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猫叉先輩  作者: 灰梅澄人
13/15

猫叉先輩と僕と一つの結末の話(前篇)

 猫叉先輩は走る。猫科の走りにも似た、鋭い走り。

 目の前には人形。既に慈嶋さんの紙片が実態を持っている状態だ。つまり、相手が待ち構えている状態。相当不利であるのは間違いない。というのに、猫叉先輩は突っ込んでいく。手に持つ短刀が閃き、人形を切り裂いていくが、紙片から人形になったそれは、数体と連携して動いてくる。簡単には切り裂かせてくれない。

「ちっ、面倒!」

 なんとか切り裂いた一体が猫叉先輩に折り重なるように倒れてくる。視界も遮るそれを避けても、その影から次の人形が攻撃を仕掛けてくる。子供くらいの大きさのそれは、しかしその大きさに見合わない威力を持っている。先ほど猫叉先輩を捉えかけて、しかし当たらなかったそれは、コンクリート壁に軽くめり込んでいた。まともに受ければ軽い怪我などでは済まないものだ。

 それを紙一重で避けながら攻撃してきた人形を切ろうと猫叉先輩はするけれど、そこにすぐに次の人形が攻撃を仕掛けてくる。大振りだが、当たる訳にはいかない一撃。それも回避するにはするが、態勢が崩れて切り裂きにはいけない。そこで猫叉先輩はごろんと後ろに転がって、僕の所まで距離を取る。僕は問いかける。

「猫叉先輩、これってヤバくないですか?」

「完全に待ち伏せされてるからね。そりゃあヤバいよ。でもやるっきゃないってとこ!」

 猫叉先輩は再び疾走する。先ほどよりも低い姿勢で、鋭く走る。人形も、それに反応して攻撃を繰り出す。その振りおろしの一撃は、しかし大振りゆえに見切り易い。見切った猫叉先輩は人形の懐に潜り込む、がすぐに下がる。その隙間に次の人形の一撃が振りまわされる。連携ではあるが、しかし今度は振りまわす勢いが強過ぎる上に近過ぎる。更に低くなった先輩の上を腕が通り、その先の人形にそれがぶち当った。その人形が言葉もなく吹き飛び、紙片に戻る。

「しゃあ!」

 ぶん回した人形に猫叉先輩は切りかかる。ぶん回した隙を修正出来ない人形はそのまま切り裂かれ、紙片へと戻る。そこに最後の一体が迫ってくるが、連携もない人形では猫叉先輩は捉えられない。すぐに切り裂かれ、紙片へと戻った。

 一息。

「ふう」

「大丈夫ですか、猫叉先輩」

「流石にこうも連戦すると疲れるけど、そうも言ってられないからね」

 猫叉先輩はそういうと、先へと歩き出した。

「にしても、不動尊君が浚われるとはねえ」

 今、僕達がこの場所、山の中にある廃工場に来て、戦闘しているのには当然訳がある。不動尊君が浚われたのだ。それも慈嶋さん達の一派に。居合わせた姫子さんの話によると、最初は姫子さんが浚われそうだった所を、不動尊君が代わりに、ということらしい。しかし、猫叉先生の考えでは、狙いは実は不動尊君だったろう、とのことだ。

「不動尊の力は使い方次第って所があるからねえ。やろうと思えば、霊脈とかの集積点も分かるんじゃないかな。霊力が欲しい奴らにはうってつけだよ」

 だけど、と猫叉先生は続けた。

「不動尊の霊視は、あれだけ出来てもまだ未熟だからねえ。無理をさせたら危険だし、相手は無理をさせるだろう。早く助けないと危険だね」

 なので、急いで奪還しないといけないという運びになったが、問題はどこに居るかだ。それについては、猫叉先生に情報があった。慈嶋さんの家と牛木先生の家を家探しした時に出た情報で、どちらにも出てきた物件があったのだ。そこが拠点で、そこいるのではないか、と猫叉先生は言った。

