第零話:異世界で助けてくれたお人形
うん、まずい。
非常にまずい。
現在俺は絶賛命の危機に晒されている最中だ。
抜けそうな青空の中、田植えをし、きっちり整列する緑に満足感を得ていたところにこの・・・なんか馬鹿でかい黒い獣のようなもの、見た目的には虎をでかくして黒塗りした感じのやつに襲われた。
いや、正しくは襲われていた、双子の女の子の間に割って入った、だな。
そいつは馬鹿でかい図体に相応しい長く尖った爪で容赦なく切るわ突くわ。
爪なのに真っ直ぐで直剣みたいだけど普段どう歩いてんだ。
つーか、こちとら素手だぞ?
なんなら今日暑かったからさっき上着脱いだし靴履いてないし褌一枚だし力士か俺は。
正直もう血が出すぎて今にも倒れそうだけど、背後を見ればまだ、目に入れても痛くないくらい可愛い二人の女の子がいるから気合いだけでどうにかしてる状態だ。
吐いた息は熱いし、切られた胸や突かれた腕から命が消えていくのをじわじわと感じている。
痛みなんてとうの昔に消え去っていて、身体が危険を通り越しているのがわかる。
それでも、とにかくこの子たちには助かってほしい。
なので、
「ちょっと一人じゃ無理そうだから助けを呼んできてくれるかい?」
そう、二人にできるだけ優しく促した。
だらだら血流してるおっさんだし怖がらせないように。
「あ・・・あ・・・」
「―――いくよ!はやくおかあさんよんでもどってくるの!」
「う、うん!」
うん、判断が早い。
呆けていた二人は田んぼに足を取られながらも懸命に走っていく。
―――まあ、戻ってきたところで俺の命は尽きてるだろうけど。
あんなに青かった空も、赤に滲んで見えている。
二人を逃がせたことで気力も底をつきそうだ。
そのせいか傷が熱を持って俺を蝕むのが意識に上ってしまう。
ま、黒い獣っぽいやつが俺にご執心なようで、二人を追わなかったのが唯一の救いかな。
・・・とはいえ、二人が戻ってきたときにまだこいつがいたらまずい。
「すぅぅぅー・・・ふっ!」
深呼吸して気合いを入れなおす。
傷は忘れろ、出血の量なんて気にするな、今だけでいい、こいつをどうにかできるまで、もってくれれば。
精一杯の眼力で奴を睨みつけてみたけど、奴は気にする様子もない。
様子というかそもそもなんか闇に包まれていて、目があることくらいしかわからないけど。
虎っぽいのは輪郭だけで、黒い靄みたいなのが体毛のように見えている。
・・・改めて見るとほんとにでかいな。
大量の荷物を運ぶ、業務用車両と戦っているような気分だ。
それが長い爪で武装して突っ込んでくるんだから相手する身にもなってほしい。
せめて畑仕事中ならこっちも鍬とか装備できたんだけど。
意味があるかは別として。
でもやるしかない。
褌一枚のおっさんがどこまでできるかわからないけど、せめてここから追い払うくらいまではやらないと!
「だあああぁぁぁぁーーー!こいやーーーー!!」
獣は大きい音を嫌うとか聞いたことあるから、叫びながら突貫。
でも奴は少しも怯むことなく、
「ごっ!?」
俺の腹に鋭く伸びた長い爪を突き刺した。
あぁ、これは無理だわ。
腹に穴開けられちゃちょっと無理。
冷たくて硬い爪の感触が、腹の中で存在を誇示している。
このまま食われそう。
俺の身体が奴の口元まで運ばれていく。
・・・だけど!
「しっ!」
「!?!!?!?」
油断して俺を食おうとする奴の目っぽいところに腕を突き入れてやった。
なぜかやたらと冷たい目の中で腕をめちゃくちゃにかき回す。
どうだい俺の腕は綺麗だろう?・・・はは、見えないか。
奴は驚いたのか爪をぶん回して、俺は宙に放り出された。
衝撃で腹から大量の血が噴き出る。
これはもう本格的に無理だな・・・。
空中で奴の方へ目を向けると、田んぼから離れていっているようだ。
ざまあみろ。
人間をなめるなよ?
もう来るんじゃないぞ?
