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奥野、細道へ  作者: 白い黒猫


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17/24

誰の夢なのか?

 木々の隙間を抜けた先にあったのは、明るい青空の下の広い空間だった。

 芝の香り。子供の声。ボールが蹴られる音。

 俺は兄貴の背中を追いかけるように走っている。

 ああ、これは幼稚園の時に参加したイベント。

 地元のプロサッカーチームの選手と一緒にサッカーできるという夢のような企画。

 兄貴が追いかけるのは、ボールというより憧れのサッカー選手。

 ワラワラとまとわりつくように向かってくる子供たちの中で、その選手は華麗にボールを操っている。

 兄が必死に選手に喰らいつくが、所詮、小学一年生のアプローチ。簡単に躱される。

 俺はその動きを読んで回り込み、ボールを奪うことに成功する。


「正道! よくやった」


 兄に褒められ、嬉しくてパスを返すが、兄はトラップミスをし、ボールは再び選手が支配した。

 今にして思えば、その選手は子供相手でも随分容赦ないことをしていた。

 サッカー教室という名の、単なるボールを使ったゲームが終わり、質問タイムになる。

 兄が一番に手を上げる。


「プロのサッカー選手になるには、どうしたら良いですか?」


 キラキラした目で、元気に質問する兄。

 俺は質問者に選ばれた兄を、尊敬の眼差しで見てしまう。


「誰よりもサッカーが好きでいることかな?」


 その言葉に、兄は満面の笑顔で頷く。


「はい! 俺、サッカー大好きです!」

「それは、いいね」


 プロのサッカー選手と対等に会話している、そんな兄が誇らしかった。


「俺、サッカー一生懸命頑張って、プロになります!」


 兄は選手に向かって、そう高らかに宣言した。

 その光景を見ていた俺の胸が、わずかに痛む。

 景色は変わる。サッカーグラウンドのある河川敷。

 小学生対象のサッカーチームの練習場だった場所。


「え? 俺がジュニアユースの試験を?」


 近所のサッカーチームの監督は、ニコニコと俺を見下ろしている。


「正道くんはもっと良い環境でサッカーした方がいいと思うんだ。

 チャレンジしてみる価値はあると思うよ」


 俺は、監督の言葉が嬉しくてドキドキする。

 少し離れたところにいた兄に気がつき、俺は声をかける。


「兄ちゃん、ジュニアユースの試験を勧められたんだけど、どうしたらいいと思う?」


『すごいな、チャレンジしてみろよ!』

 笑ってそう応援してくれると思っていた。

 だが兄は、なぜか俺を睨みつけている。


「好きにすれば」


 そう冷たく言い放ち、プイッと顔を背けて去っていった。

 大好きな兄がやっていたから始めたサッカー。

 同じ地元の少年サッカーチームに入り、二人でサッカーを楽しんでいた。最初は。


 しかし、だんだん会話が減り、家にも一緒に帰ってくれなくなっていった。

 俺がプロサッカーチームのジュニアユースの試験に受かり、そちらで活動するようになったあたりで、兄はサッカーを辞めてしまった。

 俺がサッカーを始めたことで、兄からサッカーの喜びを奪ってしまった。

 俺の方も、ジュニアユースに入れたからといって、そんなに甘い世界ではなかった。

 それなりに頑張ってきたと思っていたのに、U-18の昇格試験には落ちた。

 それで、サッカー部の強い高校に拾ってもらい、そこに進学した。


 景色が変わっていく。


 俺は河原を走っているようだ。

 ランニングを終え家に帰ると、頭を掻きながら階段を降りてきた兄と遭遇する。

 高校で寮生活をしていた俺だが、春休みのタイミングで帰省していた。その時の記憶のようだ。

 起きてきたところなのか、ボサボサの頭を掻きながら兄が階段を降りてきていた。

 俺の姿を見て、目を見開く。


「おぉ、走ってきたのか。休みなのにスゲえな」


「一年も入ってくるから、負けられないしね」


 兄は優しく笑った。

 俺に対して、こういう顔で笑ってくれたのも久しぶりな気がする。


「久しぶりに、一緒にボール蹴る?」

「俺じゃ、もう相手にもならないだろ」


 兄は苦笑する。


「でも、兄貴とサッカーしたいんだ」

「おっけ! 俺も受験勉強でなまった身体を動かしたいから、やるか!」


 そう言って、誘いに応じてくれた。

 昔はよく二人で遊んでいた河原に行く。

 会話ではなく、ボールが二人の間を行き来する。


「やっぱ、お前うめえな」


 兄の言葉に、俺は首を振る。


「そういう兄貴こそ、まだまだイケてるじゃん」


 兄は苦笑する。


「お前、こないだスカウトと話をしたって聞いたぞ。

 プロ、目指してるのか?」


 返事に少し戸惑う。


「ん、まあ」


 兄は笑う。


「“まあ”じゃねえだろ」


 そう言って、ボールを軽く蹴り返してくる。


「なれるよ、お前なら」


 まっすぐな声だった。


「応援しているから」


 その言葉が、胸に刺さる。

 嬉しいのに、苦しい。

 だから、俺は笑うしかなかった。


「うん、頑張る!」


「おう! 夢を叶えてくれ!

 俺はお前の一番のサポーターでいるから」


 兄貴のまっすぐな笑顔が、言葉が、心に焼きつく。

 強く、そして深く。

 そして俺は、逃げることができなくなった。


「プロになって、活躍して、海外とか行っちまうのかな〜」


 楽しそうに、俺の未来を語る兄の言葉が、俺の中にゆっくり積もっていく。

 俺は軽口を言いながら、ボールを蹴り返すことしかできなかった。

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