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奥野、細道へ  作者: 白い黒猫


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6/7

海辺の喫茶店にて

 祖母が連れていってくれたのは、海岸線にある古民家を改装した感じの落ち着きのあるお店だった。


「私はアールグレイとグレープフルーツタルト。

 マーちゃんは?」


 ニッコリ微笑みながら店員さんに注文してから、俺に視線を向けてくる。


「アイスコーヒーをお願いします」


 俺も店員さんに注文してから、改めて祖母と向き合う。


「お婆ちゃん、体調の方は大丈夫なの?」


 一番に気になるのは祖母の体の事。

 四年前、乳がんと診断され、治療を乗り越えたものの、一年前にリンパなど複数箇所の転移が見つかり、半年の余命宣告を受けた。

 それから少しでも進行を遅らせるための治療をしていたが、体調はみるみる悪くなり、入退院を繰り返すようになった。

 そして二ヶ月前からベッドから出れない状態になってしまっていた。

 祖母は困ったように微笑む。


「ここにいると、調子はいいのよ。

 友達と気ままに話をしたり、散歩を楽しんだり、のんびり過ごしているわ」


 そう言ってから、笑みを少し引かせ、俺をまっすぐ見つめてくる。


「それよりマーちゃんはなんでこの町に?」


「え? 俺は大学に通うために……」


 そう言ってから、違和感を覚える。

 俺が受けたのは、地元から通える大学だったのではないか?

 この町の大学って、何だ?

 戸惑い視線をあげると、祖母の優しい眼差しが目に入る。


「ここは私にとっては救いの場所。

 でも貴方のように若い人がまだ来てはダメな場所よ」


 そう言われてどう返せばいいのか分からない。

 若い人がいてはいけないと言われるが、同じアパートに同世代が三人もいる。

 アパートだけではない。丘の上の学校には俺と同じくらいの年齢の人だけでなく、もっと小さい子供も暮らしている。

 そして同時に、心によぎったことがある。

 それは怖くて、それを祖母には聞けなかった。


「でも、俺はお婆ちゃんとこうしてまたお話しできたのが嬉しいよ」


 病院にお見舞いに行っても、眠っていたり、朦朧としていることが増え、会話するのが難しくなっていた。

 一方的に、様々なことの報告をするだけになっていたから。

 祖母は俺の言葉に困ったように笑う。


「そうね。私もマーちゃんとこうしてお話できたことは嬉しいわ。でも……」


 そこまで言ったとき、祖母は何かに気がついたように、視線を少し上の方に向ける。

 そして店員さんの方に視線を移す。


「野沢さん、ごめんなさい。

 今日は戻らなきゃいけないみたい。

 お代は、次来た時でいいかしら? 孫の分もちゃんとお支払いするから」

 祖母の言葉に店員さんは柔らかい笑みを返す。


「はい、お気になさらずに。またのお越しをお待ちしていますから」


「お婆ちゃん?」


 様子が少しおかしい祖母に声をかけると、俺を見てニッコリと微笑む。


「このケーキよかったら食べて、美味しいわよ」


 そう言った後、祖母の姿は消えた。

 俺は、呆然とするしかなかった。

 これは俺の願望が見せた幻?

 けれど目の前には、まだ暖かい紅茶の入ったカップと手付かずのグレープフルーツタルトが残っていた。


 ピッ……ピッ……という音だけが、変わらず耳の奥で鳴り続けている。

 気がつけば俺は、道を歩いていた。多分、喫茶店で支払いはして出たとは思う。

 あっ、マフィンを買って帰らないと。俺はパン屋に向かった。

 アパートに戻ると、珍しくラウンジに三里さんがいない。


「おかえり!」


 オープンキッチン部分で洗い物をしていた松尾が声をかけてくる。


「ただいま」


 挨拶した後、三階の三里さんの部屋を見上げるけど、窓も閉まっていて電気はついていない。

 松尾は洗っていたステンレスマグを水切りカゴに伏せておく。三里さんのマグだ。


「三里さんは?」

「今日は体調の関係で、戻ったみたい」


 だったら、買ってきたマフィンを部屋に持っていかない方がいいだろう。

 俺は冷蔵庫にマフィンを入れて、冷蔵庫についているホワイトボードにメッセージを残しておく。


「どうかした? なんか元気ないけど」


 俺はどう答えるべきか悩む。


「いや、今日、偶然祖母に会って……」


 松尾は少し驚いたように目を見開く。しかし何故か嬉しそうに微笑んでくる。


「それは、素敵だ。良かったね!」


 素敵で良かったことなんだろうか?


「笠緒さんは、海岸線にある二木荘で暮らしているから、時間があるときは会いにいってあげて」


 松尾が俺の祖母の名前を知っていることに少し驚く。


「あ、うん」


「奥野〜おかえり〜帰ってきたんだ!」


 松尾に、なぜ祖母の名前と住所を知っているのか話を聞こうとしたら、上から声が聞こえる。

 ラウンジに出て見上げると、百代が窓から顔を出し手を振っている。


「マルコカートしようぜ!」


 俺が答える前に、引っ込んでしまう。


「百代、ずっとお前の帰り待っていたんだ。

 まともに戦える相手が出来て本当に嬉しかったんだな。

 二人で楽しんで! じゃあお休み」


 そう言って大きなナイロンのバックを持って階段を上がって行く。

 そのバックが三里さんのラウンジ持ち込みバックであることに、見送った後で気がついた。

 三里さんは、どちらかと言うと几帳面で、ラウンジを使う際も散らかさず、後片付けもキッチリする人に思えていただけに、意外に感じた。

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