第五話:服を着るそれだけなのに難しい
「よっしゃー着いたぜ!牛飯推!腹減ったー!とりあえず飯食うよな!?」
「・・・・・・」
うしめしおし。
俺は今、そう呼ばれているらしい町の前に立っている。
【あまの】さんが自分のお腹を叩きながら空腹と飲食を主張しているけど、ちょっと待ってほしい。
遠くから見たときはよくわからなかったけど・・・これは、町と言うより、街?
元居た世界の首都を思い出すような、近代的な建築物が立ち並んでいるというか・・・なんならそれ以上の発展具合。
ちらりと背後を見ると、今まで移動してきた何もない荒野が広がっているのに、目の前には近代都市・・・いや俺からすると未来都市?
落差がありすぎではなかろうか。
なんとなく、割と古代的な文明水準だろうと勝手に推測していたのだけど、きっとこの世界の文明の方が上な気がする。
それなのになんであの穴を放置しているんだろう。
この文明でもどうにもできないのだろうか。
「オーイ!【テル】!?【テル】ー!?何か気になるもんでもあったかー!?【テル】ー!?」
「あ、すみません。想定以上に街が発展していたので、驚いてしまって・・・はい、ご飯に行きますので、ちょっと離れて」
近い近い。
顔と顔が触れてしまいそうなくらい近付いていた【あまの】さんの肩を押して、少し距離を取る。
褌一枚のおっさんに対してそんなに距離を詰めるんじゃありませんよと。
「お?おう!よくわかんねーけどこんくらい普通だろ!って【テル】は異世界人だったな!はは!まー気になるんならあたしに聞けば答えてやんよ!それよか飯飯!」
押されて距離を取られたことなんて全く気にすることなく笑う【あまの】さん。
うーんすごい。
俺にはこういう積極性はないから、尊敬してしまう。
けど、手を引っ張ってずんずん進んでいくのはまだ待ってほしい。
「っとと!【あまの】さん待ってください。さすがに今の服装・・・というか褌一枚ではちょっと」
「お?おー!そういやそうだったな!もう【テル】はそういうもんになってたわ!はは!そーだな!服買いにいこーぜ!心配すんな!服も飯も奢りだ!」
おお、太っ腹。
まあお金なんてない本当の無一文だから、【あまの】さんに甘えるしかないんだけど。
「すみません、ありがとうございます。この恩は必ず・・・」
「いいって!あたしの我儘に付き合わせるんだからよ!先行投資ってやつだ!その分バリバリ働いてもらうぜー!」
「ふふ、はい。ありがとうございます」
なんて気持ちのいい人なんだろう。
たぶん、【あまの】さんは俺に負担のかからない言い方をしている。
世界の危機を解決する前に、まず目の前の人を助ける。
そんな【あまの】さんだからこそ、助けになりたい。
そう心に刻んだ。
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特に警備とかも存在しておらず、俺たちは何事も無く街に入ることができた。
そこらの看板には「牛飯推名物!牛〇〇〇〇の串焼き」とか「牛飯推に来たならまずはこれ!新鮮とれたて〇〇〇」などの宣伝文句が書かれている。
一部読めない文字もあるけど、だいたいは元居た世界と同じ文字を使用しているようで、助かる。
うしめしおし・・・牛飯推、か。
なるほど、文字通りの街だ。
【あまの】さんが言っていた通り、見える範囲にたくさんの牛がいる。
とは言っても、地面を歩いているわけではない。
長く、高い建築物の中、硝子越しにその姿を確認できるのみだ。
建物の中で飼育しているのだろう。
俺の常識だと、牛は放牧して育てた方が美味しい肉や乳がとれると思っていたのだけど、そうでもないのかもしれない。
ところで・・・
「あの、【あまの】さん、やはり注目を集めているようです。早めに服屋へ行きましょう」
「あーん?堂々としてりゃ大丈夫だって!まーでもさすがに防御力低そうだもんな!もうすぐ着くからよ!っていうかここだ!」
防御力は必要だろうか?
まあ異世界だし、もしかしたら謎の生物とかが襲ってくるのかもしれない。
あの黒い靄の獣のように。
そんなことを考えていると、【あまの】さんはさっさと服屋に入っていっていた。
慌てて追いかけて中に入ると、
「・・・???ここが服屋で合っているんですか?」
「あん?こういうの初めてか?まぁすぐ慣れるだろ!はは!」
いやでも、店内に服が一枚も見当たらないんだけど。
本当に四角い箱という感じだ。
壁には何枚か硝子板がはめられているけど、特徴と言えばそれくらい。
って、あ。
壁の一部が上に移動して、そこから人・・・女性が現れた。
恐らく、店員だろう。
いや、この世界に来て初めて見る店員かもしれない人だし、店員とわかる格好をしていない可能性もある。
元居た世界でも、服屋の店員はお洒落な恰好をしていることが多かったしなぁ。
「よ!【ヒトミ】!服買いに来たぜー!新作見せてくれよ!」
【あまの】さんはなぜか大股で腰に手を当てて胸を張って話しかけている。
友達なんだろうか。
まあとりあえず、新作をねだっているいるし、店員で間違いなさそうだ。
いやそれはいいんだけど、先に俺の服をどうにかしてほしい。
「また【アマノ】さんですか。そんなにすぐ新作は出ません。それだけですか?それではまたお越しください」
【ひとみ】さんでいいのかな?
