愛する友達
チュンチュンと、可愛らしい小鳥の囀りが聞こえる。外は陽気に晴れ渡り、ポカポカと温かい日差しが窓から差し込んで来た。時折鋭く差し込む日差しが、アリスの目を何度か照らす。その光に誘われるかの様に、アリスはゆっくりと目を覚ました。
「私・・・。気を失っていたの・・・?朝・・・。」
ゆっくりと体を起こし、周りを見渡す。床にはつい昨夜まで動いて話をしていた、チェシャ猫達の体が倒れていた。その中にはもう意識等無く、ただの人形として。
「そうか・・・私・・・皆を消したのね・・・。私の中に居た・・・意識達を・・・。」
一人ポツンと床に座るアリス。その横に倒れていたうさぎの耳が、僅かに動いた。
「うさぎ?」
アリスはうさぎの体をユサユサと揺らした。
「うさぎ、起きて!」
アリスの声に気が付き、うさぎもゆっくりと目を覚まし、体を起こす。
「ア・・・リス・・・。」
その姿を見て、アリスはホッと肩を撫で下ろした。
「よかった・・・。」
うさぎは倒れている他の者達を見て、驚いた。
「これは・・・!アリス!皆は?」
慌てるうさぎに、アリスはニコやかに言った。
「ただの人形に戻ったの。私が・・・消してしまったわ・・・。」
アリスのその言葉に、うさぎは茫然とした。そして不思議そうに聞いた。
「でも・・・どうして僕だけ、まだ動いているの?」
「私が貴方だけは消さなかったからよ。」
ニコリと笑い言うアリスに、うさぎは更に不思議そうに聞く。
「僕だけ?どうして・・・。」
「気付いたから・・・。貴方だけは違ったって・・・。」
「気付いた・・・?」
訳が分からない顔をするうさぎの手を、アリスはそっと優しく握った。
「貴方は私を守ってくれたわ。それに・・・貴方は、私以外の人もちゃんと見ていた。」
「見て・・・?でも、アリスを守るのは、当然の事だよ。」
うさぎの言葉に、アリスは首を振った。
「違うわ。貴方は優しさで私を守ってくれた。ダムとディのチョコの時も、夕べのチェシャ猫の時も・・・。それにね、貴方だけは、ちゃんと他の子達とも仲良くしようとしていたわ。あの子達だけじゃない。ドジソン先生とも・・・。あの時・・・私は怒ってしまったけど、貴方は自分から先生の手伝いをしに行ったわ。ただ私だけを見ていたんじゃない・・・。」
うさぎの耳は垂れ下がり、悲しげな表情をした。
「怒っているの?アリス・・・。僕がアリスだけを見ていなかったから・・・皆みたいに・・・。」
アリスは大きく首を横に振り、強くうさぎを抱きしめた。
「違うの。嬉しいの!あの子達は私しか見ない変わりに、他の人は平気で傷付けたわ。でも貴方は、ちゃんと私を見てくれて、私と他の人との繋がりも大事にしてくれていた!」
「アリス・・・。」
「ごめんなさい・・・。ごめんなさいね・・・うさぎ・・・。」
アリスの目から涙が零れ出した。止めど無く溢れる涙に、うさぎはそっとその涙を拭ってニコリと微笑む。
「どうして謝るの?アリスが謝る事何か、何もないよ?」
優しく言ううさぎの言葉に、アリスは更に涙を流しながら言った。
「いいえ・・・。私・・・貴方に酷い事をしたわ・・・。今なら分かるの。貴方が来たばかりの頃、どうしてあんなにも酷い事をしていたのか・・・。」
「アリス・・・。僕は気にしてなんか・・・。」
「いいえ・・気にしなくちゃダメよ・・・。私は・・・夕べのチェシャ猫と同じだったの・・・。貴方が誰かに取られてしまうのが怖くて・・・私だけの物にしたくて・・・だから・・・だから鎖何か付けて・・・。」
ヒクヒクと泣くアリスの頭を、うさぎは優しく撫でた。
「いいんだ、アリス。そうだ!握手をしよう!」
突然のうさぎの言葉に、アリスの顔はキョトンとする。
「握・・・手?」
「そう!握手!アリスが言ったじゃないか!喧嘩をした時の仲直りは、握手だってね。」
ニコリと笑ううさぎに、アリスも涙を浮かべながら、ニコリと笑った。
「そうね・・・。そうだったわね。握手をして、仲直りをしましょう。」
