牛飼いと姫~中編~
次の日の放課後。
えりはあさ美から環のぶろまいどをもらう。
男装姿の環の美しさと凛々しさに息を呑む。本物の男よりも麗しい。
「じゃあ約束通り行きますよ。」
えりはあさ美に連れられて演劇部の部室へと連れていかれる。
「篠山さん、それにしてもよく学校が未婚の男女の色恋なんて許可したな。」
乙女達は皆女学校を卒業すると皆親の決めた相手とお見合いして結婚する。結婚前に異性と親しい関係になるなんてご法度である。
「私も最初は許可が降りるなんて不安だったわよ。だけど学校に昔からある桜の木の言い伝えだから先生も許可してくださったの。」
演劇部は5年生が3人、4年生が7人、3年生が5人、そして2年生が2人で新入部員は今年はいなかった。合計17人で活動している。
練習は皆浴衣で行っている。えりは男物の浴衣を借りる。
環のような洋装ではないが男装できるのは悪い気はしない。内心引き受けて良かったとも思ってる。
琴春を演じるのは3年生の麻友。日舞を習っていることから役に選ばれた。
桜模様が入った桃色の浴衣姿の麻友がえりの元へとやってくる。
「小宮えりさんですね。わたくし琴春役の三ノ宮麻友と申します。宜しくお願い致します。」
麻友の家族は元公家で今は華族である。2年前に京都から引っ越してきた。
「ああ、こちらこそ。」
えりは握手を求め手を差し出す。麻友はえりの手を握る。
手を触れた瞬間胸に激しい鼓動がはしる。
(美しい方。まるで絵巻物から出てきたようだわ。)
稽古初日は台本読みだけで終わった。
あれから2週間、立ち稽古に入った。部活終わりに麻友は帰り道桜の木の下に立ち寄る。木の下には先客がいた。
「えりさん?」
先客はえりだった。
「麻友ちゃん、君か。美しいだろう。桜の花。」
「はい、しかしその美しさも一瞬。時が過ぎれば散っていくでしょう。」
「そしてまた時が経ち美しい花を咲かせる。なあ、麻友ちゃん奏はどうして本物の簪ではなく桜の木の簪なんかを琴春姫の髪に翳したと思うか?」
考えたことのない質問だった。
「それは奏は牛車引きで琴春姫は貴族の娘。簪を買えるだけのお金がなかったからじゃないですか?それに高価な簪なんていくらでも持ってらっしゃるのだから桜の生花のが新鮮に感じたからでしょうか?」
「君の答えも強ち間違ってはいないな。行こうか。」
えりは麻友の手を取り歩き出す。
「あの?えりさん?」
麻友は手を握られ胸が激しく鼓動するのが感じる。
「私達はこれから恋人同士になるんだよ。その調子じゃ公演本番が思いやられるな。」
その夜麻友はえりに恋文をしたためた。えりは役作りのつもりなのは分かる。だけどそれでもえりに惹かれていく自分がいるのだ。
翌日麻友は手紙を持って部室へ向かう。
「えりさん、おはようございます。」
「おはよう。」
えりはすでに来ていた。2年生の娘と話している。
「えりさん、昨日麻友先輩と桜の木の下にいましたよね?あの儀式をやられたのですか?」
「いや、役作りの一環だよ。」
「でしたら私と桜の簪の誓いをして頂けませんか?」
「ごめんね。それはできない。僕は誰ともその誓いをするつもりはないんだ。」
麻友はその発言を部室のドアの向こうで聞いていた。
やはり自分と親しくしてくれるのは役作りなのだ。麻友は黙って部室を去る。