彼女は回れ右を二回して、即帰ろうとする。
なんかきびきびした動きの人だな。
縁が四角い眼鏡に、きっちりとまとめられた髪、肌に吸い付くような服。
なんだか敏腕秘書という言葉が頭に浮かんだ。
って感想を頭の中で垂れ流している場合じゃないんだ。
このままだと褌から逃げられない。
「ちょ!ちょっと待ってください!えーと、服を買いたいのは俺です。いえ買うのは【あまの】さんなんですが。とりあえずこの格好から脱出したいんです」
俺は慌てて【ひとみ】さんへ声をかける。
今はもう代償は消えて髪の毛つんつんじゃないし、身体てかてかじゃないから、変なのは褌一枚ということだけのはず。
これさえ解消されれば一般おっさんだ。
【ひとみ】さんはぴたりと停止し、また二度回れ右をして【あまの】さんの方へ向いた。
声をかけたのは俺なんだけど。
「【アマノ】さん、アレは何なんですか?視界に入れたくないのですが」
「あぁ!アイツは【テル】!穴の近くで死にかけてたから拾ってきた!おもしれーだろ!」
「ただの変態ではないですか」
おおう・・・駄目かやっぱり変態か。
そうだな、うん、褌一枚で街中をうろつくのは変態でしかない。
だけれども。
「はい。変態です。でも変態から一般人になりたい変態なので、協力して頂きたいのです」
「ふむ。変態を認めるとは、中々骨のある変態のようですね。いいでしょう。私の視界に入ることを許しま・・・」
【ひとみ】さんは首だけを動かして顔をこちらへ向けた。
と思ったらそのまま停止した。
なんか目が褌に固定されてるけど、何なんだろう。
「そ、その生地は・・・!」
うわ、目が怖い。
限界まで瞼が開かれて眼球が飛び出そうな勢いだ。
まさかの褌収集家とかだろうか。
ってこっち向かってずんずん突き進んでくる。
そして褌を掴まれたんだけども。
この世界の女性はみんなこうなんだろうか。
【あまの】さんといい【ひとみ】さんといい・・・って力強い。
軽く肩を押すだけだと引き離せないから段々力込めていってるけどびくともしない。
「ちょ、あの、何なんでしょうか。先程は視界にも入れたくない様子でしたが・・・」
全然離れない【ひとみ】さん。
これはあれだな。
たぶん物凄い褌愛好家だ。
なんか鼻息荒いし。
「あなた、【テル】さんとおっしゃいましたね!?これをどこで!?」
え、通販。
「あー【ヒトミ】!こいつはなぁ・・・なんと異世界から来たんだぜ!つまりそれは異世界産だ!」
「【アマノ】さんの戯言など聞いていません!異世界なんてないに決まってるでしょう!適当なことを!」
「でもよぉ。ソレをどう説明すんだ?」
【あまの】さんが褌を指差しながら【ひとみ】さんに問う。
ふむ。
この世界と元の世界で縫製に違いとかあるんだろうか。
俺は褌の作り方とか知らないから見せられてもわからないけど。
「む!・・・失礼しました。この褌は今は失われた技術で作られているようです。あなたは、本当に異世界から・・・?」
「恐らく、としか言えません。確証はないですが、少なくとも俺のいた世界にあんな穴はありませんでした。そして月は一つしかなかった。あと、牛飯推というこの街。聞き覚えがないです。そして何より、技術水準が俺の世界より進んでいるみたいです。・・・残念ながら、証拠はありませんが」
「・・・・・・」
【ひとみ】さんは黙考している。
固まってないで、とりあえず褌から手を離してほしい。
「いえ、そうですね。あなたの姿を見れば、証拠など出せないのだとわかります。褌一枚ですし。今はその褌との奇跡的な出会いに感謝しましょう」
「はぁ。まぁそれはいいのですが、とりあえず服をですね」
「だめです」
「え」
「だめです」
うん、雲行きが怪しくなってきた。
服屋なんだから服を売ってくださいお願いします。
「あの、なぜだめなんでしょうか・・・?」
「この褌はとても価値がある服です!それを隠すなんて、私にはできません!」
「えぇ・・・」
それだと、下着に価値があった場合、もれなく下着で店を追い出される人が続出ではなかろうか。
高級な下着は危険だな、少なくともこの店では。
「あの、では交換。交換はどうでしょう。【ひとみ】さんのお店の服と、交換を」
「だめです」
「いえあの、」
「だめです。あなたの服以上に価値のある服はこの世に存在しません。諦めて下さい」
めちゃくちゃ頑なだ・・・。
でも俺は諦めない。
なんとしても変態から一般おっさんに戻ってみせる。
交渉へ向けて、俺は心の中で気合いを入れ直した。
これはそう、尊厳を手に入れるための戦いなのだから・・・!




