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狂気の国

 ダムとディを後ろに連れ、アリスは自身の病室へと向かっていた。後ろからは二人のクスクスと笑う声が聞こえて来る。何かをしているのだろうが、それをあまり見たくなかったアリスは、後ろを一度も振り向かず、前だけを見て進んだ。

 不気味にも思える二人の笑い声は、時折すれ違う看護婦の顔を見れば、自ずと想像が付いた。あの診察室の隣の部屋でしていた事と、似たような事でもしているのだろう。アリスは病室の前に着くと、ようやく後ろを振り返り、強く二人に言った。

「いい!この中に入ったら、必ず私の言う事を聞くのよ!言う事が聞けない様な悪い子は、追い出すから!」

 二人仲良く手を繋いでいたダムとディは、ニコリと笑い同時に言う。

「「分かっているよ。」」

 まるでつい先ほどまで、殴り合いの喧嘩をしていたとは嘘の様に、二人はとても仲良しで居た。少し不安な気持ちもあったが、アリスは二人のその言葉を聞くと、ゆっくりと病室のドアを開けた。

 ガチャッと言うドアの開く音と共に、突然病室からチェシャ猫が飛び出し、うむも言わずにアリスに抱きついてきた。

「アリス!やっと戻って来てくれたんだね!寂しかったよアリスー!」

 突然のチェシャ猫の突撃に驚いたアリスは、必死に体に絡みつく様に抱き付くチェシャ猫を振り払う。

「ちょっと!いきなり何よ!離しなさい!」

 チェシャ猫を体から引き離すと、アリスは病室の中を見て更に驚いた。ひっくり返っていた椅子やテーブルは元に戻され、その上には綺麗にお茶の用意がされている。そして紅茶塗れになっていた床も、綺麗に掃除がされており、何よりそれ以外にも床に散乱してあった洋服やぬいぐるみまで、綺麗に片づけられているではないか。だがアリスが一番驚いたのは、部屋が綺麗になっていた事では無かった。ベッドの上に泣きながら座っているうさぎの姿だ。

 うさぎは真っ裸に、白いシーツ一枚でそれを必死に隠す様にくるまっていた。鎖はベッドの端へと巻き付けられ、うさぎの着ていた洋服は鎖を伸ばしてもとても届かない場所に抜き捨てられている。どうする事も出来ずに、うさぎはただ泣いていたのだった。

 そんなうさぎの姿を目にしたアリスは、湧きあがる怒りをそのままチェシャ猫にぶつけた。

「チェシャ!これはいったいどう言う事なの?うさぎに何をしたの!」

 怒るアリスとは裏腹に、チェシャ猫はケラケラと笑いながら言った。

「うさぎの奴が、本当に男かどうか確かめてただけだよ。まぁ本当に男だったから、アリスにも見せてあげようと思ってさ。それより見てよ!部屋、綺麗になっただろ?俺が片づけたんだ!凄いでしょ?」

 嬉しそうにクルクルと部屋の中を回るチェシャ猫。そんなチェシャ猫のシッポをアリスは思い切り掴んだ。

「痛っ!痛いよアリス!シッポ!シッポ!」

 痛がるチェシャ猫を無視し、アリスはうさぎの洋服を床から拾い上げると、そのままうさぎの所へと投げ込んだ。

「貴方も!何時までもメソメソ泣いていないで、早く服を着なさい!」

 洋服を手にしたうさぎは、そのままシーツの中に潜り込み、コソコソと服を着始める。

「チェシャ!あれは私の物なの!勝手な事しないで!勝手に私の物に触らないで!」

 思い切りシッポを握りながら言うアリスに、チェシャ猫は涙目になりながら何度も謝った。

「分かった!分かったよアリス!ごめんっ!ごめんよ!謝るから・・・もうシッポを離してよ!」

「誓いなさい!もう二度と勝手な事はしないと!」

「分かった・・・誓うっ、誓うよ!」

 チェシャ猫のその言葉で、ようやくアリスはシッポから手を離すと、チェシャ猫は床に座り込み何度もシッポを手でさすった。アリスはベッドの端に括り付けられていた鎖を外すと、すすり泣くうさぎの隣に座り、優しくうさぎの頭を撫でた。

