戻る場所と、帰る場所
森の中で、取り留めもなく、断片的な記憶の中を彷徨ってきたせいか、少し頭がぼんやりしている。
視線を巡らせると、松尾の背後に仮存街の風景が広がっている。
「……俺、森を出たの?」
「うん、自力でね」
松尾は柔らかく微笑む。
「……何で、大通りを渡ってないのに、海岸に出ているの?」
少し考えるように、松尾は首を傾げる。
「この街、大通り以外はけっこう曖昧なんだ。
特に森は、どこにでもつながっている」
俺は首を傾げるしかない。
「なら、なんで俺は、アパートではなくて、いつも海岸に出るのかな」
松尾は俺から視線を海の方へと移す。
「君が戻るべき場所が、そっちじゃないってことかもね」
そんな言葉を返してくる……。
「まあ、前の場合は、笠緒さんの魂と引かれ合ったというのもあるのかもしれないけど」
海を見つめ、松尾は目を細める。つられて海を見る。
祖母も同じように海を眺めていたのを思い出す。
「海の向こうに何かあるの?」
「現世」
波の音に重なって、松尾の声が届く。
ピッ、ピッ、ピッ
電子音が、今までよりも大きく聞こえてくる。
その音が、波の音に混じって海の向こうから聞こえていることにも気がついた。
俺は耳を澄まし、海を見つめてしまう。
「少し変わったね」
松尾の声で我に返る。
「魂の色。前より明るい」
松尾の目に、不思議な光というか、色が帯びている。
それを見て、やはり松尾は人間ではないと感じた。
しかし、そこに恐怖や嫌悪感はなかった。
自分を見守ってくれている優しい目だから。
「俺、戻れるの?」
「覚醒の可能性はあるとは思うよ」
穏やかな声で応える。
「どうやったら……戻れるってわかるの?」
松尾は少し考えてから、口を開く。
「俺は経験がないから分からないけど、実際に戻った人の話だと、“何かが繋がった”――そんな感覚が来るらしい」
松尾は少し悲しげに目を細める。
「逆に亡くなる場合は、“何かが切れた”って感じがするみたい」
肉体と魂。
そういう繋がりの話なんだろう。
「そっか」
俺は再び海を見つめる。島どころか、岩もなく、穏やかな海が広がっているだけ。
「ところで、百代は?」
海岸のどこにも彼の姿がないことに気がついて質問する。
「今、戻っているんだ」
松尾は海を見つめながら教えてくれた。
俺は理事長室で聞いた、百代の心の叫びのような言葉を思い出す。
現世で百代は、どういう形で向き合っているのか。
残り少ない家族との時間を、大切に過ごしているのか。
家族の愛という痛みに震えているのか。
俺たちが見つめているうちに、世界は暮れていく。
これが西向きなら、綺麗な夕日が見えたのかもしれない。
だが海は東向き。
ただ、暗くなっていくだけ。
「夕飯までには帰ると思うから。
晩御飯作って待ってようか」
松尾がそう言って海岸を後にする。
俺は頷いて、松尾について歩き出した。
アパートに帰るために。




