石は水面を跳ねていく
次の日、三人で二木荘を訪問した。
今まで来た時よりも、なんだか活気があるように感じた。
東屋で、昨日とは別の浴衣を着た春立さんがスケッチブックに向かって何かを描いている。
その周りを囲むように、お婆ちゃんだけではなくお爺ちゃんも集っている。
髪は三つ編みにしてもらい、リボンもつけてもらっていて可愛らしい。
「おぉ、なかなか大胆な構図だのう」
「子供らしい良い絵よね」
「元気でいいわ〜」
春立さんが持て囃されている。
本当に、ここのアイドルとなっている。
「こんにちは! また遊びに来ました」
挨拶すると、春立さんの視線がこちらを向く。
瞳を見開き、少しだけ嬉しそうな顔をする。
「ォハヨゴザイ……ス」
挨拶をしてくれたことに感動してしまった。
「オハヨウ! 良い日だな」
百代も嬉しそうに挨拶を返す。
「貴方たちもまた来てくれたのね〜。蜜柑どう?」
そう言いながら、俺と百代も東屋に座らされる。
またスケッチブックに意識が向いてしまった春立さんを見る。
青いクレパスを無心で動かしている。
画面全体が青い。
「今日も可愛くしてもらったんだね。
何描いているの?」
「ゥミ」
そう言われて気がつく。
紙の上の方の水色が空で、真ん中を広く占めている青い空間が海。
手前の黄色い部分が砂浜だ。
よく見ると左にはちゃんと桟橋もある。
「スゴイ!」
「良いじゃん」
二人で感嘆の声を上げてしまう。
俺たちの言葉に春立さんは少し誇らしげだ。
たくさんの人と触れ合ったためか、表情のバリエーションが増えているような気がする。
春立さんが百代の方を見る。
「ゥミ……見たい」
昨日、百代に連れて行ってもらったのを覚えていたからだろう。
百代に、春立さんはお願いしてきた。
春立さんのその一言で、海へのハイキング大会が始まった。
と言っても、路地を出て、大通りを渡って遊歩道を横切るだけなのだが、今日は二木荘のお婆ちゃんやお爺ちゃんも何人か一緒なので大所帯である。
昨日、一緒に水切りをしたと話していた事を、皆覚えていたのもある。
年齢もバラバラの集団で、水切り大会が始まる。
お爺ちゃんの中には腕に自信のある人もいて、華麗に飛ばしては見事なまでのドヤ顔を披露していた。
「俺は昔、甲子園に出ていたんだ!
ニイちゃんは?」
なんか妙な対抗意識を持たれてしまったようだ。
「サッカーです」
「サッカー?!
それでなんで石飛ばし上手いんだ!」
「学校帰りに河原で遊んでいたからですかね……。
野球をされていたから、その強肩なんですね。流石です!」
俺の腰をトントンと叩く人がいた。
振り向くと春立さんが俺を見上げている。
握っている石を俺へと差し出す。
「投げて」
俺はその石を受け取り、海に向かう。
サイドからスライドするように石を投げる。
その石はまっすぐ海に向かって飛んでいき、水面を跳ねていく。
「ぉぁあ〜」
嬉しそうな春立さんの声が響く。
「おお、どこまで飛んでいくんだ〜」
歓声があがる。
『正道!』
海の向こうから、兄と母の声が聞こえる。
石はまっすぐ水平線に向かって跳ね続ける。
「え……奥野……」
百代が戸惑ったような声を漏らす。
「もしかして水平線までいっちまうんじゃないか?!」
元甲子園球児のお爺ちゃんが楽しそうに叫ぶ。
石は、まるで生きているかのように沈むことなく跳ね続ける。
『早く起きろ!
お前の寝顔、見飽きたぞ!』
石はその声に向かって跳ねていく。
何か後ろから風が吹いてきた気がする。
俺の体が浮き上がる。
「奥野?!」
何か温かいものに包まれて、身体が浮いていく。
ゆっくりと、優しいスピードで。
白くて眩しくて、目を閉じてしまう。
「正道?」
名前を呼ばれて、ゆっくり目を開ける。
俺を覗き込む母親と兄の顔が見えた。
すぐ近くで聞こえる、ピッ、ピッ、ピッという音。
「……(心配かけて)ゴメン」
掠れた声でそう答えるのが精一杯だった。
身体が重く、とても怠い。
必死にもっと何か話そうと思うけど、意識はゆっくりと沈んでいく。
気がつくと、海岸に寝転がっていて、皆に心配そうに見下ろされていた。
心配げに見下ろす百代。
不安そうな春立さん。
その横で、なぜか嬉しそうに微笑む松尾。
「おめでとう。ちゃんと繋がったね」
松尾は俺を起こすために手を差し出しながら言った。
まるで、握手を求めるように。




