第3話 吸血鬼の娘カレンデュラと飯の木
赤子が泣き出し、乳をやるトネリコ。
それをみつめるベラドンナと会話する。
シオンの命の重さをまた痛感している時、オレンジ色の髪に金色の目をした六歳ぐらいの女の子が現れる。
カレンデュラ──吸血鬼で、六歳の子どもだった──
赤子のシオンが泣きだした。
赤ん坊にとって、時間など関係ないのだ。
「待っててね。おっぱいをあげるから」
そう言って襟を広げた。
最初は少し痛く、慣れないこともあって大変だったが、二度目の授乳は比較的スムーズにできた。
ただ、ベラドンナがじっと見つめていることに、少しばかり羞恥心を覚えた。
「かみさまの、おかあさんのちち、だ」
「そうだね、女神様が貸してくれたと思う」
「うん、でてる。シオン、のんでる」
また腕が震えた。
落とさないことだけを考える。
緑の髪が赤子の金髪に混ざり、褐色の肌の上で、小さな手が開いたり閉じたりしていた。
そこに現れたのは、オレンジ色の髪に金色の瞳をした、六歳くらいの女の子だった。
白皙の肌が、煤けた周囲の景色の中で目を引いた。
吸血鬼だと、女神様の知識が淡々と告げてくる。
六歳。
名前はカレンデュラ。
風がそう伝えてきた。
彼女は武器など持っていない。
あるのは、小さすぎる拳と、泣きはらした目。
それでも、肩だけは懸命に伸ばしていた。
「なまえ、きいた」
「トネリコよ。借りているの」
「かみさまの、なまえ」
「そう」
今はまだ、自分から名を渡していない。
彼女はシオンの飲んでいるところを見て、一度だけ目を逸らした。
妬みではない。
確認だった。
この人は、赤子を殺さないという確認だった。
「わたしたち、りょうしん、いなくなった。おとなたちは、みんな。こわいひとが、『こどもはほっておけばしぬ』っていって、さっていった」
彼女は理解している。
理解したくはないのに、理解してしまっている。
子どもは放っておけば死ぬ。
つまり、自分たちの親は、もう帰ってこないのだと。
「でも、りかいできてないこがいる。フェンネルもグラネイトも、おとうさまたちがしんだって、わかってない。もう、かえってこないってことも」
「うん。グラネイトは、しんだおとうさんとおかあさんにぬのをかけて、まいにちおこそうとしてる……」
フェンネルとグラネイトというのが残りの子どもだろうか?
風が伝えてきた。
フェンネルはダンピール。
両親が死んだことを受け入れられず、帰ってくると信じて「おかえり」と言い続けている。
まだ三歳。
金髪に金色の瞳、白皙の肌をした男の子だ。
グラネイトは獣人。
布の下で腐敗が進んでいることにも、薄々気付いているのだろう。
それでも死を受け入れられず、毎日両親を起こそうとしている。
まだ五歳。
赤毛に赤い瞳、褐色の肌をした男の子だ。
「とねりこさま、たすけて」
ベラドンナの言葉に、何をどう助ければいいのか分からなかった。
それでも、私に返せる言葉は一つだけだった。
「分かった。助けるわ」
シオンを抱いたまま、ベラドンナを抱きしめた。
すると、彼女も私を抱きしめ返してきた。
おそらく、今はそれでよかったのだろう。
ベラドンナを抱きしめ終えて立ち上がると、カレンデュラが近づいてきて、私の袖を掴んだ。
「とねりこさま、わたし、カレンデュラ。むっつ。おとうさまとおかあさまも、もういないの」
「分かったわ、カレンデュラ。名乗ってくれてありがとう。私はトネリコよ」
「はい、とねりこさま」
一人とは出会えた。
カレンデュラは、今の状況を理解している子どもだ。
ベラドンナも、何かを感じ取っているのだろう。
「それよりも、あなたたち、お腹は空いていない?」
その問いかけに答えるように、二人のお腹が鳴った。
「わたし、おおきいから、がまんできる」
「わたしも、おおきいから」
「六歳も四歳も、まだ大きくないわ……それにカレンデュラ、あなたには血が必要でしょう?」
