30話
「いいんじゃないかしら?」
「え、いいの?」
あっけからんという感じでニッコリ笑っているのはリューン様だ。やっぱりその笑顔は可愛いなぁ。
ってそうじゃなくて!私はリューン様に身を乗り出してその美しい可憐な顔をのぞき込んだ。
「だって騎士団ってほとんど自分の国の魔獣しか相手にしないんでしょ?」
「確かにそうみたいだけどいくら神の力を持っているとはいえこの世界を隅々まで渡り歩きながらの魔獣退治は苦しいと思うわよ?」
「そ、そりゃそうだけど…。」
日本に居た頃は一泊二日の旅行でさえヘロヘロになっていた私だ。そりゃ普通に考えて精神的にも保たないだろう。
だけど世界中に負の感情は溢れているわけで、ファーレンの魔獣を倒し続けても根本的な解決には至らない。
やはり冒険者として自由気ままに魔獣を倒していくのがいいのか。でも騎士団になればなんと衣食住が確保される上に定期的に資金も入る。まだこの世界のことを充分に知らない私としてはやっぱり保証のある方に飛びつきたい。
するとうんうん唸っている私に痺れを切らしてしまったらしいリューン様がこうおっしゃった。
「なにもあなたが全部背負わなくてもいいの。」
「ぅえ?」
「忘れた?この世界で魔獣に対抗できる力を持っているのはあなたやヴァイスシュヴァイツだけではないということを。」
そうだ。言っていたじゃないか。スクライドにはリューン様が創った神獣があちこちにいるということ。
そして力を貸してくれるように彼女が頼んでおくと言っていたことを。
「人間と契約を交しているのはイグナシオしかいないけど、他の子たちも毎日頑張って魔獣と戦っているわ。」
「それじゃあ私ファーレンにいてもいいの?」
「えぇ。でもお願いがあるの。」
リューン様がグッと顔を近づけて指を立てた。
「ひとつ。もし他の神獣が助けを求めてきたらすぐに向かうこと。」
「うん。」
「ふたつ。神獣はずっと力を使い続けることはできない。だからいつもは私があの子たちに力を補給してあげてたんだけど、あなたにもそれを手伝ってほしい。」
「補給の仕方はどうやって?」
「イグナシオの時とほとんど同じよ。まぁ堅苦しく考えないで。ようは神獣たちに安らぎを与えればいいの。」
神獣たちは毎日負の感情そのものである魔獣と対峙するため、精神的に疲れて参ってしまう時があるそうだ。
誰かと契約を結んでいるのであれば、その主と共にいることによりそういった疲れを自分で癒すらしい。神獣にとって契約主は何よりも大切で愛おしい存在だそうで、その人の傍がやっぱり一番安心するんだとか。
私もそれは分かる。ヴァイスとシュヴァイツの過保護とも変態的とも取れる愛情表現に毎日振り回されているんだから。
その時、ふと気になったことがあった。それはイグナシオについてだ。
「リューン様。イグナシオって代々からファーレン王国の国王と契約を交し続けているんだよね?」
「そうね。確か8代目と初めて契約を交してそこから今の14代目までずっと。」
「さっき神獣にとって契約主の存在は~って話をしたけど、その契約主が亡くなったら神獣は…。」
「神獣は負の感情に魂を全て汚染されない限り死ぬことはないわ。もちろん心の傷は深いはずだけど、イグナシオは他の子たちとは少し違うのよ。」
「違うって?」
「他の神獣にはそもそも人間を嫌っている子もいるんだけど、イグナシオはその逆。人間そのものが大好きなのよあの子は。」
手近に咲いていた赤い小さな花を一輪摘み取りながらリューン様は微笑みながらそう言った。その赤色はイグナシオの燃え盛る鬣を想像させる。
一部の神獣が人間のことを嫌う理由は魔獣の元である負の感情をまき散らしているほとんどが人間だからだ。
無駄に争って無駄に色々失ってすぐに他人を蹴落とそうとするそんな所が好かないとリューン様に語った神獣もいるらしい。
別に全部が全部そういう人ってわけではないけど、否定できないのも事実。実際私が生きてきたこの18年もテレビの向こうや身近な所じゃ近所や同じクラスとかにそういった人は確かに居た。
だけどイグナシオは人間がそういう悪いところも含めて良いところもたくさん持っていることをちゃんと理解してくれている。彼曰く、そういうちょっとした愚かさが愛おしいとかなんとか。「愚か」と「愛おしい」という言葉が並ぶと違和感がすごい…。
「8代目の王様がね。困っている人を放っておけないかなりのお人好しだったみたいで。そんな彼が契約主だったから今のイグナシオがあるんだわ。」
「イグナシオはいい人に巡り合えたんだね。」
誰かと運命的に出会うことで掴むきっかけというものの大切さを実感した。
それからしばらくリューン様といつも通りマスケット銃の特訓をして私は彼女に見送られながら花畑を後にした。
閉じた瞼から暖かな太陽の光を感じる。ゆっくりと目を開けると視界いっぱいに映ったのは青空とそこに浮かぶ雲。視線だけを動かしてヴァイスとシュヴァイツを確認すると2人ともまだ気持ちよく寝息を立てていた。もうしばらくは起きそうにもない。
ヴァイスが私の太ももを枕にしているせいで動けないので私はそのまま空を見上げた。
街の方からは住民の喧騒が遠く聞こえ、どこからかは分からないけど街とは別の方向から野球部のランニングをしているみたいなハリのある声も聞こえる。騎士団の人たちが訓練でもしているのだろうか。ご苦労様です。
「あら、起きていたのですね。」
ふと頭上から聞こえてきた女の人の声。
ハッと首を上に向けると私の視界には長いウェーブのかかった淡い桃色の髪の女性がさかさまに映る。彼女は金色の瞳を細めてフワリと笑った。
私はしばし彼女に魅入っていた。上質なピンク色を基調としたドレスを身にまとうその姿からしてかなり身分の高い人なのだろう。ものすごく綺麗で可愛らしい人だ。
「ふふ、そんなに見つめられると照れてしまいますわ。」
「あ、す、すいません…あまりにも綺麗でしたので。」
「照れさせるのがお上手ですのね。近くに座ってもいいですか?」
「どうぞ。」
私がそう答えると彼女は私の膝の近くに座った。シュヴァイツにもたれかかせていた背中をグッと起き上がらせる。
「私はカティアといいます。」
「レナです。」
「レナさんですか。可愛らしい名前ですね。」
「ありがとうございます。カティア様も素敵なお名前で。」
「ふふ。様なんて付けなくていいんですよ。アルからあなたのことは聞いてますから。」
「へ…?」
アルさんの名前が出てきて私は呆気にとられた。彼女はさっきと同じく、でもどこか面白そうに微笑んでいる。
アルさんのことを親しげにアルと呼んでいるということは彼に近しい人なんだろう。友人なのだろうか。
「私はアルの妻なんですよ。」
「な、あ、あ。」
声が喉の奥につっかえたように出てこない。
なんだってこんなところにお后様が居るんですか!!
ということでレナはスクライドを渡り歩かないことになったようです。
神獣さんたちに頑張ってもらいましょう!
ただいまちょっとした番外編を執筆中です。




