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奥野、細道へ  作者: 白い黒猫
新道

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34/36

最高最強で完全完璧な…

 俺は兄に車椅子を押してもらいながら、病院の廊下を進む。

 ここは俺が入院していた病院ではなく、隣の県にある総合病院。

 向かうのは「緩和ケア病棟」と書かれたゾーン。

 廊下では大型犬を連れた人が病室へ入っていく姿が見え、驚く。病棟入口の受付で見舞いに来たことを伝え、目的の病室へ向かった。


「失礼します」


 そう挨拶してスライド式のドアを開ける。中には中央にベッドがあり、カーテンは開けられたままだった。窓際の奥にはソファーがあり、思ったより広い部屋だった。ベッドのそばで椅子に座っていた女性が振り向き、俺を怪訝そうな顔で見つめる。


「奥野正道と申します。栖くんに、俺が怪我で大変な時に助けられた者です。

 もう少し早く来たかったのですが、俺もこんな状態で、なかなか来られず申し訳ありません」


 そう挨拶をする。


「お見舞いに来てくださったのですね。ありがとうございます。

 でも息子は今……眠っていまして」


 そう言いながらベッドに目を向ける。


「……ァサミチ?」


 小さな声がベッドから聞こえる。

 車椅子を押してもらいながら近づくと、小さく細い百代が横たわっていた。鼻には酸素チューブがついていて、点滴スタンドにはいくつかの点滴袋が下がり、それが百代の細い腕につながっている。

 仮存街にいた時よりも痩せていて、一回り以上小さく見えた。そして街にいた時よりも大きく感じる目が、俺を見つめてくる。


「あぁ、お前が珍しい名前で良かったよ。見つけられた」


「探してくれたんだ」


 百代の目が細まる。笑っているんだと思う。


「ああ、会いに来た! こっちが俺の兄貴。今日、車を出して連れてきてくれたんだ」


 そう言いながら兄を紹介する。


「こいつの兄貴の夢人(ユウト)です」


 兄が百代に挨拶をする。


「へぇ。似ているね。お兄さん、初めまして。正道の友人の百代です」


 百代は兄に挨拶を返してから、俺に視線を戻す。


「正道、来てくれてウレシィ……。

 髪の毛、赤くないんだな」


 俺はニヤリと笑ってみせる。


「お前は青い髪じゃないんだな」


 百代はゼイゼイとした息を吐く。苦しんでいるというより、笑っているようだ。


「似合っていたのに、髪染めないの?」


「今はリハビリで精一杯だから。

 それに、いきなり俺が髪を染めたら家族が『不良になった』って驚きそうだ」


 百代のお母さんや兄は、俺たちがネットゲームのアバターの話でもしているのだと思っているのだろう。

 やや戸惑っているようだが、受け入れて会話を見守ってくれている。


()()()は元気なのかな〜」


 俺の言葉に百代は天井へ視線を向ける。


「結構、卒業した人もいるよ。

 春立も、お前の数日後に卒業した。

 二木荘のみんなの嘆きは大きかったよ。

 あそこのアイドルだったから」


 春立さんも亡くなってしまっているという事実に、俺はため息が出る。


「それにしても、リアルでお前と俺が会ったと聞いたら、三里のやつ羨ましがるだろうな〜」


 百代はそう言ってニヤリと笑う。と言っても唇が少し歪んだだけ。でも俺の中では、仮存街でよくしていた百代の表情に変換される。


「『アンタたちだけズルい!』って言いそうだよね」


 フューフューと息を吐く。少し辛そうだけど笑っている。


「そうそう。

 リアルでも顔を合わせたとなると、俺たちこれで完全完璧なダチだよね」


 百代の言葉に俺は頷く。


「あぁ、間違いなく完全完璧なダチだ」


「ヤッタ……」


 そう言いながら、微笑むように目を細める百代。


「マサミチ……」


 百代の小さな声が病室に響く。


「ん?」


 俺は顔を近づける。


「アリガトウ……」


「俺こそありがとう!

 お前は俺の最高最強のダチだよ」


「いいね……それ。ホント、サイコウ。

 また会えて嬉しぃ……」


 そう言って百代は目を閉じた。眠りに入ってしまったようだ。生体モニターは緩やかな波形を描きながら、百代の命を刻んでいる。


「栖」


 名前を呼んでみたけど、もう目を開けなかった。

 テーブルにペットボトルのお茶が置かれる。

 百代のお母さんが俺に頭を下げる。


「今日は息子のお見舞いに来てくださって、ありがとうございました」


「いえ、栖くんには本当に助けられて。お礼を言いたいのはこちらです」


 俺の言葉にお母さんは首を横に振る。百代に似た、線の細い儚げな雰囲気の女性だった。

 百代によく似た瞳を、まっすぐ俺に向けてくる。


「息子があんなに楽しそうに笑っている姿は久しぶりでした。

 貴方が来てくださったから。

 ありがとうございます」


 そう言って百代のお母さんは哀しそうに笑った。


「栖くんが言ってました。

『自分は幸せなんだと思う。愛情深い母親に見守られて育ったから』って」


 仮存街でアイツが寂しそうに語っていた言葉だ。

 お母さんは俺の言葉に顔を覆って泣いてしまった。余計なことを言ったのかもしれないとも思った。でも栖はもう思うように話せないし、照れくさくて今さら言えないと言っていた言葉を、この人には伝えなければと思ったから。


「ありがとうございます」


 百代のお母さんはもう一度頭を下げた。

 そして連絡が取れるようにLINEを交換し、お暇することにした。


()()、いらしてください」


「はい、()()来ます!」


 そんな言葉を最後に交わした。


 しかし、その『また』が果たされることはなかった。

 二日後、百代は亡くなったから。

 その連絡を受けて、俺は声を上げて泣いた。

 いい年して何をしているのかと思うけど、自分の感情を止めることはできなかった。

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