最後の朝食
結局そのまま朝までカラオケを楽しみ、夜が明けた。
ラウンジでみんなで朝食を食べてから、着替えのためにそれぞれ部屋に戻った。
ほぼ手ぶらの男三人とは異なり、三里さんは旅行に出かけるような出で立ちで降りてきた。
広めのつばの帽子に、華やかな花柄のワンピース。小さめのトランクを転がして現れた三里さんに、現実を突きつけられる。
キラキラしたアイシャドウに、くるっと美しくカールしたまつ毛。
昨日以上に、しっかりと本気のメイクになっている。
「バスの時間は十三時よね?」
松尾は頷く。
「だったら、まだ三時間ちょっとあるから……ターミナルにまだ行かなくてもいいよね? ここで、のんびり過ごしたい」
バスターミナルは駅のそばにあるらしく、アパートから十分ちょっと。確かにもう向かうには早い気もした。
三里さんは帽子を脱いでトランクの上に置き、キッチンへと向かった。
冷凍庫を開けて悩む。
「冷凍庫にあるものは、使ってね。
冷蔵庫の私のモノ……今、食べ尽くすか!」
そう言って、冷蔵庫から野菜、ベーコン、ソーセージ、スコーン、卵などを取り出していく。
トースターで焼かれたスコーンに、オムレツ、サラダ。
それにココアにジュース、ヨーグルト、プリン。
謎の朝食の二次会がスタートした。
「このラウンジから見える風景、好きだったのよね」
マフィンを手に、視線を正面に向けて三里さんはそう呟く。
「ここも、三里さんの部屋かと疑うくらい、いつもいたよね」
俺の言葉に三里さんはクスリと笑う。
「ここにいると、みんなの気配が感じられるの。それも好きだったの」
確かに、皆ラウンジ側の窓は基本開けっぱなしだ。誰かがいる気配が自然と伝わってくる。
「ここって、面白い間取りだよね? お洒落なのに過ごしやすい」
プライバシーを程よく守られているのに、誰かと繋がっていられる構造。
「デザイナーに伝えておくよ。住民に大好評だと」
松尾はココアを飲みながら言う。
「是非是非♪
こういうお洒落なデザイナーズ物件に住むっていう夢、それも叶えられて嬉しかったって」
三里さんのこの街についての話が、全て過去形で表現されている。そこにどうしようもない哀しさを感じた。
会話は弾むわけではないけど、不思議と途切れることもなく続いた。
やがて時間になり、四人でバスターミナルに向かう。
三里さんは、どこか少し緊張しているように見えた。
俺はトランクを転がしながら隣を歩き、つい何度も三里さんを盗み見てしまう。
三里さんはゆっくり周りを見渡しながら、心に風景を刻みつけているようだ。
「確かに、この遊歩道気持ちいいわね。
……走りたいとは思わないけど」
こちらを見上げてニコリと笑う。
「一緒に走ったら、分かるよ。走る気持ち良さも」
「遠慮します」
「俺も……遠慮する」
三里さんに続けて、百代も言葉を繋げる。
そして三人で笑い合う。
バスターミナルも、駅のロビーと似たような感じだった。
駅と違うのは、俺たちのように三、四人の小さな集団があちらこちらにいて、それぞれで会話をしていること。
ホームドアのようなゲートがあり、その向こうに大きなバスが一台停まっていた。
俺たちはそちらを見ないように会話をする。
「間もなく出発のお時間です。
ご乗車のお客様――」
アナウンスが流れ、ロビーに静寂が広がる。
俺と百代は同時に視線を三里さんへ向けた。
「……じゃあ……」
そう言いながら、三里さんは僕らのほうに手を差し出す。
その手を松尾が握り、二人はしっかり握手を交わす。
「お疲れ様でした。良い旅を」
三里さんは頷き、「ありがとう」と感謝の言葉を告げてから、隣の百代に視線を移動する。
「三里。楽しかったよ。またな」
「うん、またね」
二人が握手をしながらそんな言葉を交わした後、俺の番になり握手をする。その握る力は強かった。
「三里さん、色々ありがとう。
助けられたし、楽しかった。
元気でね。そしてまた会おう」
手が離れた次の瞬間、三里さんは俺に抱きついてきた。
「貴方は、『またね』じゃないでしょ!」
内緒話をするように、耳元で小声で囁いてくる。
「家族や友達の所に帰らないと!」
その言葉は小さかったけど、俺の耳にしっかり届く。言い終えると、すっと離れた。
三里さんは俺から離れ、次に百代に抱きつく。
「次に会う時は、もっと成長して、いい男になっているんだよ〜」
「悪かったな〜チビで!
お前こそマルコカートの腕、ちゃんと磨いとけよ!」
笑いながら言い返す百代。
名残惜しいが、時間が来る。
三里さんはトランクを引き、ゲートをくぐる。
祖母とは異なり、何度もこちらを振り返りながら。
バスに乗ってからも窓を開けて、こちらに手を振り続けていた。
しかし、バスは無情にも動き出す。
俺は見えなくなるまで手を振り続けた。
バスが見えなくなると、百代は走り出した。
バスターミナルから飛び出す。
外に出ると、三里さんを乗せたバスが離れていくのが見える。
窓から顔を出して、三里さんはまだ手を振り続けている。
俺たちも同じようにバスに向かって手を振る。
バスは信号などで止まることもなく、川にかかる大橋へ向かっていく。
もう三里さんの姿は見えない。
それでも俺たちは、バスが橋を渡って見えなくなるまで、その場を動けなかった。




