第六話:能力を生かす便利な使い方
服を着たい。
今までの人生でこんなに切実に思ったことはなかった。
だってそもそも服着てたし。
果たして俺はこの世界で服を着ることができるのか。
不安になってきた。
【ひとみ】さんのお店を出たらすぐに他の服屋に連れていってもらおう。
俺、服を着れたら、【あまの】さんの手伝いを終わらせて、元の世界に帰る方法を探すんだ・・・。
「あーすまねーな!【ヒトミ】はもうこうなったら動かねーわ!まぁ諦めて飯食いにいこーぜ!」
「はい、素晴らしい作品を世に広めるのが私の使命ですので。【テル】さんはその貴重な褌を見せつけていくべきです」
天使っぽい女性と秘書っぽい女性に囲まれ、褌のままでいろ、と説得される褌のおっさん。
こんな状況、他にあるだろうか。
まぁあんまり駄々をこねるのもあれだし、ここまでにしよう。
「そうですね、わかりました。【ひとみ】さんのお店で服を買うのは諦めます。別のお店で―」
「だめです」
えぇ・・・。
【ひとみ】さんが食い気味に、眼光鋭く否定してきた。
「私もしばらく店を閉めてあなた方に同行します。お任せください。街の方々への説明は私が致します」
何という有難迷惑。
・・・いや、もしかしたら【ひとみ】さんも【あまの】さんの目的に巻き込めるかもしれない。
服を着るのを取るか、仲間を増やすのを取るかの二択。
うん、考えるまでもないな。
仲間は多い方がいい。
「・・・わかりました。俺は提案に同意します。【あまの】さんはどうですか?」
「もちろんいいぜ!いやーラッキー!【ヒトミ】と飯食うの久しぶりでよー!楽しみだー!」
【あまの】さんには【ひとみ】さんを巻き込むという発想がないっぽい。
まあこういう裏表のないところも彼女の美点だと思う。
なぜ落暉が出てきたのかはわからないけど・・・もしかして沈む太陽のように心が輝いているということだろうか。
うん、たぶん違う気がする。
・・・そういえば【ひとみ】さんは普通に表情変わるんだな。
微笑のまま【ひとみ】さんの肩を抱きつつばしばし叩いて、豪快に笑う【あまの】さん。
眉間に皺を寄せてそっぽを向いたけど、【あまの】さんに見えないところで柔らかく、ふっと力を抜いて「仕方ないなあ」みたいな表情をする【ひとみ】さん。
二人の関係性が透けて見えるようだ。
「では準備をしてきます。・・・いえ、その前に。しばらく帰れないかもしれませんし、試しておきましょう」
「あーアレな。でもさすがに無理だってわかってんだろ?」
「可能性が少しでもあるなら、何度でも賭けます。アレは大事なものですし」
ちょっと話がわからないまま進んでいる。
あれってなんだろう。
聞こうと思ったけど、【ひとみ】さんは綺麗に二回、回れ右をして最初に出てきた壁の向こうへ消えていった。
「気になるか?」
【あまの】さんはじっと、壁に開いた空間の先の通路を見ている。
腕を組んで神妙な様子だ。
「何か、大きな事情があるようですね」
「あぁ。気になるならあたしが―」
「いえ、そういうのは本人に聞くべきだと思います」
「そうか。・・・そうだな」
四角い箱のような、無機質な空間に少し重い空気が漂う。
俺たちは二人ともそれ以上口を開くことなく、そのまま無言で待っていると、現れたときと同じように背筋をぴんと伸ばし、きびきびとした歩き方で【ひとみ】さんが戻ってきた。
手元には、さっきは持っていなかった硝子板・・・液晶かな?がある。
両手で大事そうに持っているし、これが「あれ」かな?
