第一話 キング・ドノバン
俺の名前はマーク・ドノバン。
この辺りじゃ、本名で呼ばれることは少ない。
皆、俺をこう呼ぶ。
キング・ドノバン。
別に王様ってわけじゃない。ただ、この辺で一番面倒な男というだけだ。
目が覚めたのは午前十一時だった。
ベッドから体を起こす。頭が痛い。昨夜飲み過ぎたらしい。床には空き瓶が転がり、灰皿は山盛りだった。
いつもの光景だ。
冷蔵庫を開けると、ビールが一本残っていた。運がいい。缶を開け、一気に半分飲む。
それからテーブルの引き出しを開いた。
俺は大麻を取り出した。紙に巻き、火を付け、煙を肺に流し込む。
ようやく頭が動き始める。
「今日も生きてるな」
誰に言うでもなく呟いた。一階へ降りると、ロビーではデイブが煙草を吸っていた。
「よう、キング」
「死んでなかったか」
「期待したか?」
「少しな」
二人で笑う。十年以上の付き合いだ、家族より長い。
もっとも、俺達みたいな人間に家族なんて大層なものはないが。
マンションを出る。昼飯だ。近所のハンバーガーショップへ向かう。
油臭い店内。
愛想の悪い店員。
古びたテーブル。
だが味は悪くない。チーズバーガーを頬張りながらデイブが言う。
「今月は調子いいな」
「みかじめ料が増えたからな」
「住民共も真面目に払うようになった」
「学習したんだろ」
払わない奴は痛い目を見る。単純な話だ。
昼飯を終え、車に乗る。今日も仕事が始まる。
最初は質屋。次は酒屋。その次は雑貨店、店主達は俺達を見ると顔を強張らせる。
封筒を受け取り、中身を確認する。
問題なければ終わり。
問題があれば話し合いだ。
まぁ、俺達の話し合いは大体一方的だが。
夕方、最後の店を出る。
デイブが封筒を数えていた。
「今日は二千三百ドル」
「ハッ……真面目に働くのが馬鹿らしくなるな」
俺は笑った。世の中は不公平だ。
朝から晩まで働いても貧乏な奴がいる。
一方で俺達は脅して歩くだけで金になる。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺達は俺達のやり方で生きている。
それだけだった。
夕日が沈む。街は少しずつ夜の顔になる。
ドラッグ、酒、暴力。ここからが俺達の時間だ。
クラブに着いたのは夜九時頃だった。ネオンが瞬き、低音の効いた音楽が外まで漏れている。
客層は最悪だ。
ドラッグ中毒者、チンピラ、売人。
俺達みたいな連中には居心地がいい。
裏口から入る。
顔見知りの用心棒が軽く顎を上げた。
「キング」
「よう」
挨拶代わりだ。俺はポケットから小袋を取り出した。
白い粉、錠剤、色々だ。
欲しい奴は勝手に寄ってくる。十分もしないうちに半分は消えた。金は封筒に入れてデイブへ渡す。
「今日は当たり日だな」
「週末だからな」
デイブが笑う。
その時だった。
「よぉ、キング」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこには対立ギャングの連中がいた。
リーダーはラモン。
隣の地区を縄張りにしている男だ。
お互い仲が良いとは言えない。
「ラモンか」
「景気良さそうじゃねぇか」
「お前もな」
数秒、睨み合う。周囲の連中が少し距離を取った。
だが、誰も武器を抜かない。誰も喧嘩を売らない。
「じゃあな」
「死ぬなよ」
「お前もな」
それだけだった。
この世界にも暗黙のルールはある。
クラブの中で騒ぎを起こす奴は馬鹿だ。
日付が変わる頃、俺とデイブは店を出た。
車を停めた場所へ向かう。
近道の路地裏。
そこで気付いた。
人の気配。
「……面倒だな」
暗闇から男達が現れた。
一人。
二人。
三人。
最終的に十人。
全員武器持ちだった。
バット。
ナイフ。
チェーン。
だが不思議なことに、誰も銃を抜いていない。
「キング」
デイブの声が少し硬い。
「囲まれてるぞ」
「見れば分かる」
「笑い事じゃねぇ」
「そうか?」
俺は笑った。男達の顔を見る。
なるほど、殺す気はないらしい。
だから銃を使わない。つまり、舐められている。
先頭の男が金属バットを肩に担いでいた。
「キング・ドノバン、今日で終わりだ」
「その台詞、何百回も聞いてる気がするな」
男が怒鳴る。
「やれ!!」
バットが振り下ろされる。
遅い。俺は両腕を交差させて受け止めた。
衝撃で骨が軋む、そりゃ痛い。
だが、止まった。
「なっ……!?」
男の顔が凍り付く。そのまま引き寄せ、顔面に頭突き。
ゴッ!!
男がふらつく。俺はバットを奪い取った。
「借りるぞ」
横から二人目。
フルスイング。鈍い音、男が吹き飛ぶ。
三人目。
四人目。
躊躇はしない。骨が折れる音。
路地裏が一気に混乱した。
「クソッ!」
「何してんだ!」
敵が後退る。そこへナイフを持った男が飛び込んできた。俺は避けない。腕で受ける。
浅い。
そのまま腹を蹴り飛ばした。
男が地面を転がる。
「おいおい」
俺は笑った。
「十人もいてこの程度か?」
敵の顔色が変わる。そして最後尾、指示を出していた男が怒鳴った。
「撃て!!」
ついに拳銃が抜かれた。
だが。
パンッ!!
先に発砲したのはデイブだった。
拳銃を構えた男の脇腹を撃ち抜いた。
「相変わらずだな」
「お前が調子に乗るからだ」
デイブが吐き捨てる。
敵は完全に怯えていた。そしてボスが拳銃を抜こうとする。
「遅い」
俺はバットを投げた。
回転しながら飛ぶ。
ゴンッ!!
額に直撃。男が倒れた。
数分後、立っているのは俺とデイブだけだった。
地面には呻き声だけが転がっている。
キング・ドノバン。
まだ、この街では俺の名前の方が恐れられていた。




