牛飼いと姫~前編~
「ゆきちゃん。見て。」
ゆきは出版社に出向いていた。担当の篠山から渡されたのは今月の少女画報であった。
ゆきの処女作「桜の簪の誓い」が掲載されたのだ。挿し絵には桜の花や袴姿の少女が描かれている。
(彩花)
ゆきは黒髪の長い袴の少女の絵を女学生時代の親友と重ねる。
「ねえ、篠山さんが在学してた時もあったんですよね?桜の簪の誓い。」
「あったよ。」
「失礼ですが今おいくつですか?」
「34才よ。」
「34才ってえりちゃんと同級生なんですか?」
「えりちゃん?」
「小宮えりです。」
「小宮えり?!同じ級だったわよ。」
えりと篠山は同級生だったのだ。
時は遡ること明治38年。桜咲女学校。えりは女学校の最終学年だった。
「小宮さん。」
「篠山さん」
声をかけてきたのは同じ級の篠山あさ美。本が好きな文学少女だ。
「考えてくれた?舞台出演の話。」
あさ美は演劇部で脚本を書いている。6月の校内発表に向けて新作を作っている最中だ。しかし主演をする予定だった生徒が縁談がまとまり女学校を中退。そこでえりに代役を頼んでいる。
「お役には立ちたいけど篠山さんの脚本ってあの桜の木の話だろう。」
えりは窓から満開の桜の木に目をやる。中庭に咲く桜は乙女達の憧れ。あの桜の木の下で互いに桜の木の枝を髪に翳し合うと特別な関係で結ばれるという物だ。木の枝が簪のように見えるから「桜の簪の誓い」と言われている。
しかしえりはあまり興味を示さない。
「お願い小宮さん。男役をお願いできるのは貴女しかいないの。主役の美青年を。」
この話には発端があった。
平安時代。この桜咲女学校は貴族の領地であった。桜の木は毎年美しい花を咲かせ今校舎があった場所は貴族の長女琴春の私室に面していた。琴春は部屋から桜の木を見るのが好きだった。春になると女官達と宴をし桜の木の下で舞を舞っていた。
その姿を垣根から垣間見ていた牛車引きの男奏が一目惚れしてしまった。
その夜奏は琴春に会いに垣根を乗り越え屋敷に忍び込む。
「どなた?」
琴春は物音で目を覚ましてしまった。彼女の前には美青年が立っていた。桜の木の丁度真下に。琴春もその美青年の奏に惹かれていった。
2人は毎晩桜の木の下で逢瀬を重ね二世を誓った。その証に奏は琴春の髪に桜の木の枝を翳した。
「それで私にその役をやってほしいのか?」
「お願い、他に頼める人がいないの。」
長身で短髪のえりが適任とあさ美は考えている。
「正直言うと私苦手なんだよね。」
「そうか、じゃあ引き受けてくれたら三浦環の写真あげる。それもフィガロのケルビーノ、男装よ。」
えりは環のふあんであり、先日演じた「フィガロの結婚」のケルビーノの特集を少女雑誌で食い入るように見ていた。
「しょうがないな。今回だけだよ。」
えりは2つ返事で引き受けることにした。




