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猫叉先輩  作者: 灰梅澄人
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猫叉先輩と僕と牛木先生の話(後篇)

(前篇からのあらすじ)

 不動尊君の肝を太く出来ないか、というので始まった旧校舎の”祭具”撤去。僕と猫叉先輩の方は波乱はあったものの回収した。しかし、簡単なはずの不動尊君達が行った方でトラブル発生。牛木先生は、どうなったというのか?

「待ってください、猫叉先輩!」

 駆ける猫叉先輩を追いながら、僕は問い掛ける。しかし、猫叉先輩はそれには答えず駆ける。

「ああ、もう!」

 僕もひたすら走り、廊下を通り、階段を駆け下り、二階に到着する。と、そこで姫子さんと不動尊君と鉢合わせた。

「おっと!」

「すぴー」

 不動尊君は姫子さんを背に乗せ、その姫子さんは眠っている。つまり結界を発動した状態ということだ。さっきは電話してきた訳だから、電話からここに来るまでの間に眠る必要があった、ということか。でも何故上に上がってきているんだ? それに牛木先生は?

「何があったの?」

 猫叉先輩は不動尊君に問い掛ける。

「ああ、その、ええと! ああ、なんということだ!」

「落ち着いて。牛木先生になにかあったんでしょ?」

「はい、はい! 牛木先生が、霊にとり憑かれて!」

「なんだって?」

「それで! 牛鬼になって襲いかかってきたんです!」

「……」

 見れば、牛木先生の角によってだろうか、不動尊君の腕には切り傷がある。見た目からして痛そうだが、それについては何も言わずに、その上姫子さんまで抱えているのに痛みに耐えているようだ。

 猫叉先輩は言われた事態に深刻そうな顔をする。しかし、どこか色を変えた風ではない。妙に納得している、それゆえの落ち着きの色が見える。どういうことだろう?

「猫叉先輩……」

 そう言って怪訝さを出す僕を見て、猫叉先輩は苦笑する。そして言う。

「話は後。今は牛木先生をどうにかしないとね」

 確かにそっちのが先決ではある。僕はもやもやしたものを持ちつつ、質問する。

「不動尊君、猫叉先生には連絡した?」

「いや、まだ! とにかくあまりに唐突だったから逃げる以外無かったんだ!」

「だからって上に上がるのは悪手でしょ。逃げ場無いじゃない」

「……それを言われるとどうしようもないです!」

 猫叉先輩に言われてうなだれる不動尊君。ここはフォローが要るな。

「まあまあ、不動尊君以外にも姫子さんもいたんですし。それにこっちには猫叉先輩もいるじゃないですか」

「そりゃそうだけど」

「それよりとにかく猫叉先生に連絡します」

 僕は携帯を取り出し、猫叉先生の番号にかける。

 と、そこにどずんどずん、音がする。音に驚き、咄嗟に身を隠した僕らの視線は、下の光景に、まるで手当たり次第に拳を壁に打ち込んでいる牛鬼に釘付けになる。追いたてて誰かを探すとかそういう生易しいものではなく、ただ破壊衝動に身を任せた無茶な打撃に見える。だが身体能力がが格段に上がっているからなのか、その無謀な打撃はどずんどずん続いている。

「あーい、もしもし」

 猫叉先生の携帯に繋がった。僕は言う。

「猫叉先生、ちょっと問題が発生しました」

『牛木先生がか?』

「え?」

 断定的な猫叉先生の言葉に、僕は絶句する。

「なんで?」

 かろうじてでたその言葉に、しかし猫叉先生は頓着しない。聞いてくる。

『どういう状態だ』

「あの」

 どういうことなのか、問おうという隙を与えられない。

『どういう状態かって聞いてんだよ! 早くしろ!』

「ああはい、牛木先生が牛鬼の状態に。それで手当たり次第そこら中を殴り歩いています」

『そっちの被害は』

「不動尊君が手傷を負っていますが、動けるレベルです。後は誰も怪我は」

『よーし、分かった。今向かってるが、流石にすぐには到着出来ない。あたしの到着までなんとかしてろ』

「なんとかったって」

『なんとかだよ! 頑張れ!』

「……分かりました」

『すぐに行く』

 そう言って、通話が終わった。この通話中も、どずんどずん音がする。牛鬼は、牛木先生は明らかに正気を失っているように見える。ちらりと見える中でも、執拗に壁や扉や床を殴り続けていて、何をしたいのか分からない。

