猫叉先輩と僕と慈嶋さんの話
「……」
「……」
僕は今、おかしい状態に陥っている。
あるファミレス。そこで僕と向かい合って座っているのは、あの慈嶋さんだ。この間、不動尊君に告白して振られた、慈嶋未来さんだ。それが、僕と一緒に居る。
慈嶋さんは以前に見たとおりの地味さ加減だ。髪型も地味、服装も地味、ツーブリッツの眼鏡もどこか地味。雰囲気も地味。持っているバッグも地味。わりと体の線がしっかりしているけど、それも様々な要素によって地味に感じる。そんな地味という言葉が似合いすぎるのが、慈嶋さんだ。
この事態になった経緯は、こうだ。今日は学校が休みということもあり、不動尊君の霊能力である霊視を使って例の“祭具”がどれくらいあるかの調査を何カ所も回って行い、その後に皆と別れたのだけれど、そこで僕を待ち伏せしていたのが慈嶋さんだったのだ。慈嶋さんは名乗り、そして話がある、というのでこのファミレスまで連れて来られたのだが、慈嶋さんは注文をしてから喋らない。話がある、というのはなんだったのか。
ここで僕が話を振るべきなのかと考えたが、そもそもなんで、どういう目的で僕がここに連れて来られたのかも良く分からない。以前振られるのを見たことだったら、下手に口にすれば藪蛇だ。だから迂闊なことは言えない。とにかく出方を見る必要がある。
「失礼いたします。ハンバーグセットとチョコミントパフェ、それとコーヒーでございます」
「……どうも」
「どうも」
ハンバーグセットとチョコミントパフェは慈嶋さんの注文。僕はコーヒーだ。
僕は、砂糖を三つ入れて、それを溶かしながらハンバーグセットのサラダにまず手を付けた慈嶋さんを見る。
「……なんですか」
「あ、いえ。食べるなあ、と」
「……お腹が空いていますからね」
これから帰って晩御飯がある僕は、そんなにがっつけないが、慈嶋さんはそうではないようだ。そして見ているうちにあっという間にサラダを片付けてハンバーグとライスに交互に喰らいつき始めた慈嶋さんが睨んでくる。さっきここに誘導された時もなんだか機嫌が悪そうだったし、なんだか敵意を持たれているように感じる。こっちは慈嶋さんのことはほとんど知らないのに。なんだか不公平である。
不機嫌のまま、慈嶋さんはハンバーグセットをこれまたあっという間に完食。チョコミントパフェの攻略にかかる。それを所在無げに見ていた僕に、また慈嶋さんが睨みを入れてくる。
「……なんですか」
「いや、よく入るなあと」
「……甘い物は別腹って言うでしょ」
そういう問題じゃないと思うけど、慈嶋さんは構わずパフェを口に運ぶ。これもあっという間に平らげてしまった。
「……ふう」
「あの」
ここで切り出さないと満足して帰ってしまうんじゃないか、というくらいに至福の表情な慈嶋さんに、僕はここに連れて来られた理由を尋ねることにした。
「一体、何の用事なんですか?」
「……それより先に聞きたいことがあるんだけど」
質問に質問で返してきた。とはいえ、語気が強いので、それを指摘すると怒られそうだ。唯々諾々とすることにする。
「なんですか?」
「……あなた、……不動尊君の友達よね?」
「ええ、そうです」
「……不動尊君の好きな人、……知らない?」
「それを知ってどうするんですか?」
「……」
不気味な沈黙をする慈嶋さん。その不穏さに、僕は詰問口調になる。
「あなた、不動尊君の好きな人に、何かする気ですか」
「……ナンノコトカナー」
微妙に怪しい訛りの入る慈嶋さん。誤魔化せるつもりなんだろうか。だが、僕はそれを許すことにした。
「まあ、いいです。僕を呼んだ目的は分かりましたし、何考えたか知りませんけどそれを実行に移さないなら不問です」
「……あなたにそういう態度とられる理由が無い。……私はしたいことをするわ」
なんか、妙に棘がある気がする。態度について言われることといい。だが、ここは大人になるんだ、僕。話を聞かなくては、不動尊君に要らぬ害が及んでしまう。
「で、不動尊君の好きな人、ですね」
「……そう」
