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407号室の男  作者: 黒瀬雷牙


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第八話 ザクッ。

 ザクッ。


 ザクッ。


 ザクッ。


 嫌な音だった。


 肉に刃物が入る音。


 夢の中かと思った。


 だが違う。


 ザクッ。


 ザクッ。


 一定のリズム。


 俺はゆっくり目を開いた。

 頭が痛い。吐き気がする。


 そこで思い出した。


 407号室。


 ジニアス。


 甘い臭い。


「……っ」


 身体を動かそうとして気付く。


 動かない。


 椅子に縛り付けられていた。


 両手。

 両足。

 胸。


 完全拘束。口には猿轡。


「んぐっ……!」


 周囲を見る。


 ラモン。そして共に乗り込んだ仲間達。

 全員が同じ状態だった。

 まだ意識を取り戻したばかりらしい。


 混乱している。


 そして、部屋の隅に転がる人影。

 管理人だった。胸に深々と包丁が刺さっている。


 床には黒い血溜まり。

 もう動かない。


 死んでいた。


 その瞬間。


 ザクッ。


 また音がした。全員がそちらを見る。


 そして凍りついた。


「────」


 言葉が出なかった。

 仲間の一人だった。


 名前を呼ぼうとしても声にならない。

 男は手術台に固定されていた。


 右腕がない。

 左腕もない。

 両脚も切断されている。


 血まみれ。


 顔面は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

 まだ生きている。だがもう人の形をしていない。


 ダルマだった。


 そして、その横に白衣の男。


 ジニアス。


 男は淡々とメスを置いた。


「起きたか」


 まるで世間話でもするような口調。


 ラモンが暴れる。他の仲間も椅子ごと身体を揺らす。


 だが拘束は外れない。

 ジニアスはそれを見ていた。


「安心しろ」


 静かな声。


「すぐ終わる」


 誰も安心などできなかった。

 ジニアスは手袋を外した。

 血が付いている。


「不思議そうな顔をしているな」


 ガスマスク越しの視線。


「どうして待ち伏せできたと思う?」


 俺は睨み返した。

 ジニアスは少し笑う。


「簡単だ」


 男は手術台の引き出しを開けた。

 そこから小さな金属片を取り出す。

 米粒ほどの大きさだった。


「盗聴器だ」


 俺の背筋が凍る。


「デイブとかいう男の体に仕込んでおいた」


 ジニアスは言った。


「本人も気付いていないだろうな」


 ラモン達の顔色が変わる。


「いつ、どこで、何を話したか」


 ジニアスは肩をすくめる。


「全部聞いていた」


 絶望的だった。

 最初から筒抜け。

 最初から監視されていた。


「お前達がここへ来ることも知っていた。人数も、計画も、時間も、全て。だから準備した」


 ジニアスは周囲を見回した。


 薬品。

 器具。

 拘束具。


 そして血。


「君達は賢いと思っていたんだがな」


 少しだけ残念そうに言う。


「予想以上に愚かだった」


 そう言って、男はゆっくりメスを持ち上げた。

 銀色の刃が光る。そして次に視線を向けたのはラモンだった。


「さて」


 ジニアスは言う。


「次は誰から解体しようか」


 ラモンの顔から血の気が引いた。部屋に響くのは、拘束された男達の荒い呼吸だけだった。 


 ジニアスはゆっくりとラモンへ歩く。


 メスが光を反射する。

 ラモンが身体をよじる。

 椅子がガタガタと揺れる。


 だが逃げられない。


 その姿を見た瞬間、俺の中で何かが切れた。


「んんんッ!!」


 猿轡越しに唸る。

 身体を暴れさせる。

 椅子ごと跳ねる。

 床に激しくぶつかる。


 ガンッ!


 ガンッ!


 ガンッ!


 全員の視線が俺へ向く。


 ジニアスも足を止めた。


 俺は睨む。

 殺意を込めて。

 ただひたすら睨む。


 ラモンじゃない。

 俺だ。

 俺からやれ。


 そう伝えるように。


 何度も。

 何度も。

 身体を叩きつける。


 ジニアスはしばらく黙っていた。


 そして。


「なるほど」


 小さく呟く。

 ガスマスクの奥で笑った気配がした。


「仲間思いなんだな」


 俺は視線を逸らさない。

 ジニアスはメスを指先で回した。


「いいだろう」


 静かな声だった。


「お前からだ」


 ラモンが目を見開く。


 首を振る。


 やめろと言っている。

 だが俺は動かなかった。


 ジニアスが近付く。


 一歩。

 また一歩。


 白衣の裾が揺れる。

 やがて俺の前で立ち止まった。


「どこからにしようか」


 まるで料理人が食材を眺めるような目。

 そして、俺の左腕を掴んだ。


 冷たい手だった。


 拘束具で固定される。

 逃げ場はない。


 ジニアスはメスを握り直した。


「安心しろ」


 静かな声。


「すぐには死なない」


 そして。


 刃が振り下ろされた。


 ザクッ。


 肉を裂く音。

 全身が跳ねた。

 視界が真っ白になる。

 声を出そうとする。

 だが猿轡が邪魔をする。


「────!!」


 絶叫。そのはずだった。

 だが誰にも聞こえない。


 喉が裂けそうになる。

 涙が溢れる。

 呼吸ができない。

 ジニアスは手を止めない。


 まるで作業だった。


 ザクッ。


 さらに刃が沈む。


 骨に当たる感触。

 脳が理解を拒絶する。

 身体が震える。

 胃液が込み上げる。


 ザクッ。


 三度目。


 部屋の空気が凍る。


 ラモンも。仲間達も。誰一人動けない。俺の声にならない絶叫だけが、その場を支配していた。

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