「とはいえ、相手も家探しとかは想定内だろうから、行っても罠がある可能性は高いけどね」

 だが、他に道がないと判断した僕達は、行くだけ行ってみることにした。

 そして、そこで人形の洗礼を受けたのだ。その際、僕と猫叉先輩は、猫叉先生と姫子さん達と分かれてしまった。いいように分断された形だ。

「さて、どうしようか」

 猫叉先輩は一息ついて少し回復したようだが、それでも歩みに若干の疲れが見える。人形の動きが良いのが原因だ。ただでさえ今まで人形になる前に倒していたのが、人形になると連携して動くようになって、中々の脅威になっている。これが、後どれだけいるのか。

「あんまり人形と遭いたくないですね」

「そうなんだけど、さっきから配置が絶妙だからね。この先もきっちり出会うでしょ」

「それなら、猫叉先生と合流したいですね」

「よねー。でも、相手もそれはさせないだろうけど。そろそろ侵入もバレてるだろうし、手を打ってくる頃合いだよ。さて、道は分かってるかな?」

「一応は。とは言っても、道が塞がれてたりするとアウトですよ? とりあえず、次は右に曲がります」

「それこそ、どうしようもないよ。その時はその時。でたとこ任せで行きましょう」

「いい加減ですねえ」

「いい加減ではなくて電撃戦だよ。こっちは相手に待たれてるんだし、こっちの使える時間もそう多くはないんだ。電撃的に攻めきるのがいいのよ」

「そういうもんですか」

「そういうもの、だよ」

 猫叉先輩は歩みを止めて屈伸運動一つして、それからまた駆けだした。僕も後を追う。こっちのチームで道を記憶しているのは僕だ。猫叉先輩は端から覚える気が無かったようで、「君と一緒で良かったよ」などとのたまっていた。

 分かれ道を右に曲がる。その先に、階段だ。

「次で何階だっけ」

「三階です」

「最後の階か」

「ですね。階段から二方向に通路。その一方がもう一つの階段行きの一直線で、もう一つが会議室まで部屋が連なっている通路ですね」

「ねえちゃは、その階段の方からかな」

「合流出来ればいいんですけど」

「そうは問屋が卸さないね」

 そういう猫叉先輩の視線が、上に向いている。見れば、上には人形がうじゃうじゃ、という擬音そのままの数がいた。

「これを全部切り結んで行くのは、流石に難儀なんだけど」

「誰か突貫して蹴散らしてくれるといいんですけどね」

「ねえちゃ、まだ着いてないみたいだしなあ」

 もう一方の階段はここからは窺いしれないが、人形の動きに変化は見られない。猫叉先生達はまだ着いていないのが明白である。

 となると。

「走るよ。それも全力でね!」

「そうなりますよねえ!」

 猫叉先輩が、階段を上がりきる。そこに人形が反応して、じわりと集まる動きを見せ始める。

「行くよ!」

 そう一声出して、猫叉先輩は短刀を振るう。一閃から一つの人形が紙片に戻る。そこから、集まる人形を無視して、その合間を縫うように走りだす。

 僕もそれに着いていくように、全力疾走する。猫叉先輩は全ての人形の相手はしない。目の前の障害になる人形だけを選んで切っていく。僕はその後を追うだけでいいという寸法だが、一つ間違えば囲まれて殴り殺される形でもある。僕は猫叉先輩の切り結びが止まらないよう祈りながら、とにかく走る。

 走って、剣閃、走って、剣閃。時折僕の頭上を狩る動きもあるが、とにかく猫叉先輩を信じて、ひた走る。

 と。

「……あれ?」

 唐突に猫叉先輩の剣閃が止まった。同時に動きも止まる。え、どういうこと? という疑問を出す間もなく、猫叉先輩は言った。

「怯えなくてもいいよ。どうやら追ってこないみたい」

「え?」

「後ろ、見てみなよ」

 言われて見れば、確かに人形達はこちらを追ってくる気配を見せていない。同じ所を、うろうろとしている。ついさっきの、連携すら見せた人形達とは、同じ物には見えない動きだ。

