船出の時
出発の時間が近づき、会はお開きになり、壮行の流れとなる。
俺を見送るように一列に並んだ人に、俺は一人一人に感謝の気持ちと別れの挨拶をしていく。
「よかったわね」
「元気でね」
そんな言葉を受け取りながら、俺はゲートへとゆっくり向かう。
二木荘メンバーの最後は春立さんだった。
「ォクノ、いなくなっちゃうの?」
「うん、船に乗って旅立つんだ」
「もう、あえないの?」
春立さんの頭を撫でる。
「なんかね、お互いが好きであればあるほど、またいつかどこかで会えるらしい」
「そか」
春立さんは少しだけホッとした顔になる。
「霞ちゃん! 絵っ」
隣のおばあちゃんの言葉に、春立さんはハッとしたようにショルダーバックに手を入れでゴソゴソ動かす。そして四つ折りにされた紙を取り出す。
「これ、ォクノに」
四つ折りの紙を広げると、それはスケッチブックの一ページだった。
海をバックに四人の人物がこっち向いて笑っている絵が描かれていた。
一番背が高く赤い髪の人が俺、そしてニコニコしているのが松尾、小さく髪が長いのが春立さん、そして少し怒った顔をしている青い髪の人が百代だろう。
「すごい! これ、俺たちだよね」
そう言うと少し自慢げに春立さんは頷く。
「百代、松尾、みんなすっごい似ているよ」
俺は、もう泣きそうな顔で順番を待っている百代にあえて明るく話しかける。
「どれどれ」
百代は笑顔を作り近づいてくる。松尾は絵を見て微笑む。
「とても素敵な絵だね」
「すげえ、四人ともそっくりじゃん!
お前、絵の才能あるな!」
春立さんは褒められて嬉しそうに笑っている。
「これ、本当に俺もらっていいの? こんな素敵な絵」
春立さんはコクリと頷く。
「はなれても、ォクノが、わすれないように」
俺はしゃがみ春立さんを抱きしめた。
「忘れないよ!」
「だったら、いい。
わたしもわすれない」
そう言って春立さんは笑った。
「俺の事も忘れるなよ」
百代がそう声をかけてくる。
「お前こそ」
俺は立ち上がり百代に向き合う。
「忘れるかよ! こんな髪の赤いド派手な奴を」
「髪が青いお前が言うか?」
そう返すと、百代は泣きそうな顔で笑った。
この髪は、もう一人の大事な仲間の三里さんが残してくれたモノだから。
「奥野……」
百代は俺の名前を呼ぶが、そのあとの言葉は続けられなかった。
その目から大粒の涙がホロリと溢れる。
それを静かに見つめることはできなかった。
百代が俺に抱きついてきたから。
「お前まで……」
「百代、ありがとう。
お前は最高のダチだよ。
お前がいなかったら、ここでの生活こんなに楽しくなかったよ」
俺は抱きしめ返す。
「奥野、奥野、奥野……」
百代は言葉が出てこないようで、俺の名前を連呼する。
「百代、ダチっぽく俺のこと名前で呼んで見てよ。正道って」
百代が少し離れて俺を見上げる。
「マサミチ……俺のことを栖って……」
「栖」
俺は百代の名前を呼んで微笑む。でも俺も泣きそうになっていたから上手く笑えていた自信はない。
お互い名前を呼びながら泣きながらまた抱き合う。
俺の背中が少し暖かくなる。
「マサミチ。サイ」
そう小さく言いながら、春立さんが俺に抱きついてきたようだ。
「間も無く出航のお時間です〜
搭乗者はご用意お願いします」
そんな声が聞こえるまで俺たちはそのままの体制で泣いていた。
「奥野、時間だよ」
冷静な松尾の声が聞こえる。春立さんはおばあちゃんたちに促されて離れたけど、俺と百代は離れられなかった。
「二人とも、これは別れではないから」
松尾が俺たちを優しく抱きしめそう囁く。
辛いけど、俺は百代を抱きしめていた腕を緩める。
少し遅れて、百代も腕の力を緩める。
二人で改めて向かい合う。
「栖、色々ありがとう。
……いってくるよ」
「ああ、頑張れ!」
赤い目で俺をまっすぐ見つめてくる百代。
「ああ、頑張るよ!」
俺はハイタッチをするように右手を高く差し出す。百代はその手を熱く握る。
そして見つめ合って、二人で笑い合った。泣きながらだけど。
「皆さん、ありがとうございました!」
俺は大きな声で、集まってくれた人に向けて頭を下げ、トランクとトートーバックを手にゲートに向かう。
ゲートの手前で松尾が微笑んでいる。
「お世話になりました。
松尾のおかげで、戻ることができました」
俺が頭を下げると、松尾は顔を横にふる。
「奥野が頑張った結果だよ。俺は何もしていない。
側にいただけ」
「見守ってくれてありがとう。栖のこと頼みます」
松尾は穏やかに微笑み頷く。
俺は松尾に握手をしてからゲートを潜った。
その瞬間、海の香りをより強く感じる。
空気が少し変わった気がした。すべての感覚がより強く生々しくなったような。ほんのわずかな変化だけど。
振り返ると、ゲートの向こうに仮存街の皆んなが見える。
流れる涙を気にもしないで俺を見ている百代。
目を潤ませてこちらをボーと見ている春立さん、笑顔で見送る二木荘の人たち。
穏やかな笑顔で手をふる松尾。
俺は何度も振り返り手を振りながらフェリーに乗った。
フェリーに乗ると、荷物を床に放り、すぐにデッキに走る。
汽笛の音がして、エンジンがかかり船全体が震える。
フェリーがゆっくり動き岸を離れる。
桟橋のところへ百代が走ってくるのが見えた。
「正道〜!」
百代の叫ぶ声が聞こえる。
百代の後ろに、転けそうになりながら走っている春立さんの姿が見える。
それを追いかけるように松尾の姿が現れる。
俺は百代に向かって大きく手をふる。
「栖〜!! ありがとう〜!」
俺も叫び返す。
桟橋では百代は泣きながら叫び、春立さんはただ泣いていて、松尾は穏やかに笑い手を振り、二木荘の皆んなニコニコと手を振っている。
「ありがとう〜!
俺、忘れないから! ずっと! 絶対!」
船の角度が変わるので、俺は後部デッキの方へと移動しながら手を振り続ける。
そして叫び続けた。
ゆっくり陸が離れ人も小さく見えなくなっても俺は手を振り続けた。
やがて陸も見えなくなってしまった。
俺はデッキに座り込み泣く。
「奥野様、お荷物は客室に移動させておきました。こちらは風も強いので移動されませんか?」
乗務員に促され、俺は客席へと移動する。
普通の2等客室で多くのシートが並んでいるのに、客は俺一人だった。
一番奥に俺の荷物が置かれている。
俺はその席に座り、トートーバックを手に取る。
中に入っているのは、チームメイトの寄せ書きの書かれたボールと、「星の王子さま」の本と、春立さんの絵。
俺はバックごとすべて抱きしめながら、泣き続けた。
そんな俺を乗せて船はゆっくり進んでいく。
視界が涙だけでなく、だんだん明るく眩しく霞んでいく。
白い光が船ごと包み込む。
あまりの眩しさに目を開けていられず、俺は目を閉じた。




