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奥野、細道へ  作者: 白い黒猫


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4/5

いつもの様に大学に行くつもりが……

 エアコンと家具・家電付きの2DK。

 窓も大きく、明るめのフローリングに同じトーンの家具、ブルーのカーテン。

 なかなか居心地は良く、気に入っている。

 まだ住み始めたばかりなので、教科書と衣類しかなく、その点ではまだ自分のナワバリ感がない。

 これから少しずつ荷物が増えて、もっと愛しい空間になっていくのだろうか?

 そして街の中でもお気に入りの場所を見つけて、秋風理事長の言う通り迷路も攻略して、この街も好きになっているだろうか?


 玄関を開けて左に歩いてから、螺旋階段を降りる。

 ラウンジのキッチンカウンターで三里さんが朝食を食べていた。

 お皿にはマフィンにスクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコンとレタスか何かの葉っぱ。それにフルーツジュースとヨーグルト。

 なんともオシャレな朝食を食べている。


 どうしてここで食べるの? と思ったが、三里さん曰く、部屋に置いてあるトースターよりラウンジのキッチンの方が良い製品が置いてあるからとのこと。

 焼き上がりが雲泥の差らしい。


「おはよう! 美味しそうな朝食だね」


「フフ! 良いでしょ! おはよ!」


 三里さんは自慢げに笑う。


「見てみて、このマフィンの焼き上がりを!

 こっちのトースターでしか出せないよ!

 よかったら一個どうぞ」


 料理が乗った皿を持ち上げ、俺の方に向ける。


「いいの?」


「コレ、楽園ベーカリーのマフィンなの♪ 美味しいよ」


 思わず一個受け取り、かぶりついてしまう。小麦の旨みとバターの風味が口の中に広がる。


「ということで、今日の帰り、このベーカリーでマフィン一袋買ってきてね!」


 そのベーカリーは少し離れていて、しかも坂の上の方にある。まあ大学の帰り道にあるからいいか。


「了解!」


「明日、ここで一緒に食べようね」


 あぁ。一個食べた代償で、パシリをさせられたわけではなかったようだ。

 まっすぐ見つめられ微笑まれると、少し照れくさいので視線を少しだけ上げてしまう。

 すると三里さんの髪が、いくつも細かく捻った髪をカラフルなピンで止めるという、かなり凝って洒落たものであることに気がつく。


「三里さんって器用ですよね」


 三里さんは首を傾げる。


「ただ焼いただけの簡単な朝食じゃない」


 俺は首を横にふる。


「いつも髪を凝っていてオシャレに纏めているじゃないですか」


 三里さんは俺の言葉にパァっと表情を明るくして笑う。

 その表情があまりにも眩しくて俺は視線を逸らし、ラウンジの外に向ける。

 松尾がエントランスの花壇に水をやっていた。

 なんか住民のまとめ役から花の手入れまでしている。松尾は細かいところまでよく働く人だ。

 そういったことをしているから、いつも俺の後から出ていた。


「なんていうか、松尾ってマメだよね。花の世話とかまでしているんだ」


「一番ここが長いからね。もはや管理人みたいなものだから」


 俺は首を傾げる。それぞれの学年をイマイチ把握できていない。


「いい人だよね……」


「そうね、優しくていい人だけどね……」


 なんか含みのある言葉を呟く。


「あっ、誤解しないでよ。信頼はしているし、感謝もしている」


「……何かあったの?」


 三里さんは寂しげに顔を横に振る。


「ただ、松尾さんはコチラ側の人間ではないなって……いや、何でもない……」


 女性が切なげに男性を見つめるって何なんだろう? そう考えてハッとする。


「三里さん、もしかして松尾さんのこと……」


 口にしてから、余計なことを言ったことに気がつく。

 すると三里さんは、思いっきり顔をしかめる。

 図星というより、意味不明なことを言われたという顔だ。


「なんでそうなるの?!  ありえないでしょ!

 あの顔だと、トキメキも感じられないでしょうに。

 私、ものすご〜くメンクイなの!」


 確かに、松尾はイケメンではない。


「あっ、あとさ、奥野くん」


 見当違いなことを言ってしまったことを謝ろうとしたら、スッと真剣な表情で三里さんはコチラを見てくる。


「私に、惚れないでね」


 あまりにも唐突で、俺は戸惑う。


「は、はぁ……」


 まあこういう同居生活をしていると、そういう関係になるとややこしくはなりそうだ。


「わかりました。まあ、俺ごときが……」


「そういう意味ではないの」


 言葉を遮ってくる。


「ただ、もし、そういう感情を持ってしまったら、哀しくなるだけだから……ねっ」


 そう言って三里さんは、どこか寂しげに微笑んだ。

 その表情をどう受け取っていいのか分からず、俺は目を逸らしてしまう。

 するとエントランスにいる松尾が目に入った。

 作業が終わったのか、玄関のところに置いていたリュックを背負い、歩き出すところだった。

 そこで俺は、いつもより話し込んでしまい、すっかり遅くなっていたことに気が付く。


「もう、こんな時間! じゃあ行ってくるね」


 俺は慌てて床に置いていた荷物を手に取る。


「行ってらっしゃい! 楽しんできてね!」


 三里さんはそう言って手を振った。


 俺はエントランスを出てから考える。

 今なら松尾に追いつける。

 そうすれば、迷わず大学まで近道で行けるのではないか?

 俺は大通りではなく、アパートの裏へと回る。

 すると松尾が、まさに森の小道へと入っていくところだった。

 俺は松尾を追いかけ、走って細道へと踏み込んだ。


「正道……」


 誰かが俺の名前を呼んだ気がした。

 辺りを見渡すけど人はいない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……


 またあの電子音が、頭の中で響く。

 それだけでなく、人の泣き声も。堪えて押し殺すような泣き声。

 いきら周りを見渡しても、誰もいない。

 それどころか、すぐ前を歩いているはずの松尾の姿も見えなくなっている。

 整備されているのか、見晴らしが悪いわけでもない。前に伸びる一本道のみ。

 それなのに、松尾の姿はどこにも見えない。

 戻ろうと振り返る。

 だが、そこにあったはずの道が消えていた。

 気がつけば俺は、森の中の細道の中を一人で彷徨っていた。

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