「猫叉先生が来るまで時間が少しかかりそうです。どうします、猫叉先輩」

 僕はそう問いかける。返答はシンプルだった。

「逃げましょう」

 僕はまた問いかける。

「上にですか? それとも下に?」

「下に行くのは危険すぎるよ。下に行って姫子ちゃんの結界の隠形効果を活用して通り過ぎるまで待つ手もあるけど、それだと下手に動けないし、ああも手当たり次第だと、居る所を意図せず殴られる場合もあるからね」

「猫叉先輩が倒す、とかないですか?」

「……」

 猫叉先輩が、神妙な顔つきで考え込む。その顔はどこか背徳的な、危険のアラートが点灯したのを感じさせるものがあった。

「腕試ししたいとかだと駄目ですよ、猫叉先輩。僕らもいるんですから」

「え? あー、あはは。そんな気持ちの訳ないじゃない。腕試しとか、微塵も思ってないったら」

 若干目が泳いでいる。案外猫叉先輩も、猫叉先生みたいな荒事が好きなんだな、と知れたが、今はそれどころではない。

「じゃあ、どうします? 上に上がるにしても、最終的には逃げられないかもしれません」

「それまでにはねえちゃが来てくれるとは思うけど、駄目だったら」

「駄目だったら?」

「三階くらい飛び降りるの余裕だって」

「無理ですよ!? そりゃ猫叉先輩はそれでいいでしょうけど!」

「冗談だよ。その時は上手くやり過ごす方策を考えましょう」

 そう言うと、階下の牛木先生を刺激しないように抜き足指し足で僕らは三階へと上がっていく。

 そこで、僕はミスをした。というか不運といった方がいいだろう。あるいは、牛木先生の攻撃がこの旧校舎にダメージを与えていた影響かもしれない。

 とにかく、それは起こった。先頭を歩く僕の足が、三階へ繋がる木製階段の中間を踏み抜いたのだ。

 バギンと小気味いい音。

「お」

 僕はバランスを崩して倒れそうになるが、そこを猫叉先輩が支えてくれた。

 ほっとしたのも束の間である。そろりと足を抜き、後ろを見れば、牛木先生がこちらを見ていた。姫子さんの結界には隠形効果もあるが、それも完璧ではない。視界に入っているのに気が付かせない、というだけなので、音などで気づけばそのまま視界にも入ってばれてしまう。今がそうであるように。

「ウモオオオオオオオオオ!」

 人ならざる咆哮をして、牛木先生が、牛鬼が階段を駆けあがってくる。速い! 元の体躯から三倍は大きくなっているから、一歩も大きい。三段飛ばしで登ってくる。

「こっちよ!」

 猫叉先輩はそう言うと、牛鬼の前に立つ。無謀! しかし、それで牛鬼の視線がこちらと猫叉先輩の間で一瞬迷い、速度が鈍る。その隙に僕と姫子さんを担いだ不動尊君は右、猫叉先輩は左に避ける。どちらも間一髪。危うい所で避けきれた。

 牛鬼は、そのままの勢いで僕が踏み抜いた階段に足を乗せる。そして、そこが思いっきり抜ける。

「ウモオオオオオオオオオ!」

 体重も三倍になっているのか、倒れる牛鬼の体を、ガタがきた階段の板は支えられない。そのまま、牛鬼を連れて崩壊する。

「ウモオオオオオオオオオ!」

 牛鬼は咆哮を発したまま、下へと落ちて行った。

 ……。

「大丈夫ですかね、牛木先生」

「あそこまで霊力がみなぎってたら、落ちても大丈夫だとは思うけどね」

「しかし! 大丈夫だと下に落ちて暴れまわるのでは!?」

「……今のうちに逃げないと、この校舎自体がヤバいかもね」

「行きましょう!」

 僕達は階段を駆け下り始める。そこで、僕は不動尊君に何が起きたか尋ねた。そもそも、なんで牛木先生があんなことに。その辺だ。その答えは。

「牛木先生が、あの“祭具”を使っただって?」

「ああ! 前に夜会に行った時に聞いたコマンドワードを使っていた! 使い方を知っていたんだ!」

「やっぱりそうだったって訳ね」

 玄関付近に到達して、周りを確認しながら猫叉先輩はしたり顔でそう言った。

「猫叉先輩、こうなるって知ってたんですか?」

「なる、って程じゃない。なるかもしれないって程度だよ。牛木先生には、疑いがあったのさ」

「疑い?」

「そう。“祭具”を使ってる奴らとの繋がりがあるって、疑いがね。そもそも後天的に霊能力を発現することはあるけど、牛木先生の場合はちょっと力の上がり方が急だったんだよ。だから、どこかで力を強引に得ていたんじゃないか。そう考えられてたんだ。君も見たでしょ、人が鬼になる所を。あれと同じ行動だよ」