そう指摘するとカレンデュラは口を隠した。
そしてぐっとこらえる仕草をして首をふる。
「だいじょうぶ」
「食べられるものは、もう残っていないの?」
そう問いかけると、二人は頷いた。
「やさいと、おにくは、くろこげ。ちはないの。はたけは、めちゃくちゃにされた。かちくも、いなくなった」
確実に殺しに来ている。
幼いこの子たちをその場で殺さなかったのは、飢えて死んでいく様子を見るためだろうか。
だとしたら、なんて悪趣味なのだろう。
どうすればいいか考えあぐねていると、胸元がじんわりと熱を帯びた。
その熱が、手のひらへと流れ込んでくる。
「……食べ物、なんとかなるかもしれないわ」
「ほんとう、とねりこさま」
「どこか広い場所まで案内して」
ベラドンナとカレンデュラは、顔を見合わせてこくりと頷いた。
「とねりこさま、こっち」
私は素足のまま、腕に赤子を抱き、衣の裾をベラドンナに握らせ、カレンデュラについて行く。
案内された場所には、新鮮な土の匂いが漂っていた。
毒がまかれた形跡はなく、少し離れたところから腐敗の甘い香りも流れてくる。
「いつも、ここであつまって、みんなですごしてるの」
「分かったわ」
私は掌を土に置いた。
すると、土から芽が顔を出し、一気に私の背丈ほどの樹木へと成長した。
その木には、赤い林檎のような実や黄色い実、白くて薄い実がなっていた。
樹皮は温かく、まるで生まれたばかりの命のようだった。
もう一度、土に掌を置いた。二本目の木は背が低く、ぶどうのような実が房になって垂れ下がった。
三度目に手を置くと、今度は根菜類が土から顔を出した。
「これで食べ物はなんとかなりそう……」
「すごい、き、はえてきた。めしのき」
「かじつが、みのった。おやさいも、はえてきた」
驚き見上げる二人。
「どんな実なのか、まだ分からないから、とりあえず収穫してみましょう。壊れていない台所はある?」
「あります」
「あんないします」
一通り果実や根菜類を収穫し、壊れていない台所へ向かった。
包丁や椀は使えそうだ。火を起こせば、調理もできそうだった。
赤い果実を切り、小さくして食べてみた。
林檎のような甘さがあった。
黄色い実は、トウモロコシのような食感だった。
そこで火を起こして焼いてみたが、少し焦げてしまった。
それでも、甘かった。
白くて薄い実を椀の上で割ると、赤い液体がこぼれ落ちた。
鉄のような匂いがする。
舐めてみると、血の味がした。
「カレンデュラ、この果実、血の味がするわ」
「めがみさまの、ち?」
「違うと思うわ。私も少し舐めてみたけど、変な感じはしなかったから。少しずつ飲んでみて」
そう言って椀を渡すと、カレンデュラは少し離れ、物陰に隠れて飲み始めた。
吸血鬼として血を飲む姿を見られるのが恥ずかしいのだろう。
だが、私は指摘しなかった。
後、二人いる。
その子たちにもご飯を食べさせなければ。
「とねりこさま、これ、少し苦くて、甘い」
「ごめんね、少し焦がしちゃった」
「へいき。これも、おいしい」
ベラドンナはそう言って、焼いた黄色い実を食べた。
胸が張ってきたのを感じた頃、赤子が泣き出した。
襟を開けて、乳をやる。
三人の空腹は満たせた。
あと二人の空腹と心を、どうにかしなければ。
私は乳をやりながら、そんなことを考えていた──。
吸血鬼の子ども、カレンデュラの登場です。
また他の子どもたちの名前も出てきました。
そして、食べ物をどうにかしようと思ってたら女神の加護らしい力のお陰でなんとかなり、ベラドンナとカレンデュラの空腹を満たすことができました。
赤子であるシオンも。
残りの子ども──グラネイトとフェンネルはまだ親の死を受け入れられていない状態。
そしておそらく空腹。
トネリコは寄り添い、空腹を満たすことができるのかは次回をお楽しみに。
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