猫叉先輩と僕と牛木先生の話(前篇)
不動尊君の肝をどうにか太く出来ないか。という不動尊君がいたら嫌がるというか実際いて嫌がる中で行われた会合で、最近学校の旧校舎に例の“祭具”があるのではないかという話が提起され、取り急ぎそれを確認することになった。
空いた教室から出て、外に向かう途中で、僕は気になっていたことを、今回の主催である猫叉先生に聞いた。
「結局、慈嶋さんは見つからないんですか?」
慈嶋さんは、この間の猫叉先輩との相対以後、学校に姿が現さなくなった。元から地味で居たことに周囲に気づかれなかった人ではあったが、それでもなんとかあった痕跡すら、さっぱりと見つけられなくなったそうだ。
僕の問いに、猫叉先生は不服そうな顔をする。
「んだよ君。こっちの諜報力が弱いとか言うのか? その通りだよ!」
「そこをまんま認めるのやめなよ、ねえちゃ。駄目な組織だと思われるから。そこに入る牛木先生にも不安与えちゃうでしょ」
猫叉先輩の指摘に、猫叉先生は更に不服顔。
「けーっ! 実際駄目だよ! 基本的に“上”はお山の大将と一匹狼がギリギリ手を組んでるとこだからね! 不安に思ってもらって結構です!」
大丈夫なのかその組織。というかそんな批判しても大丈夫なのか。色々思うが、あんまり言うとただでも拗ねているのが悪化しかねない。とりあえず「大変ですね」とだけ言っておく。猫叉先生はまだ何か言いたげだったが、すぐに留飲を下げて、「さて」と切り出す。
「とりあえず、どこにどれくらいあるか、くらいは先に見ておかないとな。不動尊」
「本当にやるんですか!」
「冗談であたしも牛木先生もここにやってこないよ。実際、最近霊障の話が校内でもあるからね。どっかから漏れているやつがあることは確定的だ。それを地道に潰していくのさ。うちらのやることを、牛木先生に教えることにもなる。まだ時間かかりますけど、いいですよね、牛木先生」
「ああ、大丈夫です」
牛木先生が答える。牛木先生は単純な厚みでは不動尊君には敵わないが、すらりとしていながらも逞しい体つきの、体育教師だ。ちょっと前までは普通の先生だったが、ここ最近でその霊格を上げて、牛鬼になる力を得た。それを知った猫叉先生が、自分の組織にスカウトしたのだ。それで、猫叉先生の裏稼業について教える為に、今ここにいるのだ。
視線を変えると、まだ嫌がってる風の不動尊君がいる。その様子を気にすることなく、姫子さんが言う。
「あれだねー、学校内ってことは学校の中にあの“祭具”使った人がいるって可能性も高いしー、なにか遺留品とかもあるかもだよねー」
「当て推量だね!?」
「その通りー。でも可能性が無い訳じゃないならー、情報がいまいちな今では必要なことだと思うな―」
「眠の言うとおりだ。怖いとかどうでもいいからきりきり調べろ、不動尊」
「いや、でも、しかし!」
「しかしも案山子もねーんだよ! あれだ、お前はちょっとビビり過ぎなんだよ。今ならあたしも妹も、牛木先生だっている。力を感知して寄ってくる霊障なんて蹴散らしてやれるし、眠すらいるんだから安全に事は運べる。安心して見てろ。……文句あっか!」
「あ、いえ!」
「なら、ちゃきちゃきやれ」
「はい!」
強硬に言う猫叉先生に根負けした不動尊君は、霊視を開始する。
不動尊君は霊視に関しては不世出の力を持っている。今居る新校舎玄関から旧校舎からはまだ随分離れた場所だが、それでも正確な位置が分かるのだから、大したものである。本人が霊に遭遇する、あるいは確認すると気絶する場合があるというのが難点だが。その肝の小ささをどうにかするのは、今後の霊探査には重要である。そんな訳で、不動尊君にこのような仕打ちをしているのである。ぶっちゃけると心苦しい。