 思いだす。囮として夜会に行き、その“祭具”の力を得た人達のことを。ああいうのを、牛木先生も。

「まあでも、普通にそう言う力を得て霊格が上がるって場合もない訳じゃないから、一応注意が必要、程度だったんだけど。まさか馬脚をこうも簡単に現すとはね」

「ああ、だから皆で行かなかったんですね。その馬脚を現すかどうか見る為に、分かれた」

 そうだと、僕は気付く。そもそもメンバー分けする必要がなかったのだ。効率を考える必要自体がなく、だから一緒に行ってなんの問題なかったのだ。それなのに猫叉先生は離れ、更に猫叉先輩も上に。これで力的には補助な二人しか残っていない。それにみすみす”祭具”を破壊されるのは嫌だったのだろう。だから使った。使って、暴走している。

「霊の力が入り過ぎると、ああなっちゃうんですか?」

 僕の問いに、猫叉先輩は首肯する。

「前にあたしとねえちゃが猫っぽくなり過ぎて君を殴っちゃった時があったじゃない? ああいう時みたいに、過度な霊力は理性を削る側面があるんだよ」

「戻す方法は?」

「一回意識を飛ばして霊力との接触を断てば、それでどうにかなるよ。自力で戻ることもあるけど、元から暴走する腹積もりだったら、それは無理筋だね。だから、ぶちのめして気絶しかないよ」

 いきなり物騒である。とはいえ、それしか方法がないならそれをする以外に道がない。玄関から外に出ながら、僕達はどうやってそれをするか考える。

 こっちのアタッカーは軽量級の猫叉先輩しかいない。不動尊君は巨体だが武道に明るくない。姫子さんは論外。僕も武道経験が全くないし、軽量級だから全く駄目だ。これは、猫叉先生を待つのが得策かもしれない。

 外に出る。

 と。

 ドゴォ! 何かがぶち当る音がした。すぐそこを見れば、旧校舎の壁が揺れている。牛鬼がそこに突撃しているのは相続に難くなかった。壁はどんどんと歪み、そして。

「ウモオオオオオオオ!」

 壁は吹き飛び、そこから牛鬼が姿を現した。視線をめぐらせ、僕らを探しているように見える。が、すぐに拳をあらぬ方向に振りまわし始めた。

「ウモオオオオオオオ!」

 明らかに正気のそれではない。牛鬼の正気というのを見たことがないことをさっぴいても、暴走状態だと断じれる様子である。遠ければまだ隠形が効くからいいが、今は相当近い。振りまわす拳がギリギリ当たらない距離でしかない。こんなのの近くに居るのは自殺行為だ。だが、下手に動けばその音でこちらを視認されてしまいかねない。八方ふさがりか?

 と。

「こっちだよ!」

 猫叉先輩が牛鬼の前に移動し、声を発した。当然、そっちに意識を向ける牛鬼。そこに、僕達が逃げる隙が出来る。その為に、猫叉先輩は動いたのだ。そのことを理解して、僕と姫子さんを担いだ不動尊君は、静かにそろりそろり移動する。

 しかし、あの牛鬼と戦うというのは、猫叉先輩には無謀なことだ。体格差も重量差もある。それに小太刀が通用するのかも怪しい。なのに、猫叉先輩は笑っている。高揚している。自分より強い相手だろうことが、むしろ嬉しいのだろうか。

 そんな危険なことをさせるのは、辛い。だが、今の僕達に出来る事は、せいぜい牛鬼から離れて猫叉先輩が逃げられる隙を作るくらいだ。

 バキ。音がした。見れば、僕の足が腐った戸板を踏み抜いていた。こちらを見る牛鬼。「あちゃー」って顔の猫叉先輩。目と目が合う僕と牛鬼。そして牛鬼は、目標を僕達に変え。

「逃げて!」

「「うわああ!」」

 僕と不動尊君は連れ立って逃げる。

 そこに、牛鬼が追いかけてくる。

 更にその後ろに猫叉先輩。挟み撃ちの格好になるが、こっちは逃げるしかないので意味がない。

 息を切らせながら走る僕達。なんとか猫叉先輩が牛鬼と戦うことになるのは避けられたが、それで僕達が酷い目に遭うのなら意味がない。だからひた走る。牛鬼も、当然僕達を追ってくる。足の速さはさほどでもないようで、距離が詰まることはないが、逆に言うと今のスピードを維持しないといけないということでもある。果たしてどこまで持つか。

