21話
※エルヴィン視点
横目でチラリと彼女を伺うと笛と思わしき楽器を口にくわえている。
そこから奏でられる音色に全身を委ねた。
ふとヘルネの村にいる両親のことを思い出した。騎士団に入り、隊長になってからろくに顔を見せてないが元気にしているだろうか。
隣の少女は目を閉じて演奏に集中している。今度は泣いてはいないようでホッとした。
じんわりと心に何か温かいものが流れてきて、それを感じながら俺はそっと目を閉じた。
結論から言うと俺が疑ったとおり、彼女の記憶がないというのは嘘だったようだ。
他にも自作の曲があるなら聴かせてほしいと頼めば、彼女はコクコクと首を縦に振って演奏してくれた。
もうこの時点で俺の中に確信があったが、彼女の曲がもっと聴きたくてしばらくは黙って聴いていた。
きっとこの子にはとんでもない才能があるんだろう。王都の城にいる音楽教師が聴けばきっと大興奮するに違いない。
俺は1曲終わるごとに聴いた後の感想を伝えた。今までなら聴いてもただ「上手い。」としか思わなかったこの俺がちゃんと感想を言えていることに自分でも驚いていた。
「少し聞きたいことがあるんだが…。」
「はい、なんですか?」
「君は確か記憶がないと言ったな。自分の名前と両親が亡くなったこと以外はほとんど覚えていないと。」
「は、はい。」
「それ、嘘だろう。」
そろそろ頃合いだと思い俺がそう言うと、彼女は目に見えて身体を固まらせる。
そしてあからさまに狼狽え始めた。そして諦めたように詰めていた息を吐いている。
「なんで分かったんですか?」
「じゃあホントに記憶が無いわけではないんだな。」
「あ…。」
恐らくこの子は元々嘘をつくのが得意ではないのだろう。
なのになぜ嘘をついているのかは知らないが、何かを抱えているのは間違いない。
その所在なさげに縮こまっている姿はまるで捨てられた子猫のようでつい拾ってやりたい衝動に駆られかける。
が、俺にはできない。だから俺はその小さな頭にそっと手を置いた。
彼女はピクッと身体を跳ねさせる。慎重にゆっくりと撫で始めたが振りほどかれることはなく、そのままジッとしてくれた。
「別に怒ってなどいない。ただ、記憶がないのにあんなに心に響く曲が作れるとは思えなかったんだ。それに何か事情があるんだろう?」
「はい…。」
「無理に答えろとは言わない。だが、抱え込むのも良くないと俺は思う。」
「そこまで深刻な問題じゃないですよ。」
苦笑している彼女からはさっきのような雰囲気はもう感じなかった。
それどころか俺の撫でている手に気持ちよさそうに目を細めて、彼女からも頭を少し擦りつけくる。
これは俺に甘えてくれているのだろうか。だとするなら悪い気はしない。
すると彼女は少しだけ頬を薄く染めてフワリと笑った。瞬間、背中に何かがブワッと駆け上ってくるような衝動に思わず手を止める。
(なんだ…?)
こんな感覚に陥ったのは初めてだった。例えるとするなら戦闘で魔獣と向かい合うあの緊張感に少しだけ似ているような気がする。
よもや自分がこんな子猫に緊張などするわけがないと自身に言い聞かせ、彼女の頭をやさしくポンポンと叩いてやる。
俺の思考をリセットするかのように。
ふと頬を通り過ぎた風の冷たさに、かなり話し込んでいたことに気づく。そろそろ戻らないと部下がうるさい。
「引き留めて悪かった。送ろう、家はどこだ?」
「家…。大丈夫です、自分で帰れますから。」
「…そうか。」
彼女は「家」という単語に寂しげな反応を示した。もしかして帰る家が無いのだろうか。
しかしそこまで突っ込んで傷を抉るのは良くない。だから俺は何も聞かなかった。
俺がスッと立ち上がると彼女もつられて立ち上がる。そして俺に向かって言った。
「あの…ありがとうございました。」
「なぜお礼を?」
「実はちょっと気持ちが沈んでたんですけど、あなたと話してたら気持ちが軽くなったし…それに私の作った曲ちゃんと真剣に聴いてくれて嬉しかったです。」
「俺も…素敵な曲を聴かせてくれてありがとう。」
本当に彼女の曲がどこにも売っていないのが残念だ。
