17話
『もう、今までどこに行ってたの?あの2人かなり心配してたわよ。』
「ごめんごめん。ちょっとあっちの広場でオカリナ吹いてただけだから。」
『独りで?』
「…ううん。吹いてたらあの騎士団の隊長さんらしき人が来た。銀髪の人。で、少しお話したかな。」
私はちょっと前の出来事を振り返る。銀と藍色の色彩が頭の中にこびり付いて離れそうにない。
するとシュヴァイツがくれぐれも自身の力のことを周りに晒さないようにと注意をしてきた。私は分かってるよと手をヒラヒラと振る。
そもそも「私は神の力を持ってます。」なんてカミングアウトしたところで頭のおかしい子としか思われない。それは嫌だ。
30分くらいで私はやっと店の前まで帰ってきた。店のシャッターは既に閉まっていたため、2人に案内されて裏口から入る。
私は玄関を開けて無意識に「ただいま。」を言おうとする口を引き結んだ。じゃあ「お邪魔します。」か?でもそれも何か違うような気がする。
そんなことでうーんと指を顎に押し当てて考え込んでいるといきなりヴァイスとシュヴァイツがなぜか「わん!わん!」と鳴いた。
しかも生まれてまだそんなに経ってない子犬のような可愛らしい鳴き声だ。ほんとにこれじゃただの犬ッコロだ。
念話の時はあんなに美声なのにこれがギャップ萌えというヤツか…と足元でキャンキャン鳴いてる2人を見ているとドタドタと何やら慌ただしい足音が聞こえてきた。
私が顔を上げる と同時に奥の部屋からアイナさんがバッと飛び出してきた。そしてそのまま私をものすごい力でギュッと抱きしめてくる。
「もうっ!どこに行ってたの!?このまま帰ってこないかと思ったじゃない!!」
「あ、アイナさん…!し、しまる、い、息がぁッ…。」
アイナさんの柔らかい胸に顔を押し当てられる。とても柔らかいのだが、アイナさんの力が強すぎて気持ちいいを遙かに通り過ぎて私は死にそうになっていた。
すると遅れてまた奥の方からドタドタと足音が聞こえてくる。この家にはアイナさんの他には1人しか住んでいない。
ほどなくしてアイナさんは私から引っぺがされた。もちろんグースさんにだ。
「おいおいお前はレナちゃんを殺す気か!?」
「ご、ごめんなさい!大丈夫!?」
「だ、大丈夫ですよ…。危うく死にかけでしたけど…。」
アイナさんから解放されて新鮮な空気を一気に吸い込む。目を上げれば泣き笑いのような表情を浮かべているアイナさんと安心したようなグースさんの顔。
どうしてそんな表情をしているのか分からない。それが伝わったのかアイナさんが話してくれた。
食事の時に私が急に泣き出したことについて2人は何も言わなかったけどやっぱり驚いていたようだ。
少し心の整理が必要かもしれないと夜の営業を取りやめて私に自由な時間をくれて、私はフラッと散歩に出かけて。
だけどいつまで経っても帰ってこないばかりか、突然ヴァイスやシュヴァイツまでもいなくなって相当焦ったようだ。
精神不安定な子供が1人でふらつくのはどう考えても危ないし、最悪の場合…自殺でもしたのではないかと思 ったらしい。
ちょっとそれは考えすぎではないかと思うけど。
「ねぇ、レナちゃん。聞いて欲しいことがあるの。」
「少しアイナと話し合ったんだ。なぁ、レナちゃんは冒険者になって独り立ちしようとしてるんだろ?」
「え、えぇ。」
話し合ったってこの感じだと私のことを話し合ったのか?
「そんなことしようだなんて思わなくていい。ずっとここで一緒に暮らさないか?」
「冒険者になることが悪いことだとは言わない。でも冒険者になればそれだけ危険なこともあるの。またあなたに怖い思いをさせたくない。」
「なんで、そこまで…。」
親切なんてもんじゃない。親切すぎるこの人達は。
私が読んでいた小説のいくつかにもこんな展開があった。身元の知れない子供を親切心で引き取って。
最初は平和に暮らしていたけど、実はその子はやっかいな事情を抱えていてそこから色々悪い方へ巻き込まれてしまうのだ。
今の状況はまさにソレだ。しかも私はそのテンプレ通りやっかいな事情を抱えている。
「どうしてですか?私は今日貴方達に会ったばかりなのに…。」
「…なんでなんだろうね。なんというか、レナちゃんの纏ってる雰囲気のせいかな。守ってあげたくなるの。」
胸に手を当てて目を閉じながらアイナさんは優しくそう言った。
ふとヴァイスが2人の正の感情から「守る」という意思を感じると言っていたのを思い出す。
私は深く俯く。ふとまるで自分はカッコウの雛っぽいなと思った。
カッコウというのは他の鳥の巣に自分の卵を産み付けてその鳥に子供を育てさせるという「托卵」で有名な鳥だ。
私はアイナさんとグースさんの家に上がり込んで嘘をついて餌を貰うカッコウ。ずるい人間だなと思う。
俯いた先には私を見上げているヴァイスとシュヴァイツがいた。
念話をしなくても彼らの言いたいことはなんとなく分かった。契約主思いのとても賢い神獣である。
「2人の気持ちはとても嬉しいです。でも…ごめんなさい。」
「…ダメなのか?」
「はい。…実は2人に聞いて欲しいことがあります。」
私は真っ直ぐ2人を見つめる。すると2人はお互いに顔を見合わせて頷いてくれた。
長い話になるから私達はひとまず奥のテーブルへと掛けることにする。
私は全てとはいかないが、話してもいい範囲まで本当のことを2人に話すことにしたのだ。