 一応、新校舎の方向に向かっているので、それなら猫叉先生とも遭遇する可能性はあるだろう、という細い糸に頼るような考えではある。

 そして運は味方してくれる。

 前方に猫叉先生の姿が見えたのだ。

「猫叉先生!」

「おお。どうやら間に合ったみたいだな!」

「ウモオオオオオオオ!」

「これはこれは、牛木先生も出来上がっちゃってまあ」

「そんな事言ってる場合じゃないですよ!」

「まあ、荒事ならあたしに任せときなよ」

 そう言って手にした刀をすらり抜く。相変わらずの鉄の棒にしかみえない一振だ。それをもって、牛鬼と対峙する。

 牛鬼は目の前に現れた猫叉先生にターゲットを変えたようで、その闘争心を感じ取って猛り狂い始めた。

「ウモオオオオオオオ!」

「はっはっは! いいやる気じゃねえか!」

 笑う猫叉先生は獰猛な獣のように見える。以前感じた虎のそれだ。目の前の、人の姿を止めた牛鬼の体躯から醸し出される雰囲気に対しても見劣りがしない。

「ウモオオオオオオオ!」

 牛鬼が突進し、その勢いを乗せたストレート! それを猫叉先生は寸でで避ける。

「おお、いいのがあるな!」

「ウモ! ウモ! ウモオオオオオ!」

 一、二、三連撃! 猫叉先生はどれも回避するが、スレスレだ。

「ウモオオオオオオオ!」

 力を込めた大振りのストレート! 猫叉先生に迫る!

 が。

「頭に血が上ってるね」

 その足が、かくっと崩れる。いつの間にか死角から猫叉先輩が来て、足払いをかけていたのだ。力が乗っている分、容易に崩れてしまった牛鬼の顔に、猫叉先生の大振りの一撃が。

「だらっしゃあ!」

 決まる。

「ウモオオオオオオオ!?」

 崩れた自重と猫叉先生の振り抜いた一撃の重さが絡んだ威力によって顔にめり込んだ鉄棒が生む激痛に、牛鬼は倒れ、のたうち回る。だが、気絶には至っていない。

「どうする?」

「とりあえず気絶するまでしこたま殴るのがいいんでないかね」

 猫叉先輩と猫叉先輩が物騒なことを言っている。

「あれなら、もうちょっと楽なんじゃないかな」

「あれ? あー、あれね」

 そしてその物騒な視線は僕に向けられる。理由は分からないが、どうも僕に関係するらしい。しかし、僕はそんな暴力事に対する力など持ち合わせてはいない。しかし、二人の視線は僕に向いている。そして近づいてくる。

「あ、あの」

 何だかわからないが、妙な気分だ。自分の内側から、応じられて何か求める力を感じる。妙な胸騒ぎすらある。何か知らないが、とにかくよくない。

 猫叉先生と猫叉先輩が、にこやかに、過剰ににこやかにこちらに近づいてくる。過剰過ぎて何かあるのが丸わかりである。

「あ、あの」

 退く僕に、猫叉先生と猫叉先輩は迫る。

「いいからいいから。この刀を持ってくれるだけでいいから」

「そうそう、それだけでいいんだよ」

 そう言って、猫叉先生は手に持つ鉄棒のような刀を、僕に渡そうとしてくる。それに感じるのは、何か嬉しいのだが、何か怖いという、心が二つに分かれたような感覚。

 そして、僕はしぶしぶ刀と言われる鉄棒を手に取ろうとする。それに意味があるのが分かるが、何があるのか分からない。不安と、それに比さないおかしな高揚感とが、僕にある。なんだろう、この感覚は。

 と。

「……やってみせると言ったわりにはしょぼい展開ですね、……牛木さん」

 上から、声が聞こえる。この声は。

「その声は、慈嶋!」

「……そうですよ」

 声と一緒に、紙片が降ってくる。それが、人形を取り始める。

「ねえちゃ!」

「分かってるよ!」

 猫叉先輩と猫叉先生は手に持つ武器で紙片が人形になる前に切り裂き、叩き潰し始めた。しかし、数が多い!