二人は互いに手を取り合い、優しく、けれども強く握りあった。そして互いの顔を見合わせると、クスクスと笑い出した。
「ふふふっ・・・何だか照れ臭い感じね。」
「そうだね。ハハハッ。」
しばらくは二人笑っていたが、突然アリスは思い出したかの様に立ち上がり、そしてイソイソと洋服ダンスの方へと向かった。
「アリス、どうしたの?」
「ほら、洋服よ!やっぱり男の子が女の子の洋服を着ているなんて、オカシイわ!待ってて、確かこの中にしまって置いたと思うんだけど・・・。」
そう言いながら、タンスの中をガサガサとあさり始めた。
「アリス!別にいいよ!僕このままでも平気だし・・・。」
「駄目よ!ちゃんと男の子らしくしなくちゃ!」
タンスの中の洋服を引っ張り出しては放り出しと、初めにうさぎが着ていた洋服を必死に探すアリス。そんなアリスの様子を見て、うさぎはクスクスと笑った。
「何よ?何がおかしいの?」
不思議そうに首を傾げるアリス。
「だってアリス、すっかり忘れているんだもん。フフフッ・・・。」
更にクスクスと笑ううさぎに、アリスは不思議そうに聞いた。
「忘れている?何を・・・?」
「アリス、こんな洋服はもう要らないわねって、捨てたじゃないか。」
うさぎの言葉に、アリスの顔は真っ赤になった。
「やだっ!私ったら・・・そうだったわ!あぁ~どうしよう・・・ごめんなさい!」
両手を頬に当てながら、申し訳なさそうな顔をした。
「いいよ、気にしないでよ。僕ももう、この格好には慣れたし・・・と言うか・・・そんなに嫌いじゃないし・・・。」
うさぎも顔を赤くして言った。そんなうさぎに、今度はアリスがクスクスと笑い出す。
「やだっ・・・もしかして、あちら方面にでも目覚めたとか?ふふふっ。」
そんなアリスの言葉に、うさぎは慌てて言う。
「ちっ・・・違うよ!ほら・・・何と言うか・・・楽だからさ・・・。動きやすくて・・・。」
「そう?まぁいいわ、それでも着替え用として、別の洋服は用意しなくちゃいけないから・・・。そうだわ!ドジソン先生にでもお願いしましょう!」
名案だと言わんばかりに、両手を叩いてはしゃぐアリスの耳に、思わぬ返事が舞い込んで来た。
「そんな事なら、いつでも頼まれてあげられるよ。アリス君。」
突然のドジソンの声に驚いたアリスは、思わず後ろを向いてしまう。
「せっ!先生!ノックくらいしてよね!」
恥ずかしそうに言うアリスに、ドジソンはニコやかに笑う。
「あぁ・・・失礼。余りに楽しそうな話声がしたものだからね。邪魔をしては悪いと思って・・・。それにしても・・・これは一体どうなっているのだね?」
ドジソンは床に倒れ、ただの人形となってしまっていたチェシャ猫、ダム、ディの体を、一つづつ触り確認をしながら言った。
「完全に元の人形に戻って・・・いや、中身が無くなってしまっている・・・。」
そして今度はうさぎの方を向き、マジマジと見だした。
「君はいつも通りだね・・・。特に変わった様子はない様だが・・・。」
不思議そうに首を傾げ悩むドジソンに、アリスはサラリと夕べの事を言った。
「私が消したのよ。うさぎ以外の者全てをね。」
ハッキリとした口調で言うアリスに、ドジソンは驚いた様子だ。
「消した?君が?また何故?」
「必要なかったからよ。そして気付いたから!今の私の友達は、うさぎだけで十分だってね。」
強い口調で言うアリスは、何だか以前のアリスとは違い、どこか自身に満ち溢れていた。そんなアリスの姿に、ドジソンは穏やかに笑って言った。
「そうか・・・気付いた・・・のか。何があったのかは聞かないけれども、君が何かに気付けたのならば、それはよかったよ。」
頬笑みを浮かべて言うドジソンに、まるで子供を叱るかの様な口調でアリスは言う。
「先生!本当は知っていたのでしょう?あの子達がどこかオカシイって事を!」
迫るアリスに、ドジソンは少し困った様子で答えた。
「知っていた・・・とは?アリス君、一つ言っておくが、私は全てを知っている訳では無い。私は医院長先生に、君の中の意識達の体を作って欲しいと頼まれただけなのだよ。それを使って君の治療に役立てようと・・・。」