「うーん」
僕は考える。不動尊君とはよく一緒にいるが、彼が特定の女子に目線を送るとか、近寄るとか、そういうのはあまりに見たことが無い。逆もまたそうで、彼に近づいてくる女子はあまりに見たことが無い。基本的にいい奴だけど、厳めしいのと生真面目なのがが悪く働いているのだろう。
で、その限定された中でありそうな、というと、猫叉先輩か、姫子さんか、あるいは猫叉先生か、になる。
猫叉先生は初手から排除していい可能性だ。あの人に年下の彼氏を持つ趣味はないし、不動尊君は口には出さないが苦手に思っているのを知っている。だから、ない。
次は姫子さんだ。これも除外していいだろう。基本的に結界能力と霊視能力とで霊能力の相性がいい二人であるが、姫子さんが僕を想っているのは、不動尊君も知っている。姫子さん自体が惚れっぽい性格なので不動尊君にも想いを、は可能性としてはあるけど、不動尊君は一途だから、その性格とは相反する所があるはずだ。そう言う所で堅いのが不動尊君という人である。
最後に猫叉先輩だが、……。あれ、有り得る? 猫叉先輩って猫のように美しかったり子猫のように可愛かったり、豹のように流麗だったり虎のように剛毅だったり。それ以前に、基本的に、美少女だ。それでいて近寄りがたさはなく、フランクな性格だ。身体的には平たいが、それでも女性としての線はきっちりある。あるいは、猫のような線と言えようか。それが大変優美だ。そして。
「……ちょっと」
「え? はい?」
思索に横入りされた。慈嶋さんだ。
「……一人で何か考える方向に走り過ぎ。……こっちの質問の答えはまだ?」
詰問してくるので、僕は思いついたことを言う。
「あ、はい。可能性としては、一人」
「……誰?」
「猫叉先輩です」
「……あの、……猫叉」
「どの、かは知りませんが、あの猫叉先輩です」
僕の言葉に一つ思考を入れてから、慈嶋さんは決然と言った。
「……ないわね」
「え、ないですか?」
「……あなただって、……猫叉の噂を知らない訳じゃないでしょ?」
「……」
猫叉先輩には、よからぬ噂というのが少しはある。好みのタイプを小動物を痛めつける猫のようにすることがある、というのだ。実際にそれで転校した生徒がいる、というのも聞いたことがある。だが。
「猫叉先輩は、そういう人じゃないですよ」
僕の言葉に、慈嶋さんは一瞬呆けたものの、すぐに、面白い、という顔をした。
「……へえ。……庇うんだ」
「違いますよ。ただ、そういう人じゃないって知っているだけです」
「……何を、……知っているの? ……あいつの何を?」
言われて考える。僕が猫叉先輩について知っていることは、そんなに多くはない。でも、この間の夜のことを思い出すと、酷い事をした人だとはとても思えないのだ。だから思ったことを答えた。
「あなたが知らないことですよ、慈嶋さん」
「……」
沈黙する慈嶋さん。表情は渋面である。如何にも僕の発言が気に入らないという風である。元より納得してもらおうとして言ったことではないので、僕は別の話を続けてする。
「そもそも、振られたはずのあなたが何で不動尊君の恋しい人を調べるんですか? さっき口にした何かですか?」
「それはあたしも聞きたいね」
「「!?」」
後ろからの声に振り向くと、そこ、つまり後ろの席には別れた時と同じジャージ姿の猫叉先輩がいた。姫子さんと不動尊君はいないようである。
「猫叉先輩、何時から?」
「わりと最初からだよ。慈嶋さんに用があってね。だから君と一緒に移動してたのを、尾行したのさ。で、慈嶋さんとやら。不動尊君に振られても、まだご執心なわけ?」
「……どこから知ったかは聞かないけど、……その質問にはイエスと答えるよ。……振られたのに、あの時は退いたのに、……まだ気持ちがあるのは滑稽でしょ?」
「ああ、そうだね。大変な滑稽さだよ」
猫叉先輩は見たこともないような酷薄な、嗜虐心を見せる為の笑顔で言う。
「振られた相手にまだ懸想しているだけでも面白いけど、その恋する相手を排除しようと言う腹積もりになっているっぽいのが更に面白いね。敗残者の醜い戯言具合が特にいいよ」
