残り時間をどう過ごすか?
松尾に手伝ってもらい起き上がる。
「今、何が起こったの?」
「君の魂が現世の身体に繋がり、戻れる準備が整ったんだ」
周りの人がその言葉に驚いたような声を上げる。
百代は立ち上がらず、しゃがんだまま目を見開いて俺を見上げている。
「光って消えた。大丈夫?」
立ち上がった春立さんは、俺の身体をおずおずと触りながら聞いてくる。
「大丈夫。元気だから」
俺は笑顔を作り、そう答えておく。
自分でもよく分からないから。
しかし、自分の存在がいつもより強く感じる。見えている景色、包んでいる空気は同じなのに、何かに守られ、自分の中で力が漲っている。そんな感じ。
サッカーをしている時、チームが最高に噛み合っていて、全てが流れるようにうまくいき、ハマっている。あの時の感覚に似ている。ハマるところに全てキッチリハマっている、そんな感覚。
「むしろスッゴイ元気かも」
不安げな春立さんに、俺は作り物ではない笑顔を向ける。
そんな横で、松尾が周りに状況を説明している。
俺が昏睡状態であったこと。それが今解消し、現世に戻れる運びになった事。
その言葉に海岸が沸く。
「良かったな〜。ニイチャン」
元甲子園球児だったおじいちゃんが、俺の背中を強く叩く。
「あ、ありがとうございます」
周りの盛り上がりに、喜びよりも逆に感情の出し方が分からなくなる。
春立さんも同じように周りの状況に少し戸惑っている。
「霞ちゃん、めでてぇことなんだよ!
お前さんが渡した石が、スッゴイ奇跡呼んだんだ!
お前はスゴい子だ」
元甲子園球児のおじいちゃんが、大きな笑顔で春立さんの頭をガシガシ撫でる。
その雰囲気で良いことで皆喜んでいるということを理解できたのか、ヒヒヒと笑い出す。
俺は立ち上がり、お礼を言いながら周りを見渡す。
少し離れた所で、百代が迷子の子供のような表情で俺の方を見つめていることに気がついた。
喜びと同時に、別れの時が来たことに改めて気がつく。
視線が合うと百代が無理やり笑顔を作り、近づいてくる。
「良かったじゃん!」
俺もゆっくり近づく。
百代が視線を逸らし、下を向く。
「お前も、先に旅立ってしまうとは」
その声が少し震えている。
かける言葉が見つからない。
だから黙ったまま俺は百代を抱きしめた。
少し驚いたように身体を震わせたが、俺を強く抱きしめ返してくる。
喜んでくれているのか。
それとも、別れたくないと思ってくれているのか、俺には分からなかった。
それからは、周りは賑やかだったが、百代だけは静かだった。
「明朝の正午にフェリー乗り場からの旅立ちになります」
「フェリー乗り場なのね。フェリーでのお見送りは初めてだわ」
「あれ! 一時ではないの?」
「同時に反対のゲートを開かれるのは、事故を呼ぶ可能性もありますので」
二木荘の人たちと松尾が会話を交わす横で、俺たちはただ抱き合っていた。
百代には、感謝の気持ち、大好きだということ、俺までまた百代を置いて行ってしまうことの申し訳なさ、色々伝えたい事はあるのに、言葉として何も出てこなかった。
二木荘の人たちと別れて三人で向かったのは学校。
杉風理事長に会うためだ。
もう俺の状況は察知していて、報告の意味はなかったけど、最後に挨拶をしたかったから。
百代も、ついてくる必要はなかったが、付き添いで来てくれた。
「理事長にも、色々とお世話になりました」
お祝いを言ってくれた理事長に、俺は頭を下げてお礼を言う。
理事長はニコニコと嬉しそうに聞いている。
「奥野くんは良い子だね。
俺にまで挨拶に来てくれる人って、なかなかいないから。嬉しいよ。
良かったらクッキー食べないか」
そう言いながら立ち上がり、棚からクッキーの缶を出して、俺たちに振る舞ってくる。
「理事長にあの時、海で助けていただけなかったら。
俺、今頃どうなっていたか」
百代に対してとは違い、理事長にはスラスラと感謝の言葉が出てくるのが不思議だ。
俺の隣で百代は口角を上げて笑みを作っているが、俺の方をジッと思い詰めたように見つめてきている。
俺はその視線を受け、同じように口角を上げて想いを込めた視線を返すことしかできない。
そんな俺たちを見て、理事長は柔らかく笑う。
「この街で、君たちは強く深い良い縁を結んだ事も嬉しく思うよ。
この街で一瞬だけ交差した縁かもしれない。
でも君たちは、それ以上のものを確かに手に入れた。
だから一時の別れは悲しいと思うけど、嘆く事はない。
前にも言ったけど、そういう魂の絆は未来でも繋がるから」
百代は唇を少し尖らせ、首を傾げる。
「それは二人の来世ということ?」
理事長は首を傾げる。
「君が早く転生できたら、奥野くんの今世という事もあり得るし、どう再会するかは神のみぞ知るといった感じかな」
そう言って理事長はニヤリと笑った。
「奥野が親父ってことになったりしないよな。そうだとなんか変な気分だ」
「百代が息子って、嫌ではないけど不思議な感じ」
「いやいや、どういう関係で再会するのかは全く分からないから」
松尾がそう言って笑う。
俺はふと浮かんだ疑問を松尾にぶつけてみる。
「この街での記憶って、現世で残るもの?」
この街で出会った百代、三里さん、松尾、理事長、春立さんのことを忘れてしまうのは嫌な気がした。祖母とのここでの思い出も。
松尾と理事長は顔を見合わせて悩む。
「それは分からない。人によるとしか言いようがない」
「そんな! 俺たちのこと奥野忘れるなよ!」
必死に訴えてくる百代。
俺は頷き、「努力する」としか言いようがなかった。
理事長を交えて話したためか、百代とも自然に会話をできるようになっていた。
理事長室をお暇して、三人で森の近道ではなく夕焼けに染まる大通りを下る。
明日の話をすると、本当に終わってしまう気がした。
だから俺たちは、夕焼けに染まる坂道を下りながら、くだらない話ばかりして笑っていた。