その心苦しさを紛らわす為に、僕は不動尊君に尋ねた。
「どう、不動尊君? いる?」
「い、いる!」
力強く怯えた声で不動尊君が答える。方角はやはり旧校舎。そして三つほどあるらしい。
「これで全部です! もういいですか!? 怖い!」
「分かった分かった。見るのをやめていいぞ」
「ふー!」
不動尊君は盛大に息を吐いた。力を酷使したのではなく、精神的動揺が大きかったゆえの溜息だろう。僕は声を掛ける。
「大丈夫? 不動尊君」
「あ、ああ! 大丈夫と言えば大丈夫だ!」
空元気なのがすぐ分かる言葉である。とはいえ、空でも元気出来るならまだマシだろうと、僕は判断する。そして僕が考えるこれからのことで、その空元気すら出なくなる羽目になるだろう事についてはご愁傷様と言えるだろう。
「どう思う?」
「当たるも八卦当たらぬも八卦」
「そんなもんだよなあ」
猫叉先生と猫叉先輩が何やら意味深な会話をしていたが、僕が見ているのに気付いて、すぐに何もなかったように振る舞う。
怪しい。が、問い詰めて何か出るようにも見えない雰囲気だ。というかこっち見んな的視線を送ってきてくれさえする。なんだあの邪険。それについては触れずに、考えていたことを話しかける僕。
「で、どうするんですか、猫叉先生。行くんですか?」
「行く!?」
予想通りの反応の不動尊君。そして猫叉先生も予想通りの言動をする。
「行くよ。勿論。あんた達でね」
「行くんですか!? というか猫叉先生は!?」
「何言ってるのさ。こんなのはあんた達でぱぱっと処理しておかないと後が困る」
「いや、しかし!」
「だから! 行くんだよ!」
「あ、はい!」
すっかり猫叉先生のノリに押されて唯々諾々な不動尊君。押しが弱い人である。と、そこで牛木先生が割って入る。
「猫叉先生。ちょっと強引にし過ぎじゃないですか?」
「んだと……、いえいえ、彼は少し臆病が過ぎるんですよ。不動尊君の力は彼にとって一生ついて回る力です。これは克服しないといけないことなんですよ」
「それは、そうでしょうけ……。、あまりに無理をさせるのも、それはそれでどうでしょう?」
「悠長に出来る時間があればそれでもいいですけど、そうは言ってられない。喫緊の課題ですしね。やっつけでもなんでもしてもらわないといけないんですよ」
「でも猫叉先生ー、不動尊君が失神したら大変なんですけどー。今もぐらぐらしてますしー」
姫子さんの指摘通り、不動尊君は風に揺れる稲穂の如くである。そこまでダメージになっているのか。
猫叉先生は、それを見て一考。不動尊君を俯瞰し、僕らを見渡し、そして牛木先生に視線が止まる。
「不動尊くらいなら、持てますよね、牛木先生」
「え」
「これもいい機会です。こいつらと一緒に行って、“祭具”を撤去してきてください。あるいはまさかの時は、不動尊担いで逃げてきてくれれば」
「そうなると、猫叉先生は? いらっしゃらないんですか?」
「あたしが行ったら安全過ぎて訓練になりませんよ。あくまでギリギリの所でやらせないと。だから、牛木先生もあくまで不動尊が倒れた時の撤退要員ってことで、前には出ないようにしながら行ってやってください。まあ、本気でヤバイ時は連絡くれれば駆けつけられる位置に居ますから」
「はあ」
「何、大丈夫ですよ。その様子だとちょっとぐらいしかヤバい奴は感じなかったんだろ、不動尊」
「え、あ、はい!」
「なら決まりだ。いいですね、牛木先生」
「……はい」
牛木先生はいきなりの展開に面食らっているようだったが、それでも首肯した。情に厚い先生だから、こういう状況になると割を食うんだろうなあ、とか勝手なことを僕は思った。
