優しさが伝わった時の涙には第6話
コートラルに戻って来たフウトがドアをゆっくりと開けると、中にハルとテツキの姿があった。全身ボロボロの格好で戻って来たフウトを見て
「どうしたのフウト! あんなに頑丈に作られてるコートまでもボロボロになってるじゃない! まさか『地上』の人間にやられたんじゃないよね?」
ハルはとても心配した様子だった。いつも茶化してくるテツキでさえもフウトの姿に言葉を失っていた。中に入るなり、いつも通りの単調な感じで二人に「イシンは?」と聞いた。
「イシンさんなら奥で残った事務作業をしているけど……そんな事より本当に体は大丈夫なの?」
「あぁ心配無いよ。ちょっと木に引っ掛けて破れてしまっただけだから」
フウトなりに二人を心配させまいとして言った言葉だったが、明らかに木に引っ掛けた程度で負うような怪我では無い事はバレバレだった。
そのまま二人の間を通るようにして奥の事務所に行くとイシンが机に座っていた。何か書き物をしているようで下を向いたまま話す。
「帰ったか。ご苦労様だったな。『ファーラ』からの手紙はどうだった?」
何も答えずにフウトはただ立っていた。何かしらの異変に気付いたのかイシンが手を止めて顔を上げるとボロボロの姿が目に入った。不意に机から飛び出すようにフウトに近付いて来たイシンは
「おい! どうしたんだ? 何があったんだ? 少し帰りが遅いとは思っていたんだ! すぐに病院に行くぞ!」
焦った様子のイシンはフウトの腕を掴んで連れて行こうとしたが、フウトはその腕を払い、イシンに対して静かに感情をぶつけた。
「手紙は白紙でした……何も書いていない手紙を態々僕に届けさせたのは一体どんな狙いがあったんですか? お陰で届け先の純粋で優しい女の子を酷く傷付けてしまった」
その話を聞いたイシンも静かに答えた。
「手紙が白紙だったってどういう事だ? 俺はあの時お前に『今回の手紙は今までと同じ様に配達してはダメだぞ。送り主の気持ちと届け先の人の気持ちがシンクロする事が大切なんだ。要するに一番の思い出というのがシンクロし易かったりするんだ。その事を忘れるなよ』っと言った筈だ。まさか普通に渡してしまったんじゃないだろうな?」
「僕はちゃんとイシンが言った言葉を覚えていたし、届け先の女の子に渡す時だってその事を思いながら渡した。でも何も書かれていない手紙に何をしたって書かれていない事には変わりないじゃないか。それとも突然文字が浮かび上がってくるとでも言うのか?」
「何も書かれていない手紙なんてある訳無いじゃないか! それはお前が届け先の人に『読ませてあげられなかった』だけじゃないのか?」
「『読ませてあげられなかった』? 読めるも読めないも何も書かれていない手紙が読める筈ないじゃないか。何で僕のせいになるんだ。僕は依頼された手紙を届けるまでが仕事で届けた手紙の中身がどうなっているかなんて知る訳がないじゃないか」
「そうだ! 手紙を届けるまでがお前の仕事だ! 但し『受け取った人が読める手紙』を届ける事だ」
「だから最初から何も書かれていない手紙をどうやって読める手紙にしろって言うんだ。イシンは知ってた筈だ。何も書かれていない事を。それなのに僕に届けろと言ったのは失敗させてコートラルから追い出そうとしているようにしか思えない」
「誰がそんなワザと失敗させるような事をするんだ。良いかフウト! お前はコートラルには必要な存在だ。だが、今のままではお前は依頼された手紙をちゃんとした形で届ける事すらも出来なくなってしまう。だからちゃんと送り主の『想い』を届け先の人に伝えるんだ。目に見えるものだけに捉われるな。手紙から溢れ出す『想い』と重なる部分を届け先の人から伝わる『想い』にシンクロさせるんだ。きっとお前なら出来る筈だ!」
「そんな事言われても人の『感情』や『気持ち』なんて一番僕が理解出来ない部分じゃないか。だから今回も女の子を傷付けてしまった。もう僕には出来ないよ。ハルかテツキに代わって貰えばいいよ」
「理解出来ないから諦めるのか? 自分のせいで傷付けてしまった届け先の女の子をこのまま放っておくのか? 確かにお前は一生懸命手紙を届ける為に頑張った。だが、お前自身に悪気は無くても結果的に優しくて純粋な女の子の心を酷く傷付けてしまった事は紛れも無い事実なんだ。そんな自分で犯したミスをハルやテツキに押し付けると言うのか?」
「別に押し付ける訳じゃない。ただ僕よりも人の『感情』や『気持ち』を分かる事が出来るからこれ以上あの女の子を傷付けずに済むって事だよ」
「それが押し付けていると言うんだ! 傷付けて悲しませてしまったという想いがあるならどうしてお前の手の中にある、あの女の子が一番欲している『想い』を届けようとしないんだ! 尚更お前にはその『想い』を届けなければいけないという使命がある」
こんな風にイシンがフウトを責め立てた事は無かったし、寧ろイシンがこんなにも感情剥き出しにしてくるなんて考えてもみなかったフウトだったが、人があんなにまで悲しむ姿を見たのが初めてだったフウトは怖かった。『風のトンネル』から外れた事によって体中ボロボロになり服までも破れてしまったが、そんな体の痛み以上に胸の奥の方が痛むような感覚が忘れられなかったのである。思い出すだけであの痛みが蘇る程に――
黙り込んでしまったフウトに対し、更に追い打ちを掛けるイシン。
「そんな風に黙っていても何も解決しないし、誰も助けてはくれないぞ! この依頼をちゃんと届けるまでコートラルに帰って来なくていい! 今すぐ出て行けフウト!」
その言葉によってフウトは勢いよくドアまで走るとそのまま出て行ってしまった。それと入れ替わるようにハルとテツキが事務所に入って来る。
「今、フウトが出て行きましたけど、一体何があったんですか?」
「フウトの奴、あんなにボロボロになってまでも配達を頑張ってきたのに、ちょっと酷過ぎるんじゃないのかイシン!」
確かにあそこまで言わなくても良かったんじゃないかと自分自身に問うイシンは静かに机まで行き座る。そのままハル達に背中を向ける様にして黙ったままだった。
「もしフウトが帰って来なかったらイシンさんのせいですからね! その時は私もコートラルから出て行きますから!」
強い口調でイシンの背中に言葉を吐いたハルはフウトを追い掛ける為、コートラルから飛び出して行った。するとテツキも「俺もハルと同じように出て行きます!」と言ってコートラルから飛び出して行く。
一人残ったイシンは深い溜息を吐いて
「フウトには辛い思いをさせて済まないが『感情』を持たない人間はスピリアでは――」
普段からは想像出来ない程に様子を変えてしまい、フウトに強く言ってしまったのは何故なのか。そして『感情』『気持ち』『想い』――心で感じる事とスピリアと言う街にはどんな関係があるのだろうか。




