別れの酒
遊歩道を四人で歩く。俺の足どりだけが元気がない。
「電車で行かれたということは、笠緒さんは真っ直ぐ天国に行けるんだね」
「ご年配の方ほど、電車で旅立たれることが多い印象かな〜」
三里さんの言葉に、松尾はのんびりと答える。
百代は俺の様子を心配そうに見つめながら、俺の横を黙って歩いている。
「私は? それって、選べるの?」
「いや、行き先がそもそも違うから選べないよ」
「……そっか。私はバスになるのか」
二人の会話は聞こえているけど、頭に入っていない。
突然、背中を強く叩かれる。
「そんなしょげた顔をしない!
今日はみんなでパァ〜と飲もうか!」
「え、俺、まだ未成年だよ」
百代の言葉をスルーして、三里さんはスーパーに向かって歩き出す。
……ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……お願い、死なないで……
三人についてスーパーに入ろうとした時、誰かに話しかけられた気がした。
気のせい?
そう思ったのに、胸の奥に何かが引っかかった。
「奥野くんは、二十歳超えてるのよね?」
三里さんに声をかけられ頷く。
この街では細かいルールは気にしなくてもいいのかもしれない。
それでもこのメンバーは妙に真面目で、百代のためにジュースをカゴに入れていく。
何を食べるかとか、他愛もない話をしているうちに、少しだけ気持ちは楽になる。
手ぶらで身軽な三里さんと、レジ袋を手に下げた男三人でアパートへと戻る。
酒会が開催されたのは、ラウンジではなくカラオケルームだった。
泣いて目とか赤くなっていただけに、少し薄暗い場所に移動できたのは助かった。
祖母の旅立ちに対して献杯で、飲み会はスタートする。
一緒に飲んでいるが、三里さんはワイン、俺はビール、百代はジュース。そして松尾は日本酒と、飲んでいるものはバラバラ。
でも一つの空間をしっかり共有している。
「今日は本当に、色々ありがとう。
泣くなんて情けないよね。ホント」
「何言ってるの! 逆にシレッとしている方が引くわよ!!」
三里さんは激しく俺の肩を叩き、明るく言い放つ。
正面で松尾がにこにこと頷いている。
百代は「確かに、それは言えている」と呟いている。
「あとね、こういう時は泣いていいと思う。
言うじゃない! 男が泣いていい時は、夢が叶った時と、家族を失った時だと」
そう言ってから、三里さんは表情を引き締める。
「だからさ、私の時は泣かなくていいから」
その言葉に俺は動揺してしまう。
「そ、そんな……分からないよ。
それに、こんなに一緒に過ごして、しゃべって笑って、ご飯を食べてって、家族みたいなものじゃん」
日数にすれば短い時間かもしれないけど、此処での生活はあまりにも濃く深い時間だった。
俺がそう言うと、三里さんは顔をクシャっと歪める。
「そうか、もう家族なのか。私たち」
そう言って下を向く。そして大きく息を吐いてから顔を上げた。
「私の旅立ちの時も、来ちゃったみたいなの」
「え……」
俺はそんな声しか出せなかった。
フー、と大きな百代の溜息が響く。
百代はニッコリと笑みを作り、三里さんに視線を向けて口を開く。
「あ〜あ、まさか三里にも先を越されるとは思わなかったよ」
「先にゴールしてやったわよ! 言ったでしょ? レースは私でも勝てるって」
明るく三里さんは返す。
「でも、電車じゃないんだろ?
だったら俺は、君がバスでチンタラしている間に、電車でゴールまで一気に行くから、まだ分からないよ」
百代はニヤリと笑ってそんな言葉を返す。
いつものノリで会話している二人を、俺はぼんやりと眺めていることしかできなかった。
「奥野。
お婆様のことだけではなく、こうして繋がった縁は切れない。
別れではなく、離れるだけだから、そんなに悲しむ必要はないよ」
前に三里さんが、松尾のことをこちら側ではないと言っていた言葉が、なんとなく分かった気がした。
「そうかもしれないけど、寂しいし、哀しいよ」
「そうだね。それは俺も同じだから」
おそらくは、この世界を管理している側の人間である松尾。
ただ業務として俺たちに接しているのではないことは、肌で感じて分かる。
誠意と愛情を持って、俺たちと向き合ってくれている。
「ところで、電車とバスって?」
俺は気を取り直して、三里さんと百代との会話に加わることにする。
「よくは分からないけど、電車は天国に直行便で、バスは未練タラタラの人が乗せられてどこかに行くと聞いたけど」
「失礼な! 未練タラタラって」
プンプンと三里さんは怒る。
少し困った顔で松尾は微笑む。
「というより、魂に憂いがある方は、別の土地で心を癒してから天国に向かう、という感じかな。
ほとんどの人は現世に何かしら想いを残しているものだから。
ご年配の方のように電車で旅立てる人は少ない。
それに三里さんのように前向きで明るい方は、すぐに天国へ迎え入れられると思います」
松尾の言葉に、三里さんはニッコリ笑う。
「急ぐ旅でもないから、寄り道も悪くないわね!
それだけ様々な世界を楽しめるから。
こうしてみんなに会えたのも、脇道ルートに入り込んだからとも言えるしね。
ある意味お得だったかも」
少し寂しげに三里さんは微笑む。
部屋がしんみりしていたが、いきなりディスプレイの映像が切り替わる。
百代が立ち上がった。手にマイク。おもむろに歌い出す。
今は泣いてもいいんだよ
ぽたぽた落ちるその涙
怒りぶつけてドカンといこう
胸のもやもや吹き飛ばせ
トントン響く朝の音
キラキラ輝く陽射しのもと
『明日』はきっと素敵な日
ホカホカ笑顔で始まるよ
ザワザワ心が揺れる時も
フワフワ雲に乗せてみよう
君の歩幅で進めばいい
ポカポカ未来が待っているーー
流れているのは、俺は知らないけど、子供向けのようなポップで陽気で温かい歌。
『今日』の歌詞をあえて『明日』に変えたのは、百代からの三里さんへのエールに感じた。
三里さんも知っているようで、一緒に歌っている。
お陰で部屋が盛り上がる。
「いい曲だね」
「朝のニュース番組に流れている曲で、コンビニとかでもよく流れているよ」
三里さんが説明してくれる。
そう言えば、そうだった気がする。女性の歌手が歌っていた。
「この歌手のHIKARIって絶対美人だと俺は思っているんだけど」
歌い終わった百代はそう力説する。
「どうなんだろうね〜。
まあ、透明感があって綺麗な歌声だよね」
松尾が柔らかく受ける。
「私、コッチも好きなのよね」
そう言いながらコントローラーを三里さんは操作する。
イントロが部屋に流れ始めた。
おやすみ そっと目を閉じて
夢の扉を開けたなら
素敵な明日へと続く空
夜空の星がきらめいて
君の髪を優しく撫でる
フワフワ雲が歌いながら
そっと君を包んでくれる
朝が来るまで冒険しよう
ポカポカ陽気な夢の中
夢り中で出会った世界
きっと君の宝物ーー
三里さんの歌声が部屋に広がる。
俺たち三人は、その歌声に聴き入った。
コチラでの歌は、【ソウルトランジット】シリーズの別の作品で出てきた曲です。
Geminiに歌詞とイメージを伝えて作ってもらったモノをXで紹介していますのでご興味がある方はどうぞ。
百代が歌った曲
https://x.com/shiroikuroneko3/status/2032114896335479105/video/1?s=61
三里さんが歌った曲
https://x.com/shiroikuroneko3/status/2033186055248097466/video/1?s=61




