


「レンは悪くないよ……」


「でも」


「悪くない……」


カイは天井を見つめたまま。


「悪くないけど……」


涙が出そうだった。


「……嘘だろ……」


また。


キリカの笑い声が訓練場に響いた。



同じ頃。


Genesis本部。


作戦室。


「…………」


無数のモニター。


画面いっぱいに流れる。


数字。


文字列。


座標。


通信経路。


暗号化されたデータ。


その前に。


アキラが座っていた。


後ろにはジン。


「…………」


二人とも。


真剣な表情で画面を見つめている。


数日前。


Genesisが多数の負傷者を出してまで政府の通信基地を襲撃した理由。


単純な施設破壊ではない。


目的は――。


通信障害を意図的に発生させること。


セントラルと各政府基地局との通信に一時的な混乱を起こし。


その瞬間だけ露出する通信ログを不正に取得する。


本来なら。


ログは即座に暗号化され。


消去される。


だが。


あの日。


カイの異能によって基地のシステムそのものが完全に停止した。


結果として。


想定以上の量のログデータが残された。


Genesisはそれを回収。


アキラが数日間。


ほとんど寝ることなく解析を続けていた。


そして。


今。


「…………」


アキラの指が止まった。


「ジン」


「なんだ」


「……これ」


画面を拡大する。


無数に枝分かれしていた通信経路。


一つ。


また一つ。


追跡する。


中継。


迂回。


偽装。


さらに中継。


何重にも隠されていた発信元。


その全てが。


ある一点へと収束していた。


アキラの目が見開かれる。


「…………」


「どうした」


アキラは。


小さく呟いた。


「――見つけた」


ジンの目つきが変わる。


「……何?」


「間違いない」


キーボードを叩く。


画面が切り替わった。


都市地図。


その中央。


巨大な区画が赤く表示される。


《中央都市》


そして。


さらに拡大。


《第三区画》


《中央都市第三データセンター》


「セントラルから各基地局へ送られてる通信」


アキラが言う。


「全部ここから発信されてる」


「…………」


「何重にも別のサーバーを経由して、発信元を偽装してた」


別のログを表示。


「でも通信障害が起きた瞬間だけ」


線が。


一本。


第三データセンターへ繋がる。


「直接経路が露出した」


「…………」


ジンは画面を睨む。


アキラが。


ゆっくりと言った。


「間違いない」


「セントラルの母体――」


画面中央。


第三データセンター。


「《Genesis》は、ここにある」


「…………」


長い沈黙。


ジンが。


煙草を取り出した。


火をつける。


「中央都市第三データセンター……か」


煙を吐く。


表情は。


決して明るくなかった。


「……やっぱりな」


「うすうすは分かってたけど」


アキラが椅子にもたれる。


「敵の本拠地のど真ん中っすね」


苦笑い。


中央都市。


政府の中枢。


ホルダーたちが暮らす。


この世界で最も厳重に管理された場所。


その中心部に。


Genesisがある。


「簡単にはいかねぇな」


「簡単どころじゃないっすよ」


アキラが地図を操作する。


次々と表示される。


検問所。


監視網。


政府軍基地。


自律兵器。


防衛設備。


「普通に入ろうとしたら、中央都市に入る前に全滅します」


「だろうな」


「笑い事じゃないっすよ」


「笑ってねぇよ」


ジンは煙草を咥えたまま。


画面を見つめる。


「…………」


長かった。


ようやく。


見つけた。


目指すべき場所。


だが。


場所が分かったからといって。


そこへ辿り着けるわけではない。


「……まあ」


ジンが言った。


「場所が特定できただけでも大きな進展だ」


「ですね」


「一気に全部やろうとする必要はねぇ」


ジンは煙草を灰皿へ押しつける。


「まずは」


画面に表示された中央都市を見る。


「できることから地道にやってくしかねぇな」


「…………」


「アキラ」


「はい」


ジンが立ち上がる。


「幹部連中を集めろ」


「了解」


ジンは出口へ向かう。


数歩。


そして。


立ち止まった。


「それと」


「?」


「カイも呼べ」


アキラが振り返る。


「カイも?」


「ああ」


ジンの表情が険しくなる。


「あいつにも」


中央都市第三データセンター。


その一点を見つめる。


「話しておかなきゃならねぇ」


「…………」


「Genesisを見つけたってな」



その頃。


訓練場。


「もう一回!」


カイが立ち上がる。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫!」


レンが困った顔をする。


「でも、さっきから七回……」


「次はいける!」


キリカは壁にもたれ。


呆れた顔をしていた。


「やめときなよ」


「今度こそ!」


「カイ」


「はい!」


「後ろ」


「え?」


レンの木刀が。


既にカイの首筋へ当たっていた。


「…………」


「…………」


「…………」


八敗目。


「……嘘だろ」


「ご、ごめんなさい!」


「だからレンは悪くないって……」


その時。


訓練場の扉が開いた。


「カイ!」


アキラだった。


「いたいた」


「アキラ?」


「ジンが呼んでる」


「俺を?」


「ああ」


先ほどまでの軽い表情が消える。


「見つかった」


「……何が?」


アキラが答えた。


「Genesisだ」


「…………!」


カイの表情が変わった。


レンも。


その言葉に反応する。


「Genesis……」


自分の失われた記憶が。


眠っているかもしれない場所。


カイは静かに頷く。


「今すぐいく」


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