「どういうことですかね」

「何でもかんでも一から潰す相手用、かな。あの区域だけ守るよう、設定されてるんだろうね」

「でも、あれだけの数を一から潰すなんて普通しませんよ?」

「だから専用なのさ。ねえちゃ相手の布陣って寸法なんじゃない?」

 成程。猫叉先生はかなり荒くれだ。あれだけの数を潰してくるという冗談みたいなのも信じられるくらいには。ということは。

「猫叉先輩は脅威と思われてないんでしょうか」

「そう言われるとむかつくんだけど」

「あ、す、すいません」

「いいよ。それにたぶんあたしが脅威と思われてないと言うのは違うね。こっからそれが分かると思うよ」

 そういう猫叉先輩は、道の先を見ていた。そこに、何かいるとでも言わんばかりに。その姿に、どこか悲壮なものを感じて、僕は猫叉先輩に問い掛けざるを得なかった。

「どうします、猫叉先輩。猫叉先生を待ちますか?」

「……それでもいいけどね」

 声は、猫叉先輩の視線の先から来た。慈嶋さんだ。野暮ったかった眼鏡もなく、ぼさぼさだった髪も整えられ、生来のものかと思えた地味さは後退している。しかし、それは慈嶋さんを印象付ける者があるからだ。

 羽。それも二対の翼だ。それは天使のそれに見える。天使の翼を見たことがないから、はっきり断定は出来ないけど。それを使っているのかどうか分からないが、浮いてもいる。

 慈嶋さんに、猫叉先輩が問い掛ける。

「智天使?」

「……まだそういうのじゃない。……顔も普通でしょ?」

「それはこれからってことかな?」

「……そういうこと」

「どういう意味ですか、猫叉先輩?」

 二人の意味深な会話に、僕が空気を断って入りこむ。答えたのは、猫叉先輩ではなく、慈嶋さん。

「……人の身から天使になる実験よ」

「人が、天使に?」

「……馬鹿げてるでしょ?」

 馬鹿げていると言うより、天使が実在するのかという部分の方が気になったのだけど、霊も猫叉も牛鬼もいるこの世に、天使がいないというのもおかしいか。

 それはさておき、猫叉先輩は油断なく慈嶋さんを見つめながら、獲物の前の猫のような真剣さをする。

「変化には血筋が必要だよ。あたしだって、牛木先生だって、その血筋だから力を発現出来る。だが、あなたにはそんな血縁はなかったはずだ」

「……調べてたっけね」

「当然。で、そんな血筋も流れていない人が、天使になれるって言うの?」

 そう問う猫叉先輩に、慈嶋さんはなんでもないように、答える。

「……なれるよ」

「何?」

「……なれるよ。……ちょっと前の、炎狼の事件は忘れてないでしょ?」

「そんなこともあったね。そう言えば、あの時襲われてたのは、あなただったっけ」

「……それはどうでもいい。……で、……あの炎狼の元の犬は、……その血筋だったかしら?」

 言われて、猫叉先輩は驚いた顔をする。そして、徐々に顔色を変えていく。

「まさか、あんた!」

「……そこに答えがあるんだけど、……教えるつもりはないよ」

 浮いている慈嶋さんはそのまま後退し始める。猫叉先輩は攻撃したそうだったが、微妙に間合いの外だったようで、飛び込むかどうか逡巡していた。相手の手の内が読みきれないのもある。

「……そうそう、……そうやって牽制戦しましょう」

「こっちが攻めれないと思ってるの?」

 射る目付きの猫叉先輩に、慈嶋さんは少しも怯まない。

「……個人的には、……あなた達に逃げて欲しいけどね。……無駄に争う必要もないし」

「そうすると、不動尊君が危険そうなんだけど。彼の力を無理やり使ってるんでしょ?」

「……そればっかりは、……どうしようもない。……彼に力が無ければ良かった、……とでも言ったらいい?」

 そういう慈嶋さんに、僕は違和感を覚えた。彼女は、不動尊君が好きだったはずだ。以前、振られたのに不動尊君の好きな人は誰かと聞かれた。それも、猫叉先生の居る組織に狙われているという危険を度外視してまでだ。そこまで不動尊君に執心していた慈嶋さんが、不動尊君を傷つけるかもしれないことをやるというのだろうか。心境の変化か、環境の変化か。

 とにかく、僕は尋ねる。

「慈嶋さんは、」

「……何?」

「慈嶋さんはそれでいいんですか?」

「……」

 押し黙る慈嶋さん。ここは、ウィークポイントだ。そう僕は確信する。だから、次の言葉を繰り出す。

「不動尊君の力は確かに強い物ですけど、あれでもまだ未熟なんです。酷使は危険なんですよ」

「……」

「今現在も使っているなら、いい加減不動尊君は危険な状態なんじゃないですか?」

「……」

「こんなことは、慈嶋さんは、本当はこんなことはしたくないんじゃないですか?」

「黙れ」

 ぞくっ、と、背筋に寒いものが走る。一言だけだった、そして押し殺した声だったが、それで十分に慈嶋さんの虎の尾を踏んだのが分かった。不必要に喋り過ぎた! そう後悔するがもう遅い。踏んだものは踏んだのだ。だから、こうなれば言うだけ言うしかない。

