優しさが伝わった時の涙には 第7話
飛び出して行ったハルの後を追っていたテツキがやっと追い付いた。限られた土地の上にあるスピリアといえども何処に行ってしまったのか行方の分からない人一人を見付けるのは容易な事では無かった。
「何処に行っちゃったんだろう?」
「まさか『地上』に降りたって事は無いよな?」
「スピリアだけでも大変なのにそんな事になってしまったら見付けられなくなってしまう」
「何処か心当たりの場所を手分けして捜した方が効率的にも良いんじゃねぇか?」
「それじゃテツキは万が一の為に『風のトンネル』にフウトが行くかも知れないから見に行ってくれる? 私は街の中でフウトが行きそうな場所を捜してみるから」
「オッケー! じゃあそういう事で」
二人は二方向に分かれて行った。
もうすぐ日が落ちてしまう。そうなれば街も暗闇へと変化してしまい、余計に捜し出すのが困難になってしまう。その前に絶対に見付けなければとハルは思い付く限り、街中を走り回ってフウトの姿を捜したのだった。
ずっと走り続けていたハルは限界になり、その場に立ち止まってしまう。膝に手を置き激しく呼吸を繰り返しながら頭の中では他にフウトが行きそうな場所を考えていた。するとある場所にフウトが行ってそうな予感がしたのだった。
少し立ち止まり呼吸を整えていたお陰でまた走り出す事が出来た。ハルが予感した場所というのは休憩時間に毎日行っていた教会である。
全力で走って行くハルの視界に教会の建物が入ってくる。その姿はどんどん大きくなっていった。すると勢いそのままの状態でドアを押し開けて入って行ったハルは教会内を見渡したが、そこにはフウトの姿は見当たらなかった。
流石に良く来ている場所だったのもあり、予感が外れたショックは大きかった。徐に中程までよろめきながら歩いて行くとすぐ近くにあった長椅子に腰を落とした。
「ここもダメかぁ……一体何処に行っちゃったのよフウト……」
呟く様に言った言葉だったが、その声はちゃんと聞こえていた。
「……僕はここにしか来る所なんて無いよ」
フウトの声だった。でも何処から聞こえてきたのか分からず周りをキョロキョロしていると、突然目の前にフウトが現れた。驚いたハルは長椅子の背凭れに腰を打って苦しんでいた。
「いきなり現れたらびっくりするでしょ! お陰で腰打っちゃった……」
「だって僕を捜している感じだったから起き上がっただけだよ。それに僕だっていきなり後ろからハルの声がして驚いたんだからね」
ハルが座った長椅子の前の椅子に横になっていたフウトは、ハルの声が聞こえたと共に上半身を起こしたのだった。
「フウトもびっくりしたりするの?」
「一応、僕だって驚いたりはするよ。でも普通の人とは違うみたいだね」
「違うってどんなところが?」
「人間って色んな感情や想いを持っていて、条件反射でその感情や想いが反応するんだけど、僕の場合はどれがどの感情でその時にどんな想いになるのかが分からないんだ。誰でも持っていて考えたりしなくても出せてしまうのに僕は持っているのかさえも分からないし、考えても分からないから出せないし、表現出来ないんだ。今回の事だって僕じゃなければ、あの女の子を傷付けたり悲しませたりなんかしなかった筈だよ。一体、僕はどうすれば良いのか分からないんだ」
「そんなの誰だって自然になんか出来たりしないよ。感情表現だって相手の気持ち次第で受け取り方は色々だし、例え誰かに喜んで貰えた事を別の誰かにしたって喜んでくれるとは限らない。寧ろ相手を傷付けてしまう方が多いくらいだよ。誰もみんな感情なんて分からない事だから、これから先もずっと考えていかなきゃならない事だと思う。でも一番大切なのはその場その場での感情よりも自分がどういう感情を相手に伝えたいかだと思うよ。例え失敗して相手を傷付けてしまったとしても、その関係はそこで終わりじゃないって事。フウトがその女の子に対して『傷付けた』とか『悲しませた』って事を分かっているって事は逆を言えばその傷や悲しみを拭ってあげられるって事だと思うよ。だってフウトはちゃんと人の痛みを分かってあげられてるじゃない」
「そんな……分かってあげられてるだなんて思えないよ……」
表情は一段と曇っていくばかりのフウト。普段と比べてもその様子は明らかなものだった。どうしたら良いのか分からないハルは前のめりになっていた体を長椅子の背凭れに凭れ掛かると天井を見上げる。
(こんなに分かり易いくらいにフウトが落ち込むなんて今回の事が余っ程だったんだろうな……もしかするともう配達なんてしたく無いって思ってしまっているのかも……)
いつの間にかハルの表情まで曇り始めた。そして不意に気持ちを言葉に出してしまったのだった。
「……これからどうするの?」
その疑問の言葉はフウト自身にとって、まさに今、目の前に立ち塞がっている最大の問題であった。その事を分かっていながら口から出てしまったハルは表情を引き攣らせた。
(…………何で言っちゃったんだろう。そんな事、私に言われなくてもフウトが一番悩んでる事なのに……)
張り詰めた空気の中で指一本動かす事さえもままならなかった。ハルは心の中で口を滑られてしまった自分自身を責めていた。
教会内は重たい雰囲気で包まれており、その光景はまるで絵画の一枚にでもなった様に時間が流れているとは到底思えなかった。
そんな状態に耐え兼ねてしまったハルが口を開こうとした瞬間、フウトが思わぬ言葉で沈黙を破った。




