最高最強で完全完璧な…
俺は兄に車椅子を押してもらいながら、病院の廊下を進む。
ここは俺が入院していた病院ではなく、隣の県にある総合病院。
向かうのは「緩和ケア病棟」と書かれたゾーン。
廊下では大型犬を連れた人が病室へ入っていく姿が見え、驚く。病棟入口の受付で見舞いに来たことを伝え、目的の病室へ向かった。
「失礼します」
そう挨拶してスライド式のドアを開ける。中には中央にベッドがあり、カーテンは開けられたままだった。窓際の奥にはソファーがあり、思ったより広い部屋だった。ベッドのそばで椅子に座っていた女性が振り向き、俺を怪訝そうな顔で見つめる。
「奥野正道と申します。栖くんに、俺が怪我で大変な時に助けられた者です。
もう少し早く来たかったのですが、俺もこんな状態で、なかなか来られず申し訳ありません」
そう挨拶をする。
「お見舞いに来てくださったのですね。ありがとうございます。
でも息子は今……眠っていまして」
そう言いながらベッドに目を向ける。
「……ァサミチ?」
小さな声がベッドから聞こえる。
車椅子を押してもらいながら近づくと、小さく細い百代が横たわっていた。鼻には酸素チューブがついていて、点滴スタンドにはいくつかの点滴袋が下がり、それが百代の細い腕につながっている。
仮存街にいた時よりも痩せていて、一回り以上小さく見えた。そして街にいた時よりも大きく感じる目が、俺を見つめてくる。
「あぁ、お前が珍しい名前で良かったよ。見つけられた」
「探してくれたんだ」
百代の目が細まる。笑っているんだと思う。
「ああ、会いに来た! こっちが俺の兄貴。今日、車を出して連れてきてくれたんだ」
そう言いながら兄を紹介する。
「こいつの兄貴の夢人です」
兄が百代に挨拶をする。
「へぇ。似ているね。お兄さん、初めまして。正道の友人の百代です」
百代は兄に挨拶を返してから、俺に視線を戻す。
「正道、来てくれてウレシィ……。
髪の毛、赤くないんだな」
俺はニヤリと笑ってみせる。
「お前は青い髪じゃないんだな」
百代はゼイゼイとした息を吐く。苦しんでいるというより、笑っているようだ。
「似合っていたのに、髪染めないの?」
「今はリハビリで精一杯だから。
それに、いきなり俺が髪を染めたら家族が『不良になった』って驚きそうだ」
百代のお母さんや兄は、俺たちがネットゲームのアバターの話でもしているのだと思っているのだろう。
やや戸惑っているようだが、受け入れて会話を見守ってくれている。
「みんなは元気なのかな〜」
俺の言葉に百代は天井へ視線を向ける。
「結構、卒業した人もいるよ。
春立も、お前の数日後に卒業した。
二木荘のみんなの嘆きは大きかったよ。
あそこのアイドルだったから」
春立さんも亡くなってしまっているという事実に、俺はため息が出る。
「それにしても、リアルでお前と俺が会ったと聞いたら、三里のやつ羨ましがるだろうな〜」
百代はそう言ってニヤリと笑う。と言っても唇が少し歪んだだけ。でも俺の中では、仮存街でよくしていた百代の表情に変換される。
「『アンタたちだけズルい!』って言いそうだよね」
フューフューと息を吐く。少し辛そうだけど笑っている。
「そうそう。
リアルでも顔を合わせたとなると、俺たちこれで完全完璧なダチだよね」
百代の言葉に俺は頷く。
「あぁ、間違いなく完全完璧なダチだ」
「ヤッタ……」
そう言いながら、微笑むように目を細める百代。
「マサミチ……」
百代の小さな声が病室に響く。
「ん?」
俺は顔を近づける。
「アリガトウ……」
「俺こそありがとう!
お前は俺の最高最強のダチだよ」
「いいね……それ。ホント、サイコウ。
また会えて嬉しぃ……」
そう言って百代は目を閉じた。眠りに入ってしまったようだ。生体モニターは緩やかな波形を描きながら、百代の命を刻んでいる。
「栖」
名前を呼んでみたけど、もう目を開けなかった。
テーブルにペットボトルのお茶が置かれる。
百代のお母さんが俺に頭を下げる。
「今日は息子のお見舞いに来てくださって、ありがとうございました」
「いえ、栖くんには本当に助けられて。お礼を言いたいのはこちらです」
俺の言葉にお母さんは首を横に振る。百代に似た、線の細い儚げな雰囲気の女性だった。
百代によく似た瞳を、まっすぐ俺に向けてくる。
「息子があんなに楽しそうに笑っている姿は久しぶりでした。
貴方が来てくださったから。
ありがとうございます」
そう言って百代のお母さんは哀しそうに笑った。
「栖くんが言ってました。
『自分は幸せなんだと思う。愛情深い母親に見守られて育ったから』って」
仮存街でアイツが寂しそうに語っていた言葉だ。
お母さんは俺の言葉に顔を覆って泣いてしまった。余計なことを言ったのかもしれないとも思った。でも栖はもう思うように話せないし、照れくさくて今さら言えないと言っていた言葉を、この人には伝えなければと思ったから。
「ありがとうございます」
百代のお母さんはもう一度頭を下げた。
そして連絡が取れるようにLINEを交換し、お暇することにした。
「また、いらしてください」
「はい、また来ます!」
そんな言葉を最後に交わした。
しかし、その『また』が果たされることはなかった。
二日後、百代は亡くなったから。
その連絡を受けて、俺は声を上げて泣いた。
いい年して何をしているのかと思うけど、自分の感情を止めることはできなかった。




