優しさが伝わった時の涙には 第8話
「ハルって大切に想う人って居る?」
突然何を言われたのか分からない程、さっきまでの雰囲気とは場違いな質問だった。思わず「えっ?」と聞き返してしまいそうになったが言葉を飲み、気持ちを落ち着けて言った。
「……うん、居るよ。コートラルのみんなは私にとって凄く大切な人達だよ。でも、何で急にそんな質問したの?」
「大切な人を想う気持ちってどんな感じなのかなって思って」
「う~ん……改めて聞かれると難しいけど、きっと単純な事だと思うよ。一緒に居て楽しいとか、もしも居なくなったら悲しいとか、落ち込んでいる姿を見ると辛くなっちゃったりするとか。きっと相手に対してそんな気持ちになってしまうのが大切な存在っていう証拠なんじゃないかな?」
「そうなのか……じゃあハルは今辛い? 僕の姿を見て辛い気持ちになってしまってる?」
真剣に見詰めながらされたその質問でハルはドキッとした。確かに話の流れ的にそういう事になってしまう。それに落ち込んだフウトの姿を見ている間、まるで気持ちが流れ込んでくるみたいに心の痛みがハルにも分かった――辛いと感じたのだ。だが、そんな事を恥ずかしがる素振りも無しに言われてしまうと、言われたこちら側が恥ずかしくなってしまう。
微かに『照れ』を感じながらもハルは素直に答えた。
「勿論だよ。だってフウトは私の大切な人なんだもん。そんな落ち込んでる姿を見たら、私も辛いもん。だけど今のフウトに無理して元気になれなんて口が裂けても言えない。一番フウト自身が辛いんだって分かっているから……」
薄っすらとハルの目に滲む涙。だが、苦しんでいるフウトの前では泣いてはいけないと何とか堪えるのだった。
ハルのそんな姿を見たフウトはさゆみと重なって見えたのだった。あの時のさゆみも目の前にいるハルも涙を浮かべながらも泣くのを我慢している。また僕のせいで誰かを傷付けて悲しい気持ちにさせたり、辛い想いをさせてはいけないとフウトは感じた。
「ハル! 僕、もう大丈夫だから。もう一度あの女の子の所に行って今度こそちゃんと手紙を、『想い』を届けて来るから。だからもう僕せいで辛い気持ちにならないで。涙なんて浮かべなくて良いから」
フウトの言葉には僅かだが力強いモノを感じた。それは『感情』だった。いつも単調でしか話さなかったフウトの言葉に『感情』があったのだ。その事で滲んでいた涙が零れ落ちていった。
「悲しまないで大丈夫だから……もう僕大丈夫だから泣かないでよ!」
「これは悲しいからじゃないよ」
「じゃあ何で泣いてるの?」
「嬉しいからだよ! 何かフウトの言葉が温かくて……うん、凄く嬉しいよ!」
「……僕の言葉が温かい? そうかな? その意味はまだ分からないけど、良い事なんだよね? 涙って嬉しい時も出るんだね」
「凄く嬉しい事や幸せな事があると溢れてくるの。あんなに辛かった私の気持ちに温もりを与える事が出来たんだから、今度はその女の子の心に手紙に込められた『想い』を届けて、温かい気持ちにさせてあげて」
「うん……あの女の子にちゃんと『想い』を届ける事が出来たら傷付いた心や悲しい気持ちを拭ってあげる事が出来るかな? ハルの様に嬉しい涙に変える事が出来るかな?」
元気を取り戻したフウトだったが、微かに不安を覗かせた。でもそんなフウトにハルは笑顔で答えるのだった。
「きっと今度は笑顔の涙を流してくれると思うよ」
不安を拭い去るには十分な言葉だった。
フウトは決意を胸に秘め、長椅子から立ち上がると
「ハル、有難う。もし、ここに来てくれなかったらもう一度届けに行こうと思えなかったし、今後続けていく自信も失くしてた。ちゃんと届けて来るからコートラルに戻って待っててよ」
「うん! 頑張って来てね。あと体ボロボロなんだから無理しないようにね」
「分かった。今度こそ僕、ちゃんとあの少女のお母さんの『想い』を届けてくるよ。イシンにも……って伝えて貰わなくて良いか」
そう言ってフウトは教会のドアまで歩いて行き、手を掛けて開けようとした。すると何かを思い出した様にハルがフウトを呼んだ。
「フウト! さっき言ってた事で気になった事があったんだけど……」
ドアに手を掛けたままハルの方に振り向くと「何?」と疑問を感じたように答えた。
「私がここに来た時にフウトは『僕はここにしか来る所なんて無いよ』って言ったけど、そんな事無いからね! このスピリアにはフウトの居場所は幾らだってあるし、コートラルだってフウトの帰りをいつも待っている仲間が居る事を忘れちゃダメだよ!」
そんな事を態々止めて言わなくても良いのにと思いながらフウトは背中を向けて「有難う」と言って出て行った。
残されたハルは何処と無く嬉しそうだった。何故ならフウトが背中を向ける瞬間、微笑んでいたように見えたからである。
(今日は何だか色んなフウトが見れた感じだな。三年ちょっとも一緒に居るのに今日、初めてフウトが自分の気持ちを素直に話してくれた。フウトにだってちゃんと人を喜ばせたり温かい気持ちにさせたり出来るんじゃない。『感情』が分からないなんてそんな事全然無いんだからねフウト……)
ほんの僅かだがフウトに何かしらの変化があった。無表情だった顔も心情を微かに表していたし、言葉にも『感情』の欠片が見え隠れしていた。
再び『風のトンネル』の入り口まで来たフウト。そこにはテツキの姿があった。まだ状況の進展を知らないテツキは必死に止めようとしていた。
「フウトの気持ちは分かるが、スピリアから出て行く事は無いぞ! 今日のイシンはどうかしてたんだよ。きっと明日になればいつもみたいにヘラヘラ笑ってるに決まってるんだからな! 俺もハルもフウトの味方だから明日もう一度コートラルに行って三人でイシンと戦おう。自分がどれだけの事を言ったのか思い知らせてやろうぜ!」
完全にいつもの想像の一人歩きだった。呆れたフウトは何も言わずにテツキの横を通り過ぎて、『風のトンネル』に入ろうとする。
「ちょっと待てよ! 俺を無視するんじゃないよ! 色々不安を感じているだろうけど俺がいつでも傍に居るから安心しとけよ」
「テツキ……もうさっきの事は解決したから大丈夫だよ。今からもう一度手紙を届けに行こうとしてるんだから邪魔しないでくれよ」
「えっ……もう解決したって……いつだよ?」
「さっき僕が教会に居た所にハルが来て、色々話しているうちに自分がやるべき事が分かったんだよ。ハルにはすぐに帰るからコートラルで待っているように言ったんだけど、テツキは家に帰って休んでても良いよ」
単調な口調に戻ってしまったフウトはそう言い残して、『風のトンネル』に入って行った。勢いよく『地上』へと滑り降りて行くフウトの姿を見送るテツキ。
「そっかそっかぁ! 解決したなら良かったなぁ~。今度は俺に色々話してくれても良いんだぞ! じゃあ俺は家に帰ってゆっくり休むかなぁ~ってハルには待ってるように言って、何で俺には家に帰れって言うんだよ! ちゃんとコートラルでフウトの帰り待ってるからな!」
必死に遠ざかっていくフウトに聞こえるように大声で言うテツキだったが、そんな声など届く筈も無かった。




