第一話:異世界は思ったよりも穴がある
月が二つあるし、目の前には聞いたこともない巨大な穴があるわけで、一応これからは異世界という前提で行動しようと思うけれど、今って季節はどれなのかな。
というかそもそも季節の概念が存在するんだろうか。
褌一枚のほぼ生身の身体を撫でる夜風が心地良いあたり、春か秋、なのかもしれない。
近くにあったちょうどよさそうな岩に座りながら、少しだけ現実逃避。
「おーい!どーしたんだぁぼーっとしてよ!・・・ははーんさてはあたしの超壮大な計画に感心して言葉も出ねぇんだな!」
天使っぽい人改め【あまの】さんの、風になびく金髪が美しい。
背後に輝く二つの月も相まって、非常に幻想的だ。
絵画にしたらそれはもう至高の作品になるだろうなぁ。
・・・絵画は、喋らないし。
「いえ、まぁ、そうですね。壮大すぎて、ちょっと眩暈を覚えました」
「そーだろそーだろ!このドでかい穴埋めてここら一帯自然いっぱいの豊かな場所にしてやるぜ!」
おおう、皮肉が効かない、【あまの】さんつよい。
めちゃくちゃ胸を張ってこれ以上ないくらいのどやどやな雰囲気だ。
草木が見当たらず無限に続きそうな荒野と、ここで世界が終わっているかのような巨大な穴を前にそう言い切れる胆力が素晴らしい。
うん、その目的は本当に、凄く崇高だ。
魔王を倒せとか、憎い相手に復讐とか、そんな血なまぐさい目的よりも、なんか、可愛いし。
だって「穴を塞ぐ」だもんなぁ。
・・・問題は、その穴の規模がとんでもないことだけど、【あまの】さんはどんな方法で穴を塞ぐつもりなんだろうか?
いや、待て。
そもそもこの巨大な穴を塞ぐことと、世界を救うことに何の関係があるんだろうか。
まあこんな穴開いてたら何かしら問題は起こりそうだけど・・・ここは暫定異世界。
気候変動とか以外にもこの世界特有の何かがあるのかもしれない。
・・・もしかして、魔王を倒したら穴が塞がるとか言い出さないよな?
さすがにそれはちょっと勘弁願いたい。
褌一枚で魔王と相撲を取る俺の姿を想像しちゃったじゃないか。
これは、いろいろと【あまの】さんに聞くしかないな。
「はい。【あまの】さん、質問よろしいでしょうか」
「お!なんだなんだ?そうやって手ぇ挙げて質問されっと先生みたいで気分いーぜ!よっしゃ【テル】!何でも答えてやんよ!」
【あまの】さんは物理的に鼻が伸びてそうな勢いで鼻高々だ。
表情は相変わらず固定されているので、この異世界(?)の人間は表情筋がないのかもしれない。
というか先生と言われて、俺の世界では昔、青空教室という屋根のない場所で授業を行うということがされていたのを思い出した。
まあ今は二つの月が照らす夜空教室だけれども。
「ええと、まず、これだけの大きな穴をどうやって塞ぐんでしょうか」
「いい質問だ【テル】!それはなぁ・・・・・・とりあえず穴の縁の地面を削って埋めるんだ!」
・・・えぇぇ。
この、対岸が見えないし、穴の外周を見ても地平の先まで真っ直ぐで円になってるのかわからないくらいの巨大な穴の縁を、削って埋める?
仮に削ったとして、光すら届いていないような深い穴を埋め立てられるのだろうか。
・・・うん、どんな珍妙な方法でも手伝おうと思っていたけど、さすがにこれは徒労すぎるから遠慮したい。
なんとなく、肌を撫でる微風に、無茶すんな?と言われているような気がした。
「あの、【あまの】さん・・・」
「おうおう言わなくてもわかるぜ!・・・無駄なんじゃねぇかって思ってんだろ?」
おっと。
【あまの】さんに察せられてしまった。
というか恐らく【あまの】さんもわかっていたのだろう。
この方法では穴は塞がらないと。
「そうですね。穴の大きさや深さから考えても、何百年もかけたところで塞がるか不明ですし、もっと穴が広がる可能性もあると思います」
「あぁ全くもって正論だ!花丸をやんよ!でもとりあえずって言ったろ?・・・こんなでけぇ穴埋めようとした奴なんて今までいなかった!だからまずやってみるんだよ!」
熱くなってきたのか拳を突き出しながら叫ぶ【あまの】さん。
月を殴ってるかのようだ。
【あまの】さんの勢いなら二つの月の片方を殴って破壊して一つにしてしまうんじゃなかろうか。
そうすると、月だけでも俺の世界に・・・うん、そんなわけあるか。
それにしても、なるほどなぁ。
結果はほぼわかりきっていても、自分の手で確かめる、そういう人なのか、彼女は。
「それになぁ。この星の地面はゆっくりとだが穴に向かって動いてんだ」
は?