「よし、そうとなればちゃきちゃき行った行った!」
猫叉先生に檄を飛ばされ、僕らは旧校舎へと向かうことになった。
「それほど霊は多くないんだよねー、不動尊君ー」
姫子さんが言う。場所は先ほどの新校舎玄関から移動して、旧校舎の玄関前である。既に霊と“祭具”の配置は不動尊君の霊視によって分かっている。三階建の旧校舎の三階どれにも一つずつだそうだ。そして、そこに居る霊の量を今、姫子さんが問い掛ける。
不動尊君は答える。
「うむ! そんなには溜まってはいないみたいだね! ただ!」
「ただー?」
「今までいた浮遊霊みたいな我の弱いのではなく! 明らかに力のある悪霊もいるんだ! “祭具”のある部屋に二体だけだけども!」
「となると、メンバー配分が重要だね」
猫叉先輩がそう提案する。
「牛木先生は控えだから、戦闘が出来るのはあたしだけ。弱い霊なら姫子ちゃんの結界でなんとでもなるから、ちょっと強い悪霊がいるトコはあたしが倒すよ。“祭具”の近くにいるんだね?」
「はい! 二階と三階の“祭具”の所に!」
「成程、軽いボス格って訳ね。じゃあ、そこはあたしがどうにかするよ。じゃあ君はあたしと一緒に」
「え」
「不動尊君と姫子ちゃんは、牛木先生を連れて一階のやつを取りに行く。それでいいね?」
「はーい」
「はい!」
「分かりました」
「え」
僕の再度絶句に、猫叉先輩が猫っぽい笑顔をする。
「何か文句あるの、君ってばさ」
「いや、悪霊退治に行くって本気ですか? 僕を連れて?」
「少々の悪霊程度で後れをとるあたしじゃないよ?」
「いえ、そっちじゃなく、僕を連れての方が疑問なんですが」
「何言ってるんだよ。あたしを一人で行かせるわけ? 念の為の人員は当然必要でしょうに」
「あの、そうではなく、僕でなくてもいいじゃないですか、と」
「不動尊君と君とじゃ、霊に対処出来ないでしょ? 姫子ちゃんは姫子ちゃんで不動尊君の方の霊対処要員だから。それに寝ている姫子ちゃんを担げるのは不動尊君か牛木先生でしょ?」
「そう、ですよね……」
何か違う所がある気がするが、それが何か咄嗟には分からない。道理が無茶にひっこめられているような感覚がある。手が届きそう出届かない位置に物があるような、そんなものが。でも、それは何か分からない。
考えている内に、猫叉先輩は移動を始めていた。この話は既に終わりらしい。置いていかれるのも怖いので、不動尊君達に一声かけてから追いかける。
追い掛けつつ考える。どうにも、すっきりとこの組み合わせが理解できないからだ。何かおかしい。でも、なんだろうか。
猫叉先輩の足が速くなる。そうなれば、追いかけるのに精一杯だ。考えるより動くに注力する。
見れば、猫叉先輩は前に見た短刀を抜いていた。それが、閃く。虚空を切り裂く。たぶん、低級霊が居たのだろう、とは分かる。その数はそのまま閃く数。それを見るに、確かにそれほど居る訳ではなさそうだ。2階に上がるまでに、たった3度だった。
そのまま2階の理科実験室に向かう。そこに“祭具”があるのが分かっているからだ。
「ここで待ってなさい」
そう言うと、猫叉先輩は理科実験室の扉を開け、侵入する。猫科の妖怪の血を受け継ぐだけはある俊敏な身のこなしで、“祭具”がある机に。そこで短刀が閃く。
一つ、二つ、三つ。切り裂き、切り裂く。それだけで、猫叉先輩の動きは止まる。
「もういいよ」
「あ、はい」
僕は理科実験室に入り込む。そして、“祭具”を見つけ、蹴りで破壊する。
「いい蹴り」
「ありがとうございます。で、猫叉先輩……」
「次行くよ」
「あ、ちょっと!」