「……あなたは何しに来たの、……猫叉。……ただつけて会話を聞きたかった訳じゃないでしょ?」
話の筋が、少し変わった。慈嶋さんの言葉で、猫叉先輩の表情に変化が、酷薄な笑みから、真剣みのある顔に。そして言う。
「調べさせてもらったよ。言っても、ねえちゃがしたことだけど。まあ、あたしらに絡んだのが運のつきってやつだね」
「……何を知ったの?」
「色々とね。その主なのは、あなたが関係を持っている組織についてだよ。っても、まだ手始めなんだけどね」
「……それを今言うということは」
「そうだね。悪いが拘束させてもらうよ」
なんだ、話の筋が見えない。見えないけど、物騒なのは分かる。これから起きることも分からないでもない。それでも、口を開く。
「あの、猫叉先輩」
「何?」
「慈嶋さんに聞きたいことがあるんです」
「手っ取り早くね」
何故とも駄目とも言わない猫叉先輩。それに感謝しつつ、聞きたいことを。
「慈嶋さん」
「……何」
「不動尊君のことは、本当に好きなんですか」
「……ええ」
慈嶋さんは頷いた。更に言う。
「……本当に好きだから、……危険を顧みなかった。……それがこの結果ね」
「……」
慈嶋さんの表情に嘘が無いのは分かった。だが、その顔が徐々に、色彩を変えていく。今から捕まる気が全くない、まさに闘争者のそれに。
「……でも、それを受け入れる気はない!」
一挙動で立ち上がり、そして跳ねる慈嶋さん。向かうは、猫叉先輩の頭上! 地味に見えて身体能力が高い!
「猫叉先輩!」
「むっ!」
猫叉先輩は踏みつけてくる慈嶋さんを転がって回避。座っていた席に、慈嶋さんが着地する。そして倒れている猫叉先輩を無視して移動を始める。机を飛び越え、通路を抜けてレジにお金を置き、出口に走る。その一方で、猫叉先輩は倒れ方に失敗して、そのリカバリーに時間がかかってしまっていた。
「猫叉先輩!」
「んにゃろめ!」
なんとか立ちあがった猫叉先輩が走っていく。
「払っといて!」
「あ、はい」
支払いは僕持ちになった。猫叉先輩は入り口から出て、慈嶋さんを追いかける。僕も急いで払ってついていこうとしたが、ちょっと二人の走りが速い! もう角を曲がってしまった。それでもとにかく追いかける。
角を抜ける。道が直線でいい横道が無いようだ。二人とも一直線に走っている。これなら追いつける、といいんだけど。
慈嶋さんは走るのがどうやら速いようだけど、スカートが邪魔をして先に作ったリードを生かせていない。猫叉先輩がジャージで走り易いのもある。だからじりじりと距離が詰まる。
それでも、慈嶋さんは逃げる。曲がり角を見つけてそこに突撃する。それに猫叉先輩はついていく。僕もそこを曲がる。
また一直線だ。狭い路地はあるが、入りこむとどこに出るか分からない道ばかりである。だから、慈嶋さんもそういう道に曲がらないのだ。とはいえ、そういう道に入らないと逃げられない状況だろう。後は何時入るかだ。
と、そこで慈嶋さんが動く。バッグから何か取り出し、捲いた。
二つの紙片である、と認識した瞬間にそれは小さな人形をとる。それが、猫叉先輩めがけて。
「しゃあ!」
猫叉先輩はスピードに乗ったままそれに突撃する。その手には小さい刀。それが抜かれ、閃かせる。
ぎゃ、と碌な声も出せないまま、人形は切り裂かれた。人形は紙に戻る。
「……ちっ!」
慈嶋さんは再び紙片を放つ。また二枚。だが。
「無駄なあがき!」
それも速攻で切り裂かれ、ただの紙くずと化す。
彼我の距離が詰まる。
と。
慈嶋さんは路地に入った。猫叉先輩も続く。僕も続く。
そしてそこは、当然のように行き止まりだった。
「さて、詰みだ」
猫叉先輩が断言する。確かに、ここは周りがビルの壁だ。逃げるには上しかない。猫叉先輩の言うとおり、これは流石に詰みである。
だけど、慈嶋さんは息を切らしているものの、その表情に悲壮さをうかがわせている。まだ、この状況に悲観していない。それを隠しもせず、慈嶋さんはつぶやく。
