第五話 デイブ・サリヴァン
倉庫の事務所は静まり返っていた。ジャックだけがキーボードを叩いている。
カタカタ、と乾いた音。俺は煙草を咥え、ラモンは腕を組み、ジェイクはコーヒーを飲んでいた。
「まだか」
ラモンが苛立った声を出す。
「黙ってろ」
ジャックは画面から目を離さない。
「普通のサイトじゃないんだ」
画面には意味不明な文字列が並んでいる。
見た事もない暗号のような記号。
何度も認証を要求されているらしかった。
「鍵がいくつも掛かってる」
「開けられるのか」
「時間の問題だ」
そして数分後。ジャックの指が止まった。
「入った」
全員が画面を見る。表示されたのは、奇妙なページだった。一見すると通販サイトに見える。
ダルマ一覧。
写真。
商品番号。
価格。
だが、何かがおかしかった。
俺は眉をひそめる。
「なんだこれ」
ジャックも顔色を変えていた。
「……まさか」
商品一覧が並んでいる。
一件。
二件。
三件。
写真には人間が写っていた。
だが、その姿は普通ではない。
ジェイクの顔色が変わった。
「……おい」
「なんだ」
「日本のダルマって置物、知ってるか」
「知らん」
「俺も詳しくはねぇ」
ジェイクはスマートフォンでダルマを調べて、画像を俺たちに見せた。
「こういうことだろ……」
ラモンが煙草を落とす。
「冗談だろ……」
ダルマの価格は様々だった。
数千ドル。
数万ドル。
中には高級住宅が買えるほどの金額のものまである。
理解できなかった。
誰が買う?
何のために買う?
そもそも、こんなものが存在していいのか?
そしてさらに異様だったのは、ほとんどの商品に赤い文字が表示されていることだった。
SOLD OUT
SOLD OUT
SOLD OUT
SOLD OUT
画面を下へスクロールするたび、その文字が現れる。
俺は呟いた。
「気味が悪い……」
ラモンも珍しく無言だった。
ジャックだけが画面を操作している。
「待て」
その声に全員が反応する。
「新着一覧だ」
ページが切り替わる。
更新日時。数日前。
そして、一番上に表示された写真。
その瞬間だった。
誰も動かなかった。
空気が凍り付く。
俺は目を疑った。
見間違いじゃない。
絶対に、あり得ない。
「……おい」
ラモンが掠れた声を出した。
俺は何も答えられない。
写真の中の男。
見慣れた顔。
十年以上、一緒にいた男。
毎朝ロビーで煙草を吸っていた男。
デイブ・サリヴァンだった。
部屋の時計だけが音を立てている。
誰も口を開かない。
そして俺は初めて理解した。
デイブは消えたんじゃない、連れて行かれたんだ。
画面の中のデイブを見つめたまま、時間だけが過ぎていく。
最初に口を開いたのは俺だった。
「買う」
三人が俺を見る。
「キング……」
ジャックが何か言いかける。
だが俺は続けた。
「値段はいくらだ」
ジャックが画面を確認する。
「高いぞ」
「構わん」
ラモンが煙草に火を付けた。
「正気か?」
「正気だ」
自分でも驚くほど冷静だった。
怒りはある。だがそれ以上に、確信があった。これが罠でも構わない。デイブを見捨てる選択肢だけはなかった。
「取引場所は?」
ジャックがページを読み進める。
「購入後に指定可能らしい」
「なら簡単だ」
俺は倉庫を見回した。
「ここを使う」
ジェイクが眉をひそめる。
「自宅じゃないのか」
「馬鹿か」
俺は吐き捨てた。
「マンションなんか使ったら逃げられる」
それに、407号室の男。奈落のような目。あいつの存在も妙に引っ掛かっていた。
今は余計な要素を増やしたくない。
「ここなら出入口は一つだ」
俺は倉庫の見取り図を机に広げた。
「周囲も見通しがいい」
ラモンが頷く。
「悪くねぇな」
「商品を運んでくる奴がいるはずだ」
俺はデイブの写真を見た。
「そいつを捕まえる」
ジャックが顔を上げる。
「捕まえてどうする」
「聞く」
「何を」
「Dr.Deathの居場所だ」
部屋が静かになる。
ラモンが笑った。
「やっとお前らしくなったな」
「最初からそのつもりだ」
俺は椅子から立ち上がる。
「デイブを取り返す」
拳を握る。
「そしてDr.Deathを見つける」
窓の外では雨が降り始めていた。ポツポツと倉庫の屋根を叩く音が響く。ジャックは再びキーボードを叩き始める。
「購入手続きを始める」
「頼む」
「足が付かないように何重にも偽装するぞ」
「任せた」
ラモンも立ち上がった。
「なら俺は人を集める」
「大勢はいらん」
俺は首を振った。
「信用できる奴だけだ」
「それもそうだな」
ジェイクが苦笑する。
「まるで戦争だな」
「違う」
俺は窓の外を見た。
黒い空。降り続く雨。
「これは狩りだ」
誰も反論しなかった。
数分後、購入完了の表示が画面に現れる。
そして一通のメッセージ。
配送日時は二日後。
配送先は指定された倉庫。
差出人の名前はなかった。
だが最後の一文だけは妙に目を引いた。
『商品を丁寧にお取り扱いください』
俺はその文章を見つめた。胸の奥で何かが静かに燃えていた。
デイブ。待ってろ、必ず見つけ出す。
そしてDr.Death。お前が何者だろうと関係ない。俺はお前を探し出す。
その時の俺は、まだ知らなかった。
Dr.Deathが、俺達の何歩も先にいることを。