「いいえ、黙りません。慈嶋さんは、本当はこんなことはしたくない。不動尊君を傷つけるようなことは、したくないんです!」

「黙れ!」

「人浚いをして、力を酷使させて、するのが天使になる? それが正しいお題目なんですか!?」

「黙れ!! 何も知らない癖に!」

「知っています!」

「……え?」

 僕の言葉に、慈嶋さんの声が困惑の色を持つ。隙だ。そこに付け入る。

「あなたが不動尊君を、好きだってことをですよ!」

「……!」

「好きだから傷つけたい、ってことでもないんでしょう? まだ今なら」

「黙れ!! もう今更! 何もかも遅い!」

「時間稼ぎに来たんなら、まだ時間はあるってことでしょ!」

「……っ」

 慈嶋さんの顔がめまぐるしく変化する。僕の言葉に、そして己の中にあった逡巡に、混乱しているのだ。そして、その隙を猫叉先輩は見逃さなかった。

「にゃあ!」

 慈嶋さんの意識が僕に向いていたのを見て、距離を詰めていた猫叉先輩が襲いかかる。

「……くっ!」

 飛んでいた慈嶋さんを、猫叉先輩は捉え、床に引きづり倒す。その首に、短刀を。

「猫叉先輩!」

「別に殺しはしないよ。君、ポケットから結束バンド取って」

「あ、はい」

 僕は猫叉先輩の着ているジャージのポケットから、言われた物を取りだした。ちょっと体をまさぐらないと、だったのが色々と恥ずかしかったが、そうも言っていられない。

「それで、この子の手と足を縛って」

「あ、はい」

 言われるがままに慈嶋さんの手足を縛る。それから、猫叉先輩は短刀を、慈嶋さんの羽に。

「切るんですか?」

「そりゃねえ。下手に動かれても困るし。痛いか痛くないか分かんないけど、とりあえず痛かったらごめんね?」

 そう言って、猫叉先輩は躊躇なく慈嶋さんの羽を切断した。血は出なかったが、ぎゃあ、と慈嶋さんが叫んだので、どうやら痛かったらしい。猫叉先輩はすまなさそうにはしながらも、残りの羽も切断していく。ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ、と三回叫んだ後に、慈嶋さんは気絶した。それを見て、僕は疑問を口にした。

「そもそも最初から気絶させた方が良かったんじゃないですか」

「そうでもないよ。見てみなさいな、気絶してるのに羽が消えてない」

 言われて見れば、確かに切断箇所は残ったままだ。いつもの憑依なら、気絶すれば消えるはずだから、これはちょっといつもと違うようである。

「これは一体?」

「天使の血筋なんてないなら、天使の血筋自体を作ればいいじゃない、ってとこかな」

「血筋を、作る?」

「あたしの家系による発現な猫耳とかは、元は霊力で作られたものであったけど、血筋として伝わる内に形を実際に持つようになったんだよ。それを、たくさんの霊力で無理やり形作らせようとしたって辺りかな」

 なんでそんなことを? と思ったが、これは猫叉先輩に問うても答えは無いだろう、というのは察せられた。僕が問われても、天使を作るメリットなんて、さっぱり思い浮かばない。

 そんな僕を見て、猫叉先輩は一言。

「今は考えても仕方ないよ。まず不動尊君を取りかえさないと、だからね」

「……そうですね。それが先決でした」

「じゃあ、行くよ」

 そう言うと、猫叉先輩は走り出す。僕もえっちらおっちらと追いかける。地図からすると、この先には会議室がある。慈嶋さんが守るように出てきたのからすると、そこが終点だ。

 僕たちは走った。

(後篇へ続く)

そろそろ終わりが見えてきたが、色々の兼ね合いで中々筆が進まないのでどうしたものか。それよりちゃんと畳めるのか。不安しかないがやるしかない。

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