31話
目の前で花のような笑顔を浮かべて楽しそうに笑っている人はなんとアルさんの奥様なんだそうな。
しかしなんだってこんな所にそんな高貴なお方が居るんだろうか。さっぱり見当がつかない。
「アルから可愛らしい神様がやってきたと聞いたので見にきました。」
「アルさん話しちゃったんですか…。」
「お互いに話しても問題ないことはちゃんと伝えあうと約束しましたからね。それに私だって魔獣と戦うんですよ?」
「そ、そうなんですか…。」
申し訳ないけどカティアさんが戦っている姿は想像できない。
そんな私の意図を読み取ったのかカティアさんは少しだけ頬を膨らませて「信じていませんね?」と私の顔を覗き込んできた。
さっきまで落ち着いた物腰から大人っぽく見えていたのに、急にどこかあどけなさを見せるその表情に少しだけドキッとする。
アルさんは素敵な奥さんをお持ちのようで。こんな可愛い嫁さんなら私でも大歓迎ですよ。
その時だ、私の膝を枕にしていたヴァイスがゆっくりと瞼の下に潜っていた赤色をのぞかせた。
「起きた?」
『……。もう少し。』
一発おおきな欠伸をかました後にまた私の膝にその白い毛をこすりつける。くすぐったいからやめてほしい。
後ろのシュヴァイツも未だに起きる気配がないので私はヴァイスを頭を一定のペースで撫でつける。
気持ちよさそうに目を細めるヴァイスの様子を見たカティアさんが「可愛らしいわね。」と笑った。
「撫でてみますか?」
「でも私が触ったら怒るんじゃないですか?」
「私が居れば大丈夫ですよ。」
とカティアさんに話しかけつつ頭の中でヴァイスに「いいよね?」と聞いてみれば『お好きにどうぞ。』と返事が返ってきた。
カティアさんはゆっくりとヴァイスに近づける。あともう少しで触れるというところでヴァイスがチラッと閉じていた瞳を覗かせた。
それに少しビックリしたのかカティアさんの手の動きが止まったが、ヴァイスは気にすることなくまた瞳を閉じておやすみモードに入っていく。
「触っても大丈夫かな?」という視線をカティアさんがよこしてきたので私はニッコリ笑って「大丈夫だ。」と返事を返した。
「わぁ…!フカフカですねぇ。」
頬を薄桃色に染めながらカティアさんは楽しそうにヴァイスを撫でていく。私の頭の中で『ンン~~。』というヴァイスの声が聞こえるのできっと気持ちいいんだろう。それから数分後、ヴァイスはまた夢の世界へと旅立ったようだ。
そういえばこの2人はどんな夢を見ているんだろうか。私はずっとリューン様の夢を見ているけど未だに夢の中でヴァイスシュヴァイツと会ったことはない。今度リューン様に2人をあの花畑まで呼んでこれないか聞いてみよう。
「寝ちゃいましたね。」
「昨日ずっと私のことを心配して気を張ってたみたいで…。」
「それでここでお昼寝をしていましたのね。あなたはもう大丈夫なんですか?」
「えぇ。昨日の怪我もたいしたことないですよ。」
「それもそうですけど、ここ。」
そう言ってカティアさんは私の胸のあたりを人差し指でトンとつついてきた。私は彼女が何を言いたいのか分からず首を傾げる。
心配そうな瞳でカティアさんは私の顔を覗き込んでいた。
「分かりませんか?あなたの心のことを言ってるんです。」
「こころ…?」
「あなたはこことは全く別の世界、異世界から来たのでしょう?」
「あ…。」
ここで私は彼女の言いたいこと、心配していることが分かった。
つまりはホームシックになっていないかと聞いているのだろう。異世界トリップ物の小説でも大抵の主人公は異世界の我が家が恋しくなって夜に泣いていたりすることが多い。
私は空を見上げ流れゆく雲を眺めながら言った。
「…あっちの世界に未練がないと言えば嘘になりますけど、泣きたくなるほどまで精神は弱ってませんよ。それに私がいなくても少なくとも両親なら大丈夫です。あの2人なら。」
「どうしてそう言い切れるんですか?自分の子供が突然行方不明になっているのに…。」
「あの2人は2人の世界で完結しているんです。だから私がいなくても父さんには母さんが、母さんには父さんが居れば2人は悲しみなんか乗り越えて前を向いて歩いて行ってくれます、きっと。」
「2人の世界で完結…?」
私の言っていたことが分からないのであろう訝しげに見つめてくるカティアさんに私は私の家族関係についての話をした。
私の両親はとても仲が良い。どれくらい仲が良いかというと毎日行ってきますのキスはもちろんおかえりなさいのキスもして、そしてリビングでは常に接着剤でも塗っているのかというくらいにベッタリしている。そんな両親のことが私は大好きだったし、両親もちゃんと私を愛してくれていた。
だけど中学生になってしばらくした後にその愛の大きさの違いに私は気付いたのだ。父さんと母さんのお互いを想い合う愛は1つの世界を作ってて、そこに私が入る隙間もないということに。傍から見れば父さんから母さんへ、母さんから父さんへの愛と、両親から私への愛は一緒に見えていたかもしれない。でも私はそう感じた。
それに気付いてから私はピアノを教えてくれていた雨宮先生の所に入り浸ることが多くなった。事情を話せば先生は何も言わずにいつまででも家に居させてくれたし、その間にたくさん音楽を教えてくれた。そのおかげかあまり心が辛くなることも両親に八つ当たりすることもなかった。
私の話を聞いたカティアさんはなんともいえない表情をしていた。こんな話は聞いてもおもしろくもなんともない。それにリアクションだって取りづらいことも知っているのにベラベラと喋った自分に後悔した。
「…あなたはご両親にそのことを言わなかったのですね。」
「言おうとも思いませんでした。2人は何も悪くない。ただ、お互いのことが愛おしすぎただけなんですよ。それに私はそんな風にお互いを想い合ってる両親が好きですから。そりゃまぁ、気付いて最初のうちはちょっと寂しかったですけどね。」
目を閉じれば浮かんでくるのは父さんと母さん。懐かしい気分に浸っているとギュッと温かい何かが私に巻き付いてきた。
確認するまでもない。カティアさんが私を抱きしめてくれているのだ。
カティアさんが膝立ちになっているので彼女の胸の辺りに頭が押し付けられる。ザヴェードの町に居るアイナさんもこうやって私を抱きしめてくれたっけ。自身を包んでくれるカティアさんの温もりはアイナさんの温もりと驚くほどそっくりで私は理由もなく縋りたくなる。
その背中に腕を回したい衝動を抑えているとカティアさんは私の前髪を掬い上げて額にキスを落としてきた。
呆然と見上げている私に彼女は言った。
「この世界であなたのことを誰よりも愛してくれる人とめぐり合えるようにっておまじない。」
「…ありがとうございます。」
衝動を抑えきれずに彼女に抱き付いたのは仕方ないことだと思うのです。
今回は怜那のお話を少しだけ。
※プチキャラ紹介
・カティア・ファーレン・エッフェンベルク
アルフィートの妻。つまりお后様。
桃色の長い髪と金色の瞳は見るものすべてを魅了する。水属性、治癒の魔法を使いこなす。
元々は苗字を持たない平民であったがひょんなことからアルと出会い、今に至る。
・龍崎響輝
怜那の父親。
・龍崎聡美
怜那の母親。