「可哀想に・・・でも貴方は男の子なのよ?そんなにメソメソ泣いてはダメ!」

 アリスの言葉に、うさぎは涙を拭きながら何度も頷く。そんな様子を見ていたダムとディは、クスクスと笑っていた。

「クスクス・・・泣き虫うさぎに。」

「クスクス・・・馬鹿猫だ。」

 そんな二人をチェシャ猫は鋭い目付きで睨みつける。 

「黙れよ・・・変態兄弟め!」

 言い様の無い歪な空気が漂う中、アリスはパンパンッ、と手を叩くと、立ち上がって言う。

「さぁ、皆喧嘩はもう駄目よ!新しく二人もまたお友達が増えたんだから、お祝いしましょう。」 

 そう言うと、新たにティーカップを二つ取り出し、テーブルの上に置いた。紅茶をカップの中に注ぐと、うさぎが大事そうに抱えていたチョコレートの缶を広げ椅子に座る。

「さぁ、皆もいらっしゃい!お茶の時間よ!」

 4人はゆっくりと椅子に座ろうとするが、生憎椅子は3つしか無かった。

「うさぎ、お前は床だったな。」

 ケタケタと厭味ったらしく言うチェシャ猫を、アリスはキッと睨みつける。

「じょっ・・・冗談だよ。本気にしないでよ、アリス!」

 焦りながら言い訳混じりに言うチェシャ猫に対し、ダムとディはニコやかに言った。

「問題無いよアリス。」

「僕等は椅子1つで十分。」

 するとダムが椅子に座ると、そのダムの上にディが座り出した。

「ちょっと、膝の上に座るの?」

「「そうだよ。」」

 さも当たり前かの様にしている二人に、アリスは呆れた顔で軽く溜息を吐く。

「まぁいいわ・・・。さぁ、うさぎも座りなさい。」

 アリスに手招きされると、うさぎは嬉しそうにチョコン、とアリスの隣へと座った。

「うさぎ、私の言い付け通りに、チェシャにはチョコ食べさせてない?」

「うん!大丈夫だよ。ちゃんとアリスに言われた通り、見張っていたから。」

「そう、貴方は本当にいい子ね。」

 ニコやかに言うアリスに、うさぎはとても嬉しそうだ。そんな二人のやり取りを、不満そうに見ていたチェシャ猫が言った。

「アリス!それより、俺が部屋を片付けたんだよ。アリスが戻って来て、すぐにお茶が出来る様に。」

「あぁ・・・そう言えばそうだったわね・・・。ありがとうチェシャ。」

 ニコリと笑うアリスに、チェシャ猫は上機嫌になりアリスのカップに紅茶を注いだ。しばらくはそんな穏やかなお茶会が続いていたのだったが、先程まで仲良くチョコを食べていたダムとディが、又も突然喧嘩をし始めた。