「じゃあ・・・黒幕は医院長って事?」
「黒幕って・・・はははっ、それは酷いなぁ・・・。きっと医院長も、最終的にどうなるかは分からなかったと思うのだよ。まぁ・・・これはあくまで私の見解なのだけれども・・・。」
言い掛けて少し悩むドジソンを促すかの様に、アリスは強く言う。
「なのだけれども?」
「あぁ・・・。医院長は、彼等を使って君の中に閉じ込めてしまっていた、様々な感情を呼び起こそうとしたのだと思う。他者との接触をさせる事で、社会生活上必要な役割、コミュニケーション、つまりは接し方の練習をさせようとしていたのではとね。」
「確かに・・・お陰様で色んな感情が目を覚ましたわ。で?」
腕を組みながら言うアリスの姿に、少しタジタジの様子で、ドジソンは続けた。
「まぁ君の場合、他者との接触が根本的に無理だったので、元々君の中に居た者達ならば、心を開くのでは・・・と考えた。」
「それであの子達に体を与えた、と言う訳ね。」
「いかにも!様々な特性を持った彼等と接する事で、君はその中で自身の役割を見出して行く。そして、その葛藤の中様々な感情が芽生え始める・・・と言った所だろうか。」
坦々と説明をするドジソンに、アリスは眉をひそめて言った。
「でも・・・アレ等は特性どころか、とんでもない歪みを持っていたって事を付けくわえて。」
アリスのその言葉に、ドジソンは慌ててメモ帳を取り出した。そしてその言葉を、メモをしながらふと疑問視をする。
「歪み?・・・それは・・・どう言う事だね?」
アリスは深く溜息を吐く。
「先生。やっぱり医院長が黒幕よ!先生も私も、騙されていたのよ。」
アリスの言葉に、更に不思議そうにするドジソン。しかししっかりとメモは取っていた。
「騙された?とは・・・一体・・・。」
「彼等は私の歪んだ感情から出来た物よ。そう・・・まるで自分のイヤな部分を、鏡に映して見ていた様だったわ。夕べそれがはっきりと分かった!」
「歪んだ感情から・・・。成程・・・。続けて。」
カリカリとメモと取りながら、ドジソンはアリスの言葉にじっくりと耳を傾けた。
「まずあのチェシャ猫。あれは私の強い独占欲の塊よ。欲しい物ならどんな手を使ってでも手に入れる・・・そんな事あるでしょ?それが強化された物。そしてダムとディ。あの二人は、私の主張願望。注目を浴びたいと言う・・・。それが過度にされた存在。そして・・・。うさぎ。彼は、私の恐怖から生まれた物よ・・・。捨てられてしまうと言う恐怖。だから嫌われない為なら、惜しみなく何だってやってしまう・・・。」
「ふむふむ・・・成程・・・。」
「でもね・・・。うさぎは私の中の優しさも持ち合わせていたの。嫌われてしまうのは怖い・・・でも、小さな繋がりでも大切にしたい・・・。そうね。嫌われるのが怖いからこそ、誰かに優しくしてあげたい・・・。結局臆病なだけだけれども・・・優しさって、そう言う臆病さから生まれるんじゃないかしら・・・。」
アリスは優しく微笑むと、うさぎの頭を軽く撫でた。うさぎは嬉しそうにしている。そんな様子も、ドジソンはきっちりとメモを取っていた。何処までも医者と言う所だ。
「成程・・・。確かに、君の言う通りだ・・・。待てよ?と言う事は・・・医院長は最終的にこうなる事が分かっていたのか?いやいやっ・・・流石にそれは無いだろう・・・。つまりはこう言う事だ!自身の嫌な部分と向き合わせる事で、心の成長を促し、辛いトラウマからも立ち直させる・・・と言った所だろうか・・・。」
「多分・・・そうじゃないの?現にこうして、私は先生と普通にお話出来る様になった訳だし?」
そう言いながらも、何時もの素っ気なさで振る舞うアリスに、ドジソンはニコリと笑った。
「そうだね。君は十分立ち直ったね。少々荒療法だったようだけれども・・・気付いているかい?君は初めて、私の前で笑顔を見せてくれた。」
ドジソンの言葉にハッとなったアリスは、自分でも気付かなかった事を指摘され、恥ずかしくなりまたも後ろを向いてしまう。