「お待たせしました。【テル】さんはこれが何かわかりますか?」
「ええと・・・液晶・・・いやそれだと薄すぎる・・・硝子板のようにしか」
「ふふ。本当に異世界から来られたように見えますね。・・・これは、基本的にこの世界の誰もが持っている通信端末です。スマホ・・・スマートフォンと呼ばれています」
すまーとほん。
言いにくいから、すまほでいいか。
要は携帯電話みたいなものなのだろう。
小型の通信機器。
俺の世界ではもっと厚かったし、あんな硝子板のようなもので完結する機械じゃなかったけど。
「これは、つい最近亡くなった母のものなのですが、中には母の長年の研究成果が入っていまして。どうにか中を見られないかと四苦八苦している、というわけです」
亡くなったお母さんの遺品・・・それは、たしかに大事なものだ。
よくわからんおっさんに見せるのは勇気が必要だったことだろう。
「それは・・・ご愁傷さまでした。得体のしれない俺にまで話してくれて、ありがとうございます」
「ふふ、たしかに得体のしれない変態ですが。・・・隣に【アマノ】がいますからね」
「お!?あたしか!?へへっ!任せろ親友!【テル】もあたしの親友だ!」
出会って一日も経っていないのに親友判定は、いくら何でも早すぎないだろうか。
でも悪い気はしない。
いや、違うな。
すごく光栄だ。
【あまの】さんのような人が親友にいるというだけで、なんだか楽しくなる。
「ふふ。こういう人ですから」
「ええ、こういう人でしたね」
「オーイ!あたしを除け者にして分かり合ってる感出すんじゃねーよ!あたしも混ぜろー!あははははっ!」
見つめ合う俺と【ひとみ】さんに突撃してきて、俺たちの肩を抱いて笑い声をあげる【あまの】さん。
つられて俺と【ひとみ】さんも声を出して笑う。
惜しい。
俺が褌でさえなければ青春っぽかったのに。
俺たちはしばらく、三人で笑い合うのだった。
―――――――――――――――――――――――
「こほん!では、いきます」
笑いまくったのが恥ずかしかったのか、【ひとみ】さんは咳払いをして仕切り直す。
すまほを、顔の位置まで上げてじっと見つめたまま動かないけど・・・もしかして顔認証だろうか。
いやでも・・・
「やはり、まだ駄目なようですね」
「そりゃそーだろ!いくら顔が似てるっつってもよ!母娘の顔の違いまで突破できるレベルじゃねーよ!」
「いえ、私が母の年齢を超えるまでは続けます。私は、可能性を捨てません」
なるほど、やはり顔認証で鍵がかかっているようだ。
でも俺の世界でも親子で顔認証の鍵を共有できるなんて聞いたことがない。
こちらの世界は俺の世界より技術水準が高いようだし、より難しいんじゃないだろうか。
「あの、写真で試すとか、修理を依頼するなどでは駄目なのでしょうか」
「写真では無理でした。修理、というよりハッキングになりますが・・・それにはお金が足りません」
最悪母親の遺体を利用するという手もあるけど、たぶん試した後か、そもそも遺体がない状況のような気がする。
あとは・・・ふむ。
「とりあえず、このスマホは持っていきます。毎日試してやりますとも。・・・ところで【アマノ】さん、あなたは今日スマホを持っていないのですか?」
「おう!忘れちまったぜ!」
「はあ・・・」
「あの、少しいいでしょうか。【ひとみ】さん、あなたに『星力』を使ってみても良いですか?」
「は?」
目が点になっている【ひとみ】さん。
そんなに意外だろうか。
科学で駄目なら超常現象に賭けるのも手だと思う。
「俺の『星力』の『ぼくのせんぞたち』は、対象となったものの、先祖となる存在の顔がついた泡が現れる、という効果なんです。試す価値はあると思うのですが、どうで―」
「是非お願いします!」
頭の上にすまほを掲げながら直角にお辞儀した【ひとみ】さんに、食い気味にお願いされた。
まあ試すだけなら無料だし、やってみたい。
それで成功したなら儲けものだ。
「はーん!くだらねー『星力』だと思ったけどよ!これで成功すりゃあたしは掌返すぜ!やってやれ【テル】!」
【あまの】さんの不器用な応援が背中を押してくれる。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか。
「いきます。『ぼくのせんぞたち』」
足を大きく広げ、頭の上に掌を載せる動作をしながら『星力』の名前を言い、発動。
俺の身体から淡い緑の光が沸き上がり、【ひとみ】さんに向かい、ぶつかった。
「あ・・・あぁ・・・」
【ひとみ】さんは出現した泡の一つ、恐らく母親のものであろう顔のついた泡を見て泣きそうになっている。
いけない。
「【ひとみ】さん!この泡はしばらくすると消えてしまいます!」
「っ!!お願いします!!」
言った瞬間、すまほを母親の顔がついた泡に向ける【ひとみ】さん。
感傷に浸らせてあげる時間がなくて申し訳ないけど、泡の滞在時間なんて操作できないから、どうしようもない。
一秒・・・二秒・・・。
駄目だったか・・・と思ったとき。
ぽーん。
そう電子音が鳴った。
すまほには今、俺の世界の携帯電話と同じような画面が映っている。
どうやら成功したようだ。
「――――~~~~!!!」
「うはははは!オイオイやるじゃねえか『ぼくのせんぞたち』!あぁ!『星力』は役に立つ!掌クルックルだー!」
声にならず崩れ落ちる【ひとみ】さんと、両手を上げて喝采を上げる【あまの】さん。
あと代償で身体てかてかの俺。
顔認証もできるくらい精巧だったんだなあ、あの泡の顔。
とりあえずよかっ・・・っ!
「二人とも!何か黒いのが出てきました!心当たりは!?」
「ねぇよ!ってか何だまた黒いのかよ!」
「わかりません!こんなの初めてです!」
四角い空間の中に突然黒い靄が集まり始め、一ヶ所に集中していく。
転移前の黒い獣。
穴の縁を削った時の黒い球体。
嫌な予感しかしない。
俺は二人を守れる位置で黒い靄の集中点を睨みつけた。