駆けだす猫叉先輩を追いかける。素早く階段を上がっていく猫叉先輩の速度は速い。もしかするとこっちに疑問を与える間を無くさせるつもりだろうか。でも、そうなるとやはりこのメンバー分けに何かあるのだろうか。とあれ、とにかく付いていくしかない。
「待ってくださいよ、猫叉先輩!」
「急ぐんでね!」
「ああ、もう!」
駈け上がったその足で、音楽教室に飛び込む。遅れた僕が扉から顔を覗かせたら、すぐに椅子が飛んできた。
「ぬおおっ!」
慌てて顔をひっこめドアを閉めた。すぐまた開けると、そこには飛び回る椅子と机があった。その中心に、猫叉先輩が。
「猫叉先輩!」
「危ないから顔ひっこめてな!」
「でも!」
僕の声に呼応するかのように椅子が猫叉先輩に飛来する。しかし、それは猫叉先輩には当たらない。居た場所に既に猫叉先輩はいない。既に新たな位置に移動している。
そこに椅子が。
しかし、それは猫叉先輩には当たらない。猫叉先輩は俊敏に移動し、的を絞らせない。床のみならず、壁すら移動に使うその動きは、猫のそれを凌駕である。
椅子が床に当たり、壁に当たり、床に当たるが猫叉先輩には当たらない。次々と破砕する椅子。
しかし破片すら猫叉先輩には当たらない。
その内に、上空を周回していた机がかりだされるが、それも飛来し、飛来し、飛来しても猫叉先輩には当たらない。
「無駄だっての!」
ついに机もなくなり、後は“祭具”があるだけ。になったかと思ったが、ここは音楽室だ。まだデカブツが残っている。
「猫叉先輩! ピアノ!」
「……、これはちょっと難儀かな」
飛来するピアノ。
その巨大な質量を物ともしない速度で、猫叉先輩に襲いかかる。猫叉先輩は避けるが、ピアノの大きさゆえに大きく移動することになる。そして今度のピアノは床にぶち当らない。寸前に止まり、そして床に平行に移動して猫叉先輩に迫る。
その平行移動と床の間に低い姿勢で入りこむ猫叉先輩。その上を通り過ぎていくピアノ。そして今度も壁には当たらない。途中で止まる。そしてすぐに“祭具”の位置へと帰還する。
「猫叉先輩!」
「どうにも力の加減を覚えてきたみたいだね。面倒くさい!」
猫叉先輩が走る。その先に霊がいるのだろうが、僕には見えない。しかし、猫叉先輩の視線はそこにある。
その間に、ピアノが割って入る。そして速度を上げて突っ込んでくる。行くには左か、右か。
いや。
「にゃあ!」
上だ。猫の柔軟さでピアノを駆け上がり、上を取る。ピアノの挙動は止まるが、その時には既に猫叉先輩の射程内!
「しゃああ!」
ピアノを足場に、猫叉先輩は“祭具”に突撃する。そして、一閃。
その瞬間に、猫叉先輩に向かおうとしていたピアノが、動きを止め、たけど慣性の法則。移動を始めていたピアノは止まらない。
「にゃああ!?」
猫叉先輩は慌てて避けた。高度があったので、その自重プラス重力で、落ちたピアノは潰れてしまった。その後ろから、猫叉先輩は顔を出す。
「いやあ、危なかった」
「猫叉先輩、霊の方は」
「うん、ぶった切った」
「そうですか」
「そういうの分からないのは面倒だねえ」
「ほっといてください」
と、そこで僕の携帯が鳴る。
「不動尊君達も、済ませた頃かな」
「でしょうね」
僕は着信相手が姫子さんだと確認して、通話にする。そして「もしもし?」と。そこから姫子さんがもしもし、と言ってくると思ったら違った。
「君!? 大変だよー!」
めったにない剣幕に、僕は吃驚する。
「姫子さん? どうしたの?」
「こっち、大変な事態なんだよー! 牛木先生がー!」
「牛木先生が?」
すると、僕の声を聞いた猫叉先輩が駆けだした。
「猫叉先輩!?」
、
(後篇に続く)
書いてたら予想以上に長いので前後編になりました。後編、出来るだけ早く書きあげますよ、ええ。