「これは僕のチョコだ!」

「いやっ!僕のチョコだ!」

 一つのチョコを争って、一つの椅子に二人座りながらの言い争いが始まる。

「僕が先に取ったんだ!」

「僕の方が早かった!」

 そんなダムとディの様子を、チェシャ猫はケラケラと笑いながら見つめ、うさぎはオロオロとしている。

「僕が食べるんだ!」

「僕が食べるんだ!」

 取っ組み合い、とまでは行かないものの、互いに口の中に入れようとする一つのチョコを、互いに邪魔をし合うと言った感じだ。

「うっ・・・あの・・・えっと・・・。」

 何とか二人の喧嘩を止めようとするうさぎだったが、何と言えばいいのか分からず、言葉が出てこない様だ。そんなダムとディに、アリスは、今度は冷静にポツリと言った。

「半分個にすればいいんじゃないの?」

 アリスのその一言に、ピタリと二人の喧嘩が止まる。

「「それもそうだ。」」

 二人顔を見合わせて言うと、ニンマリと笑った。その様子を見ていたチェシャ猫も又、ニヤリと笑う。

「さぁ・・・変態ショーの始まりだぞ。クククッ。」

 不敵な笑いを浮かべるチェシャ猫に、うさぎは慌ててアリスの両目を手で覆った。

「ちょっ・・・何よ?うさぎ・・・。」

「ダメ!アリスは見ちゃダメ!」

 顔を真っ赤にしながら言ううさぎに、チェシャ猫は更に不敵な笑い声を上げた。

「見ちゃダメなのはお前だろ?弱虫うさぎ!アリスにも見せてあげなよ。」

 チェシャ猫の言葉に、アリスは無理やりうさぎの手を顔から引き離すと、チェシャ猫に言った。 

「どうせキスをするんでしょ?それならもう見たわよ。」

「クククッ・・・それだけじゃないよアリス!見れば分かるよ。」

 ケタケタといながら言うチェシャ猫に対し、うさぎは必死にアリスが見えない様、何度もアリスの目を隠そうとする。

「もうっ!邪魔しないでようさぎ!」

 いい加減イラッと来たアリスは、うさぎの鎖を強く引っ張った。

「ううっ!」

 そのまま床に倒れ込むうさぎだったが、アリスは気にもせず、ダムとディをじっと見つめる。

「じゃあ半分個だね。」

「うん、半分個だね。」

 ダムがチョコを半分口に銜えると、ディがもう半分のチョコを口に銜えた。そしてそのまま互いに舌でチョコを撫で回し、唇が触れ合いながらも舐めて行く。お互いの舌を口の中に入れながら、何度も何度もチョコを口の中で転がしながら撫で回していると、溶けて行くチョコとは別の物が二人の口の中から零れ始めた。

「何?・・・チョコ・・・じゃないわよね・・・似たような色だけど・・・。」

 不思議そうに見つめるアリス。ダムとディの口の中から、ドス黒い赤い雫が滴り落ちる。それと共に、ガリガリと小さな音も聞こえて来た。 

「あれ・・・もしかして・・・血・・・?」

 眉を顰めながら言うアリスに、チェシャ猫はケタケタと笑いながら言った。

「そうだよ、アリス。あいつ等の仲直りは激しいんだ。ハハハッ!」

 ダムとディはお互いの舌をかじりながらチョコを舐め回していた。二人の口から滴る血に、アリスは思わず思い切り二人の顔を引き離す。

「もういいわ!止めなさい!」

 顔が離れた二人の口の周りは、血で真っ赤に染まっている。まるで生肉を食べたゾンビの様に。

「何でこんな事するの?」

 歪に歪んだアリスの顔を見て、うさぎは思わずアリスに抱き付いた。

「アリス!だから見ちゃダメだって言ったんだ。この二人・・・オカシイんだよ!」

 そんなうさぎの言葉に、ダムとディはケラケラと笑いながら言った。

「オカシイのはお前だろ?」

「アリスに苛められて喜ぶドМうさぎ。」

 口の周の血を拭き取ると、二人はニコやかにアリスに言う。

「「半分個だよ。甘さも、痛みも。」」

 そんな二人にゾッとしたアリスは、抱きついているうさぎの腕を強く握りながら言った。

「そんな半分個・・・ダメよ。これから仲直りは握手にしなさい!」

 少し声を震わせながらも言うアリスの言葉に、二人は素直に頷いた。

「分かったよ。」

「アリスがそう言うなら。」

 ニコリと笑い、何も無かったかの様に紅茶を飲み出すダムとディ。そんな二人を見ながら、アリスとうさぎもゆっくりと椅子に座った。相変わらず不敵な笑みを浮かべるチェシャ猫は、チョコを手に取り口に咥えると、アリスにそれを差し出した。

「アリス~。俺達もやろうか?」

「やらないわよ!」

 強く否定をするアリスに、チェシャ猫はケラケラと笑う。

「チェシャ!あんまり悪ふざけが過ぎるなら、出て行ってもらうわよ!」

「冗談だよ。それに俺は、アリスを傷付けたりしないからね。」

 ニコリと笑い、チェシャ猫はアリスの手の甲に軽く口付けをした。


 その日の夜、ダムとディはお互いに寄り添いながら、床に敷いたシーツの上で眠っていた。うさぎも又、その隣でスヤスヤと眠っている。アリスはベッドの上に横たわるが、今日の出来事やら、ドジソンに言われた言葉やらが頭の中をグルグルと回り、中々名眠れずにいた。

(お友達・・・私のお友達・・・。私だけを求めてくれる・・・友達・・・。確かにそうだけど、何か変よ・・・。どこかオカシイわ・・・。本当に・・・これが私の望んだ事なの?)