・・・そして俺は田んぼの中に墜落した。
あーあ。
せっかく植えたのに、ぐちゃぐちゃになって。
また植えないとなあ・・・。
まあでも、たぶん、可愛い可愛い双子たちは助けられたと思う。
どうか二人が無事でありますように。
・・・というか、腹に開いた穴に、なんか、体が吸い込まれているような、
かんか、く、が・・・。
俺の思考は、ここで途切れた。
―――――――――――――――――――――――
「おーい!そろそろ起きねえかー!?」
なにか、声が聞こえるような。
「治療は済んでるし脈拍も安定してるし起きれるだろ!起きろオラァ!」
手首を触られた感覚が温かい。
俺は天国にいるのだろうか。
でも聞こえてくる声の口調は地獄っぽい。
じゃあ地獄か?
でも声色は澄んでて美しい。
じゃあ天国か?
ふむ?
「あ!眼球動いてやがる!テメェ起きてんだろ!目ぇ開けろやオイ!」
よし、暫定地獄。
これから悲惨な目にあうのだろう。
哀れ俺。
まあこうしててもらちが明かないし、とりあえず、目を開けろという声の主の指示に従うか。
そして目を開けるとそこには、
「お!やっぱ起きてやがったな!さっさと起きろっつーんだまったくよぉ!」
恐ろしい程に左右対称の整った顔。
少しも癖のない長い金髪。
純白でひらひらした服。
見る者を安心させるかのような微笑。
そんな、天使を想像して作った人形のような女性が大きな瞳でこちらを覗き込んでいた。
きっと、天使だと自己紹介されても俺は納得してしまうだろう。
「やっぱり、天国か?」
「あん?何言ってやがんだテメェここが天国なわけあるか生きてんだろオメェはよ!」
あぁいや、口調を除けば、うん、天使だと自己紹介されても納得だ。
というか、あの怪我で生きている方が不思議なんだけど、この人は・・・たぶん人だよな?は、治療とか言っていた気がする。
「・・・もしかして、あなたが治療してくれたのですか?」
「おぉよ!腕も脚も千切れそうになってやがったのをくっつけたし輸血もしてやったぜ!すげぇだろ!」
物凄いどや顔・・・いや微笑んだままだから表情は変わってないけど、雰囲気はどやってる。
でも、本当にすごい。
特に最後に開けられた腹の穴とかもうどうにもならない感じがしたんだけど。
「どうやったのか想像も出来ませんが、ありがとうございます。助かりました。お腹の穴なんて、もう絶望的だったでしょうに」
「あん?腹に穴?確かに穴は開いてるとこあったけどよぉ・・・腹は綺麗なモンだったぜ?」
表情を崩さないまま天使っぽい人が首をかしげる。
・・・どういうことだ?
確かに俺は腹に爪を突き刺されて・・・いや、最後、気を失う前に腹の穴に吸い込まれていくような感覚・・・あれか・・・?
「そう、ですか・・・いえ、どちらにしろ助けていただいたのは事実のようです。改めて、ありがとうございます」
「おう!礼は受け取ったぜ!つーかオメェなんでこんなとこで死にかけてたんだ?もうちょいで穴に落ちるとこだったぜ?」
?????
穴に??
意味が分からない・・・。
田んぼに穴なんてなかったはずだけど。
「えぇと、その、穴とは?何かの比喩でしょうか?」
「ハァ?起きたはいいけど意識混濁ってやつか?とりあえず見てみろよオメェの頭の先をよ!」
天使っぽい人はすっと指を指した。
依然表情は固定されたままだけど、この微笑みが解除されることはあるのだろうか?
で、頭の先。
俺は今地面に寝てる状態だから、頭の先ってなると・・・ってちょっと待て。
ここ、田んぼじゃないぞ?
異変に気付いて慌てて身を起こして旧・俺の頭の先を見てみると、そこには、
「は・・・?世界の端・・・?」
「はは!面白い事言うなオメェ!いやでも確かに言われりゃそう見えるわ!ははは!」
声は爆笑しているのに顔は微笑なの、器用だなぁ。
・・・穴だと言われたが、本当に世界の端にいるかのようだ。
切り立った崖のように思える俺が今いる場所からは、対岸すら見えないし、下を覗けば光の反射もない暗闇が広がるばかり。
星が平面だったら、世界の端はこうなるのかもしれない。
「こ、れは・・・。あの、俺がいた場所とは全然別の場所のようです。俺を移動させたわけではないですよね?」
「あん?さっきも言ったろ?なんでこんなとこで死にかけてたんだってよぉ・・・まずいな頭打ってたか?」
顎に手を当てて思案顔・・・いや思案雰囲気?になる天使っぽい人はちょっと放置。
よく周りを見ると、穴・・・でいいんだよな?穴以外の違いも目につき始めた。
ここら一帯は草木があまりない荒野になっている。
元居た場所は田んぼもあったし水を引くために川もあったし森も近かった。
そして、空を見れば、夜空には・・・
「月が、二つ・・・!」
「あ?見りゃわかんだろ月見んの初めてとか言うなよ?」
俺の居た世界には、月は、一つだけ。
「月が二つあるのを見るのは、初めてですね・・・」
「オイオイマジかよ!異世界転生ってヤツかぁ!?いや転生はしてねぇな!異世界転移か!?」
なんかすごく楽しそうな雰囲気だけど、そういうのが好きなんだろうか?