待て待て。
地面が穴に向かって・・・?
てことは、そもそも削るまでもなく穴の縁は穴に向かって落ちていく・・・?
慌てて穴の方を注視すると、なるほど、時々砂がさらりと落ちていっている。
「そんでこの穴の反対側・・・ちょうどあたしたちがいる場所の星の裏側だな。そこは溶岩の海になってやがんだよ。しかも地面が穴に動くのと同じ速度で広がってってる。どういうことかわかんだろ?」
今までにない真剣な雰囲気の【あまの】さん。
そういうことか。
恐らく地面の移動と溶岩の拡大は連動していると推測できる。
このまま地面が穴へ向かって移動する現象が続けば、いつかはこの星は溶岩と穴だけの世界になって、生物が生きることができる環境は消滅してしまうだろう。
まさしく世界の危機だ。
・・・とはいえちょっと疑問が。
「でも、勝手に地面が、というか穴の縁が穴に落ちていくのであれば、わざわざ削って穴に落とす必要はないのでは?」
「そう!それだ!この星の人間誰もがそう言いやがる!だから誰もやらねぇ!でもよ!自動で落ちるのを手動にしてみるだけでも何か変わるかも知れねーじゃねーか!」
―――。
荒野と穴の世界に【あまの】さんの悲痛で美しい叫び声が吸い込まれていく。
【あまの】さんはきっと、頭が良い。
自分が考えた方法じゃ恐らく意味はないってわかってると思う。
それでも実行しようとするのは、停滞を嫌い、変化を望んでいるからなんじゃないだろうか。
何のことはない、俺も【あまの】さんも、行動することが大事だって考えてるわけだ。
まぁでも、
「【あまの】さん、気持ちはわかりました。ただ、やっぱりそれじゃ難しい気がします」
「―――!!オメェもやっぱアイツらと―――」
「なので、情報を下さい。正直俺はこの世界のことを何も知りません。違う場所から来た、別の常識を持つ人なら、何か気付くことがあるかもしれないでしょう?」
「・・・・・・は!ははは!そーか!そーだな!わりぃ!【テル】のこと侮ってたわ!オケ!何でも聞いてくれよ!先生が全部答えちゃうぜぃ!」
・・・桶?まあいいか。
ほんとうにころころと雰囲気が変わる人だなぁ。
まぁ今のは最初に否定した俺も悪かったけど。
良くも悪くも素直に感情を出せるのは稀有な才能だと思う。
俺には出来ない芸当だし、とても好感が持てる。
もしかしたら、【あまの】さんなら本当に世界を救う偉業を成し遂げられるのかもな。
再び肌を撫でた微風は、さっきと違い俺たちの背中を押してくれているような気がした。
「ではいくつか質問しますね、まず・・・」
少し言葉に詰まる。
あぁ、地面が穴に移動する速度とか、元居た世界との相違点とか、穴はいつ出来たのかとか、聞きたいことは山ほどある。
でも俺、そんなに記憶力が良くないんだよな。
だから、先に穴を塞ぐのに一番近そうな情報を聞いておかないと。
きっと、今の状況を解決する鍵は、少なくとも俺の世界では誰もが一つ持っていた特殊な力、『星力』だろう。
強力な『星力』があれば、もしかしたらこの巨大な穴を塞ぐ奇策が打てるかもしれない。
「おーい!質問はまだかー!?先生もう待ちきれないぜ!?」
【あまの】さんが小刻みに動きながらそわそわしているのが可愛い。
「あ、すみません。では最初にひとつ。この世界にも『星力』はありますか?」
「お!まずそれか!もちろんあるぜ!人間ってそういうもんじゃねーか!はは!・・・いや異世界に来た身としちゃー気になるところか。それに『星力』が同じモンだとも限らねーしな」
うん、やっぱり【あまの】さんは察しがいい。
俺が言いたいことを先回りして思考している。
「でもよぉ。『星力』なんて少なくともこっちじゃ大して役に立たねーぜ?枝毛が光るとか一本だけ髪抜けるとかそんなもんあってもどうにもならなくねーか?」
なんで髪縛り・・・いや問題はそこじゃない。
要は【あまの】さんは持ってても役に立たないような『星力』ばかりしかないということが言いたいんだろう。
でも本当にそうだろうか。
枝毛が光るなら、枝毛の処理にとても便利だと思う。
一本だけ髪が抜けるなら、白髪を抜くのとかにもってこいだ。
元の世界とこちらでは、役に立つの基準が違うのかもしれない。
もっといろいろ聞いていこう。
俺だから気付くことも、きっとあるはずだ―――