 様々な疑問が頭の中に浮かび、悶々と考えている最中、突然自分のベッドの中に、誰かが入り込んで来たのに気付いた。

「誰っ?」

 羽織っていたシーツを覗き込むと、隙間からチョコンと猫の耳が見える。

「チェシャ?」

 アリスの足元からモソモソと上へと上がって来たチェシャ猫は、アリスの顔のすぐ横へと顔を出した。

「チェシャ!何よ?勝手に人のベッドに潜り込んで!」

 少し怒鳴る様な口調で言うアリスに、チェシャ猫は口元に人差し指を当てて言う。

「シー。静かに、アリス。皆が起きてしまう。」

 小声で言うチェシャ猫に、アリスも小声で言った。

「何なの?人のベッドに潜り込んで・・・。」

「皆が寝ている間に、アリスに話したい事があったんだ。誰にも聞かれたくなかったからさ。」

「話したい事?」

 不思議そうにするアリスに、チェシャ猫はニコリと笑って続けた。

「俺思ったんだ。アリスの友達は、俺だけで十分じゃないかってさ。だってほら、今日見た通り、ダムとディはイカれた只の変態兄弟だ。うさぎ何か、ただのアリスのおもちゃだろ?でも俺はアリスの役に立つ。今日だって綺麗に部屋を片付けたし、何より誰よりもアリスの事を思っている。」

「突然・・・何を言い出すの?私は別に・・・。確かに貴方はいい子でいれば役に立つけれど、うさぎはおもちゃじゃないわ。あの二人も、オカシイけれど、素直に謝るし・・・。」

「違うよアリス。アリスは分かっていないよ。俺がうさぎと喧嘩をしたのは、うさぎが俺の邪魔をしたからだ。ダムとディのイカれた行為を見せたのは、あいつ等の本性をアリスに教える為だよ。」

 チェシャ猫の言葉の意味がよく分からなかったアリスは、悩ましげな顔をして聞いた。

「つまり、貴方は何が言いたいの?」

「つまりね、あいつ等が居なければ、アリスは楽しく過ごせたんだ。アリスがイライラする事も無く、俺と楽しく遊べたんだよ。」

 そしてチェシャ猫はニマリと笑って言った。

「だからさ、あいつ等を消してしまおうよ。それで俺とアリスだけで、ずっと楽しく過ごすんだ。邪魔者を消してしまおうよ。」

 ニンマリと笑いながら言うチェシャ猫の言葉に、アリスはゾッした。それはダムとディのお茶会の時に感じた物とは違い、恐怖に近い物だった。

「なっ!何を言っているの?私は、沢山の友達と遊びたいの!そんな・・・貴方は私をただ独占したいだけじゃないの?」

 そんなアリスの言葉に、チェシャ猫は更に不敵な笑みを浮かべて言う。

「あぁ・・・そうだね・・・。きっとそうだ。俺はアリスを誰にも渡したくないんだよ。誰にも触れさせたくない。誰にも見せたくない。誰にも話し掛けさせたくない。俺だけ・・・俺だけの物にしたいんだ。」

 アリスは思わずベッドから飛び起きた。後退りをするアリスに、チェシャ猫は少しづつ近づきながら言う。

「でもね、アリス。勘違いしないでね。これは俺がアリスの事を想っての事なんだ。それだけアリスの事を想っているって事なんだ。」

 壁を背にチェシャ猫から離れようとするアリスの腕をチェシャ猫は掴むと、そのまま自分の元へと引き寄せた。そしてそのまま力強くアリスを抱きしめると、余りの力強さにアリスの顔は苦痛に歪む。