異世界・・・。
受け入れがたいけど、そういうことにしておくのが一番納得できそうな状況だ。
異世界か・・・でも、俺は、戻りたいな。
うん、あの平凡な暮らしに戻りたい。
剣とか魔法とか、どうでもいい。
魔王なんて倒したくない。
「あの、異世界転移?だとして、戻る方法などに心当たりはありますか・・・?」
「ハァ?異世界っつったら喜ぶもんじゃねぇのか!?早々に戻りたいとか何しに来たんだよ!?あとそんな方法わかんねぇ!」
何しに来たとか知らんがな。
俺は俺の世界で普通に生活できてたからそれで満足なんだ。
別の人をよろしくお願いします。
「そうですか・・・わかりました。あの、俺は褌一枚で本当に何も持ってなくて満足にお礼もできないんですが、ありがとうの気持ちだけは受け取ってもらえると嬉しいです。とりあえず、元の世界に戻る方法を探しに行こうと思うので、俺は、これで」
「ちょちょちょ!ちょっと待った!マジで戻るのか!?せっかく異世界来たのに!?」
なんか表情変わらないのに雰囲気変わるの慣れてきたなぁ。
今は驚愕。
まぁ口調でもわかるけど。
「はい。俺は元の世界に置いてきたものがたくさんあるので」
「えぇー・・・あーまぁそんなこともあるか・・・でもよぉオメェ褌一枚でどーすんだ?」
疑問の雰囲気の天使っぽい人から鋭い指摘がきた。
それはそう。
俺にもどうすればいいのかとか、全然わからない。
でも動かないと始まらないから動く。
「正直この先の見通しは悪いです。でも行動しないと何も生まれないので。それでは」
「だーからちょい待てって!あーそうだ!あたしはオメェを救った!そうだな!?」
天使っぽい人が掴んだ俺の腕から柔らかさと温かさが伝わる。
「えぇ、どうやったのかはわかりませんが、状況的にあなたしか俺を救えなかったっぽいのは妥当だと思います」
「よし!つまりオメェはあたしに恩がある!そうだな!?」
んー。
もしかしてこれは・・・。
「そうですね。そうなります」
「じゃぁ恩を返してもらうとするぜ!具体的にはあたしを手伝え!一応報酬もやるぜ!悪くねぇ話だろ!?」
この人は・・・。
もう雰囲気からだだ漏れだ。
行く当てのない俺を心配してるのが。
恩を返せと言いながら報酬出すとか、俺が恩を受けてばっかりだ。
「・・・ありがとうございます。その提案、受けようと思います」
「お!いい心がけじゃねーか!恩は返さねーとだしな!」
押し売りみたいだけど、その心は気遣いでいっぱいだ。
とりあえず、この人にきちんと恩を返して、それから帰らないとだな。
「はい。必ず返します。あ、申し遅れました。俺は、【てる】と言います。あなたの名前と、手伝いの内容を聞いてもいいですか?」
「おう!【テル】!覚えたぜ!あたしは【アマノ】!んであたしはあの穴塞いで世界救おうと思ってんだ!よろしくな!」
・・・・・・。
わぁ、壮大~・・・。
了承するの、早まったかな・・・。
でも、元の世界に帰るにしても、情報がなさすぎてどうしようもないし、一旦【あまの】さんと行動を共にして帰るための手段を探そう。
俺、絶対に元の世界に帰って双子たちを愛でるんだ・・・。
現実逃避気味に見上げた夜空には、こちらの状況などお構いなしに二つの月が輝いている。
数は多いけど、だからこそ美しさも二倍でお得な気分だ。
世界の端に立っているかのように思えるほど巨大、というか未だ穴と言われても信じられない空間も月の輝きに一役買っている。
なんせ他に光がない。
きっと、この二つの月だけが俺たちの先行きを照らし出しているような気がした。




