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奥野、細道へ  作者: 白い黒猫


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13/25

最後の朝食

 結局そのまま朝までカラオケを楽しみ、夜が明けた。

 ラウンジでみんなで朝食を食べてから、着替えのためにそれぞれ部屋に戻った。

 ほぼ手ぶらの男三人とは異なり、三里さんは旅行に出かけるような出で立ちで降りてきた。

 広めのつばの帽子に、華やかな花柄のワンピース。小さめのトランクを転がして現れた三里さんに、現実を突きつけられる。

 キラキラしたアイシャドウに、くるっと美しくカールしたまつ毛。

 昨日以上に、しっかりと本気のメイクになっている。


「バスの時間は十三時よね?」


 松尾は頷く。


「だったら、まだ三時間ちょっとあるから……ターミナルにまだ行かなくてもいいよね? ここで、のんびり過ごしたい」


 バスターミナルは駅のそばにあるらしく、アパートから十分ちょっと。確かにもう向かうには早い気もした。

 三里さんは帽子を脱いでトランクの上に置き、キッチンへと向かった。

 冷凍庫を開けて悩む。


「冷凍庫にあるものは、使ってね。

 冷蔵庫の私のモノ……今、食べ尽くすか!」


 そう言って、冷蔵庫から野菜、ベーコン、ソーセージ、スコーン、卵などを取り出していく。


 トースターで焼かれたスコーンに、オムレツ、サラダ。

 それにココアにジュース、ヨーグルト、プリン。

 謎の朝食の二次会がスタートした。


「このラウンジから見える風景、好きだったのよね」


 マフィンを手に、視線を正面に向けて三里さんはそう呟く。


「ここも、三里さんの部屋かと疑うくらい、いつもいたよね」


 俺の言葉に三里さんはクスリと笑う。


「ここにいると、みんなの気配が感じられるの。それも好きだったの」


 確かに、皆ラウンジ側の窓は基本開けっぱなしだ。誰かがいる気配が自然と伝わってくる。


「ここって、面白い間取りだよね? お洒落なのに過ごしやすい」


 プライバシーを程よく守られているのに、誰かと繋がっていられる構造。


「デザイナーに伝えておくよ。住民に大好評だと」


 松尾はココアを飲みながら言う。


「是非是非♪

 こういうお洒落なデザイナーズ物件に住むっていう夢、それも叶えられて嬉しかったって」


 三里さんのこの街についての話が、全て過去形で表現されている。そこにどうしようもない哀しさを感じた。

 会話は弾むわけではないけど、不思議と途切れることもなく続いた。

 やがて時間になり、四人でバスターミナルに向かう。

 三里さんは、どこか少し緊張しているように見えた。

 俺はトランクを転がしながら隣を歩き、つい何度も三里さんを盗み見てしまう。

 三里さんはゆっくり周りを見渡しながら、心に風景を刻みつけているようだ。


「確かに、この遊歩道気持ちいいわね。

 ……走りたいとは思わないけど」


 こちらを見上げてニコリと笑う。


「一緒に走ったら、分かるよ。走る気持ち良さも」


「遠慮します」


「俺も……遠慮する」


 三里さんに続けて、百代も言葉を繋げる。

 そして三人で笑い合う。

 バスターミナルも、駅のロビーと似たような感じだった。

 駅と違うのは、俺たちのように三、四人の小さな集団があちらこちらにいて、それぞれで会話をしていること。

 ホームドアのようなゲートがあり、その向こうに大きなバスが一台停まっていた。

 俺たちはそちらを見ないように会話をする。


「間もなく出発のお時間です。

 ご乗車のお客様――」


 アナウンスが流れ、ロビーに静寂が広がる。

 俺と百代は同時に視線を三里さんへ向けた。


「……じゃあ……」


 そう言いながら、三里さんは僕らのほうに手を差し出す。

 その手を松尾が握り、二人はしっかり握手を交わす。


「お疲れ様でした。良い旅を」


 三里さんは頷き、「ありがとう」と感謝の言葉を告げてから、隣の百代に視線を移動する。


「三里。楽しかったよ。またな」


「うん、またね」


 二人が握手をしながらそんな言葉を交わした後、俺の番になり握手をする。その握る力は強かった。


「三里さん、色々ありがとう。

 助けられたし、楽しかった。

 元気でね。そしてまた会おう」


 手が離れた次の瞬間、三里さんは俺に抱きついてきた。


「貴方は、『またね』じゃないでしょ!」


 内緒話をするように、耳元で小声で囁いてくる。


「家族や友達の所に帰らないと!」


 その言葉は小さかったけど、俺の耳にしっかり届く。言い終えると、すっと離れた。

 三里さんは俺から離れ、次に百代に抱きつく。


「次に会う時は、もっと成長して、いい男になっているんだよ〜」


「悪かったな〜チビで!

 お前こそマルコカートの腕、ちゃんと磨いとけよ!」


 笑いながら言い返す百代。

 名残惜しいが、時間が来る。

 三里さんはトランクを引き、ゲートをくぐる。

 祖母とは異なり、何度もこちらを振り返りながら。

 バスに乗ってからも窓を開けて、こちらに手を振り続けていた。

 しかし、バスは無情にも動き出す。

 俺は見えなくなるまで手を振り続けた。

 バスが見えなくなると、百代は走り出した。

 バスターミナルから飛び出す。

 外に出ると、三里さんを乗せたバスが離れていくのが見える。

 窓から顔を出して、三里さんはまだ手を振り続けている。

 俺たちも同じようにバスに向かって手を振る。

 バスは信号などで止まることもなく、川にかかる大橋へ向かっていく。

 もう三里さんの姿は見えない。

 それでも俺たちは、バスが橋を渡って見えなくなるまで、その場を動けなかった。

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