正直ここまで親身になってくれるとは思ってなかった。少しだけこの世界の知識や雰囲気が分かったらすぐに出て行くつもりだったのだ。
だから私はその場しのぎの嘘をついた。記憶を無くしているという設定なら自然と2人はこの世界のことを教えてくれると考えて。
実際2人は私にたくさんのことを教えてくれた。そしてさらに「愛」をくれた。
一緒に過ごした時間の短さは関係ない。確かに2人は愛情を持って私と接してくれていた。それだ けは確かだと思う。
カッコウは育ててくれた親には愛情の欠片も持たず、巣立ちもかなりあっけないと聞く。
そんなカッコウのように私はなりたくなかった。
「まずは2人に謝らなければいけないことがあります。」
「謝るって…何を?」
「私、嘘をついてたんです。ホントは記憶なんて無くなってないし、両親だって死んでません。」
「それって…どういうこと…?」
私の言葉に2人は動揺している。私はそんな2人を見て目を閉じた。
これから話すことは2人には信じてもらえないかもしれない。
だけど私に対して親切にしてくれた2人にずっと嘘をつくのは正直辛すぎる。もう私自身が耐えられなかった。
「2人は異世界って分かりますか?」
「異世界…!?」
「グース、あなた知ってるの?その異世界のこと。」
「昔爺ちゃんに自分たちが暮らしている世界の外側に存在しているかもしれない世界の話を聞いたことがある。世界ってのは実はたくさんあって、俺達の世界とは異なった文化を持ってるって。もしかしたらそれの事かと。」
「たぶんそれで合ってると思います。」
「だけど何で今この話を…?」
「私、この世界の人間じゃないんです。」
私の告白に2人の表情がまるで時が止まったかのように動かなくなる。
やがて口を開いたのはグースさんだった。
「それは…ほ、ホントなのか…?」
「本当です。到底信じられないかもしれませんけど。」
「そ、それはそうよ…だって…で、でも、やっぱり…。」
アイナさんが何か言おうとして口を閉じてしまう。
「やっぱり」とはいったいどういうことか気になった私はグースさんに視線を向けた。
彼はすぐに私の意図を汲んで私がいない間に話した私のことについてもう1つ教えてくれた。
「実はな、薄々感じてはいたんだ。そりゃ異世界人とかまでは想定してなかったけど、何か大きい事情があるんじゃないかって。」
「…そうですか。」
「…ねぇ、もしレナちゃんの言っていることが本当だとして、どうしてこの世界に…?」
「親友のためです。」
ここでこの世界を救うためですとか言っても混乱している2人に追撃を加えるだけなのであえてぼかす。
間違ってはいないよね?私は大切な親友(神様)の願いを叶えるためにこの世界で魔獣を倒して負の感情がこれ以上溢れないようにするために居る。
けど、魔獣というワードを出すのも止めておいた方がいいだろう。むやみに2人を不安にさせたくない。
「私はその親友のためにこの世界のあちこちへ飛び回って役目を果たさなきゃいけないんです。だから、2人とここで暮らすことはできません。」
「…そうか。」
「…。」
沈黙が通り過ぎる。アイナさんはすっかり顔を俯けてしまってたぶんもう喋ってくれなさそうだ。
グースさんも視線が下に固定されている。
対する私は2人には大変申し訳ないがだいぶ気持ちが楽になってきていた。たぶん嘘をなくしたことで精神的な錘がなくなったからだと思う。
代わりにその錘が2人に移ったと思うとやはり心が痛いけど、私とずっと関わるのはやっぱりよくないと思う。もし何かあってからでは遅いのだ。
だからその錘が2人を守ってくれるように願おう。
「明日の朝にギルドカードを発行してもらいに行こうと思います。それが終わって準備が整ったら…この町を一度出ます。」
「ねぇ、レナちゃん。私もグースも、レナちゃんのこと妹みたいに思ってたよ。」
俯いたままアイナさんが小さい声で言う。
私はアイナさんをジッと見つめた。ほどなくして持ち上げられた彼女の目にはうっすらと涙が張っている。
「だから、疲れたらいつでも帰ってきて。私達にはこれくらいしかできないから。」
「…はい。」
きつく目を閉じてやっと絞り出した声は情けなく震えていた。誰かから与えられる優しさというものはこんなにも温かい。
私からこぼれ落ちた雫をヴァイスとシュヴァイツが舐め掬ってくれた。
あの後、私はアイナさんにまた思いっきり抱きしめられた。泣きながら私にすがりついている彼女を私はそっと抱きしめ返した。すると抱きしめていた力が更に強くなってまた私は苦しむハメになったけど。
夫婦は笑顔で言ってくれた。「ホントのことを話してくれてありがとう。」って。くすぐったいな。
気づけばもうすっかり夜も更けていた。私はお風呂に入ったあと夫婦が貸してくれた空き部屋の個室で元の大きさに戻ったヴァイスとシュヴァイツの温もりに包まれて夢へと旅立った。
夢はもちろんリューン様と一緒に過ごすあの花畑だった。
花畑で意識が覚醒すると頭にフワリと温かい何かが置かれる。ほんのり甘い香りのする花冠だ。
顔を上げればニッコリ微笑んでいるリューン様がいて私の頭を優しく撫でてくれる。私はそのまま彼女に抱きついた。
今回は長くなりました。
~おまけ~
清香「玲那ってついつい構いたくなるような雰囲気出してるんだよね。」
玲那「なにそれ。自分じゃわかんない。」
清香「おいで。ご飯食べに行こ。」
玲那「うん。」




