第四話 深層
407号室の異音を聞いた夜から、数日が過ぎた。
デイブは戻らない。そして相変わらず、407号室の灯りは深夜まで消えなかった。
そんなある日だった。ラモンから電話が入った。
「キング」
「あ?」
「例のガキどものアジトが割れた」
俺は煙草を灰皿に押し付けた。
「本当か」
「ああ。山の中だ」
「逃げられる前に行くぞ」
ラモンは短く答えた。
「もう集めてある」
電話が切れた。
その一時間後、俺達は山道を走っていた。
俺の仲間達。
ラモンの仲間達。
合わせて五十人以上。
車列は長く続き、夜の山道を埋め尽くしていた。
そして辿り着く、山奥に建つ豪邸。
明らかに場違いな建物だった。
「ガキどもに買える家じゃねぇな」
ラモンが吐き捨てた。
「誰かが金を出してる」
俺はそう答えた。門を破り、中へ突入する。
抵抗はあった。だが大したものじゃない。
相手は所詮、半端者の集まりだった。
数分後には全て終わっていた。
逃げる者、泣き出す者、命乞いをする者。
豪邸のリビングには、倒れた連中が転がっていた。
そして、俺達はボスを見つけた。
二十代前半くらいの若い男だった。
顔面蒼白。震えが止まらない。
「誰の指示だ」
ラモンが尋ねる。
男は答えない。
「誰の指示だ」
もう一度。男は唇を震わせた。
「ころ、殺してくれ……」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
俺は眉をひそめる。
「質問に答えろ」
「頼む……」
男は泣いていた。
「もう嫌なんだ……」
「黒幕は誰だ」
男の肩が大きく震える。そして、ようやく口を開いた。
「Dr.Death……」
部屋が静まり返った。
ラモンが男を睨む。
「本当にいるのか」
男は必死に首を振った。
「初めは断ったんだ……」
「何をだ」
「お前らを襲えって言われた」
男の目から涙が流れる。
「俺達はただの不良だったんだ……」
声が掠れていた。
「豪邸も車も、全部あいつが用意した」
「見返りが俺達か」
男は頷いた。
「断ったんだ……本当に断った……」
その顔は恐怖そのものだった。
「そしたら捕まった」
「誰が」
「家族が……」
男は崩れるようにうつむいた。
「目の前で全部壊された」
震えが止まらない。
「親も……兄弟も……彼女も……」
男は顔を覆った。
「俺を見ながら笑ってた」
その言葉だけで十分だった。嘘をついているようには見えない。
ラモンも同じことを思ったのだろう、珍しく何も言わなかった。
男は怯えた目で俺達を見る。
「分からないんだ……」
掠れた声だった。
「どうしてあんなことができるのか……」
部屋の空気が重くなる。そして最後に男は小さく呟いた。
「人間じゃない……」
俺は煙草に火をつけた。
若いボスは床に座り込んだまま震えていた。
目は虚ろで、まともな精神状態には見えない。
「一つ聞かせろ。Dr.Deathはどうやってそんな金を持ってる」
豪邸、高級車、武器。
人を雇う資金。
どれも安いものじゃない。
男はしばらく黙っていた。
そして、恐る恐る口を開く。
「売ってるんだ……」
「あ?」
「人を……」
部屋が静まり返った。
ラモンが眉をひそめる。
「何を言ってる」
「本当なんだ……」
男は首を振る。
「ネットの裏側にいる連中に売るんだ」
「人身売買か」
「もっと酷い」
男の声は震えていた。
「俺は詳しく知らない……知りたくもなかった……」
そして小さく呟いた。
「ダルマだ」
聞き慣れない言葉だった。
「ダルマ?」
「そう呼んでた……」
男は俯く。
「それ以上は知らない……頼む……もう聞かないでくれ……」
それ以上聞いても意味はなかった。男は完全に壊れていた。
俺とラモンは顔を見合わせる。
どちらも気分の良い話ではない。
「今日は終わりだ」
ラモンが言った。
「ああ」
俺も頷く。豪邸を後にし、各々の車へ向かう。
別れ際、ラモンが声を掛けてきた。
「キング」
「なんだ」
「本当に気を付けろ」
いつものラモンらしくない声だった。
「お前もな」
そう返して別れた。だが帰り道、俺の頭の中には、一つの言葉だけが残っていた。
ダルマ。
その意味が妙に引っ掛かった。
数日後。
俺はジャックを呼び出した。ラモンと、その側近にして右腕のジェイクもいる。四人で倉庫の事務所に集まっていた。
「ダルマって言葉、聞いたことあるか」
俺が尋ねる。ラモンは首を振った。
「ねぇな」
「ジャックは?」
ジャックは少し考え込んだ。
「昔、聞いたことはある」
二人がそちらを見る。
「ネットの都市伝説みたいな話だ」
「詳しく言え」
ジャックは椅子にもたれた。
「表に出ないサイトがある」
「裏サイトか」
「もっと深い」
ジャックは真面目な顔になった。
「ディープウェブとかダークウェブとか呼ばれてる場所だ」
ジェイクが鼻で笑う。
「映画の見過ぎだろ」
「俺もそう思ってた」
ジャックは肩を竦めた。
「だが実在する」
そして立ち上がった。
「少し調べてみる」
棚からノートパソコンを取り出し、見慣れないソフトを起動する。
「足跡を消すための匿名ツールだ」
「そんなもん持ってたのか」
「キングに言ってなかっただけだ」
ジャックが笑った。だが目は笑っていない。
画面が切り替わる。
意味不明な文字列。
普通のネットとは明らかに違う。
ラモンが顔をしかめた。
「気味が悪ぃな」
「俺もそう思う」
ジャックはキーボードを叩く。
そして数分後、ジャックの表情が変わった。
「おい……」
「あ?」
「これ、冗談じゃないかもしれない」
俺達は画面を覗き込んだ。
そこには見慣れない掲示板が映っていた。
そしてその中に、俺達がついさっき口にしたばかりの言葉があった。
Dr.Death。
俺は無意識に煙草を握り潰していた。
そして、ふとデイブの顔が頭をよぎる。
嫌な偶然が、少しずつ増え始めていた。




