第3話:卵焼きと、朝の緊張感
「……おい、起きろ。朝飯だ」
低い声と、わずかに香るコーヒーの匂いで目が覚めた。
ここは、黒龍組の若頭・鬼島蓮のマンションの寝室。私は慌てて布団から這い出し、身なりを整えてリビングへと急いだ。
昨夜は緊張でなかなか眠れなかったけれど、朝の陽射しが差し込む部屋は、どこか普通の家庭のように温かい。
テーブルの上には、見事な朝食が並べられていた。
焼き魚に、ご飯、そして綺麗に巻かれた卵焼き。極道の若頭が作ったとは思えないほど、家庭的な和食である。
「す、すごいですね。蓮さんが作ったんですか?」
私が目を丸くすると、蓮さんは怪訝そうに眉を寄せた。
「……あ? 組の連中に作らせるわけにはいかねぇだろ。俺は料理くらいは一通りできる。冷めないうちに食え」
彼はそう言うと、自分も向かいの席に座った。
私はそっと箸を持ち、卵焼きを一口食べる。ほんのりとした甘さと出汁の味が口いっぱいに広がり、思わず笑みがこぼれた。
「すごく美味しいです!」
「……そうかよ」
蓮さんはぶっきらぼうに返事をしながらも、どこか満足げな表情を浮かべた。
強面の若頭が、こんな家庭的な朝食を作ってくれるなんて、本当に信じられない。私にとって、それは彼を知る上での大きなギャップだった。
その時だった。
テーブルの上に置かれた蓮さんの黒い携帯電話が、鋭い電子音を立てて震えた。
彼の表情が一瞬で変わる。
先ほどの穏やかな空気は消え去り、極道をまとめる若頭の冷徹なオーラが部屋を満たした。
「……蓮さん?」
「……静かにしてろ」
蓮さんが電話に出る。低く抑えられた声が、室内の緊張感を高めた。
「……ああ、蓮だ。……そうか、奴らが動き始めたか。……ああ、裏に回って片付けておく。お前らは手出しするな」
通話を終えた彼は、重いため息をつきながらスマホを置いた。
やはり、私たちを狙う敵対組織の影は消えていないのだ。
「……何かあったんですか?」
私が不安そうに尋ねると、蓮さんは少しだけ視線を柔らかくし、立ち上がって私の頭をポンと撫でた。
「大したことじゃねぇよ。ただのネズミの駆除だ。お前はここで大人しくしてろ」
「でも、私も蓮さんの役に立ちたいです!」
「俺の仕事にお前を巻き込むかよ。お嬢はただ、俺の傍で笑っていればいいんだ」
彼はそう言うと、いつもの黒いジャケットを羽織った。
ドアノブに手をかけた蓮さんは、一度だけ振り返り、きっぱりと言い放った。
「絶対に出かけるなよ。約束だ」
バタン、と重いドアが閉まる。
一人残されたリビングで、私はまだ温かいお椀を見つめながら、彼の無事を心の中で強く祈っていた。
第3話・完
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