三つのルール
嬉しそうに降りてきた百代は、「ゲームやろうか!」と俺をカラオケルームに誘った。
今日は俺の気持ちが整っていないせいか、最初の二戦はボロボロだった。
しかし元来の負けず嫌いが浮かび上がってくる。四戦目でようやく一勝。その後も粘って、十戦で四勝までは持ち直した。
十一戦目を終えた時、チラッと百代が俺を見てくる。
「今日最初の方、気もそぞろだったけど、何かあったの?」
俺は今日あった色々なことを、自分の中でも整理できていないので、どこから話すべきか悩む。
「ところで、三里さんどうかしたの? 荷物を放って部屋に戻るなんて」
百代は上に視線をあげて、悩むように考える。
「放ったというか、呼ばれたから、突然戻らざるを得なかったって感じかな」
誰か来客があったということなのだろうか?
「良かった。体調が悪くなったわけではないんだね」
百代は曖昧な笑みを返して肩をすくめた。
「じゃあ、またやるよ!」
そう言って、百代はコントローラーを構える。
俺もコントローラーを握り、視線をディスプレイに戻す。そのタイミングでゲームがスタートする。百代の妨害アクションを何とかかわし、ギリギリのところで俺は勝利できた。
「あのさ、奥野」
百代に視線を向ける。
「お前が俺や三里のことを心配してくれているのは嬉しい。
でも変に気を遣わないでほしい。
大学ともリモートで連絡を取り合っているし。
ただ、こうして遊んで、話して普通に付き合ってくれたら嬉しい」
大学の講義を二人はサボっているというわけではなかったのか。
「一番大事なのは、自分らしくここの生活を楽しむ! それが校則でもあるだろ?」
俺は首を傾げる。
「それって校則だったっけ?」
そうじゃなくて……別の形で聞いた気がする。
「この街のルールの一つか、まっ、同じようなことか」
百代との言葉で俺は思い出す。
この街に着いた時に受けた説明を。
あれは誰からだった? 松尾だったような気がする。
『ようこそ仮存町へ』
港のフェリー乗り場で、松尾は笑顔で俺を迎えてくれた。
『ここに君が住むにあたって、簡単なルールを三つだけある。それを心に留めて欲しい。
一つ目は、毎日の生活を、君らしく楽しむこと』
あの時に、ここで暮らすにあたってのルールとして言われた言葉だ。
でもルールは三つ。あれ? あとの二つって何だったっけ?
「俺と三里は、大学に行くより、のんびり過ごす方がここでの時間を楽しめると思ったんだ。だから奥野は気にしなくて大丈夫だから」
何だろう。昼間に感じた違和感の答えが、俺の中でムクムクと形になっていく。
「あのさ、俺達って……もしかしてもう死んでいるの?」
俺の言葉に、百代は露骨に顔を顰める……。
「ひどいな」
「いや、ごめん」
思わず謝ってしまう。
「失礼な、俺はまだ死んでいないよ!
……そしてお前は大丈夫だと思う」
百代はコントローラーをテーブルに置いて、俺の方をまっすぐ見つめてくる。
「俺はさ、ここでは長い方なんだ。だから何となくわかる」
「わかるって何が?」
百代は哀しげに笑う。
「俺と三里は旅立つことになると思う」
そこで一旦言葉を切り、ニコリと笑みを作る。
「でも、お前は戻れる!」
どこに旅立つ? そしてどこに戻るというのか?
「あ、あのさ……実は今日……午前中、祖母に会ったんだ。この町で」
俺は震えながら話す。俺の言葉に百代は驚いたように目を丸くする。
「祖母は末期癌で入院中だったんだ。
もうほとんど会話もできない状況だったのに。
それなのにここでは元気にしていた」
百代は柔らかく笑う。
「すごい奇跡だよ。それは」
「奇跡?」
「こうして会えたなんて。
ここにいる間に会って話をしてあげて。
お互い悔いがないように」
百代はニッコリと明るく笑う。
「じゃっ、次はコースかえてやるよ!」
そう言ってコントローラーを手に取って操作を始めた。
視線を合わせなくなった空気で、話は打ち切られた。