「くっ・・・苦しい・・・。」

 苦しむアリスを気にもせず、チェシャ猫は更に言う。

「アリス・・・俺だけのアリス・・・。誰にも渡さないよ。ずっとずっと、俺と過ごすんだ。」

「くっ・・・苦し・・・。は・・・離して・・・。」

 苦痛に歪むアリスの顔。強く、強く抱きしめるチェシャ猫。そんな異様な光景が少しの間続いたかと思うと、突然チェシャ猫は大声を上げた。

「うわああああぁぁあぁ!」 

 チェシャ猫の叫び声と共に、アリスの体はようやく解放をされ、そのままグッタリとベッドへと倒れ込んでしまう。

「痛い!痛い!」

 痛がるチェシャ猫。そのチェシャ猫のシッポを、うさぎは首に付けられていた鎖で思い切り締め付けていた。

「痛い!離せ!離せ馬鹿うさぎー!」

 もがくチェシャ猫に対し、容赦無くはギリギリと鎖を絞め付けるうさぎの目は、何時もに増して赤く光っている。

「離さないよ!これ以上アリスに手出しが出来ない様に。」

 怒りに満ちたその声は、普段のうさぎからは想像もできない声であった。チェシャ猫はグルグルとその場を回り、うさぎの足がよろけた隙にシッポを鎖から引っこ抜き、うさぎを思い切り突き飛ばす。

「うわっ!」

 倒れ込むうさぎの体を思い切り踏みつけると、金色の瞳をギラギラとさせながら言い放った。

「また俺の邪魔をしやがったな!お前、マジで気に入らねぇ!今すぐ壊してやる!」

 そう言うと、チェシャ猫は長い袖の中に隠していた鋭い爪を出し、うさぎ目掛け勢いよく振り落とした。うさぎは思わず目を閉じる。しかし、いつまでたっても痛みが押し寄せて来る事が無い事に気付き、ゆっくりと目を開けた。目を開けて見れば、ダムとディが二人してチェシャ猫の体を押さえ付けている。うさぎはその隙にチェシャ猫の足を跳ね除け、体を素早く起こした。

「ダム・・・ディ・・・ありがとう。」

 ホッするうさぎに、二人はニコリと笑いながら言った。

「「仲直りの握手だ。」」

 ニコニコとしながら言う二人に、チェシャ猫は怒ったまま言う。

「何が仲直りの握手だ!それはお前等だろ!俺とこいつは違う・・・。」

 再びうさぎを睨みつけると、うさぎも負けずとチェシャ猫を睨みつけた。

「仲直りの握手はアリスが決めた事だよ。」

「だからさ、ちゃんとやらなくちゃ。」

「「お互いの指が砕けるまで。」」

 不敵な笑みを浮かべて言う二人に、チェシャ猫も不敵な笑みを浮かべた。

「あぁ・・・それもそうだな・・・。この俺の鋭い爪と、握手しようぜ・・・。」

 そう言うと、うさぎの目の前に、鋭い爪を差し出した。うさぎは自分の手に鎖をグルグルと巻き付けると、同じ様にチェシャ猫の前に手を差し出す。ダムとディはその様子をクスクスと笑いながら見つめていた。

(何よこれ・・・。何なの・・・。)

 モウロウとする意識の中でボンヤリと見える光景に、アリスの頭の中は混乱していた。

(何故・・・?私はただ・・・私だけを見てくれる友達が欲しかっただけなのに・・・。せっかく沢山の友達が出来たのに・・・どうして皆喧嘩ばかりするの・・・?争うの?壊れて行くの?・・・あぁ・・・そうか・・・。私だけを見ているからか・・・。だから・・・・・・。)

 アリスは痛む体をゆっくりと起こした。そして声を絞り出す様に言う。

「や・・・止めて・・・。もう止めて・・・。」

 そんなアリスの声に気付いたダムとディは、笑いながら言った。

「何を止めるの?」

「これはアリスが決めた事だよ?」

 不気味な笑みを浮かべながら言う二人に、アリスの目には涙が溢れ出していた。

「お願いだから、もう止めて・・・。もう・・・傷付け合わないで・・・。」

 泣きながら言うアリスだったが、それでも二人は笑いながら言う。

「どうして傷付け合ってはいけないの?」

「これはアリスの為にやっている事だよ?」

「「アリスが望んだ事だよ。」」

「違う!私は・・・こんな事望んで無い!」

 泣きじゃくりながら言うアリスに、今度はチェシャ猫が言った。

「望んださ。アリスは自分だけを見てくれる友達を望んだじゃないか。だから皆、アリスだけを見ているんだよ。アリスしか見ていないんだよ。だからさ・・・他の奴等がどうなろうと、知った事じゃない。」