「そっ・・・そうだったかしら?覚えてないわ!」
照れ臭そうに言うアリスに、うさぎとドジソンはクスリと笑う。
「そっ!それより先生!先生の事だから、どうせもう女王の体も用意してるんでしょ?」
「あぁ。君の言う通りだよ。女王の体はもう用意出来ている。」
クスクスと笑いながら言うドジソンに、アリスはクルリと体をドジソンの方へと向け、ハッキリと言った。
「なら、処分して!」
アリスの言葉に、少々驚いた様子でドジソンは聞く。
「処分?何故だい?」
そんなドジソンの言葉に、アリスは自信に満ちた声で言った。
「私にはもう、必要無いから。」
穏やかな笑みを見せるアリスの姿を見て、ドジソンもまた穏やかに微笑んだ。
「そうだね、君には、うさぎ君が居れば十分だね。」
アリスとうさぎは顔を見合わせ、しばし見つめ合った。お互いの存在を確認し合うかの様に。
「しかし、まだ退院は出来ないよ。君はまだ、外への扉を開けただけに過ぎない。」
凛とした声で言うドジソンの言葉に、アリスは真剣な表情をした。
「分かっているわ。このまま病院を出ても、またすぐに逆戻りでしょうね。私がこうして普通に接する事が出来るのは、今の所うさぎとドジソン先生だけですものね。」
「分かっていてくれているのなら、助かるよ。何より私の名前もあった事が、嬉しいな。」
はははっと笑い、頭をかくドジソンを見て、アリスはクスリと笑った。
「よしっ!それでは私は、うさぎ君の新しい洋服でも調達をしてくるかな。」
「それと、ここに転がっている3体の人形の処分もお願いね、先生。」
そう言って指を指すアリスの矛先を見たドジソンは、ガックシと首をうな垂れた。
「また・・・この重い人形を運ぶのか・・・。3体も・・・。」
はぁ~と深い溜息を吐くドジソンに、うさぎがニコリと笑い言った。
「僕も手伝います。二人なら、少しは楽でしょ?いいよね?アリス。」
アリスもニコリと笑い言った。
「ええ、いいわよ。先生を手伝ってあげて。」
うさぎの申し出に、ドジソンは嬉しそうにうさぎの手を握り、大きくブンブンと何度も振る。
「あっ!ありがとう!いやあ、本当に大変だったのだよ!この人形を一人で運ぶのは・・・。医院長は全く手伝ってはくれないし・・・。」
何だか涙ながらに言うドジソンに軽く引いてしまっていたうさぎだったが、アリスはそんな光景を楽しそうに見つめた。
「ああ!それならば、早速カートを持って来るよ。少し待っていてくれたまえ!」
上機嫌で病室を後にするドジソンの姿に、アリスとうさぎはクスクスと笑う。
「いい先生だね、アリス。」
「ええ、そうね。」
互いに顔を見合わせると、ふたりはまたクスクスと笑った。そしてアリスはうさぎの手を取り、窓へと向かった。
「見て!とてもいいお天気。」
嬉しそうに外を眺めるアリスに、うさぎも自然と笑みが零れる。
「そうだね。こんな日に散歩でもしたら、とても気持ちいいだろうね。」
アリスとうさぎは手を繋ぎながら、ジッと外を眺める。ゆっくりと窓を開けると、外からは心地のいい風が病室の中へと吹き込んだ。
「私ね、ここを出たら、やりたい事が沢山あるの。」
風に運ばれ、花の香しい匂いがした。
「いい香り・・・何の花かしら。」
気持ち良さそうに目を閉じて風を浴びるアリスを、うさぎは優しく見つめた。
「アリスは一番最初に、何がしたい?」
うさぎの質問に目を開けると、ゆっくりとうさぎの方へと顔を向け、穏やかに言う。
「そうね。貴方とデートがしたいわ。お洒落をして、美味しいランチを食べて、歌劇を見るの。ショッピングでもいいわね。」
風に揺られるアリスの髪を優しくうさぎは撫でると、アリスの頬にキスをした。
「僕もだよ。アリス。」
そしてお互いに手を取り合うと、二人は見つめ合い、額を互いに寄せ合った。
「ねぇうさぎ・・・。私、まだ貴方に言ってなかった事があるの。」
「何?」
囁き合う様に話す二人に、また心地よい風が吹く。
「私と、友達になってくれる?」
静かに言うアリスの言葉に、うさぎも又静かに答えた。
「喜んで・・・。」