だが結局彼女の曲を手に入れたところできっと俺は今以上の心の震えを感じることはないだろう。
すぐ傍で彼女の心を乗せた演奏を聴いたからこそ俺は感動に打ち震えたのだから。
「ふふっ…。」
「どうした?」
「いや、私達お互いの名前すら知らないまま話し込んでたんだなぁと。」
「…エルヴィンだ。」
「私はレナです。じゃあ、さよなら。」
そう言って彼女は最後に俺に薄く微笑みかけながら背を向けて広場の入り口へと歩いていく。
俺はボソリと「レナ…。」と彼女の名前を呟く。彼女は振り返らない。当たり前だ、聞こえているはずがない。
聞いたことのない響きだ。そもそもこの23年間で2文字の名前の人など俺は見かけたことも聞いたこともないのだが。
彼女が広場を出てからその姿が視界から完全に消えるまで俺はずっとその場を動かなかった。
次の日、俺たちは急遽王都へと帰還しなければならなくなった。
原因は昨日倒した上級魔獣から生み出された魔石だ。強力な魔力を誇るこの石は早く王都に届けなくてはいけない。
昨日の夜、子猫と戯れて宿に戻った後、無線で今日の報告をすると彼は驚いたような声を上げた。
「はぁ!?お前の部下が上級魔獣をヤったってのか!?」
「あぁ。俺が駆けつけたときにはもう魔石が残された状態だった。部下を貶すわけではないがありえないことだと俺は思う。」
「そりゃそうさ。ただでさえ最近の魔獣共はどんどん強くなってきているってーのに。部下は何か言ってなかったか?」
「最初は魔法も攻撃も効かずじりじりと追い込まれていたんだそうだ。だが、急に何か弾けるような音が鳴ったかと思ったら魔獣が片目を抑えながら苦しみだしたらしい。」
「弾けるような音…?」
「部下もよく分かっていないようでな…。その後もその音が鳴ってまた魔獣が苦しみだしてその隙にありったけの攻撃を仕掛けたそうだ。そしたら今まで効かなかった攻撃が
嘘のように魔獣に通用したらしく、そのまま倒したと。」
「ありえねぇ…ドラゴンも使わずに、ましてや隊長無しの部下のみで…。」
機械の奥から聞こえてくる声は少しだけ震えている。
それもそうだ。声の主は既に俺と共に幾度も上級魔獣と戦い、何度も死にかけながらそこを潜り抜けてきたのだ。
だからこそ奴らの恐ろしさを知っている。それがこうも簡単にあっさりと倒されたという報告を聞いても信じられるわけがないだろう。
「とにかく明日早急に王都に戻ってこい。もう少しザヴェードに居たいだろうお前には悪いがこれは命令だ。」
「…了解した。」
それを最後に通信は切れた。
翌日の朝、俺たちはザヴェードの町の正門に集まっていた。
町の住民達がたくさんお土産を持たせてくれる。小さな子供は野に咲く花をプレゼントしてくれた。
この町のこういう温かさが俺たちは大好きだ。カイザーも好物のにんじんを貰ってすっかりご機嫌の様子。
周りにいる住民への挨拶も終わり、そろそろ出発しようかと思ったときだ。
ふと視界に人波から突き出ている何かがいることに気づく。レナだった。
誰かの腕に抱え上げられているのだろうか。あの小さな身体なら簡単に抱き上げることができるだろう。
彼女は俺たちと町の住民の様子を温かく微笑みながら見守っていた。しばし、その笑みから目が離せなくなる。
「…!」
そして彼女と視線が絡み合った。1度絡まったら最後、なかなかほどくことができなくなる。
まるで俺とレナだけ切り離された世界に2人だけで居るようなそんな気分に陥る。
昨日出会ったばかりだというのにこれは一体どういうことなのか。俺には分からない。
ふとその世界を打ち消したのはレナだった。俺にニッコリと笑いかけてくれる。
「…。」
俺もレナに微笑み返した。心に何か温かいものが流れてくるのを感じながら俺は町に背を向ける。
またこの町に来たときに彼女に会えるだろうか。その時はもう一度、もっとその笛の音を聞かせて貰おう。
まだテスト終わってませんがもう嫌です…。
キャラ紹介の方をぼちぼち更新したいと思います。ちなみにあのキャラ紹介はメインキャラしか紹介しません。
その他のキャラは後書きのプチキャラ紹介にてポツリと紹介していくのでよろしくお願いします。