「……詰みかな?」
「ええ、詰みにするよ」
猫叉先輩が、にじり寄る。窮鼠猫を噛むの諺が頭に浮かぶが、これはそれに類することにはならないだろう。
と。
慈嶋さんが、バッグに手を入れた。
「……ッ! 待て!」
「……待たない。……ワレニキマセリ」
言うと、途端に慈嶋さんの体に変化が起きる。その背に、翼が。
「逃がすか……!」
「……いや、……逃げるね」
翼を一打ちして、慈嶋さんは一気に垂直に上がっていく。猫叉先輩もすがりつくように飛びかかろうとするが、そこに紙片が降り注ぐ。
「ちっ!」
相手はあっさり倒せれているが、だがいかんせん数が多い。切り結ぶ猫叉先輩の動きが終わった頃には、慈嶋さんは遥か上にいた。
「慈嶋!」
叫ぶ猫叉先輩に、慈嶋さんは笑顔で答える。
「……また会うでしょうね。……その時を楽しみにしているといい」
その言葉だけ残して、慈嶋さんはビルの上へと行ってしまった。
「逃げられましたね」
「うん、逃げられたね。やっぱり後詰がないのに無理し過ぎたかな」
猫叉先輩はもっと悔しがるかと思ったが、案外気楽な様子である。とはいえ、それは上辺だけ取り繕ったものなのはそのピリピリとした雰囲気から良く分かる。その怒りをどこにぶつけるでもなく、猫叉先輩はいら立っていた。
さて、どう声を掛けたらいいか。下手なこと言って逆鱗に触れる訳にもいかないが、このまま喋らないとそれがそのまま逆鱗に触れることにもなる。どうしたものか。
しばらく思案して、僕は意を決して切り出した。
「慈嶋さん、例の組織と関係があったんですか」
「あれを見たら、そう思うのも当然だし、実際その通りだね」
どうやら逆鱗を避けるのに成功したようだ。猫叉先輩は自分の責務のことになると冷静になれるのだ。
猫叉先輩が続ける。
「それも、結構深い所にいるみたいだって、ねえちゃが知らせてきたよ。だから今日は不動尊君を連れ回してみたんだ。まだ偶に尾行してたみたいだから、網にかかるかと思ってね。でも、君とコンタクトをとるとはねえ」
「まあ、不動尊君と連れ合っているので、話し易そうなの僕くらいですし。組織が絡んでるなら、猫叉先輩とは話せないし、姫子さんは変ですしね」
「それもそうか。それはさておき、君に聞きたいことがあるんだけどさ」
声のトーンが変わったのに、僕は気付いたが意味が分からなかった。だから素直に返答する。
「はい」
「不動尊君があたしに気があるって本当かな?」
「え」
「え、じゃないよ。君が言ってたことでしょ? それって、本当の話?」
「え、あ、いや」
「そりゃあたしだって不動尊君に想われてる、というのは悪い気はしないんだけどもさ。でも、それが本当じゃないと、流石にね?」
「そ、そうですね」
「で、それは本当のことなのかな? どうなの?」
な、なんだがまずい事になっている。なんでこんなことに……。
猫叉先輩は、哀れな生贄のネズミを前にした猫のように、活き活きとしている。フラストレーションは結局こっちに来る形になった訳だ。
そうだと答えるか、そうじゃないと答えるか。どっちにしても僕は事実を知っている訳ではない。なら、どう答えればいいんだ?
「ねえ、どうなのさ」
「え、えーと」
「ってね、答えなくてもいいよ」
猫叉先輩のトーンがまた変わった。おちゃらけた、という方向に。その変化に、僕はつい「え?」と声を出してしまった。
それを受けて、猫叉先輩は言ってくる。
「実は、不動尊君が誰を想っているか、知ってるんだよ」
「……そうなんですか?」
「まあね。彼はそういうの言ってないけど、大体分かってるよ」
「それなら、いじめないでくださいよ」
猫叉先輩はフフフ、と笑う。
「君の慌てふためく所は、中々可愛いからね」
「本当にそういうの止めてください。可愛いとか」
「可愛いけどなあ」
「ですから」
猫叉先輩はまた、フフフと笑うだけだった。
地味に今まで書き溜めてたのからずれ始めていて、今後どうなるか不透明でオラ、わくわくしてきだぜ!←駄目なテンション




