新しい、俺の帰る場所
大学からの帰り道はゆるい下り坂だ。
少し先に広がる海を眺めながら帰るのは、なかなか気持ちが良い。
途中のスーパーでドリンクやお惣菜を買って、アパートに戻る。
コンビニもあるが、やはりスーパーの方が何かと安いのでコチラを使ってしまう。
一人暮らしを始めたとはいえ、自炊はまだしていない。
スーパーの弁当やお惣菜をレンジで温めるか、お湯沸かすくらいしかキッチンは使ってない。少し情けないとは思う。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
なんでだろう一人で歩いていると、微かに変な電子音のような音が聞こえる。
その音を聞きながら俺は大通りから小道へと曲がる。
大通りから少し内陸に入った場所に、俺の住むアパートがある。
大きな窓が並び白くてお洒落な建物。
鉄筋コンクリートの三階建てだ。
鍵についているセンサーで開く扉を通って入ると、ガラス張りのオープンキッチンのあるラウンジが広がっている。
ここは住民の交流の場となっている。
「おかえり〜」
その声で、耳鳴りのように響いていた電子音は聞こえなくなる。
人をダメにするソファーにすっかり身を沈めたまま、三里さんがコチラも見ずに手を振ってきた。
明るい茶色のフワフワした髪で色白の肌の女性。
今日は髪に透け感のある布をバンダナのようにあしらっている。
同じ大学の学生だと思う。このアパートが大学の寮として案内された建物だから。
ただ、彼女が外出しているのを、あまり見たことがない。
ラウンジにあるソファーやハンモックがお気に入りらしく、
大胆な花が描かれた大きなステンレスボトルに、お菓子や雑誌、漫画を持ち込んで、いつも読み耽っている。
ラウンジのキッチンには、お気に入りらしい紅茶の茶葉が置かれていて、
冷蔵庫の中身の大半も、どうやら彼女のものらしい。
もはや、ラウンジで暮らしているようにも見える。
彼女曰く、「三階にある部屋まで食料を持って帰るのが面倒だから」とのこと。
自室には寝るためだけに帰っているようだ。
二階で俺の向かい住む百代は、根っからのゲーマー。
彼に至っては、部屋から殆ど出てこない。
俺の歓迎会には参加してくれたし、松尾がタコパーなどに誘ったら嬉しそうに出てくる。
内向的と言うわけでは無いと思う。
とはいえ、大学にすら行かないインドア派が、二人もいる。少しおかしな学生寮だと思う。
近づき12ロールのトイレットペーパーの袋から三つ取り出しテーブルに乗せる。
「ありがとう〜あと1ロールだったから助かる」
お互いに一人暮らしなので、12ロールもいらないと言うことで、四人で分けるのがここのルールなようだ。
今日はセールをしていたので買って来た。
「へぇ、そのオムライス美味しそう! どこの?」
三里さんは俺のエコバックを覗き込んで、聞いてくる。
「公園前のお弁当屋さんですよ」
「コンビニも少し飽きたから、私も明日はそっちにしよ…」
そう言いながら、大きめでハワイアンな絵柄のエコバックにペーパーを入れる。
このバックはラウンジで楽しむ為にグッズを運ぶ用らしい。
「奥野、おかえり〜」
上から松尾の声が聞こえる。
見上げると三階の部屋の窓から、松尾が顔を出し手をふっていた。
このアパートの面白い所は、吹き抜けのラウンジ側にも部屋の窓がある事。
だから、こうして部屋にいながらラウンジの人と会話ができる。
「ただいま~!
ってなんで松尾、もういるの?
俺が大学出る時、まだ教授と学生ラウンジで将棋さしてなかった?」
「お前と違ってショートカットで帰ってきたからな。
真っ直ぐ帰ると早いんだ」
松尾は明るく笑う。
「あっサンキュー!
トイレットペーパー買ってきてくれたんだ!
お~い! 百代~! 奥野が買ってきてくれだぞ!
下まで取りにこい!」
松尾は窓から下の階に向かって声をかける。
皆部屋にいる時は、ラウンジ側の窓開けているため、こうして叫べば大抵聞こえる。
「わかった〜」
声だけ返ってきた。
三階の左の部屋の玄関が先に開き、出て来た松尾が手前の螺旋階段へと歩いてくる。
少し間を置いて松尾の下の部屋の玄関が開き百代が出てくる。
今日は家から出ていない感じの少し長めのボサボサ頭で、いつものスウェット姿だ。
百代は廊下の奥へと消えていく。エレベーターを使うのだろう。
松尾は気がつくともう一階にいて、コチラに笑顔で近づいてくる。
しばらくして一階の奥の廊下から百代が現れる。
螺旋階段と続く各階の廊下の切れ目が、金属の柵でできているので、舞台のように人の動きがよく見える。
このアパートでは三里と百代は、エレベータ派。松尾と俺派階段派。
三階の三里さんはともかく、二階なのに百代は頑なに階段を使わない。
本人曰く「疲れるから」というが、下りでもエレベーターを利用する。
「あっそうだ! 奥野くん、マルコカートは得意?」
近づいてきた百代をみながら、三里さんが突然聞いてくる。
「え? 普通かな? 部活の寮でみんなと遊んでいたけど」
松尾が苦笑しながらエコバックにペーパーを詰めている。
「お願いがあるの! 百代をマルコカートでやっつけてくれない! コイツ本当に小憎たらしいから!」
俺の言葉を聞いて、百代はむしろ嬉しそうだ。
「え! 奥野はマルコカートできるの?!
ここにいる奴ら、みんなポンコツで勝負にならないんだよ〜」
そう言ってから嫌味っぽく松尾たちを見る。
その言葉に三里さんはムッとした顔になり、百代はニヤニヤ顔を返す。
松尾は困ったような顔をして頭を掻く。
「俺はそういったゲームは苦手だから。
麻雀とか花札とかは得意なんだけど」
「なんか松尾さんは、趣味がなんかジジくさいのよね。こう言う事では役に立たないのよ。
だから奥野くん、やっておしまい!」
そのままカラオケルームでそれぞれ晩御飯を持ち込んでマルコカート大会になってしまった。
結論から言うと、百代は得意を自負するだけ強かった。
俺は五回やってやっと勝てた。
それでも百代は俺との戦いは楽しんでくれたようで、「またやろう!」笑っていた。
「オーホホ、所詮貴方は井のなかの蛙だったのよ!
このように正義は最後は勝つのよ!」
三里さんの機嫌も直り、俺の勝利をまるで自分が倒したかの喜んでいる。
よくわからない戦いだったけど、楽しかったからよしとした。
カラオケボックスを出ると、外は真っ暗だった。
ラウンジの明かりのせいか、ガラスの向こうは墨を流したように、何も見えない。
外って、こんなに暗かっただろうか。
そしてガラスはぼんやりと、ラウンジにいる俺たちを映していた。
アパートは上の見取り図のようなイメージです。
二階の家具が描かれている部屋が奥野く、そのお向かいが百代くん。
奥野くんの上が三里さん。百代くんの上が松尾さんです。
一階のカーペットが敷かれた部分が三里さんのお気に入りゾーン。その奥が左からカラオケルーム、倉庫、突き当たりがエレベーターの廊下、ランドリールーム、キッチンエリアとまっています。
イメージを固める為に作ったものなのでこの建築法については突っ込まないでください。柱とかはちゃんとある安全設計設定ですから!