 チェシャ猫の言葉に、アリスは絶句した。確かに、チェシャ猫の言う通りだと思ったから。アリスしか見ていないと言う事は、周りは見ていない。だからアリスを見る自分の視界に入る邪魔な物は消そうとする。当然、他の者と仲良くする事も、する気すら無い。

「それは・・・まるで私と同じね・・・。現実を・・・周りを見なくなった私と・・・同じ。」

 アリスは初めて今までの自分を振り返り気付いた。自分も今まで周りを、他者を見てこなかった。誰かが泣いていても、誰かが傷ついていても興味を示さず。医者の言う事にも耳を貸さず、邪魔だから消えろと言わんばかりに冷たくあしらって来ていた。兄弟達にも見捨てられ、誰かと仲良くなってもまた見捨てられるのでは?と言う恐怖心から生まれた孤立。そんな中、自分の中で作り出された意識達は、何よりも安心の出来る存在だった。自分の中に居るのだから、決して見捨てられる事は無い。何があろうと、必ず自分の側に居る。そんな者達が外に出れば、永遠に一緒に居てくれる。そう思っていた。しかしそれは、アリスに対してだけ。その意識達が共に手を取り合い過ごす等、初めからアリスの作った彼等のプログラムの中には組み込まれていなかったのだ。

「そう・・・そうよね・・・。皆私だけを見てくれているから・・・。こんな事になるのよね・・・。」

 アリスは涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。

「私、分かったの。何故医院長が貴方達に体を与えたのか・・・。ドジソン先生が、感情を外に出せと言っていたのか・・・。」

 アリスはゆっくりとうさぎの元へと行くと、ずっと付けられていた首枷を外した。

「あ・・・アリス?」

 うさぎは不安そうにアリスを見つめた。アリスは優しくうさぎに笑いかける。

「ごめんなさいね・・・。こんな物を付けてしまって・・・。」

 うさぎはプルプルと何度も首を横に振る。

「ドジソン先生が感情を外に出せと言ったのはね、きっと・・・フフッ、私が人間だって事を言いたかったのね。貴方達とは違う、命を持つ人間だって・・・。」

 それまで不敵な笑みを浮かべていたダムとディ、そしてチェシャ猫の顔は、不思議にしていた。

「そして医院長が貴方達に体を与えたのは、きっと私を見せる為ね・・・。そう・・・私と言う自身を鏡に映した姿を、直に見せる為。」

 微かに笑うアリス。

「先生方には感謝しなくては・・・。お陰で私は気付く事が出来たんだから・・・。貴方達と接し、自分が今まで何をして来たか。そして・・・眠ってしまっていた色んな感情が目を覚ましてくれた・・・。」

「何だよ・・・アリス・・・。怒ってるの?それなら謝るよ。」

 ヘラヘラと笑いながら言うチェシャ猫に対し、アリスは優しくチェシャ猫の頭を撫でた。

「違うわ。怒ってないわ。分かったの。貴方達は・・・私の歪んでしまった感情、思いだって・・・。だから・・・貴方達は壊れている・・・。」

「「まだ壊れてないよ?」」

 相変わらず同時に言うダムとディに、今度は少しキツめに言った。

「いいえ!壊れているわ!狂った感情しか、ここにはない!」

 そう言うとアリスは目を閉じた。そして強く念じながら、言い放つ。

「貴方達はもう要らない!消えてしまいなさい!」

 力強い言葉と共に、一斉に体から強い光を放った。光は大きく広がり、部屋中を包みこむ。目も開けられない程の眩しく強い光に、アリスは目を閉じると、そのまま意識を失い倒れ込んでしまった。

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