「君は不動尊君と一緒にいなさい!」

「はい!」

 猫叉先輩の指示に従い、不動尊君とまだ寝ている姫子さんの所へ。そして、振り向いてそこで見る。牛鬼の巨体が、空を飛んでいる。

 いや、正確には、羽を持って空を飛ぶ慈嶋さんが、牛鬼を持ちあげているのだ。

 慈嶋さんの姿は、前に見た時から変わっていない。地味な印象が付きまとう、そんな服装だ。しかし、その背中には羽が生え、しかも神々しく光っている。それと、牛鬼を軽々と持ち上げることで、その内在する力を感じずにはいられない。その視線は、一瞬こちらに、不動尊君に向いたような気がした。

 それはともかく。

「猫叉先輩! 逃げられます!」

「分かってるけど、手が足りないの!」

 慈嶋さんのだした人形は、相当数であった。猫叉姉妹二人をもってしても、慈嶋さんの逃亡を阻止出来ない、まさしく大盤振る舞いだった。

「てめえ、慈嶋! 牛木先生をどうする気だ!」

 かろうじて出せた猫叉先生の問いに、慈嶋さんはこともなげに答える。

「……まだ必要な人材なんですよ、……牛木さんは。……一回の失敗くらいでは切れないくらいには」

「何をする気だ!」

「……答えると思います?」

「思わねえよ!」

 そうでしょうね、と言って、慈嶋さんは羽を一打ちして飛翔。牛鬼を連れてどこかへと飛び去ってしまった。

 しばらくして、全ての人形は紙片に戻った。凪の時間が出来る。

「ちくしょう! 折角色々聞き出せる相手だったってのに!」

 猫叉先生が、打ち倒した紙片を踏みながら毒吐く。

「ねえちゃ、イライラしても始まらないよ」

「あー、そうだな、そうだよなあ……。とりあえず、牛木先生が相手の組織のメンバーとしては深い所にいたのは分かったのは進展だ。“上”にかけ合って家宅捜索してみるよ」

 結構な無茶を言っている猫叉先生に、猫叉先輩は「それと」という。

「ん?」

「この紙から何か分かるかもしれないよ」

「紙。そうか、これだけの数に霊力込めるにはそれなりの施設が必要だな」

「そう言うこと。そっちも調べれば、わりとすぐ見つかるかも」

「だな。じゃあちょっくら調べてみますか」

 二人とも切り替えが早い。テキパキと動いている。一方僕と不動尊君は展開の早さに呆然としていた。旧校舎の霊探査していたと思ったら牛木先生が牛鬼になって、それが襲いかかってきたと思ったら猫叉先生と猫叉先輩が打倒したと思ったら慈嶋さんが出てきて奪い去った。密度が濃くて呑み込むのに時間が掛ることはなはだしい。

 そして、それとは別に僕は不思議な感覚を持っていた。猫叉先生が刀というあの鉄棒を持とうとした時の、あの感覚。知っている。あれは知っている。でも、何故知っているのか。そもそも何を知っているのか。訳が分からないが、意味は知っているような。とにかく不明と言うしかない感覚だった。

「あれは……」

「ん? どうしたの、君」

 猫叉先輩が、いつの間にか僕の近くに居て、顔を覗き込んでくる。

「あ、いえ、なんでも、ないです」

「……」

「……」

 なんともいえない沈黙が僕と猫叉先輩を包む。猫叉先輩は何か知っているのだろうけれど、それを聞いていいのだろうか。隠していると言うことは知らない方がいいと言うことでもある。だが、あの鉄棒と僕に何の関係があるのか。それはやはり聞いた方がいいとも思える。でも、無理に聞きだす程かと言うと、そこまでとは現状考えられない。そういう逡巡が、僕にはある。猫叉先輩にもあるようで、だから沈黙するしかない。

 そこで、「んーっ」と声がする。伸びの声を出したのは姫子さんだ。

「いやー、だいぶ寝たねー。で、ことは済んだのかなー?」

 抜けたことを言う姫子さんに、食い付いたのは不動尊君だ。

「君は気楽でいいね! 眠君!」

「そりゃー、私は寝るのが仕事みたいな所があるから、当然だよー? って、不動尊君、怪我してるー!」

「ああ、これくらいはだね! 大したことはなくてね!」

「駄目駄目ー! ちゃんと治療しないとー! 保健室行こうー!」

 そう言って、姫子さんは不動尊君を引っ張るようにする。本来ならば体格差で引っ張りきれないが、そこは不動尊君の人の良さで、抵抗せずついて行っている。その様が、妙に微笑ましくて、僕は笑ってしまった。猫叉先生も、そして猫叉先輩も。

「あたし達も、帰るかね。今ここで出来る事はもうない」

「ですね」

「ん」

 そう言う訳で、僕達はそこを去ることにした。

 後日、牛木先生は学校を辞めたという話と、旧校舎取り壊しの話が学校での話題になるが、それが一つの線で結びつくと知る者はほとんどいなかった。

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