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奥野、細道へ  作者: 白い黒猫


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5/7

追いかけて

 俺はスマホをポケットから取り出す。

 圏外。誰かに連絡を取ることも、地図アプリも使えない。

 小さな森だ。一方向に進めば、いずれ端に着くはず。

 アパートの東に森がある。

 ということは、太陽を背にすれば大学側に出られるだろう。

 木々の隙間から見える光を頼りに、俺は歩きだした。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……


 頭の中で、相変わらず電子音は響いている。

 微かに会話している人の声も聞こえる。そう離れていない場所に家か何かがあるのだろう。


 ヒュッ


 後ろから何かが飛んできて、前の木にぶつかり、俺の方に飛んでくる。

 それを反射的に足でトラップして止める。

 サッカーボールだ。

 背後を振り返るが、ボールを追いかけてくる人の気配がしない。


「奥野〜! コッチ」


 その声に無意識に反応していた。

 声のする方へボールを蹴り、走り出す。

 味方と敵の位置を確認しながら、俺はペナルティエリアに走り込む。

 走れている。

 久しぶりに。

 痛みもない。

 絶妙なタイミングで返ってきたボールを、ダイレクトでゴールに蹴り込んだ。

 だが、ボールはコンクリートの壁に当たり、足元に戻ってくる。

 何か気になり、ボールを手に取る。

 ボールには文字がいっぱい書かれていた。


「奥野! ピッチに戻ってくるの待っているぞ!」


「怪我に負けるな! お前なら乗り越えられる!」


「試合、俺たちで勝ち進んでおくから、決勝戦には戻ってこい!」


「正道がんばれ!」


「まけるな!」


 身体が震えてくる。

 手からボールがこぼれ落ち、転がっていく。乾いた音を立てながら。


 白い床。消毒液の匂い。

 病院の廊下をボールは転がっていき、一つの病室の前で止まる。

 ネームプレートを見ると【船上笠緒】と書かれている。

 確認するまでもない。緩和ケア病棟にある祖母の病室だ。

 扉に手を伸ばしかけて止める。


「私の孫は、サッカーが上手いのよ!」


 中から、祖母の明るい声が聞こえる。


「若い人の代表にも選ばれたの。


 プロのチームからも声をかけられているらしくて」


「スゴいですね! 自慢のお孫さんではないですか!」


 楽しそうに看護師と話す祖母。

 つい後ずさってしまう。そのせいでボールに当たったようだ。

 ボールはまた転がっていく。

 病院の廊下でボールを転がしてはマズいと、追いかけた。

 潮の香り、波の音。

 気がつくと、ボールは砂浜の上を転がっている。

 誰かの足に当たり、止まる。


「ごめんなさい」


 謝りながらその人物に近づく。

 白髪の小柄な女性がボールを拾い上げた。

 そしてこちらに振り返り、目が合う。


「マーちゃん?」


「お婆ちゃん!?」


 祖母が、そこにいた。


「お婆ちゃん、体は大丈夫なの?」


 車椅子にも乗っておらず、元気に自分の足で立っている。


「マーちゃんこそ、なんでここに?」


「ボールを追いかけて」


 俺の言葉に、くすりと笑う。


「相変わらずなのね。


 でも、マーちゃんはこんな所にいてはダメでしょ?」


 その言葉に、俺は自分の状況を思い出す。


「大学に行くつもりだったけど……迷ったんだ」


 俺は改めて辺りを見渡す。

 左の奥にある桟橋。内陸のなだらかな丘の上には学校が見える。間違いなく仮存町。

 それなのに何故、静岡の病院に入院している祖母がここにいるのか?


「俺さ、今、あそこの大学に通っているんだ!」


 俺の言葉に、なぜか祖母は哀しげな顔になる。


「幸世さん達も心配していたわよ。帰ってあげなさい」


「いや、母さんたち、そんな数日くらいでそんなに心配なんてしないよ」


 俺は笑って言葉を返す。

 高校まではサッカー部の寮にいたので、親離れ子離れはできている方だと思う。

 祖母は、俺の言葉に少し困ったように笑う。

 まるで、物事がわかっていない子供を相手にしているように。


「立ち話もなんだから、喫茶店行きましょうか。お婆ちゃんが奢るから!」


 そう言って歩き出した。

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